2019年03月13日

ネリーさん18〜36



18回



フィーナ「それじゃあはじめていくんだけど、その前にここまでわかっていることで、これからも重要な要素になりそうなことをまとめておくね
記事としても独立してるし」


フィオ「メタい。まぁ、ちゃっちゃかいきましょう」

フィーナ「まずは『魔物の血』からかな。
これは魔物と一戦を交えたときに、ネリーさんが負傷して、血を見たときに暴走しちゃったこと、その流れで一般人にも襲い掛かりそうになっちゃったこと。
そういう風に興奮するのは魔物の表れって事で……これ自体はテリメインでの一件だったんだけど、過去にも同じような経験があって、その原因はわかっているんだよね」


フィオ「父方の祖父の代にあった不幸な事件が原因だったよね、おばあさんが……。
それで、お父さんが半分魔物の血が混じっていて、ネリーさんはクォーター」


フィーナ「とはいえ、お父さんはその血を克服したということで、ネリーさんにもできないことは無いはず」

フィオ「次は『渦』について」

フィーナ「テリメインで探索を続けているネリーさんだけど、海中に現れる謎の渦……これ自体はテリメインでも大きな問題になっていて、それがどうやらネリーさん達の世界である『オルタナリア』と関係している様子」

フィオ「二つの世界を繋げているような感じだよね、この渦を通じて魔物とか向こうの世界のものが出てきている」

フィーナ「一度、これを通ってオルタナリアに戻っちゃったからね、ただそこは自分の知っている場所のはずなのに、かなり荒廃していたから、まだ何かよくない秘密が隠れているのかも」

フィオ「とりあえずはこの二つかな。現在は同じようにオルタナリアから迷い込んだ友人のクリエさんと同棲中。探索の傍らに『渦』を調べているけれど……って感じで
それじゃあ本編スタート!」




フィーナ「今日はいつもの洞穴で朝を迎えた二人。元気を取り戻してきた様子のネリーさんをみて、クリエさんはかつてあった出来事を思い出しているみたい」


一度、クリエはネリーの父に会う機会があった。
彼がマールレーナの代表グループの一人として、クリエのいるセントラス・カピタル・アカデミーでの講演に招かれたことがあったのだ。


フィオ「出会いは偶然。ネリーさんの父親に道を尋ねられてその建物へと案内したクリエさん。その夜にお父さんと再会することになって。
どうやらお父さんはネリーさんからクリエさんの事を聞いていたみたい」


フィーナ「人づてに聞く無事の報せと幾つかの話のなかで、『ネリーさんの血』についてお話が出たんだね」


クリエ
「……なるほど。それが、あの子、の……」
ネリーの父
「ええ。
……それでも、帰ってきてくれた時には……かなり、自分を抑えて戦えるようになっていた。
それに……あの子は、魔物の力が、私の半分で済んでいるはずなんです。だから、私ほどの苦労をする必要はない。

……あの子にはきっと、明るい未来が待っている。そう、信じたい……」




フィオ「そのことを思い出している間にネリーさんは食事を片付けていたっ」

フィーナ「クリエさんが譲ったとはいえ、食べてから『それだけでいいの?』には流石の突っ込み」

フィオ「ネリーさんはもう大丈夫みたい。元気に探索に向かった……けども、クリエさんはまだ心配しているみたいだね」

ネリーを送り出し、自らも食事の後片付けと仕事に出かける準備をしながら、クリエは考える。

クリエ
「……。」

確かに、ネリーはしっかりしているとは思う。思うのだが、少々不安でもある。
彼女自身も同じだろう。抑え込んだと思った魔物の力が、誰も自分を知らない世界で出てしまったのだ。
きちんと事情の説明はしたとはいえ、人々のネリーを見る目は、これから変わってしまうかもしれない。

クリエ
「……あの子が…… 喜びそうな、こと……」
とりあえず飯を何十人前も用意してやれば、それだけで割と幸せになってしまいそうな気はする。
まあ、経済的に無理な話だが。

クリエ
「……ま、のんびり……やるしか……」

クリエは鞄を手に、街へと出ていった。


フィーナ「少なくとも探索者として扱ってもらえているうちは問題ないだろうけれど、問題を抱えた人物だと思われると中々に面倒だよね」

フィオ「探索協会から目をつけられるとすごく厄介そう」

フィーナ「食事代とは別の方向で……いや、実際食費ってばかにならないんだよね、うん」


フィオ「探索を終えたネリーさん。海中を泳いでいるのは、いくらかお土産を採っていこうという算段みたい」

フィーナ「ただ何事も無く終わるはずだったところに……」


ネリー
「……!?」

揺れている。

海の中なのだ、地震ではない。
震えているのは、水だった。あるいは空間そのものが揺さぶられている、とでも言うべきか。

ネリー
「……これ……!」

揺れははじめ、不規則であるように思えた。
だが、時間が経つにつれてどんどん強くなり、揺らされているというよりは、ある方向に力を掛けられ続けている、と感じられるものに変わってきた。

ネリーは身体に勢いをつけ、かけられている力の方向と直角に、その場から離れた。

ネリー
「……や、やっぱり……っ!」

それは、あたりにおびただしい量の泡を撒き散らしている。ネリーほど力の強くない魚達が、哀れにも巻き込まれ、容赦なくかき回されてもいる。

彼女は、この一帯を騒がしているあの原因不明の渦が、今まさに出現しようとしているのを目撃したのだった。

渦の中からなにかシルエットが見えてくる。ネリーはハンマーを構えた。

出てきたものは。

ネリー
「…… ……!?」



巨大な船の残骸だった。




フィオ「発生する瞬間を捉えた貴重な経験……だけれど、どっちかというとでてきたもののほうがインパクト強かったかも」

フィーナ「船とかでも飲み込まれちゃってこっちに運ばれちゃうのか……」

フィオ「この船……どうやらオルタナリアでは有名な一隻みたいだね」

ある地球人によってオルタナリアにもたらされた機械技術は、多くの変化を引き起こした。
海運の世界も、例外ではなかった。

従来の船は、帆を張って進むものだった。上手いこと風が吹いてくれるか、魔法使いを何人もこき使って無理やり風を起こさなければ、役に立たない。
それが、機械の力によって、燃料を使って海を走る船を作ることができるようになったのだ。

それから時は流れ、機械船の一つの到達点『ブルー・アイス号』が完成した。
新開発の動力機関『スペリオール・フレア・エンジン』を搭載したこの船は、それまでのどんな船よりも速く、力強く、巨大であった。人々は、その威容にただただ驚愕した。

千人以上の乗客を乗せることができるといわれたブルー・アイス号だったが、それでも処女航海に参加するには極めて高い倍率の抽選をくぐり抜けなくてはならなかった。
当選した人々は、皆飛び上がって喜んだという。

だが彼らは、この船の動力に欠陥があったことなど、知る由もなかった。

ブルー・アイス号の動力機関は、よりによって海のど真ん中で火を噴き、爆発した。

幸いにして、近くに水棲人の街があった。彼らが乗客の救助を行い、被害は大幅に抑えられた。
そしてその後のサルベージ作業を行ったのも、水棲人たちだった。



やがて、ブルー・アイス号も過去のものとなった。
多くの人々が心の中に共有する、物語の一つに変わっていったのだ。

一般市民にとっては、機械技術に不安の影を落とすものとして。
技術者たちにとっては、忘れてはならない教訓として。
陰謀論者にとっては、活動のネタとして。

そして、水棲人たちにとっては、広大なオルタナリアの海の中の遺跡の一つとして。


フィーナ「海に沈んでいるはずの残骸がねぇ。ってことはオルタナリアの随分深いところでも渦は発生しているってことなんだろうね」

フィオ「事件はネリーさんが生まれるずっと前で、ただ残骸は見たことがあるって事だったから、とてつもなく深海にあるってことではないんだろうけれどね」

フィーナ「内部へと侵入していって探索をするネリーさん。装飾として作られたであろうステンドグラスにはオルタナリアの歴史をかたどったものもあって。水棲人と陸の人々のかかわりが描かれてる」

フィオ「水棲人が陸の人々を導いて、現状を作ってきたとされているけれど、ネリーさんは導きがなくても、好奇心が人々を突き動かして、未知を開いていったんじゃないかと考えてる。私もそれに賛成かな」

フィーナ「……まぁ何も求めないなんて、知的生物には難しいよね」

フィオ「探索途中に予感を感じて脱出すると、再びの渦が船を飲み込んでいった。
一時的にこちらに出現させている……のかな? でもそれをする意味がわからないな」


フィーナ「手違いなのかもしれないけれどね、本来はこっちに移すだけにしたいとか」

フィオ「その目的は?」

フィーナ「……海の掃除? もしくは、異世界への移動?」

フィオ「後者のほうがロマンはあるかな」


フィーナ「洞穴に戻ったネリーさんを迎えるクリエさん。お、食卓が豪勢だね」

フィオ「まさか必死の金策を……!?」


ネリー
「うゃ! なんだか、きょうの晩ごはん、ゴーカかもっ」
クリエ
「……仕事、終わった後……釣り、してきた。
もっと……釣れれば、よかった……けど……」
ネリー
「んーんっ。じゅーぶんだよっ。ありがとー!」

クリエだったら食べきれないほどの量だったけれど、ネリーはあっという間に平らげる。



フィーナ「ほっとんど海だからね、釣れば釣るだけ食事のランクが上がる」

フィオ「食事はよくかんで、かみかみ」


19回



フィーナ「クリエさんを襲うメガネの故障」

フィオ「大変だ、本体が!」

フィーナ「本体じゃないから」

フィオ「でもクリエさんレベルに視力が弱いと、本体ではないにしろ深刻じゃん」

フィーナ「それは確かに。ということで今日は修理に出るクリエさん、食費と修理代ではそら……食費のほうが……ねぇ」


クリエ
「…… ……。」
クリエはネリーを探索に送り出した後、メガネ屋を探して街を歩いていた。

多分どこかにあるんだろう、と歩き続ける。

いい匂いが漂ってきて、そちらを向けば、パンを焼く店があった。
新しくできた店らしく、元気そうな若い男がチラシらしいものを配っていた。うっかりと、一枚受け取った。

また横を見れば、今度は店頭にせいろを並べ、何かを蒸して売っているところがあった。
あれは多分、饅頭だろう。オルタナリアでも、東方大陸の北を治めるエイレンの国で作られていたし、一度食べてみたこともある。

そして今度はどこかでピザでも焼いているのか、焼けたチーズの香りが……

クリエ
「……。」
と、さっきから飯のことばっかり。ネリーじゃあるまいし。
実際、連れてきていたら、はたして今頃どうなっていたやら。

どうも、飯屋が並ぶ通りに出ていたらしい。適当なところで角を曲がり、また歩く。


フィオ「飯の誘惑」

フィーナ「私の弟子もここには連れてこられないな、抜け出すのにかなりの時間を要しそう」

フィオ「食欲は生きる上で必須のものだからしかたないね。とはいえ自制しなきゃならないのも確か」

フィーナ「クリエさんはまぁ大丈夫だろうけども」

フィオ「続いて本屋が見えてきて……本屋!?」

フィーナ「はいツギイクヨー」

フィオ「ぶーぶー。そういえばオルタナリアの人でも文字には困っていないらしいね。スキルストーンのおかげだと思われる」

フィーナ「歩いていく中で、街の知らない表情が見えてくる。
探索と共に開発が進む街は、目を放した隙にどんどんと変わっていってる」


フィオ「そうやって見物しながら回っているといつの間にか時間が過ぎてしまっていたね。早くメガネ直さないと……」

ネリー
「おぉー……なんだか、きらきらしてるよっ!」
探索から帰ってきたネリーは、クリエの眼鏡をじーっと見つめて、そう言った。

クリエ
「……そう」
単に整備してもらっただけなんだから、別にさほど変わってもいない。
でもまあ、そう思ってくれているならば、そういうことにしておこう。

それより気になるのは、ネリーが先ほどから抱えている一尾の魚だった。
その体長は、彼女の背丈と同じくらいもある。


フィーナ「ご帰還には間に合ったみたい、これは所謂『髪切った?現象』では」

フィオ「魚デケェ!」

フィーナ「バラバラにしても二人分を大きく超過しそうだから、お金に換えようと考えたクリエさん、をさっさと振り切って洞穴に帰っていくネリーさん。
あぁ、今夜は魚三昧だ……」



数時間後。

セルリアンの街近くの入り江のほら穴には、骨と頭だけになった先ほどの魚と、ネリー・イクタが転がっていた。

ネリー
「げぇえええええっふ……うー…… ぅー……。」
両腕で抱えるサイズにまで膨れたお腹を愛おしげに撫でているネリー。当然、腰蓑は外して床に置いてある。

幸せそうでこそあれ、全く苦しそうな様子はなかった。

クリエ
「…… ……満足、した?」
ネリー
「まんぞくー…… げえっふう。ぅー。まんぞく……」
クリエ
「……今日は、そのまま、お休み。
私は、もう少し、すること、あるから……」

ランプを手にして立ちあがろうとするクリエ。
すると、彼女の外套から昼間のパン屋のチラシがさらりと落ちた。

それがネリーの目にも入って。

ネリー
「……う、うゃっ! なにこれ! すっごいおいしそーだよっ!
クリエさんっ! こんど、ここ行ってみよーよっ!」

クリエ
「…… …… ……。」

街に連れてくことにならなくて正解だった、とクリエは思った。

とはいえ、自分がここに来るまではきっと、ちゃんと自制心を働かせていたのだろう。

クリエ
「……どっかで、買ってきて、あげるから。
今日は、お休み」
ネリー
「うゃ……おやすみぃ……。」

クリエは改めて、ランプを手に洞穴の奥へ移動し、ちょっとしたデスクワークを始めるのだった。



夜は更けていく。


フィオ「保存食にするぶんすらのこりゃしねぇ」

フィーナ「宵越しの飯は持たない主義」

フィオ「お腹いっぱいでもおいしそうなものに反応するすさまじさ。
お腹いっぱいだと、興味とか薄れそうなものだけど、全然そういうこともないんだねぇ」


フィーナ「たっぷり海鮮丼をたべてたりはしたけど、暴走気味ってことはなかったものね、ネリーさんも際限なく求め続けるわけじゃないんでしょう」

フィオ「『出た分』に関しては全部いただくがな!」


20回



フィーナ「今日はネリーさんの狩り回」


ネリー
「クリエさーんっ」
クリエ
「……なに」
浜辺に大きな葉っぱを敷いて休んでいたクリエ・リューアに、海に浸かったままのネリー・イクタが声をかける。

ネリー
「こんなんとれたっ!」
と、見せてきたのはクラゲが一匹。

クリエ
「……戻しといで」
ネリー
「うゃー……おいしいよ? クラゲさんも……」
クリエ
「毒、あるんじゃ、ないの」
ネリー
「なければ食べれるんだよっ!
クリエさんがいらないなら、食べちゃうよっ!」
と、口に放り込み、そのまま海のなかに戻っていくネリー。


フィオ「毒が無ければ食べられる。一応そのあたりは選択して採ってるんだね」

フィーナ「流石にそこはきちんとするでしょう、そのまま食べるとは思わなかったけど……」


ネリー
「クリエさーんっ! また獲ってきたっ!」
今度は、網に入ったウニを見せてくるネリー。

クリエ
「……ウニだ。OK。売って、お金に……」
ネリー
「うゃ、たべないの?」
クリエ
「……君、質より、量、でしょ……。」
ネリー
「むむう。クリエさん。
わたしが、おいしくなくても、いっぱい食べれればいいだけー、って、思ってるでしょ……っ!」
クリエ
「……ごめん」
ネリー
「……うゃ。まあいーや。もっとおっきいの捕まえてくるねっ」

ネリーは網をその場に残し、再び海の中へ潜っていった。


フィオ「割と高く売れそうなやつだ」

フィーナ「……ごめん」

フィオ「美味しくなくてもよいとは思わないだろうけれど、量が重要なのは事実だとおもうから、なんともいえない」

だいぶ経つが、ネリーは戻ってこない。どこまで行ったのだろうか。
そう思いながらぼうっと海を見つめていると、不意に水平線が騒がしくなる。

クリエ
「…… ……」
双眼鏡を取り出し、見つめてみるクリエ。

ネリー
「うがぁああ! ぐらぁああーーーッ!!」
遠くの方で、ネリーが鮫と格闘しているのが見えた。

クリエ
「……。」
とても熾烈な戦いだが、勝ちそうなので、心配はしない。

心の中で、いつか見かけたネリーの父親のことを思う。

あなたの娘さんは、立派な狩人になりました。
きっとこれからも強くあり続けるでしょう。

そんなことを思っていると、ネリーがぶちのめした鮫を抱えて戻ってくるのが見えた。

アレは売らずに、喰わせてやることにしよう。


フィーナ「昨日の魚なんか比較にもならない奴キター!!」

フィオ「しみじみと感じ入るところなのだろうかこれは」

フィーナ「鮫はわりと臭みがあるらしいけれど、そのあたりも何とかするのかなたぶん」

フィオ「強者を食してこそ、強くなるのだ……」

21回



フィーナ「眠っているネリーさんを目の前にして、クリエさんは『触りたい』という欲求を抑えきれずに……」

フィオ「キマ、キマ……」

フィーナ「お腹だけどね」

クリエ・リューアの目の前で、ネリー・イクタが素っ裸で寝転がっている。

リズムを保って、膨れたり凹んだりする、ネリーの腹。

クリエ
「…… ……」
触りたい。
ぐっすり眠っている。ちょっといたずらしたくらいで、起きはすまい。

そっと右の人さし指を伸ばし、触れる。ぷに、と食い込んだ。

……なるほど

今度はつまんでみる。
柔らかいのだが、弾力がある感じだ。あまり強く掴むわけにはいかないが。

ネリー
「……ンゥゥ……ぐぅ……。」
クリエ
「…… ……」

ネリーが目覚めないことを確認しつつ、ゆっくりと引っ張る。

伸びる。
引っ張ったら引っ張っただけ、伸びるのだ。

クリエ
「……なるほど」


フィオ「……なるほど」

フィーナ「すっごいのびるよ! でもって伸ばしながら、いくらでも食べられそうだとか、クリエさんを丸呑みに出来るんじゃないかとか、色々考えていたら……」

フィオ「ちょ、ちょっと伸ばしすぎ!」


ネリー
「……ンーゥ……?」
クリエ
「……!」

ネリーのお腹の皮は、弾力によって急激に戻り。

―――びたんっ。

ネリー
「う、うゃあああ! いたいよっ!!」
クリエ
「…… ……。」




ネリー
「もうっ。クリエさんっ。
わたしのお腹が気になったからって、ひどいよっ!」
クリエ
「……ごめん」
ネリー
「んぅ……ゆるす。

……でも、そんなに気になるんなら、ちょっとみせたいのがあるよっ」


フィーナ「勢いよく戻すとやっぱり痛いのか」

フィオ「ゴムを咥えて伸ばしてバチンって奴ぐらいかな」

フィーナ「不思議な身体してるよね」

フィオ「それで? みせたいものって?」

フィーナ「すうすう空気を吸い込んでお腹を大きくするネリーさん。あ、風船だコレ」


ネリー
「…… ……」
触ってみて、と言わんばかりに、お腹をぼふ、と右手で叩くネリー。

クリエ
「……ン」
応じるクリエ。

同じく、右手で触ってみる。
空気がたっぷり入っている感触こそあるものの、指はやはり食い込むし、皮もつまめる。
まだ何か詰めようと思えば詰められるのだろう―――

ネリー
「ぷはーーーーっ!!」
その時、唐突に空気を吐き出し始めるネリー。
クリエはそれをモロに浴びる。髪があおられ、メガネがずれ、帽子は吹っ飛んだ。

ネリー
「……うゃあ! きまったぞーっ」
クリエ
「…… ……」



ある昼下がりのことであった。


フィオ「実質お返しなのであった」

フィーナ「お魚食べたときは限界にも見えたけれど、そこからまだまだ先があるのかも?」


22回



フィオ「いつも通りにネリーさんを迎えるクリエさん。今日は……」


クリエ
「おかえり、ネリー。
今日……ちょっと、用意、したの、ある」
ネリー
「うゃっ? なあに、クリエさん?」
クリエ
「……コレ……開けて、み……」

そう言って、紙袋をネリーに差し出すクリエ。

ネリー
「お……? なんだあ?」

紙袋を開けると、そこには。

ネリー
「……!
うゃあ! おぼうしだーっ!」


フィーナ「クリエさんから麦藁帽子のプレゼント。
あんな事件があったけれど、もうちゃんと立ち直ってるね、やっぱり友情パワーか」



23回



フィオ「今日は探索がお休み、だから二人一緒のはずなんだけど、クリエさんは出かけていて、ネリーさんは……」

フィーナ「寝てる」

フィオ「寝てるね」


クリエ
「…… ……。」

そこに帰ってくるクリエ。荷物をだいぶ抱えている。
買い物に行っていたらしい。

クリエ
「……全て世はこともなし、と」
ネリーの寝顔を遠目にのぞいてから、戦利品のつまった袋をそっと開ける。

中から取り出したのは、まず砥石。
包丁はオルタナリアから持ちこんで来れたが、切れ味が少し疑わしくなってきていたので、どうにかしたかった。

次はお皿。
ネリーは毎日大きな葉っぱをどっからか摘んできて、皿の代わりにしてくれるのだが、さすがにちゃんとしたのが欲しかった。

あとお玉、ヤカン、瓶、時計、ほか生活用品。

クリエ
「…… ……。」
どうしてもガチャガチャ音がする。クリエはふと、ネリーの方を向いた。

ネリー
「んぅ……くぅう……」
まだよく寝ている。


フィーナ「刃物はお手入れ大事。ちゃんと研ぐのにも技術がいるけれど、クリエさんはいろんなことが出来そうだよね」

フィオ「抗菌作用のある葉っぱもあるから、下処理して使えばそこまで気にはならないかな、まぁ使い慣れているほうが気も楽か」

フィーナ「バナナの葉っぱとかお皿代わりになるんだっけ」

フィオ「起さない様に配慮はしているみたいだけど、起きる気配なーし」

フィーナ「だけど食事の準備を始めると、なんとなく現実側によってきたようで」

フィオ「……わかりやすい」


ネリー
「ンン……ゅ……。」
クリエ
「…… ……」
いつ起きるか、クリエにはもう検討がついていた。

クリエは白身魚を捌き、身に下味をつけてから、愛用のフライパン―――これだけはよっぽどのことがない限り買い替えないつもりだ―――に油を引いて、焼き始めた。

今日は塩と胡椒だけでなく、チーズも乗せる。
ジュウ、という音と共に、濃厚な香りが発せられる。

ネリー
「…… ……!」
眠るネリーの耳ヒレが、ぴこんと動いた。

ネリー
「う、ゃ……!!」
起きた。

クリエ
「……もうすぐ、ごはん、できる、から」
ネリー
「うゃーーーっ!!」


平和な一日だった。


フィーナ「海は我らの味方にて」

フィオ「なべてこの世はこともなし」


24回



フィーナ「オルタナリアの奥地。ネリーさんはドラゴンの群れを目撃する。
特別に珍しいものではないけれど、それらは自分の世界にも居たものだから、かつての昔話が去来する」


オルタナリアの女神ミーミア。
彼女は世界の形を作り、命の種を撒いた。

命ははじめ、ひたすらに大きく強くなろうとした。
そうすることで、生きながらえることができると思っていたから。

その代表とでもいうべきものが、竜だった。
彼らは長い時の中で、山と見まごうばかりに大きくなり、強大な魔力を手に入れて、生物界の頂点に立った。

今となっては、彼らの心を知ることは叶わない。
それでもきっとこう思っていただろう―――自分たちこそが永遠だ。自分たちこそが、女神の恵みを最も多く受けたのだ、と。

そんな竜の先祖たちは、いまオルタナリアにはいない。
一匹残らず滅びてしまって、残っているのは骨だけだ。

彼らに何が起こったのかは、今ではわからない。
ただ一つ確かなのは、今日のドラゴン達はかつてほど強くも大きくもないということだった。


フィオ「大きく強く、ただそれだけを目指していった結果がこれか……」

フィーナ「不相応な力だとはいわないけれど、世界の中で自分を維持し続けるというのも、強大になればなるだけ難しくなっていくものなのかもしれないね」

フィオ「すくなくとも食事には困りそうだよね」

フィーナ「世界から魔力を吸い上げるとか、そういう芸当ができれば、その点はなんとかできそうだけれど、他者とのかかわりとかもあるからねぇ」

フィオ「まぁ長い時間が過ぎて、最適化されたってことなんだろうね」

フィーナ「大昔のオルタナリアを思うネリーさん、でもクリエさんに会えばすぐ今へと戻ってきて」


ネリー
「……お!」
そんなことをしている間に、町が見えてきた。
船着き場にはクリエもいる。タイミングを見計らっていたのだろう。

ネリー
「うゃー! たっだいまーーーっ!!」
クリエ
「……おかえり、ネリー」
ネリーは今日も元気に、クリエに挨拶をする。

ネリー
「あのねっ、あのねっ。
今日は、アトランドの奥っぽいとこまでいったんだよっ。
ドラゴンさんがいたんだよっ!」
クリエ
「……へえ。それは、それは……」
ネリー
「敵だったから、がんばって、たたかったよっ!」
クリエ
「ン、えらい、えらい。
お腹、すいてる……よね。帰ったら……すぐ、ご飯、作る……」
ネリー
「うゃーーーっ!!」

二人は仲良く手を繋いで帰っていきましたとさ。


フィオ「クリエさんのご飯は五臓六腑にしみわたるでぇ……」

フィーナ「簡単に言ったけれど、ドラゴンとの戦いは苛烈だったはずだからね」


25回



フィオ「協会に保管されている海底ガラクタの山、いや正確にはそこにある一本のモリを見つめるクリエさん。
それにはネリーさんの『大切な人』の名前が刻まれていて……」


銛が見つかったのはセルリアンの外れの方だと、クリエは聞いた。
彼女らとは別の、協会から仕事を受けたグループがサルベージしたのだという。海底に散らかっていたガラクタの一つとして。



瀬田直樹。

かつて地球からオルタナリアにやってきた、三人組の少年のひとり。
世界の救い手『ヴァスア』となった者。

そして、ネリーの大切な人。

クリエも直樹のことは知っている。
旅をしている彼とネリー、そして仲間たちに出会い、少しばかりの手伝いをしてやったことがあったのだ。

冒険に付き合うことまではしなかったが、その後のことはこのテリメインに来てからネリーが教えてくれた。
悪いやつらに勇敢に立ち向かい、どんな逆境でも決して諦めず、ヴァスアとしての使命を果たして、他の少年たちとともに地球に帰っていったのだという。

そんな彼の得物が、テリメインにまで流れてきたということは。

クリエ
「…… ……」
考え込むクリエだが、すぐにやめにした。

腹ペコ娘を迎えにいく時間だ。


フィーナ「あまりよくない発見だね」

フィオ「今のところ何の問題も無くテリメインに流れてくる気がしないからねぇ。
一体何処から流れてきたのか、も気になるところだけれど」


フィーナ「それはクリエさんがネリーさんに探りを入れるみたい」

その夜。
入り江の洞穴、二人のすみかにて。

クリエ
「……ひとつ、聞いて、いい? ネリー……」
ネリー
「うゃ、なーに?」
クリエ
「……直樹、さ。前に……話、してくれた、ケド……
帰るとき……持ち物は……どうしたのかな、て……」
ネリー
「ンゥ。
地球にはもってかえれないっていうから、わたしがもらっていいヤツはもらっといたよ。
でも、盗まれたりしたらヤだから、コルムの倉庫であずかってもらったの」
クリエ
「……そう……。」



ネリーが眠った頃になって、クリエは考え込んでいた。

ここしばらく、あちこちで発生していた謎の渦。
それがオルタナリアのものをこのテリメインに運んできている。自分とネリーをここに連れてきたのも、恐らくはその渦だ。

ーーー倉庫ごと持っていかれたのではないか。


フィオ「状況から考えられる答えはやっぱりよくないもので、動揺させないためにもとりあえずは黙っていることにしたようだけれど」

フィーナ「倉庫……地上にあったのだとしたら、災害はかなりの規模になっているかもしれないね」

フィオ「そして翌日、これまでよりも少し奥地にて仕事をするクリエさん。そこに入った通信によると渦が出現したとの事で……」

フィーナ「退避しろという通信を無視して先に進み、そこで見たものは」

遠目に見てもはっきりとわかるほど、大きな渦が起こっていた。

クリエ
「(……まずいな)」
近づくことなど論外だ。
今いる場所すらも、あの中から出てきたもの次第では危なくなる。

それでも離れるわけにはいかなかった。
クリエだって故郷のことが心配でないわけではなかったし、昨日の出来事をいつまでネリーに隠していられるか考える必要もあった。

幸いにして、渦は危険な残骸も、巨大で凶暴な魔物も吐き出すことはなかった。
海の底はまた、静かな世界に戻っていく。

クリエは渦の根元を目指して泳いでいった。
大きなものはないけれど、小さな物ならいくらか積もっている。

その中に、紙が一枚挟まっていた。むろん濡れて破けていたが、なんとか読み取れた一文に、クリエは目を見開いた。



『セントラス・キャピタル新聞
オルタナリア各海域に謎の渦 政府は調査を検討』


フィオ「ちょっと無理をしすぎた感じはあるけれど……想像通り、いや想像以上の状況を知ることはできた……かな」

フィーナ「テリメインとは比べ物にならないほど大きな話題になっているようだね。
まぁ世界の規模とか、統治している組織のあり方とかを考えると、テリメインでの扱いが小さいともいえるのかもしれないけれど」


フィオ「各海域ってことは全世界規模と考えてもいいよね、大丈夫なのかな……」


26回




ネリー
「ただーいまっ」
このテリメインにおける家である、入り江のほら穴にネリーは帰ってきた。

ネリー
「……うゃ……。」
ぱたぱたと中に入って、辺りを見回すネリー。

ネリー
「……クリエさん、今日もかえってないの?」



クリエは数日前から、「忙しくなった」と一言ネリーに言い訳して、頻繁に家を空けるようになった。

ネリーは、文句は言わなかった。
生活費を稼いでくれているのは基本的にクリエなのだ。自分も、探索に出たら何かしら金になりそうなものを持ち帰ってはいるとはいえ。

それにしたって流石にこうも顔を見せないと、不安もになる。



ネリー
「……ンゥ……。」
ネリーは座り込み、洞窟の外をいつまでも見つめていた。


フィーナ「クリエさんが忙しくなった……というのは渦に関してのことなんだろうけれど、ネリーさんに秘密を作ったままだから、すれ違いのようにもなるね」

フィオ「とはいえある程度状況をつかんでから話したいということなのかもしれない」

フィーナ「まぁ突っ走っちゃいそうな危うさはあるよね、クリエさんも無理をしそうなところあるけれど」

フィオ「そしてクリエさんは予想通り渦の調査に。テリメインでもそれらをメインにする仕事があるみたいで、そっちのほうを志願しているとのこと」

フィーナ「仕事をしながら思うのは過去のこと。オルタナリアに残したものが多くないというのは……?」

オルタナリア中央大陸、ティミタ山のふもと。
森に囲まれた村で、クリエ・リューアは生まれた。

クリエには、父と、母と、弟と、妹がいた。
僻地の貧しい暮らしではあったけれど、それなりの幸せと暖かさがあった。

人も時々訪ねてきた。
旅の僧侶や、森の薬草を採りにくる薬師が、クリエに外の世界のことを教えてくれた。

外に出てみたい。色々なことを学びたい。
そんな思いが、クリエの中で日に日に強くなる。

やがて、クリエの願いが叶う日が来た。彼女自身、けして望まなかった形で。

その年の冬は異常に寒かった。
作物はろくに育たず、人々は餓えた。魔物たちも腹を空かせ、村を襲うようになった。

父も、母も、弟も、妹も、みんな死んだ。けれど、クリエだけは生き延びた。
まるで、何かがとりついて、死を遠ざけていたかのように。

春の兆しが見え始めたころ、僅かに生き残った人々は誰ともなく村を去り始めた。

蓄えは既に底をついた。ここではもう生きていけない。
森を抜けて旅をすれば、街につける。食いつなぐチャンスが見つかるかもしれない。

クリエも、出ていかなくてはならなかった。


フィオ「……なんだか、みんな大変だね」

フィーナ「自然に依存することも多い生活だったんだろうけれど、一冬の変調でこうなっちゃうとはね……」

フィオ「心の強さの源泉を見た気がする。とはいえこれからまた旅をする中で、色々と備えていくのだろうけれど」


27回



フィーナ「結局渦は見つからず、陸に戻ったクリエさん、心配をかけたかもしれないと、住処に戻ってみると」



クリエ
「ただいま……ごめん、遅くなっ……」
ネリー
「…… ……。」

ネリー・イクタは獣のように丸まって、寝息を立てていた。
どうやら自分を待っていたが、眠くなってしまったようだ。

クリエ
「……ごめん、ね」

ネリーの傍らには、少々大き目の魚の骨がある。食事だけはちゃんと済ませたらしい。

自分の外套をネリーにかけてやり、クリエは荷物を床に置いて座り込む。

ネリー
「……うゅぅ……ぅー……。」
目覚める様子はなかった。

疲れているのも無理もない。
どうも、巨大なドラゴンと激しい戦いを繰り広げてきたそうだし。

話をするのは明日になってからだ。

クリエ
「……おやすみ……。」
クリエも体を横たえ、しばし物思いにふける。


フィオ「住処は食事を取ったり眠ったりする場所というだけのことじゃなく、心の安寧の場所でもある。今のネリーさんにとっては二人一緒にいることが重要なんだろうね」

フィーナ「難しい問題はころがっているけれど、やっぱり一人より二人で取り掛かったほうがいいような気はするね。
さて、クリエさんが思い出すのは……」



一人で村を出たクリエは、周りの森の中でさっそく死にかけた。

纏っていた襤褸切れを襲ってくる魔物に放り投げ、目をふさぐのに使ってしまったおかげで、夜の寒さを防げなくなった。
食べ物に関しても、何が毒で何が糧になるのか、ろくにわからない。

大きな樹に力なくもたれかかり、クリエは思った。
どうして、自分は生きようとしているのだろう、と。

外の世界に出て、学びたいからか。
だが、もはや何も対価にできるものを持っていない自分に、わざわざ勉強させてやるような物好きなんて、いるのだろうか。

もう、自分には何もないはずだった。
特別、生きたいわけでもなく。特別、死ぬのが怖いわけでも無く。

それでもクリエは生き延びてしまった。

自分と同じく村から抜け出してきたらしい男の亡骸を見つけ、持ち物をすべて剥ぎ取って。
川を下り、森を抜けて。

そうして、クリエは生まれて初めて、故郷以外の町を訪れた。

あれやこれやと話す人々。色々なモノを売る店。たまに道に落ちている新聞。
目にするもの、耳にするもの全てが、クリエに新たな知識を積み重ねていった。

ここでクリエは、中央大陸のアカデミーの話を聞く。

後に、入ることになる場所であった。



フィオ「少女ただ一人には過酷過ぎる旅路。それでも命を繋ぐのは何かの意思の表れか」

フィーナ「投げやりになっていても、表層に現れない部分では、まだ生きたいという欲があったのかもしれない。その正体はまだ明らかにはなっていないけれど」

フィオ「幸運が生かすのか、幸運に出会う意思の力が生かすのか」

フィーナ「まぁ、先のことなんて誰にもわからないさ……」


―――気がつけば朝。

ネリー
「クリエさんっ! おはよーっ!!」
クリエ
「…… ……。」
元気のよい声が耳を貫く。

起き上がる。

ネリー
「かえってきてくれたんだねっ、よかったよっ!」
クリエ
「……うん。ただいま。
ごめん、ね、ネリー。今日は……一緒に、いる、から……」
ネリー
「うゃあ! やったーっ!!」



自分でもよくわからないのだが、少し焦りすぎてしまっていたのかもしれない。

今は、ネリーの傍にいてやろうと、クリエは思った。


フィオ「焦る理由は……なんだろう」

フィーナ「ネリーさんのことを思って、自分だけで何とかしようとした……のは、全てを失った悲しみを味あわせたくなかったから、とか?」

フィオ「行動原理としてはありそうだけれど、やっぱり個人的な借りとかがあるのかなぁ」

28回



ジュエルドラゴンとの闘いから数日ほど経ったころ。
ネリーもクリエも訪れていない、とある海域に渦が発生した。

???
「ァァァァァァァァァ」

どうやら、哀れにも巻き込まれた者がいるようだ。
毛やら服やらをちぎられながら引き回されている。

???
「アアアアアアアァァァァァァァ」

彼は叫びをあげるが、渦が聞き入れるわけもなかった。

???
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ヒ゛ハ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛」

それでも、わめき続ける以外にいったい何ができただろう。



???
「…… ……ヒハ……。」

やがて渦は静まり、消えた。振り回されていた輩―――メガネをかけた老人がその場に残る。

探索者
「……ン?」

通りすがりの探索者だ。

探索者
「なんだ……溺れちまったのか、こいつ。
放っておくわけにもいかんか……」

生きていたなら儲けものだし、死んでたら死んでたで色々と手続きがあるのだ。

探索者は渦の被害者を回収し、そのまま浮上していった。


フィーナ「ここにきて新たな渦の被害者。オルタナリアの新聞で発覚した規模を考えるに、思ったよりも多くの人がこちらに送られていてもおかしくは無いのかもね」

フィオ「でも海中に放り出されるとなると……無事ですまないってことも、とうぜんあるよね」

フィーナ「そうだろうね。その点はテリメインでよかったかも。今回みたいに探索者が通りかかることもあるだろうし」

フィオ「それにしても老人かぁ、よく持ったほうだとおもう。……これまでにお話の中で出てきた人かな?」

フィーナ「どうだろうね。老人、老人……」


フィオ「一方のネリーさんとクリエさん。お、デートの予定を立てているのかな」

フィーナ「お出かけしようとしているみたいだね。雑誌を見て、何処に行こうかを決めようとしているけれど……」

クリエは、雑誌をネリーにも見せてやった。
開いていたページには一面に穏やかな海とくるりと曲がった砂浜が描かれており、その上にあれこれと文字が書かれていた。

曰く、『セルリアンの海は、平和の海』。
『美しい砂浜と、優しい海があなたを迎えます。カップルで、ご家族で、ぜひどうぞ』。

実際は混雑してて平和もクソもないのだろう、とクリエは思う。
オルタナリアでも、発展の進んだ中央大陸の方のリゾート地はそうだったのだ。

ページをめくる。レッドバロンやストームレインといった名前も出てくる。
当初は未知であったこれらの海域すら、既に観光の場となりつつあるようだ。それなりのリスクは付きまとうとはいえ。

クリエ
「……ストームレイン。行ってみる……?」

ネリーがいるのだし、クリエ自身も冒険に馴れていないわけではない。
多少危険があったとて何とかなるだろう。少なくとも、人だらけのところに行くよりはマシだ。

ネリー
「うゃ……えっと……」

ネリー
「アトランド、きてみない?」
クリエ
「……オッケ」


フィオ「人ごみかぁ、人ごみはたしかに、避けて通りたい場所ではある」

フィーナ「ま、いろいろあるしね……」

フィオ「ある程度の危険までは受容できるけれど、それでもアトランドを選んだのは、海賊を心配したのか、それともなにか見せたいものでもあったのかな?」

フィーナ「ストームレインって相応に荒れてるんじゃなかったっけ、豪胆だなクリエさん」

フィオ「てなわけで、アトランドに向かったけど」

アトランドの海中島、その一つにネリーとクリエはいた。

ネリー
「うゃー、こっちこっちーっ」
人間のそれをはるかに上回るスピードで、すいすいと泳いでいくネリー。

クリエ
「…… ン……」
それでも、クリエがネリーにどうにかついていけるのは、背中に装備した推進用スキルストーンのおかげだった。
細かい泡を猛烈に吐き出し、クリエの体を前に進めている。

二人が向かう先は、ひときわ目立つ塔。
ネリーが探索をしている時、いつも遠くから見ていたのだという。


フィーナ「あぁ、目星がついてたみたいだね、塔……海中の塔」

フィオ「ずんずん進むネリーさんを宥めながら追いかけて、塔のてっぺんから見下ろす景色は」


ネリー
「うわぁぁ……!」

陽光は下の方までは届かず、海底の水は真っ黒に見える。
そこにぽつりぽつりと、様々な色の柔らかな明かりが灯っていた。
弱弱しい光たちは、しかし確かに、建物の輪郭を露わにしている。

かつてはここも、生きた街だったのだ。
どんな名前だったのか、どんな人々が住んでいたのか―――それは、ここからではわからない。
でも、今の二人は考古学者じゃないから、それで十分だった。この美しさと、楽しく勝手な想像があれば、よかった。

クリエ
「……そろそろ、お弁当、食べよっか」

丸い貝殻でできた容器を取り出すクリエ。
先日市場で買ってきたこれはスキルストーンの技術を応用して作られたらしく、水中でも食事ができる優れものだという。

中身はテリワカメの混ぜご飯と野菜の煮物、それからテリメインイワシの唐揚げだった。

クリエ
「……きみには、足りないかも、だけど」

ネリーなら、同じものを百人前くらい作っても軽く平らげてしまうだろう。

ネリー
「うゃ、だいじょーぶ。おなか空いたらエモノさがしてくるから……」
クリエ
「ン……そりゃ、頼もしい……」

さっさと食べ終えてしまい、それでも待っていてくれるネリー。

ネリー
「ねーね、クリエさんっ。次は、どこいく?」
クリエ
「……そう、だね……ウウン……」

別にどこだっていい、とクリエは思っていた。今はただこの平和な時間が尊い。

思えばここでネリーに出会った時は、迷惑をかけないよう別なところに住むとすら言っていたのだ。
それがいろいろあって一緒に居続け、気がつけばこんな風に遊びに出かけたりもしている。



今の自分にとって、ネリー・イクタとはなんなのだろう―――?



クリエ
「……うん。あっちの建物に……」

ネリーを待たせてしまっていたことに気付き、クリエは適当に目立つ建物を指さして言った。

二人きりのバカンスは、つつがなく続いていく。


フィーナ「控えめなお弁当と、それにくらべて随分大きな満足。共に過ごすうちに気がついた変化は自分でも意外なものだったみたい」

フィオ「これは……恋」

フィーナ「それはちがう」

フィオ「わかってるよ。まっすぐに引っ張っていってくれるようなネリーさんの魅力にやられちゃったんだね」

フィーナ「それもなんかちがう……」

フィオ「本質を汲み取ってほしいところ」

フィーナ「疑問の答えは然程難しくはなさそうだけれど、言葉にするには中々難しい、かな?」


その夜、地上の街にて。

医師
「……あん? 患者がいないィ!?」

初老の細い目の医師―――かつて、遭難したクリエを診た者だ―――は、その眼をあり得ないほどに開いていた。

看護師の女性
「は、はい……今朝運び込まれてきた方です!
確か、アッチ・ソチコッチってお名前の……!」
医師
「……ンンン。と、とにかく、警察だ。警察に連絡するんだ!
部屋も調べておこう!」

結局、その日のうちにアッチ・ソチコッチが発見されることはなかった。

それどころか、もう一つ事件が起こった。
港に泊められていた、個人所有の船が一隻、何者かに盗まれたのだった。



翌朝いつものように仕事に出たクリエ・リューアは、協会で新聞を見せてもらい、一連の事件を知った。

クリエ
「(……アッチ……ドクター、アッチ、か)」

クリエ
「(……悪さ、しなきゃいいが。
……悪さ、するん、だろうな……)」


新聞を閉じ、クリエは仕事場に向かうのだった。


フィオ「あっ、君かぁ……」

フィーナ「絶対悪さするぞ」

フィオ「いや、断定するのはまだどうかとおもう」

フィーナ「絶対するよ、もししなかったら樹の下に埋めてもらって構わないよ」

フィオ「船が盗難された……? 一体誰の仕業なんだ……」


29回



フィーナ「ジュエルドラゴンとの死闘を超えて、ネリーさんはドラゴンの話をまた思い出す」

滅びてしまったとされているオルタナリアの古きドラゴンの血筋だが、一応細々と続いてはいた。

とはいえ、オルタナリアには乱世もあったが、現在は概ねみんなで助けあう世界となっているので、力のありすぎるもの達は肩身が狭い。
悠々自適としていてもらえばよいと傍から見れば言えるのだが、彼らにだって相応の欲が備わっているので、生きづらくなるのだ。

そんな古竜の末裔の一体に、かつての冒険でネリーは出会った。

名をアノゥヴァという。
四つ脚の雌竜で、人間の大人の倍ほどの背丈があり、暴力に耐えるための甲殻と、寒さに耐えるための毛皮を持っていた。
あのジュエルドラゴンの関係者と同じく、体色は白かった。

彼女は『オルタナリア四賢者』の一角でもあった。
雪と氷に覆われた北方の国メシェーナ、その奥地に隠れ棲みながら、世事に疎くはならなかったのは、四賢者専用のネットワークがあるからだ。
極めて高度な魔法技術により連絡を取り合う手段を、彼らはもっていた。

そのアノゥヴァと初めに出会ったのは、地球人の少年の一人である宇津見孝明で、その場にネリーは居合わせていない。
ある事情から何組かに分かれて行動している間の出来事だった。

あとでアノゥヴァと会う機会ができたネリーは、彼女が強いので、純粋に憧れた。
偉そうなところもあったが、厭な感じという訳でもないのだった。



フィオ「大きな力は存在するだけで色々な面倒ごとに巻き込まれやすいよね」

フィーナ「そだね」

フィオ「なんか賢者って命名されていると、わりと頼りにされてひっそりと交流は続いていそうな雰囲気がある」

フィーナ「実際そういうこともあるんじゃない? 冒険の途中で出会ったのだとしても、完全な隠居生活だと形跡すらのこさないだろうし」

フィオ「嫌味のない偉さは育ちのよさから……かも」

フィーナ「育ちのいい竜ってなんだ」

フィオ「まぁそれはそれとして→
ネリーさんとしては新しい海域が開けたことが嬉しいみたい、次は……サンセットオーシャン」



ネリー
「お日さまの海、かー。どんなトコなんだろうなあ。
まぶしいのかな? あっついのかな??」

ネリー
「いってみれば、わかるよねっ!
たのしみー、だよっ!」


長いこと旅をしたアトランドとも、今日でひとまずお別れである。


フィーナ「眩しくて暑い……を何十倍にもしたようなところなんだよね」

フィオ「一方クリエさん。探索が進むにつれて、クリエさんのお仕事も少しずつ奥地へと。今回からはアトランドへ」

フィーナ「どうやらあのおでかけから、お気に入りの海域になったみたいだけれど、その理由はフィオと似てるよね」

フィオ「知的好奇心だね。いいね、すばらしい!」

フィーナ「まぁ建物がそのまま残ってるって珍しいからね、目を引くのもわかる」

フィオ「とはいえ今はお仕事お仕事……んん?」


クリエ
「…… ……。」

過去の都市に想いを馳せるのは後にして、クリエは先に進んでいく。
建物が多いせいで、標識の置き場に困る場所でもある。なるべく、周りからよく見えるポイントを探して設置しなくてはならない。

いろいろ考えながら、全ての標識を浮かべ終えたとき、クリエは水が震えるのを感じた。

クリエ
「―――!」

すわ、またあの渦か。

いや違う。これは―――

???
「―――ひゃぁぁぁ、ひゃひゃひゃひゃひゃァァァーーーッッ!!」

大きな何かがクリエに迫っていた。
内側からは奇怪な―――一応人間の―――声がしている。

クリエ
「ッ―――!!」

クリエはどうにか逃れようと、力いっぱい水を蹴った。



<つづく>


フィーナ「……絶対悪さするよ」

フィオ「もうしてる!」

フィーナ「大きな何か……前にしでかしたことを考えると、機械なのかなぁ」


30回



フィオ「前回の続き。場面はネリーさんの寝床から。
ネリーさんが帰った時にはまだ居なかったクリエさん。そしてそれは眠って起きた後も一緒で……」


フィーナ「ネリーさんは手がかりを掴めないかと協会へ向かったね。
逃れようとして……こうなっているって事はあまりよくない展開になりそう」


ジュエルドラゴンは大人しくなったが、アトランドの海は相変わらず騒がしい。
まだこの一帯にいる探索者も多いし、今後は観光ツアーなども組まれてくるだろうから、当然といえば当然である。

けれど、その中で一つ噂が立っていたのだ。

ドラゴンとも違う大きな何かが、この辺りを泳ぎ回っているらしい。
しかも、それと前後して、アトランドを訪れた者が失踪しているという。

ネリーは、協会でその話を耳にした。

ネリー
「う、うゃ……! ひょっとして、クリエさんも!?」
協会員A
「ああ、だけど……」
ネリー
「こうしちゃいられないよっ! ショクインさん、ありがとっ!
いってくるねっ!!」

すぐさま協会の建物を飛び出し、海の中に消えて行くネリー。



協会員A
「……行っちまった。
あの怪物、昼の内は出ないらしいんだがなあ。狙う相手も選んでるっぽいっつーし……」

協会員B
「おおい! 手が空いてる奴、ちょっと来てくれ!」
協会員A
「なんだ?」
協会員B
「情報が来た! アトランドで例の渦が出て……」
協会員A
「おいおい、またアレかよ?」
協会員B
「アレだけじゃないんだ、今回は!」
協会員A
「……へっ?」


フィオ「協会でも話題になっているね……飛び出したのはいいけれど、何かまだまだ波乱がありそう」

フィーナ「狙う相手を選ぶ、か。オルタナリア由来の渦とその関係だとすれば、オルタナリア関連の人たちが狙われているのかな」

フィオ「飛び出していったネリーさんは水棲人のセンスで海の中を探索していく。相手が大きいのならそれだけ流れに与える影響も大きいとの事」

フィーナ「とりあえずは捉えたみたいだけれど、それがクリエさんの失踪と関係のあるものかはわからない。それでも行って確かめるしかない」


クリエ
「…… ……。」

探されているクリエ・リューアは、どこだかわからない場所で、鈍い痛みを身体じゅうに感じていた。

頭が重い。
痛みを逆に頼りにして意識を保ち、目を開く。

四角くない部屋の中。壁は焦げ茶色で、ランプが一つフックでかけてある。
ネリーと住んでいる洞穴に戻されたかと思ったが、どうも違う。

視界がはっきりしてくると、壁は岩でなく、ガラクタや鉄板を組み合わせたものでできているとわかる。

辺りを見まわすが、どこにも出口らしきものはない。
こうして生きていられる以上、空気はどこからか入ってきているのだろうけど。

クリエ
「……!!」

ふと、部屋がぐらりと揺れた。重々しく音が響く。
クリエは特に抵抗もできず、見えない力で壁まで転がされて、押し付けられる。

ここはいったい、なんなのだ。


フィオ「一方でクリエさん。とりあえず生きてたのはよかった」

フィーナ「ただ喜ばしくは無い状況だね、何処かわからない場所につかまっていて……ランプが用意されているんだからつかまっているって感想でいいと思うんだけど」

フィオ「状況から考えるに海中を蠢く怪物の中……ってことなのかなやっぱり」


ネリー
「あ、あれは……っ!」

流れを追いかけて行ったネリー・イクタは、アトランドの外れ、遺跡もまばらになってきた地帯に出る。
そこで目の当たりにしたのは、巨大な怪物ではなく、例の渦であった。

対処の仕方はもうわかっている。建物の陰に隠れ、何が出てきてもいいようにするのだ。

渦の中心は、絶えず光と泡を発している。
それは突然に、パッと大きくなったかと思うと、すぐ元の大きさに戻る。その際に、何か―――オルタナリアにあったもの―――を吐き出すのだ。

ネリー自身、もう何度か見てきた光景だ。

けれど、飛び出したガラクタが、すり鉢に落とした玉のように渦をぐるぐる滑り落ちて、海底に消えて行くのを見た。
沈んでいくにしては、いささか速すぎる。

一方で、哀れな魚や海獣が出てきたら、いったんはガラクタと同じように引きずり込まれるのだが、その後猛烈な勢いで外に放り出されるのだ。

ネリー
「…… なんか、いる……!?」

ネリーはまだ渦が止まないうちに建物の陰から飛び出した。
尻尾を力いっぱい振るって勢いを付け、渦を振り切るように突き進む。

目指すは、下。

ネリー
「りゃッ―――!」

真っすぐは行かない。渦の周りからルートを探して降りていく。
相手は吸い込む物を選んでいるし、正体がわからないのに突っ込むのは危険だ。

ネリー
「このちょうしっ……!」

海底の傾斜に張り付くようにして、ネリーはどんどん深く潜る。
すぐ上を、大きな鉄板やら、木でできたテーブルやらがすっ飛んでいく。ぶつかれば、いくら丈夫なネリーでも無事では済まないのだ。

やがてネリーは、流されていたガラクタが海底で山になっているのを目の当たりにした。

ネリー
「……?」

彼女からすれば、奇妙な光景だった。オルタナリアでは不法投棄は深刻でなかったから。

直後、ガラクタの山の中から何かが発射された。金属の柱だった。
真っすぐ、ネリーを目がけて飛んでくる。

ネリー
「っ!?」

ネリーの頭が追い付くよりも早く、それは来た。

ネリー
「ごぶぇっ―――」

柱はネリーの腹に命中し、その身を二つに曲げさせ、勢いのまま地面に叩きつける。

ネリーが意識を失うと、ガラクタの山は一瞬震え、地面に吸い込まれるように崩れ落ちて、うずもれてしまった。

渦もやがて静まっていき、消えていく。



その最後の一瞬に送り出された小さなものに、気づく者はいなかった。



<つづく>


フィーナ「一方のネリーさん。見つけたのは怪物ではなくて渦……だったんだけど、いつもと様子が違う」

フィオ「ガラクタ。残骸だけを選別して吸い込んでいる『何か』その正体はガラクタの山のようだったけど」

フィーナ「……これは痛い。普通の人だったら死んでしまってもおかしくは無い」

フィオ「なんだろうね、これまでとは明らかに違った渦の挙動と、明確な敵意をもって発射された鉄柱。そして最後の『小さなもの』」

フィーナ「まだまだ情報は足りないけれど、デンジャラスな状態は続いている。クリエさんは状況の把握が必要だろうし、ネリーさんは……ダメージから回復しないとね」


31回




クリエ
「…… ……ふぅ……」

どこだかわからない、廃材でできた部屋。
凸凹の強い壁にもたれかかり、ランプを見つめるクリエ・リューア。

彼女は窮地にあって、しかし平静を保っていたが、それは懐に抱えた水筒一本と、自身の気質のためであった。

元々、住んでいた村が駄目になった時に死んでいただろうと思っている身である。
そんな心持ちであるから、命がなくなることがさほど怖くもないのだった。

ネリー・イクタのことは心残りといえるが、彼女は自分無しでも生きていくだろう。

クリエ
「…… ……?」

ふと、がらくたの山の向こうから漏れ出てくる音が鼓膜を打ち、気を引いた。
人らしきものの声が、聞こえてくるのだ。

いかに自分の生命を軽んじていても、何もしようとしないわけではないのが、クリエという女である。


フィオ「クリエさんからのスタート。惨劇を越えてきた彼女だからこそ、ひどく冷静でいられるけれど、状況はなんら改善していないね」

フィーナ「諦めるにはまだ早い……!」


金床の角が、分厚い本を支えてできた隙間があった。

???
「…… ……。」

そこに、ヒトの手のひらほどの大きさの、羽根のついた小人の少女が横たわっていた。

???
「……ぅー…… ……。」

小人は目を開き、顔を上げる。

そこに光はないが、小人も生き物なので、自分の体の状態をわかるくらいのことはできた。
痛みはあるが、手足も羽根も、ちぎれていないのを確かめて、とりあえずは安堵をする。

???
「どこさ、ここ…… ……」

頭をぶつけてもいいよう、静かに動く。まずは身体を起こし、膝と右腕で支える。
空いたほうの左腕は適当に動かして、鉄の滑らかな冷たさが、そこにあるとわかる。

今置かれている空間を把握しきるのに、さほど手間はかからなかった。

???
「……あぁ、まいったなあ!」

小人が声を出すのは、誰かに聞こえてくれればいいと思ってしまうからだが、それが徒労にならなかったのは、トタン板と歯車数枚ずつを隔てた先にクリエ・リューアがいたためである。

クリエ
「……シー、ルゥ……、シールゥ、ノウィク……っ?」

いつものような出にくい声で、クリエはその名を呼んだ。


フィオ「あら、お知り合い」

フィーナ「ガラクタだらけの、というよりはガラクタが組み合わさったような空間で、偶然にも近くに居たのは、小人さん、それとも妖精さん?」

フィオ「説明によると妖精さんっぽいかな、『魔力より生まれ出た命』だそうで
ネリーさん達と旅をした仲間みたいだね」


フィーナ「クリエさんは巻き込まれ型」


シールゥ
「そういうあんたって、クリエ・リューア!」

声を返す相手がいることが、二人を元気づけていた。

クリエ
「ン……。
君……も、ひょっと、して……渦に……?」
シールゥ
「クリエさんもか、やっぱし!
もう、ひどいんだ……海に近づかなければいいんだって思ってたら、渦が空まで出て、竜巻になったんだよ。
ボクはそれに巻き込まれて、気がついたら……」

クリエは見えるはずもないのに、うつむいてみせた。想像を超えて事態が悪化している。

とはいえ、ここで悩んでいても、何にもならない。

クリエ
「……とりあえず、ここ、から……出なきゃ。
わたし、の……方は……ドア……とか、何にも、なくって……」
シールゥ
「こっちなんか、ガラクタの中さ。何とかそっちに行ってみるんで、離れてて!」

はねっ返りで怪我をしないよう、シールゥは気持ち悪さを抑えて金床に背を押し付け、右手の人差し指から光る弾丸を発射した。
一発でトタンに穴が開き、二発目でクリエ側にいくらかの破片が噴出する。

この場所の構造を想像していたクリエは、下手をすれば崩落が起こるんじゃないかと、静かに震えた。そうはならなかったが。

シールゥ
「……っと、こんにちは」
クリエ
「……ン。こんに、ちは」

穴から這い出てきた小妖精に、クリエは両手で器を作って、優しくすくい上げてやった。



フィオ「開通ー。で、クリエさんはテリメインで巻き込まれたけれど、シールゥさんはオルタナリアで巻き込まれてこちらに送られてる。状況はかなり悪い」

フィーナ「クリエさんはある程度の大きさがあったから、『部屋』に幽閉されているような形になったのかもね、シールゥさんは何も無い判定に見える」

フィオ「とりあえず崩落は起きなかったけれど、やっぱりガラクタで作られた場所なのかなー」

フィーナ「壊して進めるね」

フィオ「野蛮! 蛮族!」



一方、射出された金属にやられ、失神していたネリー・イクタが目を覚ましていた。

ネリー
「……ンゥ…… ……?」

あのガレキの山が、きれいさっぱり消えて、後には穴が残っている。

あれが生きていて、渦から出るものを吸い込んでいたと思うのは尤もらしい。
クリエを行方不明にしたのもそうなのか、と言われれば確信はなかったが、どのみち放っておけるものではなかった。

やつは地面に潜っていったらしい。

ネリー
「……あきらめない、ぞっ……!」

ネリーは尾を曲げて水を強く押し、グオッと勢いよく前進して、穴の中へと飛び込む。

作られたトンネルの中にはガレキが残っていて、時に行く手をふさぐが、自慢の馬鹿力で強引にどかして進んでいく。

そんなネリーは、さながら生けるドリルというべきありさまであった。


フィーナ「ネリーさんも復活。生きたガレキの山か……」

フィオ「生きた。って表現が正しいのかはまだわからないけれども」

フィーナ「とりあえず痕跡をたどっていけば本体にたどりつけそうではあるよね」

フィオ「追いついたとして、助け出すために戦う必要はありそうだけど、思いっきりやっちゃって大丈夫なのかな、ガレキだと簡単に穴とかあいちゃうんじゃ」



シールゥ
「仕事中にとは、災難だったね」

シールゥはクリエのこれまで―――オルタナリアで渦にのまれ、テリメインに来てからの暮らし、そしてこの場所に来るまで―――を聞いていた。

クリエ
「……ン。
だから……たぶん、ここは……ぶつかって、きた、奴に…… 連れて、こられた、場所……
じゃ、ないなら……腹の中、て、とこ、か……?」

腹の中だったとしても、相手は無機物であるから消化の心配はない。

シールゥ
「どっちにしたってロクでもないよ。出なくっちゃ。
どっか、スキマを見つけて……」
クリエ
「……それ、なら……海の、中に、出るのは……止した方が……
君……まだ、スキル、ストーン……ない、し……

……行くんなら、君が、いた方で、探して、みて」
シールゥ
「オッケ。そこのランプで、後ろから照らしてちょうだい」

クリエは言われるがまま、壁にひっかかっていたランプをシールゥのいた穴の近くまで持っていく。
中の金床は黄色い光を映し、その傍らの本のタイトルも見える。オルタナリアの言語があった。

空間を構成しているガラクタの大きさはまばらで、シールゥの体躯ならば、潜り込んでいけそうに見えた。
その先に何があるという保証はないが。

シールゥ
「行ってくるね」

危険であっても、とる道は一つしかなかった。


フィーナ「一方のクリエさんとシールゥさん。こっちもこっちで、打開していこうとしているみたいだけれど」

フィオ「身体が小さくて助かった、本人からすればガラクタに巻き込まれたのは不運だけどね」

フィーナ「ガレキの寄せ集め、オルタナリアの本……テリメインのガレキも混じっているのだろうけれど、基本的に向こうのものを集めてというのは間違いなさそう。こっちでそれをやっているのはよくわかんないけど……」

フィオ「意図的な挙動なのかもわからないよねー」


ネリー・イクタもトンネルを潜り抜けている最中である。

ネリー
「あいつ、どこまでいったのかなあ……」

自分の体力に全く問題はないのだが、もしクリエを連れ帰ることになったとすると、あまり遠くまで行かれていては事だった。
未知の海域の魔物は強いから、彼女を守り抜いて戦えるかどうかはわからない。

幸いにして、その後すぐにトンネルは上に向き、そのまま開けたところに出ることができた。

ネリー
「……ここは……」

目につくランドマークはない。
極端な水温ではないから、レッドバロンやサンセットオーシャン、シルバームーンではないのだろう。

ここからは、流れを追いかける。ネリーの感覚は、この辺りの水が引っかき回されたのをわかっていた。

やがて、遠くにいびつな形の山を見つけたネリーは、思い切り地面の近くに寄って泳ぎ続ける。
また、先手を打たれるのを避けるためだ。

ネリー
「…… ……!!」

静かに移動する山にある程度接近をしたところで、ネリーは大きく身体を曲げ、ドッと押し出した。
その勢いと、腕っぷしと気合とを、全て合成した力でもって、ハンマーを叩きつける。

ガァーン!

ネリーの一撃で、木板の集合体のようなものがバラバラになって飛散する。
これだって、ガレキの化け物がまとっているもののほんの一部に過ぎない。こいつには中心部が存在するはずだ。

ドドドッ! 怪物はものを撃ち出して反撃した。
大きな釘や金属柱、さらには剣など、当たれば致命打になりかねないものも混じっている。

ネリー
「うゃあっ!」

ネリーは身体をひねり、素早く地面近くに沈み込んで攻撃をかわす。
ドームの形をした怪物は、その表面と垂直な方向にしか得物を発射できないようで、一番下に来てしまえば、あとは左右に避けることを考えればよかった。

しばらく守りに徹し、怪物のスキを見出してからネリーは接近する。

ネリー
「かんじゃえっ、ハンマーっ!!」

ネリーがぐ、と柄を掴むと、ハンマーに使われているシャコガイのあぎとが開いた。
それで、近くに見えた大きな石柱に噛みつく。

ネリー
「りゃぁああああああっッッ!!」

ネリーは膂力の限りを尽くして、石柱を引き抜いた。

空いた穴の中に、海水が流れ込んでいく。


フィーナ「追いついた! 不意を撃たれた前回とは違うね」

フィオ「テリメインの海に跋扈する魑魅魍魎に比べたら単純な攻撃だ。トラエラレマイ」

フィーナ「機械だろうって事を差し引いても、そこまで脅威にはならないだろうね、当たったときのダメージは大きいから油断大敵だけど」

フィオ「有効っぽい一撃! ……中の二人は大丈夫かな?」


シールゥはようやくトンネルを抜けた所だった。
なにしろ道がないのだから、ネリー以上の苦難である。

そこで彼女が見たのは、興奮した様子で何かを動かしている老人一人と、自分たちがいたのよりはるかに整った部屋だった。

シールゥ
「(あ、あれ……ドクター・アッチじゃん!?)」

かつていた世界で、あの老人は敵だった。シールゥはトンネルの出口脇に身をひそめる。

アッチ
「ぐぅぬぬぬぬぅ! おのれネリー・イクタ!!
こっちに来てまでボクちゃんを邪魔する気かッ!」

シールゥ
「(ネリーが助けにきてるの?
それで、ここまでのって全部アッチの仕業?)」

ネリー・イクタが強いことはシールゥはよく知っていたから、それは朗報といえた。

アッチの傍らには、棘を触手に置き換え、それらをぐねぐね動かしているウニのようなものがあった。大きさは彼の二倍ほどだ。
それが、赤い光と、生理的に危機感を感じさせるような電子音を発した。

アッチ
「ろ、漏水してるッチかッ!
ここじゃあ補充もできんッチのに……! ええいこうなったら!!」

アッチはウニの触手を数本つかむと、自分の頭に押し当てて、叫びだした。

アッチ
「ヒョァア゛―――!! ヒョッ、ヒョァアアアアア゛ァ゛ア゛―――!!」


フィーナ「シールゥさんも困難を抜けて、重要人物のところに、あ、アナタはまさか」

フィオ「知ってた」

フィーナ「渦に巻き込まれていたから、もしかしたら違うんじゃないカナーとも思ってたんだけど」

フィオ「1割ぐらい。 で、なんか気持ち悪いものがあるね」

フィーナ「なんだこれ……ってうわぁ」

フィオ「何かヤバい(確信」


ガレキの怪物が一度、脈動したかと思うと、唐突にネリー目がけてワイヤーを撃ち出した。

ネリー
「!?!?」

飛びのくが、避けきれない。
右脚にワイヤーはクルリと絡みつき、そこに電流が流れた。

ネリー
「ぎぁぁぁぁああぁああぁああぁああッ!?」

悶え苦しむネリー。

そこにもう一本のワイヤーが、鋭い刃を携え、高速で迫っていた。



<つづく>


フィーナ「むぅ……攻撃方法が変わったね」

フィオ「ロストユニバースかな? ってそんなこと言ってる場合じゃなさそうだけど!」


32回



アッチ
「ヴヴーー・ヴ・ヴ! ヴッ、ヴ、ヴヴヴ! ヴヴヴヴ……」

ドクター・アッチの掴んだ二本の触手が、彼の側頭部に根を張っていた。

アッチは姿勢を維持したまま、痙攣を続けていた。
瓶底メガネの裏からは細かい異物が混じった涙がとめどなく流れ、鼻と口からは濁った汁が垂れている。

シールゥ
「(まともじゃないね……)」

シールゥ・ノウィクは、腰につけた木のレイピアを取り出した。
これでアッチの首筋を一突きしてやれば、彼が今戦っているらしいネリー・イクタの援護ができるかもしれない。

シールゥは家屋に住まう蛾のように、壁を登ってアッチの頭上を目指した。

シールゥ
「あーっ!?」

が、シュルルッ! 突然壁から飛び出してきた細い線にからまれて、動けなくなった。

アッチ
「…… ……」

アッチは声ひとつ出さず、グッと首を上げ、シールゥを睨み付けた。

シールゥ
「と、取って食おうってのッ……!?」
アッチ
「…… ……ク、ラ、ウ」
シールゥ
「へっ」

シールゥは、急に彼の声が抑揚を失ったことで驚いた。

アッチ
「…… ……ホショク、シ、ドウ、カ、スル。
カ、ク、チョウ、ス、ル、カク、チョ、カク、カクッ」

シールゥ
「……ゴメンだってのっ!」

シールゥが念じると空中に光の矢が現れ、彼女の側に飛び、線を切り落とした。
自由を取り戻した彼女はすぐさまアッチから距離を取った。

どういうことになっているのか、すぐに察しはついた。

頭の回転が早くないと、小さな身体では生き抜けないのだ。


フィーナ「前回の続き、シールゥさんの目の前で起きているのは……」

フィオ「裸の巣かな……?(戦慄」

フィーナ「想像を超えてやばい奴だったのかも。『本体』は」

フィオ「こりゃ100%アッチが悪いってことでもないみたいだねぇ。二箇所での戦いということになれば、ネリーさんのほうも少しは楽になるかな……?」



ネリー
「グ、ギッ……ギィ……ッ!」

ネリー・イクタは縛られた自分に飛来したワイヤーを、その牙で止め、食いちぎった。

けれど、それだけでしのげるものではない。
ガレキの怪物は、今度は複数のワイヤーを撃ち出し、確実にネリーを仕留めようとする。

うねりながらも高速に突き進む刃が、ネリーの胸から数メートルの位置に迫った。

ネリー
「ガァーッ!!」

ネリーは咆哮をあげた。
波動の媒体となった海水は、ワイヤー群を押し返すほどの力をもって進んだ。

ネリー
「グァアアア―――ッ!!」

勢いのままに、自分を縛るものも引きちぎり、ネリーは尾を振るって飛び出した。

何か大きなガレキを引き抜いて怪物の体内に飛び込み、中からぶち壊してやるつもりだった。
飛び交うワイヤーや小さな破片、ガラクタなどをかいくぐり、ネリーは怪物にとりいた。

手を突っ込み、適当な塊をつかんで、怪力を発揮する。

それが鈍い音と共に、少しばかり引き出されたところで、ネリーの腕は一瞬止まった。

ネリー
「―――!?」

怪物の身体から見えたのは、住み慣れた港町コルムにあるレストランの煙突だった。

センチメンタリズムを意識的に封印できるほど、大人になれてはいないのがネリー・イクタである。



フィーナ「そのネリーさん。野性味あふれる防御と攻撃。すさまじいね」

フィオ「勢いそのままにと行きたかったところかもしれないけれど、これはとまっても仕方がない気がする……致命的な隙にならないといいけど」


その頃クリエ・リューアは水責めにあっていた。
シールゥを見送って待機していたら、突然外が騒がしくなり、水が流れ込んできたのだ。

クリエ
「(……っと……)」

呼吸用のスキルストーンさえあれば、決して危機ではなかった。

だが懐を探ってみれば、持ってきたはずのそれがない。
ここに連れてこられた時に、取り上げられたか、落としたか。

クリエ
「(……まずい、ね)」

生き延びる努力として何をすべきか。選択肢は一つしかなかった。

クリエは、水が部屋を満たすまでの時間を、覚悟と諦めの備えに費やした。


フィーナ「ご無沙汰だったクリエさん、水が来てるっ」

フィオ「冷静に対処……のはずがこちらにも想定外が」

フィーナ「それでも頭の中は冷えてそうだけど……やるしかないね」


シールゥは―――外でネリーがやっているように―――触手の網をきわどくかいくぐっていた。

シールゥ
「アッ!?」

上から飛んできた一本が彼女の羽根を掠め、軌道を崩す。

シールゥ
「冗談じゃないっ!」

彼女に勇気はあった。
床に向かって思い切り加速し、叩きつけられる寸前でレの字のカーブをする。

下からの攻撃に即応できるだけの高度だけ取って、目指すはドクター・アッチの白衣の裾である。

シールゥ
「刺しちゃえよっ、ご主人様を―――!」

自らもレイピアを構えながら、シールゥは吼える。

その直後―――ドォーッ! 床を破り、突き上げてきたものがあった。


フィオ「こちらでの戦いも激しくなってる。覚悟を決めた一撃を遮ったのは……?」


クリエ・リューアは、死神との追いかけっこを始めていた。

完全に水没した部屋の中、彼女は海水が流れ込んできた場所に潜り込んだ。
不定形のトンネルを、壁だけを手がかりに登って行かねばならなかった。

ここから出られたとして、そこはまず間違いなく海中である。水面まで息がもつとは思えない。

遺書を書けるような紙は、あいにくなかった。
ここで息絶えたとして、ネリーにわたしの死を信じさせてくれるのは亡骸そのものしかないのだろうと、クリエはわかっていた。

一人にさせてしまうのだとしても、自分のことを諦めさせた上で、そうしたかった。

クリエ
「(…… …… ……。)」

酸素が尽き、意識が遠のいてくる。

最後の一瞬、手をかけていたガレキがひとりでに引っ込んでいくのだけがわかった。


フィーナ「こっちも……戦いというには一方的な物だけれど」

フィオ「選んだ道も光といえるようなものじゃなくて、自分の最期かもしれないというのに、願うのは彼女の事?」

フィーナ「随分と大切にしてるね、だけど、まだそっちにいくのは早い」


設置式のカマドと一緒に引っ張り出された、葡萄鼠色の塊。

ネリー
「く、クリエ……さんっ!」

返事はない。

ネリーは腰蓑に手を突っ込んで、空気補充のスキルストーン、≪ワイルドブレス≫を取り出した。
目を瞑って念じることで、その力は行使される。

クリエ
「…… ……。」

新鮮な空気を送られ、うっすらと目を開くクリエ。

ネリー
「し、しっかりっ、クリエさ―――」

カマドが収まっていた穴から、キラリと光が見え、迫ってきた。
出刃包丁から護身用の短刀、兵隊が持つような片手剣まで、いくらかの刃物が発射されたのだ。

ネリー
「ああもうっ!」

ネリーは尾を振るい、クリエを抱えたままその場から飛びのいた。

クリエ
「……ほっと、いて、私、は……」
ネリー
「そんなのだめっ! いっしょに帰るよっ!!」

ネリーは続く攻撃からクリエを庇いつつ、少しずつ海面を目指して進んでいく。

クリエ
「……シー、ルゥが……中、に……
多分……水……入っ、て……」
ネリー
「えっ!?」

隙を作ったクリエはネリーの腕の中から器用に抜けてみせ、上へ泳いでいった。

ネリー
「……シールゥも、こっちに……!?」

ネリーは再び怪物に向かっていった。


フィオ「間一髪!」

フィーナ「クリエさんもやっぱり強い。復活直後だけれど……なんとかなりそうだ」

フィオ「あと少し、ネリーさんは頑張らないといけないみたいだね」


アッチの部屋は水没しつつあった。

そのアッチは生命の危機にあるというのに、平然と浮いている。
すでに死んでしまっているのかもしれない。

吹き上がる水に跳ね飛ばされたシールゥは、どうにか天井に張り付いたが、それは追い詰められることを意味していた。

再び上から現れた細い線が、シールゥをとらえるのはたやすいことだった。

シールゥ
「アッチ! プライドないのかっ、あんた!」
アッチ
「カクチョウ、カク、チョウ、カク、カッ……」

その声はもはや、彼の口から出ているものですらないらしい。
シールゥはかすかな期待を即刻放り捨てた。

だからといって、他に何か望みがあるわけでもない。



―――ただひとつ、ネリー・イクタを除いては。



部屋の一角を構成していたガレキの山が崩落し、室内は完全に水で満たされた。

確信を得て、シールゥは泡の嵐に顔を向けた。
飛ぶことは得意だが、泳ぐ力は大きさ相応でしかない。

ネリー
「シールゥーーーッ!!」

期待通りに、彼女は迎えにきた。

ネリーは≪ワイルドブレス≫を再度取り出して念じ、泡をおこしてシールゥを包み込んだ。
ちょっとした応用の一つだ。

ネリー
「……アッチ……。」

無機質な音を発しながら浮かぶアッチを見つめるネリー。

シールゥ
「もうアッチじゃないよ! 危険だ、離れるんだ!」
ネリー
「……うゃ……!!」

ネリーは腰蓑から、もう一つスキルストーンを取り出した。
浄化の術、≪ブレッシングブレス≫である。

ネリー
「こ、これで……なんとか、なるかなあ!?」
シールゥ
「わかんないって……!」

念じ、スキルストーンの力を引き出すネリー。
霊的な力を持った泡がアッチの体を覆うと、根を張っていた触手たちはたちまち千切れ、分解されていった。

シールゥ
「お人好しだね……」
ネリー
「なんでこんなコトしたのか、きかなきゃ、だよっ」
シールゥ
「あぁ、なるほど!」

ネリーも知らないうちにちょっと賢くなったらしい。シールゥは感心した。

だが直後、シュッ! ウニのような何かが、触手を彼女らに飛ばしてきた。

ネリー
「うゃ!」

ネリーは泡に包まれたシールゥ、それからアッチをひっつかんだまま身をひるがえしてかわした。

シールゥ
「あいつが、乗っ取ってたんだ!」
ネリー
「そーみたいだね……っ!」

言いつつも、ネリーは一旦要救助者たちを引っ張りつつ、ガレキの怪物の体外へと抜け出した。

ドクター・アッチも≪ワイルドブレス≫で泡に包む。
ネリーが手を離すと、彼とシールゥは浮上を始めた。

ネリー
「あいつやっつけて、おっかけるからーっ!」
シールゥ
「おーっ! 負けないでよーっ!」

見送り、振り向くネリー。



フィーナ「怪物体内での戦いも大詰め、シールゥさんもよくがんばったけれど……」

フィオ「一喝しても意識を取り戻させるまでには至らないか……、ただ希望は外に居た」

フィーナ「ヒロインのエントリーだ!」

フィオ「ワイルドブレス便利だね」

フィーナ「スキルストーンの力は凄いなぁ。テリメインの理ってことなのかもしれないけれど」

フィオ「助けるべき人は助けた。残っているのは敵だけだ」


怪物は構造をめちゃくちゃにされ、崩れつつあったが、諦めてもいないらしかった。
残ったガレキを組み替え、これまでとは違った形になっていく。

そうして現れたのは、ネリーの十倍ほどの身の丈をもつ、いびつな姿の巨人であった。

ネリー
「……負けないよっ!」

その場で上下逆さに反転し、下に向かって飛び出すネリー。
巨人は両手の指からワイヤーを放ち、それを追いかける。

ネリー
「そぉれぇ!」

ネリーは海底近くで大回りに、巨人の周囲を泳いでから、その懐に飛び込み、脇を抜け、またぐるりと回った。
ワイヤーが巨人の腰に、腕を巻き込んで絡みつき、動けなくする。

そのくらいの策は、想定しているらしかった。
巨人は自分の体の上下を突然分離させ、ワイヤーから脱した。

ネリー
「いまだぁっ!」

分離したところに自らの身体を潜り込ませるネリー。
ならばと巨人は、切断面をガレキでふさぎ、上半身と下半身とでネリーを押し潰そうと迫った。

ネリー
「ギギギ……ギィィィイイイイッ……!!」

力比べとなった。

力比べで、ネリー・イクタが負けるはずがなかった。負けるわけにはいかなかった。

ネリー
「ガァアァアアアアアーーーッ!!」

ネリーは障害全てをぶち破る勢いでもって、身体を伸ばした。

ガレキの塊はせり合いに負け、結合を失い、バラバラになる。煙のごとく泡を放ち、海中に散らばっていく。
その中に、あのウニのような物体がある。ネリーは見逃さなかった。

ネリー
「―――ッ!!」

尾が動く。身が跳ねる。突き進む。

触手を掴み、引きちぎって、あらわになった核に思い切り拳を叩きつけた。


フィーナ「いざ、決着の時。一度組みあがったものをまた組みなおすことも出来るんだねぇ」

フィオ「かなり高度な技術だよね。何のためにこんなことをしているのかはわからないけれど」

フィーナ「とはいえ、技術が高かろうがなんだろうが、正義の心には勝てない」

フィオ「正義の心というか、豪腕だよね」

フィーナ「正義なき力に意味は無いって言うし……」

フィオ「クリエさんをさらわれたり、オルタナリアで暴れていたりと色んなストレスもあっただろうし、ぶっ壊してひとまずはスッキリ……かな?」


夜がきた。ネリーの住処には明かりが灯っていた。

シールゥ
「ここがネリーのお家かー。
なんかオルタナリアの時と変わんない気もするけど……いいとこじゃない?」
ネリー
「うゃー、やっぱこういうのが落ちつくんだよっ」
クリエ
「……待って、て。今……ご飯、できる……」

三人はあれから無事に帰還した。

アッチの身柄は、あのウニのような物体の残骸と一緒に協会に引き渡された。
これから、色々とわかってくることだろう。

クリエ
「おま、たせ……」

今日の夕食はサラダと焼き魚、それからパンとフルーツの盛り合わせ。
いつもより少々豪華である。

ネリー
「うゃぁーーーっ! いっただっきまーーーすっ!!」
シールゥ
「ちょ、そんながっついちゃって、ネリーはさ!」
クリエ
「…… ……。」

夜は更けていく。


フィーナ「そして戻ってきた日常と増えた住人」

フィオ「やっぱり平和はいいね」

フィーナ「ウニっぽい何かがあれ一つって事もないだろうし、アッチが新しい何かを語るかもしれない、だからまだ全てが終わったわけじゃないけれど」

フィオ「とりあえずはご飯、ご飯、ご飯!」

33回



フィーナ「対決からしばらくしたころ、クリエさんは事の真相に近づこうと独自に動いているみたい」

フィオ「協会が回してくれる仕事も知りたいことに関連したものだったから、運がいいかも」

フィーナ「アトランドの海底にてガレキの化け物をバラして回収する……
一目見ただけで、オルタナリアのものがたくさん転がっているね。その中から『耐水性の手帳』を発見して、持ち帰ることを許された様子」


フィオ「今回の事件に深く関わっていることも幸いしたのかな? まぁともかく手がかりになりそうではあるね!」

拠点のほら穴に帰った後、ネリーとシールゥが寝静まったころを見計らい、外に出る。
クリエは砂浜の岩の上にランプと手帳を置き、灯りをつけて読み始めた。

クリエ
「(あの二人が起きたらかなわん。急がねば)」

おかしな様子が現れるまで、ページをさっさとすっ飛ばしていく。

『瑠璃の月 十一日
狩人仲間のオラーが変な知らせを持ってきた
出先で、海がめちゃくちゃに引っかきまわされた跡を見て、しかもそのあたり一帯、魚も海草も消えちまったんだと』

クリエ
「(私が来たのの、ン十日前、か)」

ページをめくる。

『海の中に、変な渦が現れたという
渦なんか起こりそうもない場所にいきなり現れて、しかものみこまれたモノはみんな消えちまうらしい
ネプテスさんはくわしいコトを調べつつ、陸の街には注意をよびかけろと言った
明日から忙しくなりそうだ

とか書いてたら 俺も渦を調べにいかされることになった』


フィーナ「貴重なオルタナリアでの『渦』の記録。また一人で取り組んでるのは、心労をかけないように……かな」

フィオ「まださわりだけなんだけれど、異常が始まったところだからね」

『渦がビーピル島の方で起こったらしい
あそこには確か、ネプテスさんの娘さんがいたはずだ
何事もないといいが』

『渦の被害が出ちまったようだ
フォーシアズから中央大陸にむかってた船が巻きこまれて、なんとか踏みとどまりはしたが、客が一人のまれたらしい
かわいそうに』

クリエ
「(私らのことか……)」


フィーナ「ふむ……」

フィオ「ここでネリーさん、クリエさんってことは、まだ局地的な災害だった頃で」



『きょうは今後のために会議をした
渦の目撃情報がまとめられたが、ニンゲンがいるところを狙って起きてるようにしか思えない』

『セントラスのおえら方が来て、ネプテスさんと話をした
あせりを見せているようだ、ムリもない
陸のやつらは俺らを頼りにしているけれど、こっちとしては食い止めるどころか正体すらつかめない』

『ビーピル島で、渦が海の上に伸びて竜巻みたいになって乗りあげるのを見ちまった
蔵がひとつ飲まれてた
まだふるえが止まらない

ネリーが行方不明らしいが、ネプテスさんに言えるわけがない』

『魔物がマールレーナにきやがった
渦にあてられたせいなのか?』

『仲間が渦にやられた』

『一体どうしてこうなっちまった
オルタナリアに何があったっていうんだ!

"ヴァスア"が女神さまと一緒にオルタナリアを助けてくれたんじゃなかったのか!』

クリエ
「…… …… ……」

あとのページは白紙だった。手帳を閉じ、しばし静止するクリエ。



フィーナ「これは……ひどいな」

フィオ「手立て無く被害だけが拡大していってる……。『ウニ』『狙ってる』人為的に引き起こされたものではあるのだろうけれど、これほどの規模だとは」

フィーナ「世界を揺るがす異常。『ヴァスア』の一件はネリーさんたちも関わっていたけれど、本来はそれで大丈夫なはずが……ってなっている」

フィオ「パニック一歩手前、この手帳がこっちに来てるって事は、この記述のあと渦に巻き込まれたってことで、被害がさらに拡大していてもおかしくは無いね……」

フィーナ「さて、読み終わったクリエさんにシールゥさんが声をかけてきた。誤魔化そうとするクリエさんだけど、一人で調べていたのばれちゃった」

フィオ「とりあえずはアッチの取調べ待ち……だね」


34回



フィーナ「シールゥさんも加わって日常が再会していく。
ネリーさんを見送った二人は探索協会へと情報収集に向かうみたい」


フィオ「同郷の人物ということだからかな、取調べみたいなこともさせてもらえるみたい? これは大きな進展が期待できるかな」

ふたつの新海域の情報が流れ込むせいで、協会はここしばらく慌ただしい日々が続いているようだった。
紙の立てる音がいつもよりもうるさいのが、クリエにはわかる。

やってきた一人の男が、挨拶をしてきた。

職員
「ふああ……あ、失礼……こんちは。クリエさんですよね。
例の、ドクター……ソッチ……」
シールゥ
「アッチだよ」
職員
「あぁそうだ、アッチだ。
取り調べ、はじめますンで。こちらへどうぞ……」

クルリと後ろを向き、目をひとこすりしてから男は歩き出した。

後に続いて廊下を歩き、螺旋階段を降りていく。

シールゥ
「……あの、ロザリアネットさん、だっけ? いやしないかな」
クリエ
「いない」
シールゥ
「なんで……」
クリエ
「オーラが、無い」
シールゥ
「そっか……」

歩き続けて、一つのドアに至る。
そこを開けると小さな部屋と、それから……

アッチ
「んがっ……! ち、チミたち!?」

テーブルの向こうでイスに腰かけたまま、あんぐり口を開けるドクター・アッチの姿があった。

シールゥ
「やあ、ドクター・アッチ。
ネリーもあんたが話をできるようにって、わざわざ生かしてくれたんだから、たっぷり教えてもらうよ?」
アッチ
「ン、ンーム……ッ……」



フィーナ「協会も大変そうだね。問題ばかりが増えて解決策はみつからない」

フィオ「それでも色々やらなくちゃいけないってのは精神的にもしんどいかもね。
被疑者の名前もわかりにくいし!」


フィーナ「睡眠不足もありそうだから、しかたないね、ソッチ」

フィオ「ロザりん……」

フィーナ「クリエさんは普段から通っているから、微細な差がわかるのかもしれない、つねにそんな禍々しいオーラだしているわけじゃなかろうし」

フィオ「ご対面。さぁちゃっちゃか吐きな!」



クリエ
「まず……あの、ガレキ、の、化け物。
おまえの……発明……?」
アッチ
「そのとーりィ!
……と、言いたいところッチが、半分は違うーッチねぇ、ザンネンながら。

そもそものコトの起こりはねえ。
ボクちゃんの移動式水中研究所・アッチトータスmkVごとワケわからん渦に巻き込まれて、このチリメンだかテリメインだかに来ちまったってもんだッチ」
クリエ
「私たち、と……同じ……」
アッチ
「ンム。
しかーも、そのままハッチから投げ出されて、その後はどーも、通りすがりの奴に病院に担ぎ込まれたらしいッチねー。
でもアッチトータスを誰かにとられたら一大事!
ボクちゃんはソッコー脱走して、船と潜水具をパクって海に出たッチ!」
シールゥ
「人のは盗るんだ……」
アッチ
「このメガネのヒミツ機能で、場所ならわかるッチからねェ。
けど、果たしてアッチトータスの前に出たボクちゃんを待っていたのは、あのウニヤローによる解体ショーだったッチ! クゥーッ」

ウニヤローというのは、あの瓦礫の化け物の中枢にあったもののことである。

アッチ
「ウニヤローときたらアッチトータスを分解して、身にまとってやろうとしていたみたいだッチ。
トーゼン止めた、ッチが……そっからが、ンンン……どうも……よくわからん、ッチ……」

頭を押さえ、項垂れるドクター・アッチ。

シールゥ
「……アッチ。
あんたさ、アレに身体を乗っ取られてたんだよ。何か、覚えてることがないかなって、期待はしたけど……」
アッチ
「フン。悪かったッチね、なーんもなくて……
チキショ、あのウニヤローは許せんッチ。
このドクター・アッチ様を我が物にしようだなんて、不届き者にもホドってもんがあるッチ!」
クリエ
「……ネリー、が……アレの……欠片を、拾って、きた……」
アッチ
「ほぉ! そいつぁー重畳! 調べさせるッチ! ゼヒゼヒ!」
職員
「ちょ、ちょっと、それは、上にかけあってみないと……」
アッチ
「クヌヤロ! 組織ってヤツァ! これだからッ!」
職員
「あぁもう!」

イスからぴょんこと飛び跳ねるアッチを、職員が抑え込む。

アッチ
「クヌヤロクヌヤロクヌヤロクヌヤロクヌヤロッ……」
クリエ
「手に、おえない……一旦……やめに……」
職員
「そ、そうですね……っ」


フィーナ「ふむ。まず発明品があったってことは、その性能も把握していただろうし、ウニにとっては都合よかったのかも」

フィオ「部品の一部としてつかわれているようではあったけどね……」

フィーナ「技術者として解析をお願いしたいきもちはあるけれど、船の窃盗という前科があるからねぇ」

フィオ「組織嫌いのフィーナでも庇いきれない」

フィーナ「まぁ治安を乱したのは事実だから」

フィオ「まぁ、記憶はなくっても、『機械類? をバラして自分の装甲のようにする』『人も取り込んで? 操れる』という二点は確定したみたいだし、一歩前進」

フィーナ「つなげられた様はグロかったね……」


フィオ「さて、一方のネリーさんはサンセットオーシャンを探索中。あちぃぜ!」

フィーナ「嫌になる熱さだね、それから逃げるように遺跡を奥へ奥へ、休憩できそうなところを見つけたのだけれど……」


ネリー
「うゃ、ここだったら、のんびりできそうかなっ……」

広間の下の方に行こうとしたとき、ネリーの頭のヒレがピクリと動いた。

異変の察知である。

ネリー
「…… ……?」

ネリーは流れが起こるのを感じていた。

ネリー
「……!!」

しんどさを放り捨て、直立の姿勢になる。
そのまま尻尾を大きく振るえば、部屋の天井を目がけて、彼女は飛び出した。

直後、水が目に見えて動き出す。引きずり回し、吸い込んでいくように、である。

ネリー
「……やっぱりッ!」

例の渦である。ネリーは今、渦が起こる瞬間に立ち会おうとしている。
ここで原因を突き止められたなら―――

ネリー
「……クァアアッ!!」

渦の根元になる場所が、水棲人の感覚でわかる。
確保したばかりの安全を放り捨て、ネリーは再度、部屋の下方に進行する。

下から四列目に並ぶイス、そのうちの一つの後ろを目指した。

ゆらめく赤い光が、そこにあった。
腰蓑につけたスキルストーンを掴み、ネリー・イクタは力のままに念じる。

ネリー
「ダァアーッ!」

ビカーン! スキルストーンが閃光を発した。
かと思うと、目的地点からいびつな円錐が立ち上った。まるでつららのように冷たく、手で触れることもできる。

《ブライニクル》に手を加えた、《リバーサルヒート》が行使されていた。瞬間的に熱を奪い去り、凍結させる術である。
まさに形になろうとしていた渦を凍らせてしまったのだ。

これで、ゆっくりと調べられる。ネリーは改めて渦の根元を目指した。
だが、それは油断であった。

ピシャリ! 固まったはずの渦がひとりでに砕け、力を取りもどした。

ネリー
「アッ!?」

失敗を察したネリーは、しかし瞬発力においてはいまだ勝っており、すぐに離脱をする。
だが、そうこうしている間にも、渦の力はどんどんと強くなっていく。

ネリー
「ッ……!!」

もはや逃げざるを得ない。ネリーは、先ほど入ってきた通路を目指し、泳ぎ出した。

バキッ、バキッ! 彫られた椅子が引きはがされて、渦に吸い寄せられる。
そのまま蓋になってくれるかと思いきや、むしろ渦の勢いはさらに増していくようだった。

ネリー
「ギ、ギギ、ギギギッ……!!」

ネリーの身体をもってしても、危ういほどの力だ。
しかも気力を振り絞っていた彼女は、柱に、壁に、屋根に亀裂が走っていたことに気付かなかった。

ガラッ! ガラガラガラッ!!

議場の天井が、つぶれるように崩壊し―――

ネリー
「!!!」

ドウッ! 落ちてきた瓦礫の一つが、ネリーの身体を直撃する。

ネリー
「――― ―――」

もう、逆らえない。未だ衰えない渦に、ネリーは引きずられていく。
瓦礫と共に、呑まれていく。

だがそこで、先ほどの赤い光を―――そして、その源のシルエットを目に入れて、ネリーはほんのわずかな時間、意志を取り戻した。

ネリー
「(あ、あれっ……!)」

食い止められなければならない。

そのイメージを受け止めるスキルストーンを、彼女は持っていた。
腰蓑の中で、《サイレン》の石が輝きだしていたのだ。



甲高い音が鳴り響いた。

そこに動くものはなく、後にはただ静けさだけが残された。


フィオ「ごく近くでの渦の発生。それはピンチでもあったけれど、真相を探るチャンスと見て思い切って仕掛けたね」

フィーナ「策は悪くなかったのかもしれない、完全に凍り付いていればもっとじっくり観察できたかもだけれど」

フィオ「一時的とはいえ効果はあったし、もっとしっかり準備できていればそれも可能だったかな。とはいえ……遺跡だということが災いしたね」

フィーナ「環境ごと巻き込まれるすさまじい勢いの渦。意識はかろうじて繋いだみたいだけれど」

フィオ「これは……ギリギリで食い止めたのか、それとも……連れて行かれちゃったのかな?」


35回



フィーナ「意識を失ったネリーさんだけど、『渦の源』を捕まえることには成功したみたい」

フィオ「夢を見る形で、これまでのことを思い出す。ということで総集編だね! 色々まとまってるからわかりやすい」

フィーナ「一度目の冒険のことも語られているね、ネリーさんは渦にうらまれでもしてるのか……」

フィオ「で、前回の続き……だけれど?」



ネリー
「ン、ゥ……」

夢が去り、現実が降りてくる。ネリーはまぶたを開いた。

目の前には、ほのかな赤い光があった。
手で触れることもできて、何やら尖っている。

ネリー
「…… ……。」

ここはどこだろうか。
水の中ではあるようだが、先ほどの光以外には何も見えない。

それに、サンセットオーシャンとはうって変わって、妙に寒い。

光源を手のひらに乗せて、ネリーはその場から泳ぎ出す。
やがて、別な光を見つけることができた。どこかに通じているようだ。

狭いすき間を潜り抜け、水面を目指す。

ネリー
「―――!」

顔を出したネリーが見たのは、銀色に染まった陸地。
オルタナリア北方の小国、メシェーナの地である。

そして、手のひらに包んで持ってきた物体は……

ネリー
「……これ……ひょっとして……!!」

あのガレキの怪物の中にあった、棘だらけのコア。
その破片であった。



<つづく>


フィーナ「どうやら、オルタナリアへつれて来られちゃったみたいだね、ダメージがそこまで大きくなさそうなのはよかったけれど」

フィオ「事件の断片がつながってきた。『ウニ』『渦』『世界転移』。……こいつあとどのくらいいるんだ?」

フィーナ「さぁねぇ……クリエさんの調査を参考にすればたぶんまだまだたくさん。ってとこかな……」

フィオ「そういえば秘密にしていたことも、ネリーさんがコッチに来ちゃったら目の当たりにしちゃうのかもね、ショック……受けないでってほうが無理だよね」


36回



フィーナ「オルタナリアに飛ばされてしまったネリーさん。とりあえず近くの町に上陸してみると……」


ネリー・イクタは冷たさをこらえながら海面を進み、雪国メシェーナ沿岸の街サラハに上陸した。
久しぶりの、故郷オルタナリアの街である。だが彼女の顔に喜びはなかった。

ネリー
「……ンゥ。だれも、いないのっ?」
港が凍る時期ではないはずなのに、人気がない。理由は、すぐ想像がついた。
だが渦から逃げて避難をするにしても、雪に閉ざされたこの国だと、楽ではないだろう……

???
「おおい、ここのやつじゃないのか、お前……」
後ろから、ネリーに声がかかった。尻尾をブンとふるって、彼女はそちらを向く。

ネリー
「うゃっ! ねえねえ、ひょっとしてーーー」
???
「おぅ、ネリー・イクタじゃねェか。俺だよ、ワサビだよ……」

ワサビと名乗ったその男は、裾と袖の長い服をまとい、緑色の鬼の面をつけ、帯刀をしていた。
オルタナリア東方の国、トヨノの戦士のいでたちの一つである。


フィオ「寒い土地だと逃げるのも命がけだからね……クリエさんも相当に大変そうだったし」

フィーナ「鬼!?」

フィオ「お面か、ちょっとびっくり」

フィーナ「剣士のワサビさん。辛そうだし……強そうだね」

フィオ「お面も着けるのが正装なのかな? 皆同じだと見分けるのに苦労しそうだし、別々だとお面が足りなくなりそう」

フィーナ「剣士になる人がそんなにあふれているとも思わないから、なんとかなるんじゃない? まぁ正装かどうかはわかんないんだけど」

フィオ「ちょっとだけワサビさんも含めた過去偏。でそのあたりがわかるかも?」


ワサビ・カラシもまた、クリエ・リューアやシールゥ・ノウィクのように、地球から来た少年たちの冒険に巻き込まれた者の一人であった。

仲間達とはぐれ、二人旅をしていたネリーと直樹は、あるときトヨノの国の浜辺に流れ着く。
異境の地に取り残され、それでも旅の目的である『神秘』を探し出そうとする二人であったが、敵であるディナイア教団の魔の手はトヨノにも伸びていた。
トヨノの支部を任された幹部の男、ホァンダウの卑劣な手によって、ネリーは初めて魔物の血を目覚めさせられてしまい、理性を失う。愛していたはずの直樹に攻撃をしかけた挙句、離れ離れになってしまったのだ。

直樹
「……ちくしょうッ……ネリー……!」
ワサビ
「……おい、お前……何やってンだァ……?」

残された直樹の窮地を救ったのが、ワサビであった。
教団に、大切にしていた古代の妖刀『シチミ』を奪われていたワサビは直樹と協力体制を結び、教団に反撃を仕掛けたのだった。
だがその途中、暴走するネリーを目撃した彼の中で、一つの考えが生まれる……

ワサビ
「(あのサメ娘には、力がある……
『シチミ』を取り戻したら……あいつを斬って、血をくれてやれば……刀がよみがえるかもしれねェな……)」
『シチミ』の念が心に入り込みつつあったことに、ワサビは気づかずにいた。

二人はやがて、山寺に偽装して造られたディナイア教団のトヨノ支部に辿りつく。
そこで待っていたのは、ホァンダウと彼に心を乗っ取られたネリーであった。
ワサビはついに『シチミ』を抜き、ネリーに斬りかかる。明らかな殺意を感じた直樹はそれを止めようとして、ネリーとワサビの両方を相手にしなくてはならなくなったし、そんな状況をホァンダウが見逃すわけもなかった。
孤立し、殺されかける直樹。だがそれでも、彼は屈さない。

直樹
「俺は諦めねェ…… ネリーも……俺もッ……まだ、これからなんだ……!」
ネリー
「……なお、き……!」

何があろうと強くあり続けようとする心は、直樹の異能力を新たなステージに押し上げた。
ドウッ! 放たれた電撃が、ネリーの頭を撃つ……

ネリー
「そう、だよね……! マモノの血になんて、負けないッ……!
わたし、強くなるんだァ―――ッ!!」
ネリーの目に、元の明るい光が戻った。

ワサビ
「……へえ……やるじゃ、ねぇか……直樹よォ……
俺だって……俺だってなァッ!!」
『シチミ』もまた異能力に反応した。表面を覆う錆を吹き飛ばし、その刀身は赤い閃光に包まれる。ワサビの仮面も、跳ね飛び……

ワサビ
「…… ……。」
その素顔は、異形のものであった。今更隠す必要などありはしない。

再び結束し、新たな力を得た三人はホァンダウを倒し、トヨノから教団を実質的に撤退させることに成功した。


フィーナ「人を操って戦わせるなんてサイテー!」

フィオ「テリメインで暴走したときもクリエさん危ないところだったし、トラウマになっちゃうよ……」

フィーナ「それにしてもワサビにカラシ、ついでにシチミとは、やっぱり辛い」

フィオ「ジョロキア・ハバネーロとかいたらどうすんの」

フィーナ「めっちゃ辛い」

フィオ「それにしても妖刀とはね、大切にしていたってことは、由緒あるものなんだろうけれど」

フィーナ「曰くつきの刃物ってわりとあるんだよね、戦うためのものだと特に。大量生産されたやつならそうはならないんだけど」

フィオ「ネリーさんを狙わないで、敵を狙ったほうがよかった気もするけど」

フィーナ「やっぱり直接的に強い血というのに魅力があるのかもね」

フィオ「直樹さん大ピンチ。でも凌ぎきって何とかしちゃうのはすごい」

フィーナ「それぞれが強い心を持っていたからとも。
あ、メタな事を言うとアイコンまでは引用できないんですけど、ここでワサビさんの素顔が見られます」


フィオ「で、現在なんだけど」

危うく斬られかけたことについて、もう恨んでいない。ネリーは特に考えることもなくワサビについていき、その途中で事情を聴く。

ワサビ
「渦のせいで、どこもかしこもしっちゃかめっちゃかだぜ。
セントラスから世界中にメッセージがあって、海沿いに住んでる奴らは全員逃げろってことになった……」
ネリー
「う、うゃ、そうなの? じゃあ、ここも……」
ワサビ
「いや……さすがにこの国じゃ、大移動するも難しいんでな。別に手は打ってある……
……ところでお前、なんでわざわざこんなところに?」
ネリー
「あー……えっと。ちょっとね……」

ネリーは、ワサビにこれまでのことを簡単に話す。コルムで謎の渦に巻き込まれたこと、テリメインのこと……

ワサビ
「……なるほどな。
水棲人のお前なら、渦を放っておくわけないだろうと思ってたが……その前にお前自身がやられちまってたわけか。
じゃあもしかして、こっちの様子も知らねェんだな?」
ネリー
「う、うん……」
ワサビ
「おう。なら、ついてきな。寒くない所で話してやるさ」

ワサビの後に続いていくと、街外れの小屋についた。
中に入ると、さらに床に戸がついている。引き起こせば階段があったので、降りていく。

ワサビ
「もともと、こういう時のために用意してあったらしい……」
ワサビは懐から取り出したランプに魔力を通して、灯りをつける。階段の行きつく先は、すぐには見えない。

下に降りていくとまたドアがあって、開けた先には人々が待っていた。灯りもそこかしこに揺らめいている。

ひげ面の男
「おおワサビ殿、おかえりなさい!」
樽のような体つきで、ひげをたっぷりと蓄えた男が出迎える。

ひげ面の男
「おや、そちらの子は……?」
ワサビ
「ネリー・イクタだ、水棲人の。
ここに居てもらうかどうかはまだわからんが、ちょいと色々あって、事情をつかめてない。話をしてやらんと駄目だ。
少し時間をとってやってもいいよな?」
ひげ面の男
「ええ、どうぞ。
それより、そんな恰好じゃ寒いでしょう。いま、暖かい所まで案内しますから……」
ネリー
「うゃ、ありがとっ。でも、へいきだよっ!」

ネリーとワサビは、この地下シェルターの奥の部屋に通された。
布団のついた低いテーブルがあり、その中に入ることで暖をとることができた。元々トヨノで造られた暖房器具であり、炭に火を入れて使うものだったが、これは魔力で熱を起こす仕組みに改造されているという。

一息ついてから、ワサビが話し始める。

ワサビ
「……あの渦が初めて起きたのは、瑠璃の月らしい」
ネリー
「瑠璃の……? それ、ちょうどわたしがやられちゃって、テリメインに行ったころだよっ」
ワサビ
「ン。じゃあ一から全部説明して、構わんな。

渦は、初めは小さめで数も少なかったんだが、どんどん増えていったらしい。
水棲人の連中が、どうにか食い止めようと頑張ってたが、正体すらつかめない。
そうしてる内に、渦が海の中どころか、陸にまで乗り上げてくるようになりやがった。それで岸に住んでるやつらは、逃げろって話になったのさ」
ネリー
「…… ……。」
ワサビ
「どうした?」
ネリー
「わたし……こっちのこと、なんにも、わかってなかったよっ。
でも、テリメインで……見たの。コルムの街の……」

ネリーは、ガレキの怪物と戦った時の話をする。あのモンスターを構成していたものの中に、コルムの建物の破片もあった……

ネリー
「ワサビさん……。
オルタナリアは、どうなっちゃったの……?」
ワサビ
「……俺も、全部はわからん。
ここに居てわかるのは、たまに様子見に来る水棲人から聞けることだけでな。

確かなのは……どこもかしこも悪くなる一方、ってことだけだ」


フィーナ「海に近いところは全部ダメみたい」

フィオ「ひどい有様だね……オルタナリアってかなり激動の中を生きてる世界だなって印象ある」

フィーナ「水棲人の皆さんも動いている様子だからね、それでも食い止められてはいないみたいだけど」

フィオ「ということで地下へ、シェルターだね」

フィーナ「ワサビさんから語られる渦の記録とオルタナリアの現状」

フィオ「陸もか……」

フィーナ「色んなもの巻き込まれていたからね、クリエさんも見覚えがあるものあっただろうし、陸上が巻き込まれているのも頷ける」

フィオ「解決するアテは……やっぱウニかな」

フィーナ「一方のテリメイン。ネリーさんの失踪から時間がたっていて、クリエさん、シールゥさん、ドクターアッチ。三人で色々話してるところ」

フィオ「ある程度のことはクリエさんが把握しているとおり、で、アッチは『ウニヤロー』が原因だと」

ドクター・アッチは性格に難がありすぎるが、技術力や知識に関しては確かであった。
クリエとシールゥは、以前の尋問の件を受けて探索協会の職員にかけあい、『ウニヤロー』―――ネリーが戦った、あのガレキの怪物の中枢にあったもの―――の破片をアッチに調べさせることを受け入れさせた。無論、厳重な監視をつけさせた上で、ではあるが……

アッチ
「昔、ボクも渦を起こして船を襲うマシンを造ろうとしてたことがあったッチ。その時考えてたのと似たような機構が―――」
シールゥ
「そういう企みしてたのかよ!」
アッチ
「今気にすることじゃないッチ! それで、きゃつには『翠陽石(すいようせき)』が含まれてたッチ」
クリエ
「翠、陽石……」

翠陽石は、オルタナリアで産出される金属である。光を当てると、緑色の閃光にして撒き散らす特徴があった。
クリエもアカデミーで実物を見たことがあった。詳しいことは覚えきれなかったが、機械と魔法の橋渡しをする性質を持っているかもしれないという……

シールゥ
「えっと、それさ……
結論言っちゃえば、オルタナリアにあんたみたいなろくでなしがもう一人いて、全部そいつのせいかもしれないって話か……?」
アッチ
「ろくでなしとはシッケーなッ! それにまだ結論出すには早すぎるッチよ。ケースが一つしかないッチ」
クリエ
「ああ……」
いち学者として見れば、意外とまともなところもある。
アッチ
「正直、こいつは放っちゃおけないッチね……これまでの渦ッコの全部が全部、あのウニヤローの仕業なんだとしたらッ……!
もっと見つけて持ってくるッチ! バラして今後の参考にッ―――」
シールゥ
「ちょっと。
良からぬこと考えてンだったらさ、あのウニを調べられるヒトを、あんたのほかに探したっていいんだよ」
アッチ
「グヌヌゥ……!」


フィーナ「狂人は狂人を知る」

フィオ「ケース。幾つか把握してるし多分あっていそうだね。それにしても規模がでかい厄介ごとを起してくれたものだ」

フィーナ「シールゥさんも釘を刺してくれるし、なんだったら物理的に、ドクターアッチも一行に加わるのかも」

フィオ「一方のネリーさんは、ワサビさんと別れて一路マールレーナへ」

フィーナ「海の中に刀はダメゼッタイ」

フィオ「魔力コートすればイケルイケル」

フィーナ「……説得力がないなぁ」

フィオ「ワサビさんもこのあとまだ出番がありそうだね」





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2019年03月02日

アニーさん18〜



18回



 その石の持つ名前の 意味を


         アニーは 知らなかっ……


フィーナ「不穏な書き出しから始まる、18日目。何かが目覚めてしまった……のかな?」

フィオ「これってジジイはしらなかったのかな。答えてよジジイ!」

フィーナ「どちらともとれるけれど、悪意があって持たせたわけじゃないと思うんだけどね」

フィオ「文字の配置の途切れ途切れ感が不安を煽る……さて?」


19回



フィーナ「……」

フィオ「……」

フィーナ「アカン奴や……」

フィオ「前にあった窓のような、閉じ込められていた『何か』は外へ」

フィーナ「ステンドグラスのような岩さんの表面だったけど……瞳だね」

フィオ「面の全てに浮かんでるのかな……こりゃ」

フィーナ「アニーさんの意識も深く沈んで、『何か』は正気を失ったような」

フィオ「一族に伝わっていたって……呪物かなにかじゃないだろうね……」


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2019年02月24日

ネーレイスさん18〜



18回



フィーナ「前回に海賊狩りの襲撃を受けて、それを迎え撃った一行。
今回はセルリアンの海上にでてきているみたいだけれど、戦闘はどうなったんだろう」


フィオ「みゆさんとペンギンさんいわく『チェックとメンテナンス』ってことだね、どちらにしてもダメージはあったのかな、と」

「ずーっとそういうことしてなかったし私たちに頼まなかったよね、ホタルさん」
「ですです! “潜水艦のメンテナンスを頼むお手伝いは、自分たちが代わりに頼みにいく”って約束ですけど、たしか今までなかったはずでーす。今ホタルさんにも確認しました!!」

 くすりと笑い美優が自らの胸元に手をやって、そこにある小さなソレに手を触れる。
 小さな小さな、ボトルアクアリウムのペンダント。
 浅瀬を模した豆電球状のペンダントヘッドのその中では、ふわふわ1匹のウミホタルがたゆたってる。


フィーナ「ここでちょっと前回の襲撃について」

潜水艦《ネーレイス》。
 大抵は、光の届かない海の中を潜航している。
 もちろん用事があれば海上にだって浮上はするし、明るい海中に進路をとることだってたまにある。

 ただ、そんなことは“ごくまれ”だ。
 なにしろ《ネーレイス》は潜水艦、しかも軍用の戦闘も勘案された潜水艦。
 隠密を第一とし潜航する潜水艦が、レーダーでも目視でもなんでも居場所と特定されて見つかってしまえばあっさり撃沈されかねない。
 ゆえに海面浮上や明るい中を潜航する場合、光なき闇の中以上によくよく周囲を警戒する。
 その上であっても、見つかる率が高い場所に向かうこと自体が“ごくまれ”だ。


 ――なの、だが。
 つい先日、その“ごくまれ”に浮上したそのタイミングを見計らい、襲撃に来たものらがいた。

 ずいぶんと久しぶりに、おそらく1週間以上も鳴りを潜めていたというのに。
 商船を襲い横付けしていた、そのわずかな時間を見抜いて隙を突き、襲撃に来たものらがいた。


 《乗組員》のウミホタルにしてみれば、自分らがナマコやゴガイを襲い食している最中に、その隙を狙い丸のみしにくる大きな魚の襲撃と、なんら変わりがないらしい。
 “よくあること”ではあるらしく、艦内警報が鳴り響くその前段階で、さっくり食事も遊覧も切り上げ迎撃態勢を整えていた。


 いや、そも天敵の襲撃から逃げ切れるというのなら、逃げ手を打っていたのだろう。
 が、状況から、この襲撃からは自分たちは逃げきれないと即判断したと思われる。


 ウミホタルは、弱肉強食のコトワリの中でいきる、小さな海のいきものだ。
 その中でもいっとう脆弱な、食物連鎖の最下層。
 プランクトンと同格の、小さな海のいきものだ。

 小さきものならことさらに、《喰う》ということ自体がいのちがけ。
 逃げ切れず、かつこちらにも対抗するための武器が手勢があるならば。
 襲来する魚を襲い返して無力化させ、髄まで喰うのが突破口。


フィオ「お互いに凶暴な生き物同士だねぇ……」

フィーナ「ま、弱肉強食の海なんだから、こういうこともあるんじゃない。実際に周りといざこざを起こさずに進んでいくことも出来るわけだし、こういう道を選んだり……選ばざるを得なかったりして、そんな世界にいる」

フィオ「まぁね。それでどうやら襲撃者を撃退することはできたみたいだけれど、やっぱりかなりのダメージが残って、それで今回メンテナンスの運びだと」

「でも、ぜんっぜん示し合わせていなかったのに。
 あの人もホタルさんも同じ考えだったんだなーと」
「ですねー。ご主人は整備士呼んで、セービの間は艦長室で画面とにらめっこしてたり見まわったりしてるみたいですけど〜」
「……ま、人間は、ひとり居残ってればいいよね、とは思うよ、うん」


フィーナ「それぞれが潜水艦の損耗を気にはしていたようで、それぞれがメンテナンスの依頼をしてたみたい、ともに歩むものを大事にするのはとてもいいことだと思う」

フィオ「なお総計3000SCになります」

フィーナ「この段階では随分な大金だね」

フィオ「で、ニスルさんはお留守番。で冒頭の二人が外に……ホタルさんの入れて三人だったねごめんごめん」

フィーナ「リラックスした様子で歩いてはいるけれど、ふと、見つけたものは」

「見つかっちゃったのはしょうがないとして―も―……」
 ちらっ、と少女が視線を下にやる。
 地面に落ちているのはテリメインの号外新聞。それに折り込みチラシのように挟まっているのは、七瀬美優の指名手配書。

  Wanted.
   Reward――5326sc.

 『指名手配』『報奨金、5326sc』
 最初に見つけたその時よりも、ぐんと報奨金が跳ね上がった、七瀬美優の指名手配書。

「すっごい報奨金あがっちゃったねー」
「びみょーに嬉しそうですねー?」
「うーん、毒を食らわば皿までも的な? 後戻りなんてできないし、生きのこって帰るためには必要なんだし。
 そもそも報奨金って1でもついたら、あとは上がっても困るよーなものじゃないしなーってなってね」
「なぁるほどっ! 前すっごく落ち込み〜……してましたから、いろいろ心配だったんですよー」
「うん、あの時はごめんねっ。今はもうだいぶ大丈夫だから」

 きゃっきゃっきゃと笑いあう、ひとりの少女と1匹のペンギン。
 こうしていれば年相応の、かしましい女子の女子会的な、ほほえましい光景にしか見えやしない。
 5000を超える報奨金を、掛けられる程の凶悪犯には、はたからは世辞にも見えやしない。

 事実それほどの凶悪犯かと言われたら、そんなことはないわけで。
 どこから見ても年相応の、年頃の女子でしかないのだから。



フィオ「みゆさんはたくましいな」

フィーナ「くよくよ考えても仕方ないよね、実際問題、すこしでもついて、その状態で狩りとられたら、あの場所に行くことになるのは変わらないわけだし」

フィオ「ある種、それだけの荒波を超えた強さのステイタスともいえるかもしれないからねぇ」

フィーナ「その上で気になるのはテリメインの『法』懸賞金がかかるということは、悪とされることを行ったってことなんだけれど、それを悪と定めたのは誰なのかということ」

フィオ「その一端が見られたのが先日の襲撃者の台詞で……」

『探索者協会の懸賞金額ってのはずいぶんいい加減な付け方をしてんだな!
 面白ェ。強えよてめえらは。また会おうぜ。――嫌でも探しに行くからよ!』

 襲撃者のそのひとり、たしか“ジャルド”という名であっただろうか。
 彼が沈みながらサメのように笑いながら、言い放った言の葉が美優の頭をよぎっていく。


 ――海底探索協会が、テリメインを支配している感じなのか?
  ――だからあの協会に都合が悪いと、《悪》となされるというのだろうか。


フィーナ「探索協会への疑問。それはスキルストーンやシェルコインの出所やら、彼らの目的やらまで考えが及ぶことで、まぁ……強制労働所も実際黒いとおもう」

フィオ「ただあっちが利用しているというのなら、こっちも利用し返すというぐらいのたくましさ。目的を果たすため。その障害になるのなら……それはそのときだよね」

フィーナ「だからこそ、今はもっと大事なことがある」

ただいま、この時分で
 繁華街をふらつきながら、アイスを食べながら思うところがあるとすれば。

「それにしてもさ?
 あの時のジャルドさんの言葉って、ほとんどストーカーなセリフだよね」
「それは言ってはいけないオヤクソクでーす」


フィオ「もしもし? 探索協会?」


19回



油断すれば、上下左右もわからなくなるほど複雑な荒波を立てている。
 その荒波は次第に大きくなり、あちらこちらで渦潮を生み出し処々を飲み込む。
 その海底には船の残骸が、あまたに散らばり沈んで朽ちる。

 多少なりとも海と航海の知識があるならば、
 かほどの荒波と渦潮が、船へ生物へどういう《洗礼》を与えるか、想像に難くもないだろう。


 ――船の墓場、《ストームレイン》。


 根も葉もない、怪しい噂がそこにある。
 ストームレインには《すべてを叶える秘法》が眠る、と。

 気の違えた海賊の戯言やもしれない、ただの子供の空想なのかもしれない。
 されど、火のないところに煙は立たず、また否定しきれる要素もない。

 ゆえにここ、船の墓場・ストームレインに漕ぎ出すものも後を絶たず。
 同時にここ、船の墓場・ストームレインを終の寝床としたものも後を絶たない。


 護り人を自称する女、海神と思しき水の精。
 渦潮が舞う海の中、その2名を先導するのか護るのか
 宿借りのような探査艇が引き連れている。

 荒れ狂う渦潮に紛れ、標的をとらえ、襲撃する。
 探査艇こそ機能停止させたものの、護り人が呼び込む渦潮に波にしのぎ切られて猛追は削げまた逸れていく。
 届かぬことを察して引き返すものの、狙った獲物を喰らうことも叶わぬままに、ほうほうのていで帰路につく。


 デカい獲物を捕りにがし、されど被害は甚大で。
 またもやシェルコインを、積み荷や修理へと充てる昨今――


「およ、およよ? ホタルさーん。なんか通信来てますよー?」

 思い思いに今日のスイーツ、フルーツあんみつに舌鼓を打っていたら。
 外部より通信が、入りました。



フィーナ「自分達の戦う場所でもあるストームレインを行く潜水艦。過酷な海は希望も絶望も内包して広がってる」

フィオ「連戦連勝というわけにもいかないんだねぇ、引き分けとかも消耗だけはするわけだし」

フィーナ「襲撃するにしろされるにしろ、お互い本気だろうからね、だからこそ、こういうリラックスタイムは重要ってとこで」

フィオ「誰からだろう、知ってる人か、それとも」

フィーナ「被害者とかからが一番ありえそうではあるけれど……?」

「通信だ? なんじゃ、どこのトンチキ酔狂じゃ」

 通信機器を胡乱に見つめる姿が近くにひとつ。
 少年か子どもかと見まごうほどの、小さな見つめる影がひとつ。

「スイキョー? チキチキ〜? とか言ったらいけないで〜す。えーっと……ログからみると、通信の送信元は“よん・ろく・よん”……『暗黒皇帝まじかる☆リオぴー』様ですね」
「……酔狂を改めるなら、悪趣味以外の何物にも感じぬのじゃが?」
「いえ本名でーす! タンサクシャー名簿、確認しましたもん自分!! ホタルさんとミユおねーさんが海底杯であったひとですYO!!」
「……そこまで知るか、阿呆」


フィオ「暗黒皇帝じゃないか!」

フィーナ「あー……うん。ニスルさんの評価は表面を見た感じでは間違ってない気がする」

フィオ「実際凄い人ではあるんだけどねぇ」

フィーナ「荒波の間の休憩タイムだったわけで、間もあまりよくはない」

「だいたいに海底杯なぞ――それこそ自由行動しておるであろうに、儂が彼奴らの相手なぞ知るか。
 ――で、なんじゃ。いかような通信だ、申せ」
「再生した方が早いですよねー、ホタルさん自動でロクオン・ロクガしてますもの」
「ふん、さっさとしろ」
「アイアイサー!」


フィオ「と、いうことで、リオぴーさんからの通信だけど……?」

「あー、聞こえるか?
 貴様に受信機能そのほか諸々がついてるかどうか……は知らん。
 これは我が暗黒皇帝であるが故に送らねばならぬ文章であるからだ」

「さて、貴様らの此度の活躍――ああ、闘技大会、ではないぞ。
 あれは貴様ら一派の全力ではないことは我々も承知しておるからな。
 『夜の鳴る洞』……多少海賊まわりの動きを気にしている者ならば知らぬ者はいないだろうな。
 連中を撃退した海賊……ともなれば一目置かれることは請け合いだ」


「そこでだ、我は気になった、ただそれだけの理由で貴様に問いかけを送る」


「夜の鳴る洞に限らず、『海賊狩り』は貴様ら一派を付け狙うだろう。
 ならば……なぜ、貴様らはそれを知りなお海賊行為を働くか?」

「……非難しているわけではないさ。我はそこまで独善的ではないからな。
 ただ、困っているようにも見えない、単なる鉄の鯨たる貴様が率先して探索者を襲う理由、それには興味があってな」


「……そもそも意思があるかもわからんというに、長々と演説してしまったな。
 ただ、それだけだよ」


フィーナ「うぉぉ真面目モードだ」

フィオ「あの一戦とその結末は結構大きな波をおこすものだったんだねぇ。
さて、あえて危険に突っ込んでいく、そんな理由はあるのか、と」


フィーナ「届くかもわからない言葉でも、決して投げやりなものじゃないね、さて……?」

フィオ「この『再生』を行ったおかげで、ニスルさんはもちろん、ウミホタルさんもこの内容を知ったということみたいだね」

 《大食堂》で海の鳥が声を上げた時点では、『通信が来た』と伝えたのみと予測される。
 それを声を上げて伝え、その後会話しモニターに再生されるその合間に、ウミホタルらが『それはどれか』を選定し、確認し、その上でニスルと海の鳥の会話から、『どんな通信だったか』を聞かれたからこそモニターに該当通信を映し出して再生をした、という流れであるとは予測される。

【《大食堂》のモニターに該当通信を自動再生されたなら、ウミホタルらには既にそのことは伝わっている】はずだ。


フィーナ「とはいえ、返事をしたほうがよさそうなものの、ウミホタルさんからは人の言葉で伝えられないと」

フィオ「ただ、ペンギンさんに促されて『モールス信号』で返信することにしたみたいだね」

フィーナ「古風……っていうか、知ってることが不思議」

モールス信号とは、可変長符号化された文字コード。
 和文と欧文が存在し、短点と長点のみの組み合わせで構成をされている。
 その挙動から、無線通信に限らず音響や発光信号でも会話や通信に活用されていたという、古くからある信号だ。

 とはいえど、電子メールやシェルストーン通信などといった他の通信が発達した昨今。
 通常通信であれ非常通信であれ、それに倣った通信システムが確保されている。
 ゆえに今では、一部の名残程度に残っている通信方法。
 されど映画などでも取り扱われ、今でもちょくちょく使われることもある、それなりに有名な通信方法だ。


「その通信主が近くでかつこちらを捉えておるのなら、投光・遮光での手段をとったのじゃろうが――というかお前の入れ知恵じゃろ、モールス信号なぞ」
「てへへへ☆ そーでーす、わかりました? さっすがご主人! この天才に気づいちゃぐえっ」

 二発目の鈍い音は同じく海の鳥の頭より鳴る。

「蟲めらが殊勝におのずからするものと思わぬ。まあ良い、どれ、興が乗ったから解析してやろうか」


フィオ「あ、ペンギンさんが教えたんだね、方法は単純だからウミホタルさんでも扱えるからかな」

フィーナ「で、内容は?」

「E・A・T。
 L・I・V・E。
 P・R・O・C・R・E・A・T・E。――捻りの1つもないな、まんまじゃ」
「まんまです。だってホタルさんですもの!」

 喰らい(Eat)、住み生き(Live)、そして繁栄する(Procreate)。
 何故に海賊行為を働くかの問いかけの答え。
 非常にシンプルな、海のいきものとしての望み。

 すべからくと共存共栄とは程遠い。
 棲家すら追われ奪い合い、喰うのすら命がけで喰われることの方が多いもの。
 食物連鎖と階級、そのヒエラルキーの最底辺に属するウミホタルとしての答えがそれ。


フィオ「生き物であるが故に、ただシンプルな答えだね」

フィーナ「一つ前の戦いで芳しい成果を上げられなかったこともあって、ちょっとイライラしてたらしいから、本当はもっと苛烈なものだったのかもね」

フィオ「まろやかにしなかったら、どんなものだったのやらも気にはなるな」

ウミホタルらは貪欲だ。
 その貪欲さは、彼らが持たざる者であり奪われることのが常であったから。
 満たされたものでは欲することはない、欲さずとも手に入りまた満たされて、自らは保証されているだから。

 持たざる者は持つ者から、奪わなければ手に入れらない。奪わねば生きることすら許されない。
 それゆえの純粋さから出るのが貪欲であり、そこに余分な打算も矛盾もない。
 不要なものは不要であり、必要なものだからこそ手に入れる。ただそれだけのシンプルさ。


 されど人間はどうだろうか。自分らが霊長だ神だと勘違いでもしているのか。
 それとも自分らは特別であり、“護られ満たされた”神の子とでもいうのだろうか。
 神の子であるがゆえに、自らが“挙動は是なるもの”と認識しているというのだろうか。

 護ると息巻き海を渡り、結果、己が生きるがために他を傷つけ奪っているという事実に対しては、“神の子ゆえに許され肯定されてる”と大層な思想を抱いているのだろうか。

 そうであるならまことずいぶんと、傲慢たる神の子だ。
 薄く浮かんでいたニスルの皮肉極まる微笑が、見る見るうちに消えていく。

「――ご主人? あんみつのアイスとけちゃいますよー」
「んお、折角の甘味が……うむ」

 スプーンでえぐると柔く脆い氷山が崩れていく。
 男も人間でありもすれば、裏切り矛盾するのも承知はしている。
 されど人間の矛盾には、取り立て笑いを通り越して反吐が出る。

 生きるためには、他のいのちを奪うもの。
 今食べているフルーツあんみつも、果実や植物のいのちを奪って喰らうもの。

 生き繋ぐには、住まうには、生を謳歌するためには
 いずれかが持つ他の場所を、奪い取ってはじめて能う。
 それはどこであったとしても、変わることない不文律。


 船の墓場・ストームレインで朽ちたものは、それに負けた脱落者。


 勝てば生き、負ければ死ぬ。
 非常にシンプルな、海のコトワリ。


フィーナ「弱者の生に対する純粋な意識をみて、人間の抱える矛盾にまでたどり着く」

フィオ「奪うのはウミホタルも人間も一緒。ただその行為に嫌悪感を抱くのはそれから気づかぬ間に遠く離れていて、自分がすることではなくなったからかもしれない」

フィーナ「行動の是非を決めるのは結局はする本人。それについて他人が何らかの感情を抱くのも別に自由だし、妨害するというのなら、程度に応じてぶつかることにもなるかもしれない、ただ『法』がある場所はその『法』がどのようにしかれたにしろ、それを破るのは好まれざるものではあるだろう」

フィオ「その点ストームレインってすげぇよな、最後までシンプルで、最期まで残酷だ」 
posted by エルグ at 18:39| Comment(0) | 日記