43回
フィーナ「世界の危機に多くの人々が集まったフォーシアズ・カピタル。
ネリーさんはそこで自分の見た来たものを話すことになっているみたい、それが数日後の予定で……そしてついに」
ネリー
「直樹ぃーっ!」
直樹
「あン……!?」
死角から飛び込んできた甲高い声に、直樹の反応は遅れた。
ネリー
「わぁーいっ!!」
懐かしい顔じゃないか―――?
そんなことを思った時には、胸と腹とに衝撃が来て、受け身の姿勢に入っていた。
ネリー
「直樹ぃっ! 直樹ーっ!!」
想い人を押し倒したネリーは、力の限りにじゃれついてみせた。
直樹
「おぅっ、お、落ち着け、っ、降りろ、ネリーぃ」
孝明
「は、ハハ……感動の再会、てやつ?」
孝明も流石に、割って入る気にはなれない。
興奮したネリーのヒレはしきりに跳ね、尻尾は激しく振り回される。危険なのだ。
ネリー
「直樹ー!!」
直樹
「や、やめろってのぉ! そ、そうだ、飯でも食いに―――」
ネリー
「いこーっ!!」
直樹の手を引っ張り、ネリーは駆けだす。
孝明
「あ、ちょっ……」
声が出た時にはもう、砂埃が巻き上がっているばかりであった。
追いつこうにも、孝明は、体育の百メートル走に十何秒もかけなくてはならなかった子である。異能使いになっても、それは変わらない。
フィオ「これは悪質タックル」
フィーナ「二人の間ではずっとオンプレーだから」
フィオ「しかしまるで嵐のようだね」
フィーナ「さて、食堂でご飯を食べながら、直樹さんはいくつかのことを教えてくれる。アッチも何とかつれて来れたみたいで、そちらには広幸さんが同行しているみたい」
フォーシアズ・カピタルに到着した途端にアッチはアカデミーに駆け込もうとして、周囲の全員に止められた。
表向きの彼は、機械の力で世界征服しようなどと企んだ犯罪者なのだから、当然である。母校のアカデミーからしてみれば恥さらしもいいところだ。
そうしたら今度は『ミクシン・ミック』について追及することがいかに重要であるか懇々と説いてみせる。しまいには土下座までする始末であった。
広幸
「正直おかしいよ、アッチのやつ。でも、それ相応のワケがあるんじゃないかと思う。アカデミーに入れてやれなくても、僕らで代わりに調べることくらいはさせてもらえないかな?」
訴えなくてはならないことを聞いてもらえない辛さを、広幸は知っていた。
しまいには、偉大なる救世主ヴァスアの存在もあってかアカデミー側が折れ、監視こそつけられたもののアッチは調べ物をさせてもらえることになった。
書庫へ入る前、アッチはそこを警備していた者たちによって短い杖のようなものを全身にくまなくかざされた。
それは彼が白衣の下に仕込んでいた、被認識阻害装置『いないいないバーカくん』だの、遠隔操作式超小型無音カメラ『ヌスミ鳥くん』だのといった数々のよこしまな発明の存在を甲高い警告音でもって露わにし、排除させてしまった。
おかげでアッチの信頼はますます失われ、せっかくアカデミーから得た許可も取り消されるところだったのだが、ここでも広幸が彼を庇い、自分が目をつけておく代わりに入室させるようにと頼んだ。
広幸
「あんまり迷惑かけさせないでよね」
アッチ
「スマンナ。あーいうの、昔は全部魔法でやってたッチから、誤魔化そうと思えば誤魔化せたッチけどねえ」
広幸
「魔法の方が優秀なんじゃないの?」
アッチ
「機械は結局、ありのままの結果しか出さんッチ。でも魔法は、はじめから見たいもんしか見せんッチよ」
そう言って、アッチは本の森の中へ、早足で飛び込んでいってしまった。
広幸はそのまま、会議が始まるまでの数日間、アッチに付き合わされることになった。
フィオ「ということでこっちでは……ひと悶着おきてるじゃあないか」
フィーナ「まぁトラブルメイカー気質だししかたないといえば」
フィオ「真剣だったしね、その姿を見なければ広幸さんも、無理を言わなかったかもし……れな……」
フィーナ「ジャンプしろオラァ!」
フィオ「魔法と機械についていいこと言っているような気がする」
フィーナ「結局一長一短なんだろうね。両方知っていたほうが思考を広げるのには便利だと思う」
フォーシアズ・アカデミーの大議事堂の中心には、大きなすり鉢のような部屋があった。
その中央には、巨大な柱のようなものが建っていて、内側に入るためのドアもついている。
外周上には合計十二か所も出入り口が並んであり、そこから次々と人が入ってきて、階段状に並べられた席に座っていく。
ネリー・イクタもここにいた。なんとなく、テリメインで最後に見たあの部屋に似ているなと、彼女は思った。とうとうクリエとシールゥまでもこちらに来てしまったが、今頃向こうはどうなっているのだろうか?
そのシールゥとクリエ、ほかに、孝明、直樹、ゼバ、それから呼び出しがかかった広幸も近くにいた。
直樹
「おい、平気か広幸? 災難だったな、今度は」
とても眠そうにしている広幸を、直樹は軽くゆすってやった。
広幸
「ふぁ、ああ……ホントだよ、もう。それでアッチったらまだ調べものしてるんだぜ」
孝明
「頑張ってンねえ……あ、そろそろ始まるんじゃない?」
下の方の入口から、重々しくも軽やかに思える足音が聞こえてきた―――アノーヴァ・ピイヴァルだ。中央の柱の近くまで来て、『おすわり』の体勢になった。
その後ろから、それなりに年を重ねた赤い髪の女がやってきて、アノーヴァの脇を通り過ぎてから、柱のドアを開けて中に入った。
しばらくして、柱の上の空間に光の粒が集まり、膨れ上がって、ついには柱の直径と同じくらいの広がりを持つ光の球となった。その輝きが薄れ、シャボン玉のように透き通った表面が露わになり、そこには先ほど柱に入っていった女性の顔が映っていたのだった。
ゼバ
「イマーカ・メッグ様だ。率先して渦の対策にあたっておられる方だな」
柱の上の球に映ったそのイマーカの顔が、語り出した。
イマーカ
「静粛に。これより、会議を始めたいと思います」
声は部屋中にくまなく響き渡り、ささやきをかき消していった。
イマーカ
「ご存知の通り、いまオルタナリアは、あの忌むべき渦によって新たな危機に瀕しています。しかし、この場には渦との関連が疑われている異界……テリメインを訪れ、帰還したという者達と、かつてこの世界を未曾有の危機から救いたもうた三人のヴァスアもいるのです」
その両方に当てはまる広幸は、あくびを噛み殺し、背筋を伸ばした。とはいえ、ここに来るまでのことは事前に話してもいる。
スクリーンの球体の表面に、あの渦を生み出すウニモドキが現れた。
イマーカ
「テリメインからの帰還者……ネリー・イクタが持ち帰った破片から、件の渦の発生源である物体と全く同じものがテリメインにも現れたことが判明しています。さらに、オルタナリアで吸い込まれたと思われるものがテリメインで発見されたという報告も受けています。これらから、この物体……ひいてはあの渦が、二つの世界のつなぎ目となっていると考えられます」
スクリーンの映像は次々切り替わる。ウニモドキは縮小され、見た目だけの渦を起こしてみせ、抽象的に表現されたオルタナリアとテリメインとを繋いでみせている。
このことについてより深く、広幸はついさっきまでアッチと調べていたところなのだ……なぜ、そして誰が、あのウニモドキに、そんな機能を持たせたのか。
フィオ「全員集合かな? あ、アッチが居ないか」
フィーナ「数日でどうにかなるとは思わないけど、テリメインも苛烈な世界だからねぇ」
フィオ「だいたいこれまで発覚していることと同じだったね。テリメイン自体は渦と関連あるわけじゃないけど」
フィーナ「誰かというのはもうほとんどわかっていそうだけれど、何故かは……そろそろわかるのかな」
ドクター・アッチは論文の束を読み終え、いくつもの紙とペンを使い、確信を得た。
アッチ
「ミクシン……」
不思議と、激しい感情が起こらないのに、アッチは気づいた。
アッチ
「魂が燃え尽きる日まで決して立ち止まりはしない、ボクら永遠の夢追い人。樽の中、蔵の中、いいや世界中のリンゴが全部腐ってもなお、ボクらだけは赫奕たる果実であり続けよう。オルタナリアの明日の為に……て、思いックソ酒かっくらってほざいたッチね、卒業パーチーで……」
―――むやみやたらに過去を振り返るのは老いの証だ。
別な時にそう言ったのも同時に思い出し、アッチは抗えぬ嫌悪感に支配された……彼は頭を激しく振って、挙句テーブルに叩きつけ始めた。
激情が、抑えられなかった……溜まったマグマが、火山から噴き上がるように。
係員
「ちょっと、やめろ。大丈夫かオマエ?」
声を掛けられ、挙句抑えつけられて、アッチは自分の状態にようやく気付いた。
周りの学者たちの視線も集中したが、そんなのはもうどうでも良かった。
深呼吸し、無言でやってきた係員を押しのけると、アッチはまだまっさらなままだった紙を左手で引き寄せ、ペンを走らせる。書くべきことを書き終えたら、折りたたんで、
アッチ
「これ、ヴァスアたちに、渡してこいッチ。今度のことには、ケリをつけなくちゃならんッチ。そのための……」
係員
「言わんでいい。渡せばいいんだな、行ってくるよ」
この係員は、別に彼のことを馬鹿にしていただけではなかった。
今のドクター・アッチの目は、正視するには、色々なものが渦巻きすぎているような気がしてしまったのだ。
フィオ「何か真実にたどり着いたみたい」
フィーナ「……その言葉が本気だったのだとすれば、今回のことは何かが違っている気がするね」
フィオ「だからこその激情なんだろうね。本来の志とは違ったことになっている、それは本人の意思なのか、そうじゃないのかはまだわからないけれど」
フィーナ「ま……ケリをつける方法もわかったんでしょう、それをすればきっと全てがわかる、はず」
フィオ「そして会議の場面、イマーカさんの調査によると、渦の攻撃は対策を立てている場所を狙ってくる傾向があると」
フィーナ「思い付きを語る面々。そこへアッチから届いた報せから、広幸さんは確信を得る。決戦は海の中のようだね」
その頃、フォーシアズの門にいた兵士は、遠くから馬に乗って誰かが駆けてくるのを見た。
服をずたずたにされた、ただならぬ様子の男だった。
兵士
「おい、そこの…… どうした? 魔物でも連れてきてないだろうな?」
男
「ま、魔物、じゃない……! たっ、助けてくれえ! とにかく、助けて……っ!」
兵士
「なんだと……」
ふと、兵士はかすかな、しかし確かな力を持った音が、この場に近づいているのに気づいた。
顔を上げ、この門から出ている道の、その先を見る。
遠い空の下で、何か、大きなものが、うねっている。
兵士
「お、おい、ありゃあ……何だ?」
男
「う、渦……竜巻、だ。いきなり十個も二十個も来て、合体して、馬鹿でかくなって……!!」
兵士
「なッ!?」
それは、二人の視界の中で、確実に、動いていた。
フォーシアズ・カピタルに、向かって。
フィオ「敵の本拠地がわかったのに……大攻勢が始まってしまった」
フィーナ「木の実つぶしかな? いや、意図的なものじゃないか」
フィオ「よく逃げてこられたねこの人。……これまでの事を考えると都市ひとつなら十分に破壊し尽くすだろうけれど」
フィーナ「ここが完全に崩壊したら世界が終わると言っても過言ではないと思う、全力での防衛戦になりそうだね」
フィオ「それも出来るだけ早くだね。相手が追加戦力を投入してきたら、おそらくゲームセットだろう、向かってきている竜巻が他にもあると仮定して、だけどね」
フィーナ「でも大攻勢をかけたぶん、本丸の防御が手薄になった可能性も十分にある。ここをしのげれば反転攻勢にも出られるはず……」
44回
フィオ「フォーシアズ・カピタルでの決戦。非戦闘員が避難していくなか、兵士達とヴァスア一行とネリーさんは竜巻へと向かっていく」
フィーナ「世界の命運をかけた決戦いまここに。その一方で戦闘とは別の目的で竜巻へと近づく影が」
アッチ
「ミクシン・ミック……ヤツはボクの同輩だったッチ。
ヴァスア……地球人がいなければどーにもならんオルタナリアを変えてみせる。入学記念パーチーでボクらは出会い、夢を語らったものだッチ」
ドクター・アッチは、ひょろ長い脚で二足歩行をする機械にクリエ・リューアを乗せ、市街地を駆けていた。
門の方に向かって、である。
クリエ
「……逃げる、んじゃ、ない?」
アッチ
「フン! その気なら、さっさと降りるッチよ!
これはねえ、例え何もできんのだとしても、全部見届けるくらいはしとかないと、恥ッつーか後悔モンなのだ……!」
ぽふぽふと湯気を発するアッチ。
クリエ
「……ついて、く。ネリー、が、心配……」
アッチ
「ヘェ〜、そりゃまたえらい仲良しになったモンだッチねェ?
テリメインで一体何があったのやら……あ、惚気話はナシでネッ」
言われなくてもするものか。クリエは苦笑いをした。
アッチ
「……ンで。
ボクとミクシンはアカデミーで機械を学んだッチ。
最初の一年で『ジョシュアズ・ノート』に追いつき、二年次には追い越してやったッチ」
ジョシュアズ・ノート。
ヴァスアの一人であったジョシュア・アークライトは、いわゆる神童であった。身体こそ丈夫ではなかったものの、齢十三にして機械に関する深い造詣を持っていた。その一部が、彼が残したノートに記されていたのだ。
オルタナリアに呼び出された彼が最初に降り立ったのが、学術の都フォーシアズであったことは、彼の救世主としての方向性を決定づけた。
ジョシュアはすぐには冒険に出ず、自らの虚弱さを補うための発明をした。はじめに、長い脚で歩く大鳥の身体を模倣することで、歩行機械―――今アッチたちが乗っているものの原型にあたる―――を作った。その次には、巨龍の咆哮を真似て魔物を追い払う装置を、さらには身につけることで鉄砲を扱えるだけの膂力が得られる手甲を開発した。
そんなことばかりしていたので、彼は結局、たった二度の『心の儀』しか行えずにオルタナリアを去ることとなった。ヴァスアとしては、劣等と言わざるを得ない成果である。
一方で科学者としてのジョシュアは、今日の日まで高く評価され続けている。後のヴァスアたちは彼の名に対して何の反応も示さなかったが、恐らくは業績を残すことなく早世してしまったのであろうと捉えられた。
アッチとミクシンが機械の道を歩むことを決めたのも、元を辿ればジョシュアへの憧れからである。
アッチ
「……けどその後で、ボクとミクシンの道は分かれちまったのだ、ッチ。
チョイと当時のボクは驕ってまして、そいつが気に入らんかったよーでね」
驕りなら今でもそうだろう、とクリエは言いかける。言葉を上手く話せないことを、彼女は少しありがたく思った。
アッチ
「ボクは、オルタナリアを変えるってのは、何だかんだオルタナリアの中だけで終わるもんだと思ってたッチ。
けーンどもねー、そこがボクとヤツとのどデカイ差ってモンでしたのヨ」
クリエ
「オルタ、ナリア、の、外……」
それは、地球のことだけを言っているわけではないのだと、今のクリエにはわかる。
だが……ミクシンはどうやって、そこへ至ろうとしたのか?
世界の壁を壊すような行いをしようとしていたのだとしたら、それはとんでもない罪である。このオルタナリアは、創世の女神ミーミアが、ニンゲン達に託してくれたものなのだから。
もしもネリーたちがこれからミクシンを捕らえ、連れ帰ったとしたら、彼は死罪となろう。
アッチ
「それ以来ヤツはほっとんど書庫と工房で過ごし……流石に卒業パーチーには顔出してきたッチが、今にして思えば多分ボクに色々怪しまれないよーにってつもりもあったんだろーなァ……で、出てったら出てったで今度は商売始めたッチ。
だがある時! ミクシン・ミック邸、謎の炎上ッ! 遺体は骨ッコ一つ発見されずゥ!!」
クリエもよく知っている話である。確か、アカデミーに入る前の年のことだったはずだ。
アッチ
「ンでンで、こっからはここ数日ばかし調べて考えたことになるッチが……
ヤツのプロジェクトの一つに、地上人向けの水中住宅ってのがあったッチよ。海ン中のヤツが陸のヤツと結婚したがるみたいな話はもう珍しくもないし、需要は間違いなくあったッチね。
しかーし……恐らくヤツが実際造ってたのは、自分専用の秘密ラボ、ッチ。セントラスでボクちゃんチョイと必死になっちゃったデショ?」
クリエ
「……ああ。あの、丸い、の……ラボ、の、一部、とか?」
アッチ
「ゴ・メイトゥ。
あん中でヤツはオートマトン、ひとりでに動くマシンの研究を続けていたッチ。
……結論言っちまうとあのウニモドキがそれッチよ、きっと」
クリエ
「……渦、は、ミクシン、が……。」
アッチ
「ンム!
あの渦は、オルタナリアとテリメインを、繋いでみせた……ヤツは生きていて、誰も見とらん海の底で、世界の壁をぶち破るメカニズムを作り上げさせやがりましたのだ、ッチよ!!」
眉間にしわを寄せるアッチ。その渦巻き眼鏡が、ギラギラ光る。
前方上空に聳える、地上の渦にも負けないほどの迫力があるように思えた。
アッチ
「あああアアア゛ア゛考えりゃ考えるほどオソロシイ!
ヤツはボクが今思いつく全てを実装したに違いねェンだ!
ネリーが言うことにゃテリメインの魔物を模倣したりもしたッつーし、そーいやボクのこと乗っ取りもしたし、ええいええいエエーイッ!!」
クリエ
「……ど、う、どう」
アッチ
「ボカァオンマサンジャネーッ!!」
蒸気を吹き上げるアッチを宥めつつも、クリエは街の向こうで重々しく揺れる竜巻を見つめていた。
ウニモドキ……ミクシンが開発した、無人探査マシン。それらがテリメインで起こした一連の出来事を、クリエは思い出す。
どんな環境かもわからない別世界で、自己防衛し、得たものを持ち帰る。
これまでのことを振り返れば、確かにその目的は果たしていると言える。だが、あのウニモドキたちがそれを超えた暴走をしているのも、明らかだった。
クリエ
「……皮肉、て、やつ、かね」
直後、二足歩行マシンが急加速をして、クリエは軽く舌を噛んだ。
フィオ「この二人か。アッチの決意もわかるし、クリエさんも……」
フィーナ「ほぅ。ナ ル ホ ド ね」
フィオ「で、首謀者、ミクシンのお話がすこし。
偉大な先達者にそんなに早く追いつけるなんて、本物の天才だね二人とも」
フィーナ「そうだね、まぁ0から1を作るより、1をみて1に追いつき、追い越すほうが簡単かもしれないけれど、それを抜きにしてもかなりのものだと思う」
フィオ「そしてその後のこと。世界を思う心から、荒っぽい手段に出たのだとしても、やっぱりまだ何らかの飛躍があるように感じるね」
フィーナ「自分の存在を消してまでというのは狂気を感じるね。実際他者と接していても孤独だったのだろうし、そのあと本当の孤独の中でどんなことをしていたのかは……まぁ目の前に現れているわけだけど」
フィオ「想定したありとあらゆる機能を載せた故の暴走なのかなぁ……人を乗っ取るとかはただの暴走とはまた違う気もするけれど……」
フィーナ「一方の戦闘サイド。錚々たるメンバーが集まっているけれど、巨大竜巻相手に苦戦中」
広幸
「どうしよう……! 根っこを狙っても、大きすぎるから!」
宙にいる広幸が叫ぶ。彼の右手は熱の矢を十数発も吐き出し終え、赤いオーラを漂わせていた。
あの巨大な竜巻が視界をほとんど覆ってしまうほどに、四人は接近をしていた。
飛ばされるほどではないが、風は容赦なく殴りつけてくる。
直樹
「ああもデカいと、直接ウニモドキを壊すのは無理か!
なら上からド真ん中に飛び込むっきゃねェ……広幸、危険だが―――」
広幸
「構わない! やってやる!」
広幸は虚空を蹴っ飛ばし、まっすぐに上昇した。
上空に、雲は、ない。
広幸は青空の中で異能の光を振りまき、その位置を知らせてくれるだろう。
だがそれは、相手にとっても同じであった。
広幸
「アッ!?」
ビカッ! ビカァーン!!
一条の閃光が、竜巻から発せられた……かと思うと、それはたちまち枝分かれし、拡散し、広幸を囲んだ。
直樹
「チィーッ!!」
孝明
「よせェーッ!」
ゴゥッ! 樹木の槍が地面を突き破り、垂直に伸び上がった。先端は、輝く金属の針に覆われている……二人の思惟に導かれる異能力が、同時に発動をした結果であった。
避雷針となったそれは雷撃を吸い寄せ、広幸の回避を成功させる。
広幸
「やるじゃん、ありがと!」
仲間たちを一瞥することもなく、広幸は高速で上昇し続ける。
攻撃に抵抗しつつあの巨大竜巻の上方をとれるのは、自分しかいない。これから先どんな援軍が来ようと、それは変わるまい。
そんな物言いができてしまうのが、今の広幸……初めて『心の儀』を完遂し、オルタナリアを真に救ってみせた救世主・ヴァスアなのだった。
だが、さらに上空……巨大竜巻の天辺をも越える高度から、突っ込んでくるものがあった。
広幸
「なンだよ、今度は!」
急速に接近してきたそれは、五十メートル四方はある網であった。
広幸
「こんなもんは、かわしてさ……!?」
異能力で、水平方向に加速をかける。
だが、網が自発的に変形しだしたのに、広幸は気が回らなかった。
グォーン!!
空中に竜のあぎとが現れ、広幸に喰らいつき、捕らえた。
広幸
「やられたァ!?」
そう声が出るのは、まだ命がある証拠である。
あの網が竜―――《ジャバウォック》―――に変じて襲いかかってきたのだとも、すぐにわかった。
が、続けて突進してきた獣のような影が、三つ。
角を生やした怪物の像……ガーゴイル。その王たちであった。だがその身は石ではなく、スクラップの塊でできている。
広幸
「ガラクタのガーゴイル……!?」
それらの内の二体は広幸を搦め捕った網にしがみつき、残る一体は高らかに吼えた。
それが、引き金であった。
竜巻は咆哮に応えるかのように、無数の瓦礫を放り出す。それらは空中で凝集し、組み上がり、何体もの下級ガーゴイルに変じた。
彼らもまた、広幸の周りを取り囲み、その身を押しつける。彼を包む網は、今やガーゴイルたちの塊のようになっていた。
待機していた最後の一体は、真紅に光り輝く。
その煌めき……深い青空の中でも際立つそれを、ネリーは、知っている。
ネリー
「《カルパッチョ》……!?」
孝明
「マズいのか!?」
ネリー
「サイアク!」
直樹
「あンなとこ、狙えねェぞ!?」
地上の彼らが喚く間にも、ガーゴイルキングはその赤いオーラを膨張させ、友軍を引き寄せ、呑み込んでゆく。
広幸
「あ……アッ……!!」
圧死の危機から解放された広幸は、さらなる脅威に晒されていることを、わかってしまった。
海を叩き割るほどの力を得たガーゴイルキングの爪は、少年一人、跡形もなく蒸発させてみせるだろう―――嗚呼、南無三!
フィオ「防御が厚いなーこれだけの規模だから当然ともいえるけど」
フィーナ「すぐさま手段を切り替えて、広幸さんが上空へ。飛べるのってやっぱり便利だけど……」
フィオ「孤立しがちになるのは危険かもね……支援が届かなかったら一発目で危なかった」
フィーナ「そこに動きを止める事が狙いの二発目。さらにトドメの三波目」
フィオ「相手も対応が早い! 直接戦ったのはこれがはじめて……のはずなのに」
フィーナ「もしかしたら、以前の冒険のデータがあるのかもしれないね、それを参考に一人一人対策を立ててあるのかも……」
フィオ「学習能力は凄いけど、敵だと厄介この上ないな!」
フィーナ「発現しようとするテリメインの猛威……!」
ネリー
「やっ、や、やめ……」
ネリーは、空を見上げたまま、歯を震わせていた。
ネリー
「やめ……てっ…… ……!」
身体が、熱くなる。血が、騒ぐ。
逸る心は、『ネリー・イクタ』の内面を引っかき回して、使えるものを見つけようとする。
あの距離に届く攻撃は、ネリーにだって、ない。
けれど……
赤黒く光る、血のような、結晶を、そこに見つけた。
ネリー
「う、ウ、ゥゥ……ッ……!」
直樹
「ネリー!? おい……」
直樹が、ネリーの変調を感じ取って、振り向く。
その瞳も、青白い肌も、紅に染まりつつあった。
ネリー
「ハァッ、ハァ、ハァァアアアアア゛ア゛ッ……!」
ネリーは、牙を、剥いた。
直樹も、孝明も、同じことを考えた―――これでは、鮫の面構えだ。マズルこそ無いが。
そして……彼女の身体から、真紅のあぎとが抜け出し、空に向かい、伸びた。
今や一にして多の存在となり、限りなく強大になった爪を振るわんとしている、ガーゴイルキングの下を目指して、真っすぐに。
赤と赤とが、青の中で、衝突する……
ネリー
「ウガァ―――ッ!!」
地上からの咆哮に応えるかのように、ネリーの撃ち出したあぎとが開く。
ズオーッ!!
紅のあぎとは、ガーゴイルキングのオーラを、引きちぎり、噛み砕き、呑み込んでいった。
その度に、ネリーの身体がより赤く染まり、そのオーラを膨れ上がらせていくように見えた……
孝明
「ネリー! おい! 何をやってる……」
孝明は、ネリーの近くに踏み込もうとして、跳ね飛ばされる。
孝明
「アウッ!?」
直樹
「孝明!? ネリー……コントロールできてんだろうな、それはよ!?」
直樹は孝明を受け止めて、ただ見ていることしかできない。
フィオ「助けたいという強い思いがすがったのは……」
フィーナ「これ、魔物の力だよね? 制御できてる?」
フィオ「強力な一撃を打ち出したけれど、相手のエネルギーを喰うような攻撃はちょっとまずい……かな」
フィーナ「助けるという目的は達成できるかもだけど……」
一方で上空の広幸は、心を圧し潰さんとしていた恐怖が、みるみるうちに削り取られていくのがわかった。
広幸
「よくわかんないが、チャンスなのか! ええい!」
広幸は両手から熱の矢を放ち、自分を捕らえていた網を焼き切った。
そのまま、さらに上方へと飛翔する。やっと竜巻のてっぺん、そして『目』にあたる部分が見えてきた。
虫のような影も、無数に見える。
広幸
「いくぞっ! ダァァーッ!!」
バールを構え、広幸は斜めに急降下をした。
竜巻の内側で泳ぎ回る、金属と瓦礫でできた魚たちが突っ込んでくるが、全て叩き割って猛進する。
地表が、見えてくる……いびつに膨れた塊が、竜巻の中心に、ある。
広幸
「ウニモドキじゃないのか……いや!」
叩き壊すべく、さらに加速をかけた瞬間、得体のしれない衝撃が広幸を襲った。
広幸
「アッ……!?」
何か大きなものが、一気に駆け抜けたようにも思えた。
竜巻が、裂けている……赤い光が、裂いている。
……巨大な、輝く牙が……ノコギリのような牙が、竜巻に突き立てられていた!
孝明
「広幸……!?」
裂け目の向こうに、孝明は友の姿を見た。
孝明
「広幸……! 早く竜巻をやってくれ! ネリーが!!」
広幸
「えっ!?」
ネリー
「ガァァ―――ッ!!」
全身に、しびれが走る。
ネリーが吼えたのを聞いたからか。そんな力があったのか。
直樹
「広幸ィーッ!! さっさと、戻って……グっ……こーいッ!!」
広幸
「直樹!?」
立ち止まっている場合ではない。広幸は、先ほど見つけた塊にさらに接近をする。
思惟が異能力を呼び起こし、構えたバールを、金色にした。
広幸
「《イデア・ストライク》ッ―――!!」
力を得たバールを、振り下ろす。
ドーッ!!
異形の塊は、内部から閃光を撒き散らしながら分解し、四散した。
構成物の中に、ウニモドキがいくつもあるのが見えた。全てスパークを放ち、燃え尽きてしまったが。
広幸
「孝明! 直樹ッ! ネリー!!」
広幸は宙を蹴り、薄らいでいく竜巻の壁を突破する。
その向こうに、ネリーを抑えつける直樹の姿を見た。
ネリーの脇を抑え込んでいた直樹は、尾で強かに打ち払われ、地面に転がっていた。
ネリー
「ガゥゥッ……!」
直樹
「駄目だ……ネリー! 魔物になっちゃ、駄目だ!!」
もはや声にも反応はなかった。
四つん這いのネリーは、倒れたままの直樹に、飛びかかる。
ネリー
「ガァァーッ!」
直樹の、首筋に、牙が、向かう。
直樹
「ネリ―――ッ!!」
痛みが、ネリーを打った。その視界は白く塗り潰される。
流れてくるはずだった血の味に変わって、口の中に注がれたのは、暖かさであった。
直樹は、ネリーの頭を両手で抑えつけ、接吻をしていた。
ネリー
「……ア……。」
ネリーの身体から、力が抜けていく。
直樹
「馬鹿が……」
彼女が大人しくなったのを確かめてから、直樹は顔を離した。
フィオ「すごい! 強い!」
フィーナ「隙を見つけて進んでいく広幸さん。合体して大きくなったのだから、ウニもいつもと違う感じなのだろうね」
フィオ「ニアミスした衝撃波、あっぶない! ちらりと見えた下のほうも何か問題発生中みたいだ」
フィーナ「無理をしていたように見えたからね……」
フィオ「二人で押さえ込めない……? いや、竜巻の猛威がある状況だと全力で止めるわけにもいかないのかも」
フィーナ「見事な一撃。ってうわぁ、ウニ気持ち悪いな」
フィオ「とりあえずこれで竜巻は倒したかな、問題はネリーさんのほう」
フィーナ「雰囲気からそうなのかと思っていたけど、やっぱり魔物の力だったんだね」
フィオ「以前は気迫で止めたけれど今回は……」
フィーナ「やっぱり愛だよね!」
フィオ「これはまさしくファインプレー。なんだけど危なかった……
今回のようなケースは仕方がないかもしれないけれど、使わないほうがいい力であることは間違いなさそうだ」
フィーナ「竜巻を撃退して、次の攻勢が来るまえに拠点を叩きに行くことを決めた一行。
そしてネリーさんは今回の暴走の原因について『グリード』のスキルストーンにあるんじゃないかと考えているね」
フィオ「ふむ……確かに怪しいけど、テリメインの外で効力を発揮したとしたら、そこにも何かあるはず」
フィーナ「使わなくてすむならいいけど、そうせざるを得ないときがあったなら、ネリーさんは間違いなく使うだろうし、確信とまでは行かなくとも、理解を深めておいたほうがよさそうだね」
フィオ「そんな時間があれば……いいんだけどね」
45回
鮫のあぎとにも似た裂け目を持つスキルストーン、《グリード》。
先程、それが力を発揮したことを……だからこそ、あの巨大な竜巻を打ち破れたのだということを、ネリーはわかっている。
だが、オルタナリアでスキルストーンは機能しないはずだとも、知っている。
ネリー
「……この石、はじめて使った時、ね。石が……カラダの中に、入ってくるみたいな、感じが、したの……
ホントにそうなっちゃったわけじゃないよ? でもね……石の力を、ひきだしてると……カラダがあっつくなってきて……それで……」
それ以上、ネリーは言葉が続かない。ほんの少し、唸るような声を出した。
直樹
「ネリー。とりあえず……その石の力は、最後の手段、ってコトにしときな」
ネリー
「ンゥ……」
直樹
「心配すんな。アレを使わンでもいいよう、俺らも頑張る。
さ、とっととフォーシアズのみんなに声かけて、カチコミ行こうぜ」
広幸
「直樹の言うとおりだ!」
異能力で宙に浮いていた広幸が叫ぶ。
彼の目は、先の巨大竜巻がなぎ払っていった道の、その先を見ていた。
もう、遠い彼方にうっすらと渦が踊っている。しかも一つや二つではない。
広幸
「やつら、本気でフォーシアズを、僕らを潰す気なんだ。
戻ってる時間も惜しい。ちょっと待ってて……」
地上に飛び降りた広幸は、そのままかがみこんで、懐から紙とペンとを取り出した。
オルタナリアの文字を、素早く書いていく。
孝明
「世界の命運は、またも僕らの肩に、か」
ネリー
「そう、だね……」
直樹
「悪かねェ、だろ?」
文を書き終えた広幸は、息でインクを乾かすと、おもむろに紙を折りたたみ始める。
頭と翼と尾を形作り、空気を入れる……広幸は折り紙の鶴を作った。それを手に、再び宙に浮かび上がって、
広幸
「さ、フォーシアズへ! みんなによろしく!」
後方の都市をめがけ、押し出すようにして放った。
広幸の手は、白銀の光を発していた……空中に投げ出された折り鶴は、その光を吸い込むと、ひとりでに羽ばたきだした。
フォーシアズの街に向かい、少年たちからのメッセージを、その身に刻んで……
広幸
「これで伝わるはずだ。後は僕ら次第だよ」
ネリー
「ありがと、広幸! それじゃあ……みんな、行こうよ! ミクシンの所に!!」
直樹
「おうよ!」
ネリーと、三人のヴァスアは、遠く海を目指して駆け出した。
フィーナ「『グリード』の謎と迫り来る脅威」
フィオ「その感覚は妙だねぇ、といってもそういう風に使う人もいるかもしれないけれど
私はもっぱら装備品ってイメージで使ってたな」
フィーナ「魔物の力に似ていた印象があったから、テリメインの魔物みたいに使っている可能性があるのかな?」
フィオ「あーそれならわからないこともないかも」
フィーナ「そして次の脅威。
どんどんくるねぇ……」
フィオ「時間との勝負になりそうだね、フォーシアズが耐え切れるか……」
飛行できる広幸を先頭に、四つん這いで走るネリーと、靴に金属をまとわせてローラースケートのように変形させた直樹が続く。
ネリー
「ねーっ、直樹ーっ」
直樹
「なンだ!」
ネリー
「孝明だけじゃなくってさー、わたしもおんぶしてよっ!
コレ、終わったらでいいからさー!」
孝明
「ハハ……なんか、悪い気するな?」
直樹
「気にすんな……」
孝明は、直樹の背中におぶさっていた。
彼は体育の徒競走では大体ビリだった身であり、おまけに異能力も自身の肉体を強化するには不向きだった。後の三人についていくにはこうするほかなかったのだ。
広幸
「みんな、あそこ! 竜巻が!」
広幸に促されて前を見ると、目の前の丘の後ろに、うねる円錐が顔を出しているのが見えた。
その数、四つ。
前進をしていたが、ふとやめて、一点に集合しようとする……
直樹
「クソったれ!」
いち早く、直樹が飛び上がった。
ドウッ! 大地をえぐり、空を舞う広幸よりもさらに上に出る。
渦の中心の位置を想像できるようにしなくてはならなかった。
直樹
「孝明!」
孝明
「ああ!」
直樹の背中の上で、孝明は精一杯に身を乗り出す。
彼の視界の中にだけ、光芒が走った。
前頭前野から発せられたそれは、額を突き破り、雷のように空を駆け下り、地表を穿ち、土の下へと伝わっていく。
直後……ドッ! ドドッ!! 竜巻のまさに中心を、何かが貫いた―――渦巻く風は、根元から上に向かって速やかにかき消える。陸を見下ろす直樹は、そこに伸びあがった太い木の根を見た。
孝明の声なき号令が、木々を動かしてみせていた。だが……
孝明
「……な、なんじゃとて!?」
消えた四つの竜巻のうち、二つが息を吹き返し、たちまち空に向かって再び立ち上った。
広幸
「死んだフリとか、賢しいじゃんか! ならさ! ネリー!」
ネリー
「おぉーっ!!」
二人で一つずつ、左右の竜巻の相手をする。
合体さえされなければ、今の自分たちの力なら直接破壊できる……広幸は念じた。
広幸
「ぶっ飛べッ!」
広幸の目が白く輝くと、空の彼方、雲も何もない場所から一筋の雷が落ち、左の竜巻の中心を打った。
膨れ上がる光芒を横目に、ネリーも動き出す。ハンマーを構え、彼女は丘のてっぺんから跳躍した。
ネリー
「こんの、やろぉぉぉーッ!」
縦に回転しながら、竜巻を突破し、ウニモドキを叩き潰す。
爆風を受けて前方に着地したネリーは、そのまま走っていった。残る仲間達も、それに続く。
もはや、無事を確認し合う時間すら惜しかった。
丘の向こうに、彼らは海を見た……何十もの竜巻が、フォーシアズ湾岸を攻め、あらゆるものを呑み込んでいる。
さらにその先の海上は、真っ白に染まっているように見えた。
フィーナ「羨ましい!」
フィオ「後でね。前々から言われていた機動力だけど、そこをつかれないといいね」
フィーナ「孝明さんの能力は攻防に応用が利くからここぞというときに分断なんて事が起こると辛そうだ」
フィオ「とおりすがりの辻竜巻だ!」
フィーナ「処理処理。時間も体力も惜しい」
フィオ「最初は分裂しているのがありがたいな、データ集めならそちらのほうが都合よかったのだどうけど」
フィーナ「アクティヴに攻撃していけば、脅威になる前に鎮圧できそうだね、それを学ばれると危ないかも」
フィオ「渦を作るまでにやや時間がかかるのもよかったね、ほぼノータイムだったら、アンブッシュからの一撃もありえたと思うし」
シールゥ
「じゃあ、ネリーたちはもう戻ってこないつもりってわけか。決着がつくまで……」
シールゥ・ノウィクはクリエ・リューアの帽子の上から、彼女が手に取った紙を見つめていた。
クリエ
「……大丈、夫、だよ、ね」
うつむくクリエ。
シールゥ
「大丈夫さ。なんせ直樹がついてるんだ。好きな人が一緒にいるってのは、力だよ」
クリエ
「うん……」
再び、クリエは顔を上げる。
フォーシアズの海に面した側を囲うように、防衛ラインが作られているのが見えた。
ブリーフィングから戻ってきた魔術師たちが所定の位置で待機し、瞑想を始めている。そのずっと前方では、兵士やそうでない者たちまでもが大急ぎで穴を掘っていた。
ウニモドキが作り出す竜巻を突破する力など、ネリーたちのような者ならともかく、普通の人間は持ってはいない。数秒間でも動きを止め、ウニモドキの位置を明確にし、そこへ一斉に攻撃を仕掛けるしかなかった。
幸い、この場所にもエースはいる。
ワサビ
「……だいぶ整ってきた、てトコかね」
鬼面の剣士、ワサビ・カラシが作業の様子を見つめている。
ゼバ
「私の仲間がフォーシアズの有様に気づいて、あなたをここに連れてきたというのは、我々にとっては幸運でしょう。
しかし、メシェーナの人々は……」
その脇に、フォーシアズ沿岸警備隊の長、ゼバもいた。
ワサビ
「気にすンな。居た村ならもうとっくにやられちまってた。俺も穴倉でも探して雪中行軍してっ時だったンだ。
……あそこの連中だってヤワじゃねェ。どっこい生きてンだろ。きっと、な。
さ、そろそろ俺も前に出させてもらうぜ。やー、四賢者さんの隣で戦うったァ、腕が鳴るねェ!」
ワサビはそう言って、大股で前に出ていく。
その先には四賢者の一角、氷竜アノーヴァ・ピイヴァルの姿がある。四つの脚で立ち、遥か地平線を見つめていた。
ワサビ
「よぉ、久しぶりじゃねェか」
アノーヴァ
「ワサビ・カラシか……」
首だけを横に向け、アノーヴァは応えた。
ワサビ
「一人で竜巻とやりあえるのは俺らくらいだ、ってな。へへっ、悪くねェ」
アノーヴァ
「楽しむつもりか?」
ワサビ
「まァね」
地べたにどっかりと座り、ワサビは胡坐をかく。
ワサビ
「ヴァスアのガキどもが心配かい、賢者様?」
アノーヴァ
「強い子達だ。しくじるとは思わん」
ワサビ
「にしちゃあ、難しい顔してるがね」
アノーヴァは、目を伏せていた。
アノーヴァ
「……子供に、それもよその世界の者に、命を懸けさせねば、救えぬ世界。
オルタナリアは、女神の意志の下で、そのように在り続けた。
彼らは……孝明たちは、もう十分に尽くしてくれたはずなのだ……心の儀を完全に成し遂げ、この世界がヴァスア無しでも存続してゆけるようにしてくれた。
もう、戦わなくても、よかったはずなのだ……」
ワサビ
「ふぅん」
ワサビは両手を頭に回し、地面に寝転がった。
ワサビ
「けどよ、やるかやらねえかなんて、好きで決めるモンじゃねぇのか」
アノーヴァ
「だが、ここに再び来てしまったのが、彼らの意志とは思えん。
例えもう、会えなくとも……穏やかに暮らしていて欲しかったのだ。
地球に帰ったらしたい事だって、話してくれていた……孝明は、大きくなったら、世界中の草木を調べて回る、学者になりたいと……」
ワサビ
「ハァ、なんかさっきから孝明ばっか目立つけどよ、惚れてンのかあんた?」
アノーヴァ
「……口を慎め、馬鹿者」
けらけらと、ワサビが笑い出す。
まさに、その時であった。
ドーッ!!
土煙が、辺りを覆った。
人々は、わけもわからず、静止をした。だが、時間までも止まるわけではない。
築いた陣地の、まさにど真ん中に、竜巻が出現していた。
クリエ
「な……に、アレ……!?」
シールゥ
「た、竜巻……って、そんな! なんで、いきなりさ!?」
うろたえるよりも先に、破壊しなくてはならない。二人は念じ、攻撃の術の準備を始める。
が、ドウッ、ドウッ! そこかしこで、新たな竜巻が出現する。
その中からは、瓦礫やスクラップでできた魔物たちが現れ、竜巻の流れに乗りながら攻撃を仕掛けてくる―――錆びかけた金属でできた鮫が撒き散らされ、人々にのしかかり、食らいつく。表面の色すらも一律でない悪魔が、憤怒の光弾を放つ。カラクリの河童が、生命力を吸いつくしにかかる……
アノーヴァ
「潜伏していたのか!? 地面の中にでも……!」
ワサビ
「ええい、こん畜生がッ!」
前方にいたワサビとアノーヴァも、すぐさま後退をする。
相手が何をしてこようと、黙ってやられることだけは許容できなかった。
フィーナ「一方のフォーシアズ。広幸さんからの知らせを受けてこちらはこちらで準備中」
フィオ「シールゥさんも一緒なら頼りになりそうだった」
フィーナ「再登場のワサビさんはアノーヴァさんと並び立って待ち受ける形に。
アノーヴァさんの憂いは……」
フィオ「そう聞くとヴァスアに依存している世界の拙さも際立つね。これからも問題が起きたら頼ることになるのかって」
フィーナ「世界が向き合わなくちゃいけない問題、かな……」
フィオ「おや、おやおや、そういう個人的なアレでしたか、ふふーふ」
フィーナ「……おい、アンブッシュだぞ」
フィオ「(目逸らし」
フィーナ「目の前で渦に変化しなければこういう風にもなるってことかもしれないね、それにしてもこれはまずいな」
フィオ「混乱はやばいよー、手早く片付けないと挟撃の形にもなるし、後方が崩されると継戦が厳しくなる!」
ネリー
「ガァアアアーゥッ!!」
猛スピードで泳いでいくネリーの咆哮が、強い圧力を伴って渦の根元を直撃し、全てをあぶくに変える。
彼らはフォーシアズ沿岸、もはやその形さえも失いつつある港から海中へと飛び込み、そこで不気味に蠢く無数の渦を見た―――海の中に、白い森ができているようにも見えた。
一行の先頭は、広幸からネリーに代わっている。
孝明
「直樹……! 本当にコレ、全部潰してくってわけにはいかないのか!」
直樹
「駄目なんだよ!」
空気を供給するマシンを背中にまとうために、孝明は直樹の背を離れていた。代わりに、ロープが二人の身体を繋いでいる。
一行はもう、進行の妨げになるものだけを攻撃して先に進むしかなかった。いくらヴァスアの異能力があっても、渦が何百何千と発生し、しかもその一つ一つが数十の魔物を吐き出してくるとあっては、それら全てに対処することは到底不可能であった。敵の真の中枢であろうものを破壊することで、決着をつけるしかない。
広幸
「いい加減して、ミクシンの所に行かせろよォ!!」
広幸が、両手を突き出す。異能力により、海水が急速にねじれていく。
縦に立ち並ぶ渦たちを、横向きの渦が貫いていった。
ネリー
「広幸!」
その意図を理解したネリーは、広幸のところまで上昇する。
ネリー
「わたしに、ついてきてっ……!」
広幸の放った渦の中心は、速度さえあれば安全に抜けることができる。
ネリーと三人のヴァスアは、引き絞った弓から放たれる一本の矢のように、突き進んだ。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
進んでいくにつれ、渦の数は一旦減り、再び増え始めた。それが四人に確信をさせる。
直樹
「奴らが馬鹿じゃねェってンなら、もう俺らの狙いもわかってるはずだ」
孝明
「守りの厚いところが基地、ってことか……」
ネリー
「……! ね、ねえ! みんな、見て、あれっ!」
ネリーは、前方にそびえる海丘を指さした。
全体が、煙のようなあぶくに、覆われている……その中から、無数の小さな光が一行に投げかけられている。星雲越しにきらめく星々を思わせる有様だった。
広幸
「全部、敵、か……」
ブレーキを掛けた広幸は、身体を立てて前方の光景を見やる。
直樹
「だろうな。多分、ここだ…… 孝明、ネリー、広幸! 覚悟、できてっか!?」
孝明
「できてないなんて、言えるわけないでしょ!?」
直樹
「その意気だ!」
白い歯を見せ、直樹は笑った。
直樹
「そんじゃ、突撃だァッ!」
ネリー
「よっしゃぁっ、だよ! おぉーっ!!」
ネリーから鬨の声を上げて、一行は急速に前進する。
光の根元……渦の生み出したガラクタの魔物たちが、それを迎え撃つ。やはりテリメインの魔物たちが元であるようだが、ここにいるものはこれまで以上に不格好であり、概形すらろくに真似しきれていないようなものも少なくなかった。
こいつらも、作りすぎると質は落ちるものなのかもしれない……頭の片隅でそんな推測をしながら、四人は突破を続ける。
ヴァスアの力もあるとはいえ、水中戦ではやはりネリーが強かった。
シャコガイ・ハンマーはネリーの魔力を伝達し放出する力も持っていて、開いたアギトからは様々な攻撃魔法が放たれる。ある時は氷の弾丸が撒き散らされ、またある時は咆哮が水ごと魔物たちを吹き飛ばし、それらを耐える大きな個体は直接噛みついて食い千切っていた。
ネリー
「進むんだっ! わたしたちは、オルタナリアを……っ!!」
が……ゴウッ!
ネリー
「ア……!?」
ネリーは、小さな身体いっぱいに、衝撃をおぼえた。
その時にはもう、全てが遠くへ過ぎ去っていってしまっていた。
フィーナ「海底を突き進む一行と待ち受ける無数の渦。とはいってもそれらを全部相手にするわけにはいかなくて」
フィオ「幾つかはフォーシアズで対応してもらうしかなさそうだね……向こうも向こうで大変だけど」
フィーナ「物量での振りはわかっていたこと、相手の本丸さえ壊せればなんとかなる……はず」
フィオ「そして相手の傾向からつかんだ本拠地……問題はここから!」
フィーナ「星にも似た敵の数。それでもひるまず進んでいく、けど」
フィオ「ね、ネリーさーん!」
直樹
「ネリーッ!?」
敵から目をそらしてまで、直樹は叫ぶが、
広幸
「な、直樹っ! アレ!」
広幸が見据える先に、巨大な何かがあるのを、見なくてはならなかった。
海丘の手前に、ぼんやりと、それは在った……あぶくを撒き散らして突き上げられた、巨人の拳であった。
無論、その全てが、つい最近まで何かの一部であったのだろう、いくつもの破片で構成されている。
直樹
「てめェっ! よくも、ネリーをッ!!」
ハープーンを構え、直樹は突貫をした。
巨人の拳は、それを迎え入れるかのように、重々しく開く。
孝明
「直樹! ちょ、よしてッ」
ロープで結ばれた孝明は引っ張られるしかない。巨大な手のひらが、迫り来る。
直樹
「ぶっ飛ばすッ……」
ハープーンの穂先が、金色に輝き出し、その力を振るおうとした瞬間だった。
ズオオッ! 巨人の手はその表面から無数のトゲを生やし、関節から泡を一気に放出すると、大きさに似合わぬ速さで直樹と孝明を掴みにかかった。
広幸
「な、直樹! 駄目だ! 逃げろッ―――」
言いつつも、広幸は攻撃の体勢を取る。だが、あの巨体に効果があるほどの技となると、どれも二人を巻き込みかねなかった。
直樹
「ズァアアアアアーッ!」
輝きが、巨大な手のひらの中に、消える。
その、直前に……
青白い光線が上方から放たれ、巨人の拳を、直撃した。
内側にいた直樹と孝明は、迫ってくるトゲがその身を抉る直前で、停止するのを見た。
何故なのか、考える暇はない。
勢いと力を残したハープーンの先端が、巨人の手のひらを突いた。
ガァーン! ガラゴロゴロ……
直樹
「どうだ……」
少しの違和感を感じつつも、直樹は孝明を抱え、崩壊する手の中から脱出をする。
そこに、聞き慣れた声が飛び込んできた。
ネリー
「おぉーいっ、直樹ーっ……!」
直樹
「ネリー! 無事だったのか!?」
下降してきたネリーの持つシャコガイ・ハンマーからは、青白い光が霧のように漏れ出ていた。
ネリー
「あのくらいじゃやられないよっ!
直樹こそ、だいじょーぶで、よかったっ!」
直樹
「へっ、お互いタフってわけか」
ゴロ、ゴロ……巨人の腕の崩壊は、止まらない。手が形を失っても、そこから手首へ、腕へと、根元の方に向かって白く染まっていき、ばらばらになっていく。
ついに安定を失った腕は、傾き、海底へと倒れていった。
立ち上る煙の中に、一行は黒い穴を見つける。
ネリー
「あなぼこ……?」
孝明
「ねえ、あそこに飛び込んでみない!? このまま四方八方から攻撃されてたんじゃ、もたないよ!」
直樹
「一か八か、か。ま、悪かねェな。行くぞ!」
一行は再び、ネリーを先頭にし、穴の中へと下降していった。
フィーナ「怒りの突貫と待ち受ける巨拳。そして巻き込まれる孝明さん」
フィオ「カクゴをきめろ!」
フィーナ「テメェは俺を怒らせた」
フィオ「怒りの一撃炸裂ぅ! で……今回は上手く行ったけど、ちょっと無謀だったようにも見える」
フィーナ「怒りは力を引き出すけど判断力を落とすからね。広幸さんの邪魔をするような結果にもなったし」
フィオ「ひとまず。ネリーさんも無事で、進むべき、いや進むしかない道も現れた。敵は……海底にあり!」
フィーナ「それは知ってる」
46回
フィオ「巨腕の先。竪穴を潜っていく。周囲は暗いけれど、海底にできた穴という感じで、いまのところは人工的な物も見えては来ないけど……」
フィーナ「おそらくこの奥が本丸。嫌な緊張感があるね」
砂と岩でできていたトンネルに、ふと瓦礫が混じりだす。
鉄くずや、砕けた壁、あるいは家具か何かだったであろうものが、そこかしこから突き出している。
ネリーたちは切り傷を負わぬよう、進行のスピードを落とさなくてはならなかった。幸い、何かが追いついてくるようなことはない。
直樹
「広幸が言ってたこと、アタリかもな。ビビんなよ?」
ネリーのすぐ後ろを行く直樹は、誰にともなく言う。
ネリー
「怖くなんか、ないよっ。……ほら! またなんか見えるよっ!」
声を上げるネリーの視線の先には、赤い光がぼんやりと浮いていた―――かと思うと、消えてしまい―――また、ゆっくり現れる。
孝明
「LED……?」
孝明は光を見て、素直な感想を口にする。
広幸
「まさか、僕らの世界にまで手ェ伸ばしてンじゃないだろうな、あのウニモドキ」
ドクター・アッチから伝えられた仮説を考えれば、それも決して有り得ない話ではないのだ……広幸は、自分で言っていて背筋が寒くなる思いがした。
幸い、近くに寄ってみると、それはつい何十年か前に地球で発明されたばかりの発光ダイオードではなく、魔法の力によって光る石らしいとわかった。
ネリー
「これ、紅澪石(こうれいせき)……だよっ」
孝明
「それって何なの、ネリー?」
ネリー
「うゃ……キレイってことしかわかんないや」
孝明
「そっか」
ほんの少しの失望を顔の下に隠し、孝明は先を見る。
この石だけではない。他にも、青、緑、黄、紫、白……様々な光が、そこかしこで、儚く、輝いている。単に探検に来ただけだったら、しばらく立ち止まって、見とれていたかもしれない。
だが、今は進む。
フィオ「ガレキが目立ってきたね……アレの本拠地っぽさが増してきた」
フィーナ「ヴァスアの人たちからすれば、地球とつながっていても不思議じゃないものね、どうやら別物だったみたいだけれど」
フィオ「宇宙的な趣きがあるね」
やがてまた、トンネルは姿を変えていく。
今、一行を取り巻いているものは、もはやゴミとガラクタの塊ではなかった。壁は金属質で、ネリーの指先からの光を浴び、しっとりとした光沢を見せる。怪我をさせかねないような突起ももはやない。
しかし、人が造ったものだろう、と言い切るには、まだどこか歪で異質な様子があった。
広幸
「これが、ミクシンの基地なのかな?」
壁を触ると、広幸は僅かな凸凹を感じた。
ネリー
「そうかも……だけど……」
直樹
「だから、ビビんじゃねェぞ。周りが金属だってンなら、俺の異能力だ。そうだろ?」
ネリー
「ン、そうだよねっ」
元気づけられてか、先頭をゆくネリーは少しスピードを上げてみせた。
そうして奥へ進んでいくと、行き止まりになっていた。ぼこぼこと膨れた金属の塊が通路を塞いでいた。
孝明
「ちょっと、アレ……」
孝明は、ドアを見つけた。それは、金属塊に半ば呑み込まれた状態でそこにあった……辛うじて輝きを保っていたプレートが顔を出していなければ、さんざ見慣れた木の板と思い、見逃していたかもしれない。
孝明
「……リビング。確かに、そう書いてあるよ。このドアを破れば先に進めるんじゃないかな?」
孝明は皆の方を見ながら扉のプレートの文字を指さしてみせた。
直樹
「それで向こうになんかありゃ、ここはマジでミクシンの基地、か」
ネリー
「うゃ。わたしがやるよっ。下がってて!」
直樹
「頼むぜ、ネリー!」
あとの三人を後ろに退かせ、狭いスペースでネリーは器用に身を躍らせた。
尾を振るって、ドアを目がけて叩きつける……ドウッ! 扉はひしゃげ、半ばから折れた。残った木片も拳骨でへし折り、ネリーはその先を見た。
ネリー
「お、お部屋だよっ。でも……!」
広幸
「でも、なんなの!?」
ネリーの横に広幸が滑り込んで、穴に首を突っ込む。そして、彼は言葉を失った。
確かに、そこにはリビングだとわかる空間が見えた。
けれど、天井も壁も平らではないらしい。それどころか、大小さまざまなこぶがそこかしこから生え、さらにそれらから細い触手のようなものがいくつも伸び、水中で身をくねらせていた。
床も似たような有様だった。薄いピンク色のカーペットが、破けるでもなく、ただ周りの何かに侵食されていた。
広幸
「な、なんだよこれ! やっぱ中までどうにかなっちゃってンの!?」
悲鳴めいた声を上げる広幸を、
孝明
「……! ちょ、静かに!」
孝明が制する。その右手は片耳を塞ぎ、左手は後方の闇に向いていた。
孝明
「な、何か聞こえてくる。近づいてる……!」
直樹
「だそうだ、広幸、ネリー! とりあえず入れ!」
広幸
「あ、うん! 行くよネリー!」
ネリー
「お、おーっ!」
促された広幸とネリーは、軽くつっかえながらも穴を抜けた。
続けて孝明が通過し、直樹がしんがりとなる。
直樹
「おっし、俺も……」
その時、孝明は穴越しに見える直樹の頭の後ろに、ほのかな赤い光を見た。
あの紅澪石とやらとは違う。明らかに、能動的に、動いている光である!
孝明
「直樹! 早く!」
直樹
「わかって……いッ!?」
直樹の足首に、何かが絡みついた。
体勢を、崩しかける。こぶは丸く、滑らかすぎて、掴みどころがない。
孝明
「よせェ!」
孝明は、手を伸ばす。直樹の短い髪をひっつかんだ。
直樹
「痛えよ!?」
直樹は孝明の手を掴み返すと、足に引っ付いたものを確かめる。
それは、海藻らしかった―――形、だけは。
後ろを見れば、錆色の人魚たちが、双眸を赤く光らせながら、それぞれの得物を手に迫ってくる。さらに後方にも、いくつもの光が見える……
直樹
「ッのヤロォ!」
だが、さっきネリーにも言った通り、ここでなら……金属と電磁力を操る、異能力が使える。まずは床をナイフに変形させ、足の自由を取り戻せばいい。
直樹は、いつものように、思惟を外界に放った。
彼の眼の中で、小さな光芒が、己の額からトンネルの外壁を目がけて発射され、接触し、
弾かれた。
直樹
「……は?」
驚きに見開いた視界の隅で、青白い弾丸が迫ってくるのが見えた。
フィーナ「変わり始めた周囲の景色。人が作ったように見えるとこもあるけれど」
フィオ「整然さはあるんだけど……なんかところどころ変だね」
フィーナ「飲み込まれたドア……か」
フィオ「途端にホラー味増してきたんだけど」
フィーナ「普通の感覚を持っていたと仮定すると、明らかに何か異常があった様子だよね、外も、中も」
フィオ「普通が侵食されているって不気味。でも後ろからの襲撃とあれば……進むしかない」
フィーナ「殿の直樹さん。この反応は、金属じゃないって事かな」
フィオ「三人の能力に対して対策を練っていたって可能性もあるかも……」
フォーシアズ・カピタル防衛線は瞬く間に瓦解した。
唐突に現れた竜巻は、明らかな殺意を有しているようにすら思えた……呼び寄せたガラクタと魔物を駆使し、逃げ惑う人々と、どうにか後方の火砲で対抗しようとする兵士たちと、必死に詠唱を続ける魔術師たちとを全て同時に攻撃してみせていた。
ワサビ
「ド畜生がァ!」
竜巻一つを目の前に、ゴウッ! ワサビはかがみ込みながら回転し、コマのように刀を振るった。その太刀筋からは真紅の刃が撃ち出され、竜巻の根元を潰し、消し去った。
巻き上げられていたらしい魔術師が一人、彼の手前に落下してくる。全身を強く打たれ、既に息はなかった。
何もかもを鬼の面の下に押し殺し、ワサビは次の竜巻へと駆けていく。
が、直後……ズォーッ! 彼が踏みしめる地面が、沈みだす。
ワサビ
「お、おい……!?」
土が巻き上げられ、視界を覆う。
その中でも、大きなガレキが飛んでくるのが、ワサビには見えた。
アノーヴァ
「これ以上は……!」
アノーヴァもまた、無数の竜巻を一つでも破壊すべく奮戦していた。
敵を正面に見据え、そのあぎとを開き、強烈な冷気を吐き出す……それは、ただの竜の吐息ではなく、むしろ光線のように見えるものだった。アノーヴァは強大な魔力で大気にまでも働きかけ、道筋を作り出すことで、凄まじい速度と指向性を与えていたのだ。
氷の矢に貫かれたウニモドキが白く染まって砕け散るのを見届けず、次の目標に首を向ける。
だが、その時、左の前脚と後脚とが、意思に従わずに跳ね上がるのを感じた。
アノーヴァ
「チィーッ!!」
ドーッ! 地中深くに潜伏していた数基のウニモドキが、風圧を彼女の横っ腹に浴びせかける。
右半身の力で横へと転がり、思惟を鋭く尖らせる……背中の甲殻がいくらかはがれて空中に浮かび、現れた竜巻の根を目がけて飛んだ。ドッ、ドッ! 直撃をして、小さな光の膨らみと煙だけをそこに残す。
さらなる攻撃に備えて起き上がる前に、しかし彼女の意識は別なところに引きつけられた。
竜巻が、生えている。城壁の、下から……
アノーヴァ
「も、燃えておるのか……カピタルが!?」
そこへ、ドドドドッ! 彼女を取り巻くように、地面に穴が開いた。
ウニモドキたちが、一斉に飛び出してくる……その数、十数個。
アノーヴァ
「ええいッ!?」
口腔が、白く光り輝いた。
けれどその前に、竜巻たちは急速に接近し合い、融合し、巨大化する。
その中に、オルタナリア四賢者の一角、氷竜アノーヴァ・ピイヴァルは消えた。
アッチ
「チキショー! これはァ!! ミクシンにしてやられチマッタよォ!」
ドクター・アッチは二足歩行のマシンを走らせていた。隣の席にはクリエがいて、その帽子にシールゥがしがみついている。
アッチが前線に出てきた時には、既にこの有様であった。何もできそうになかった二人を拾い上げ、すぐに竜巻から逃げ出したのだ。
シールゥ
「ぼ、ボクたち……今度こそ、もう駄目なのかな……」
弱音を吐くシールゥの声に、力はない。彼女はいよいよ気力を失いかけていた。
クリエ
「……生き、なきゃ。ネリーを……迎え、なきゃ……」
アッチ
「帰ってくる場所を守っとりますってか! ソイツァー健気ッスねェ!」
ドッ! フォーシアズ・カピタルまで後退したマシンは大きく跳躍し、城壁の上に立つ。
目の前にも、すぐ後ろにも、左にも右にも、いくつもの竜巻が迫ってきていた。
アッチ
「ボクもこのまま死ぬ気はさらさらニィ、が……」
もう何も、できることがない。それはアッチも同じだった。
クリエ
「……ヴァスア、の、みんな……ネリー、を、信じる……?」
アッチ
「ま、ムカつくケドネ……」
直後、立っていた城壁が、崩壊した。
叫びは、風の轟きにかき消された。血は、嵐の中で見えなくなっていった。
もはや、抵抗を続ける者はどこにもいない。
フォーシアズ・アカデミーの七つの尖塔が、次々となぎ倒されていく。
フィーナ「一方のフォーシアズ。蹂躙される人々」
フィオ「ワサビさんとアノーヴァさんも頑張っているけれど……初手が痛かった」
フィーナ「これだけの規模になっちゃうと、英雄が居てもどうにもならない。局地戦なんかは特にね」
フィオ「アッチの騒がしさも今日ばかりは頼もしくもあったけれど」
フィーナ「クリエさんの意思もあのころとは随分変わったね、ただ……その思いも全部飲み込むように」
フィオ「救いは……救いはないんですか!?」
47回
フィーナ「海底の冒険も終盤へ。異能力が通じなかった直樹さんに必殺の一撃が迫る……!」
予想外の事態が起こったというだけで、何もできないような人間が、ヴァスアとして成果をあげられるものではない。
直樹は、すぐさま空いている左手で得物のハープーンを掴んでみせた。
直樹
「ビーン・ボールてかァ……!?」
頭部に迫り来る光弾を、斜めに構えたハープーンが受け止め、バチーン! 弾き返す。衝撃は、強い……手首は痛み、しびれを覚える。
孝明
「直樹!? どうなってンだ!」
直樹の髪から手を離し、代わりにその右手を掴んだ孝明が叫ぶ。
直樹
「足ィとられた! 異能力も効かねえ!」
孝明
「なんじゃとて!? 金属じゃないのか!?」
広幸
「孝明、引っ込んで! 直樹の力も使えないんじゃ、僕しか!」
孝明
「そうでもない……!」
広幸は孝明の横に滑り込む。が、
ネリー
「うわぁぁあああぁ!?」
後方でネリーが悲鳴を上げ、そちらを向けば……いびつな魚の頭が床から生えて、彼女を呑み込まんとしていた。
広幸
「ね、ネリー!?」
ネリー
「な、なんとかっ……する! 直樹をっ! おねがい!」
広幸
「ッ……!」
直樹は、ネリーの想い人である。それを目の前で死なせてしまうなど、あってはならないことだ。
孝明
「ならさっ!」
孝明も直樹の方を向き、懐から球体を取り出し、穴の向こうへと放り投げた。
それは何もない所で破裂した。中から暗い黄緑色の煙が広がり、迫ってきていたガラクタの人魚たちを迎え入れる。煙の内から、深緑色の布のようなものがいくつも飛び出し、敵の腕や胴体を絡めとっていく。
孝明の瞳の中で、緑の光が燃え上がった―――敵を、後方に、放り投げる! ゴン、ガン、ドンッ! 堅く鈍い音を立て、壁の間で跳ね返りながら遠ざかる。
広幸
「あんなのあったのか!」
予想外の隠し玉に、広幸は目を丸くした。
孝明
「君は、ネリーを……」
孝明が声を上げる頃には、広幸はもう踏ん張るネリーの下へ向かい、床からの魚のあぎとにバールを叩きつけていた。
頼もしい仲間である。
直樹
「恩に着ッぜぇ!」
直樹はというと、孝明が伸べた手を一旦放し、ハープーンを両手でつかむ。
中には金属を仕込んである。これだけは、確実に、異能力で好きにできるものだった……直樹の目が金色に輝くと、それは表面に染み出し、穂先に鋭い刃を作る。
直樹
「ドウリャ!」
臆することなく、足を縛る何かに、ハープーンを突きつける。
ゴッ! 破片が、散った。削れている!
直樹
「ヘッ、さすがに……」
孝明
「直樹! 早く!!」
叫ぶ孝明。その目は、瞳にたたえた異能の光の向こうに、いくつもの赤い光を見ていた。
それらは間もなく、実体を現した―――魚、鳥、渦、武器―――歪んだ形の魔物たちが、大挙して押し寄せてくる!
直樹
「ンなろーッ!」
気合、一閃!
ガァーン!! 足の拘束が、砕けた! が、痛みとともに、かすかに血が煙るのも見えた。勢いをつけすぎたか。だが、気にしている場合ではない。
直樹
「気張れェ孝明ィ!」
孝明
「応ッ!!」
グ、と引っ張られ、穴を抜ける。
視界の隅に、奮闘するネリーと広幸がいた……勢いを借りて、彼らの敵である魚の頭にハープーンを放り投げると、目に突き刺さった。
そこから、ヒビが広がって、
ネリー
「ダァッ!!」
ネリーの怪力にそのまま粉砕され、魚の頭はぼろぼろと崩れ落ちた。
広幸
「あの穴、これで塞いじゃえ!」
直樹
「だな!」
穴の向こうには、既に無数の敵が迫ってきている。四人はそこへ、魚の頭だった金属片をグイグイと詰める。
その後に、孝明があの球をもう一発放り投げて隙間を塞ぎ、
ネリー
「おーし、しあげぇっ!」
ネリーは魔力を右の手に込め、白い光弾を穴に放った。
その中には、冷気が封じられている……詰め物のど真ん中で炸裂し、凍らせ、強固なフタを作り出してくれた。
孝明
「……ふぅぅ。なんとか、なった、ね?」
ようやく辺りに静けさが戻った。
だが、またいつどこから攻撃が来るかわかったものではない。一行はすぐにその場を離れ、奥の通路に入っていった。
フィオ「これは文字通りの死球」
フィーナ「危険球退場はないよ」
フィオ「直樹さんへの襲撃で意識がそれていたけど、攻撃はほぼ同時に来ていたみたいだ」
フィーナ「全面が敵の支配下って感じだからね。立ち止まること自体がかなり危ない」
フィオ「ただ対応は早かったね、孝明さんの隠し玉が炸裂して直樹さんを助ける合間に広幸さんがネリーさんを助けてる」
フィーナ「場数を踏んでいるからこそだろうね。直樹さんも流石の決意。自分を繋いだ枷ぶっこわすのって結構怖いんだこれが」
フィオ「お魚のほうはあまり防御力高くなくてよかったね」
フィーナ「今はもうフタだぞ」
フィオ「ちょっとした襲撃はあったけれど、それを突破して先に進む四人。孝明さんの球はアノーヴァさんに託された(おっほい!)海藻球ということで」
フィーナ「植物が無いところでも何とかなるようにといった秘密道具。ただ残りのストックは1つしかない」
フィオ「ここぞというときに使わないとね……さて進んだ先に見つけたのは小さな部屋。どうやら行き止まりみたいだけど」
フィーナ「戻るのはやだなぁ」
フィオ「そんな時、直樹さんが尻に敷いていた本をネリーさんが見つけて、その本、日記の主は……『ミクシン・ミック』」
フィーナ「事の真相に迫るときが来たようだ」
<新世暦1785年 橙の月 15日>
外がえらく騒がしい。投げ込まれた新聞を読んだら合点がいった。
今度のヴァスアがオルタナリアを去ったという……『心の儀』を二度しか行えずに。
これで直近の成績は二、三、二、四。オルタナリアの環境は悪化する一方だ。
予測不能の天災が続き、魔物はそこかしこでのさばっている!
ヴァスアに頼っていたのでは、我らがオルタナリアは滅びてしまうのは明白だ。
なのに人々は、女神の決めたことであるからと言って、その事実を認めようとしない……
彼らは此度のヴァスアを無能だの役立たずだのと罵り、鬱憤晴らしをしている。
……こんな醜い光景が、女神の望みだというのか?
例え一人でも私は研究を続けよう。
このオルタナリアが……神にも、よその世界にもすがることなく、存続してゆくために。
<新世暦1788年 白の月 18日>
『第一段階』は順調にスタートした。
今日、私が考案した地上人向けの海底住宅の建設が始まった。
主に資金を提供してくれたのは、魚人族に恋をしたお嬢さんと、その両親だったな。
情熱的な金持ち共……今の私にとっては、都合のいい連中だ。
お嬢さんは脚が不自由ということで―――これも海に住もうと考えた理由の一つらしい―――乗り物もついでに造ってくれないかと頼まれた。
こういうのはアッチの方が得意なのだが、彼を招いたなら、私の計画はどこかで明るみに出てしまうこととなろう。
ノウハウを得るためにも、引き受けてやることにした。
さて、向こうでの準備も始めていかなくては。
まずはアカデミーに奪われたものを取り戻さねばなるまい。
<新世暦1788年 白の月 19日>
すべて上手くいった。
物体転送技術に関する研究データ……当時の教官どもがなぜ、これを私から奪おうとしたのか、今となっては想像するしかない。
私が世界の壁を越えるつもりなのだと見抜いていたのだろうか? そこまで賢い連中ではないとは思うが……
原本は向こうに置いたままで、複製だけさせてもらった。
これならバレることもあるまい。
<新世暦1790年 青の月 14日>
ポシーダの都市の一つ、マールレーナが原因不明の海流によって壊滅したとの報せが入った。
……先日には休火山であるとされてきたペイザ山が突如噴火し、その前はトヨノの米を虫の魔物が食い荒らしていったばかりだ。
これは偶然か……? あるいは、世界の破綻が進んでいる証拠なのか。
アカデミー時代……禁忌である世界の壁の研究を行おうとしていた頃には、少し恐れを感じたこともあった。
だが、今なら言える。私は、必要なことをしたのだ。
あれが無ければ、今頃は私も無力な人々の一人として、ただ震えあがっているだけだったのかもしれない。
もしもオルタナリアが駄目だというのなら、その外へと出ていくしかない。
ニンゲンは、何としてでも生きていくべきなのだ。
神のためなどではなく、ただ生きたいという思いだけによって。
<新世暦1794年 紫の月 23日>
今日、我が屋敷を爆破した。
大地の下に、そして深海に潜ることができる乗り物……ダイバーポッド。
あのお嬢さんに造ってやったものの経験を活かした発明だ。
今、私はそのコクピットに座り、合金のドリルが地中に道を切り開いていくのを見ている。
予め地下に忍ばせておき、事故を装っての爆発に乗じて発進させることができた。
これをもって、『第一段階』は終了だ。
私はこれから海の底の新たな家に向かう。
私だけの研究室に。
<新世暦1794年 黒の月 1日>
情報収集用のオートマタを地上に放った。
水中では魚として動き、水面に出たら体内に仕込んだ虫型の子機を吐き出し、情報収集を始める。
そして容量いっぱいに情報を記録したら、研究室に帰還する。
地上の情報を知る必要があったので造ったものだが、同時に最終目的への一ステップでもある。
資源や食料を調達するためのオートマタももうすぐ完成する。
ここで生きていくことすらできなかった……そういう無様なエンディングは避けられたといえよう。
全て上手くいっている。
<新世暦1795年 白の月 11日>
世界の壁を越えて異界に向かい、破壊されることなく情報を持ち帰る……
思索を重ねたが、単体でそれだけの機能を持ったオートマタを開発することは不可能であろうと感じる。
オートマタたちを束ねる親機―――マザー・オートマタ、マザーと呼ぶことにしよう―――が必要だ。
マザーは子機を異界に送り出すエネルギーを発生させ、その後の探索の指揮も行う。
そして、彼らが持ち帰ったデータを集積するのだ。そこからの推論も自動的にできればなお良い。
併せて取り掛かることにしよう。
<新世暦1795年 白の月 24日>
マザーの設計についての考えがまとまった。
予め与えた方向性に従い、生物の脳を模倣した回路を自ら発達させていくシステムにするのだ。
こうすれば、限られたスペースで十分な計算能力を得ることができるし、機能の改善も可能だ。
かつては思い付いても誰も試せなかったことなのだが、今の私にはアイデアがある。
アッチが聞いたら、自分のオートマタに組み込みたがるかもしれん……やつも今頃どうしているだろうか。
明日から早速実装を始める。
<新世暦1795年 黄の月 8日>
オートマタたちが、地上が騒がしくなっていることを教えてくれた。
どうやらまたヴァスアが現れたらしい。それも三人もだ。
複数のヴァスアがやってくるケースは過去にもあったが、いずれも双子や兄弟であった。
ところが今回の連中は血の繋がりがないという。これは初めてのことだ。
いずれにせよ、頼るつもりはないが。
<新世暦1795年 緑の月 16日>
今私は、マザーが設置された部屋で……足を水に浸しながらこの日記を書いている。
ああ……なんということだ。
今朝の明け方だったか……眠っていた私を、凄まじい揺れが叩き起こした。
状況を確認しようとする間もなく、部屋は傾いていき、私は壁に押しつけられた……ベッドの下に潜り込むことができなければ、飛んできた本棚が私を圧し潰していただろう。
何とかドアを開け、マザーの元に向かった。
オートマタたちから送られた映像は、この海底研究室そのものがねじ曲がっている様を映していた……地が割け、奈落の底から光が吹き出し、構造物を破壊していく。
この地に蓄積された魔力が暴走しているらしい。オルタナリアの崩壊はここまで進んでいたというのか……
既にこの部屋にも浸水が始まっている。
マザーには、試験的に研究室全体の管理機能を持たせている。これで生命維持に関わる機能だけでも復旧できれば……
<新世暦1795年 緑の月 17日>
これをもって、私の最後の日記とする。
マザーによれば、研究室の復旧は不可能であるらしい。間もなく空気もなくなると報告してきた。
だが……マザーはまだ独立して動けるものではないし、その子機だって完成していない……まだ、私は死ぬわけにはいかないのだ!
最後の手段を使う時が来たようだ。
アカデミーで、アッチとオートマタの共同研究をしていた頃……十分に複雑な回路を持ったオートマタであれば、生の肉体に代わって、人の魂の受け皿たれるかもしれぬと考えたことがある。
私は、今のマザーに備わった複雑性が十分なものであると信じ、私自身をそこに接続することを決めた。
上手くいけば、私は電気で動く幽霊になれるというわけだ。
無論、不安もある。私の魂は、マザーの中においてありのままに生きていられるだろうか。
マザーの中にあるのはニンゲンの脳ではないのだ……どこまで複雑化しようとも、結局のところそれは機械に過ぎない。
せめて、私の目的……私の夢だけは、捻じ曲がらず……そのままに続いていってほしい。
それだけが、私の願いだ。
フィオ「首謀者の残した日記……ヴァスアをめぐる失望からだね」
フィーナ「成績が新聞にもなるのか、これは反ヴァスア派になるのも頷ける」
フィオ「一瞬ジョシュアさんのことかと思ったけど、もっと昔の人だったよね」
フィーナ「正直ヴァスア派のどの程度がそういうどうしようもない奴らなのかはわからないけれど……度し難い」
フィオ「前の水棲人の日記でもちょっと感じたことだったけど、システム的なことだけじゃなくて精神的にも依存しているところがあったのかもね」
フィーナ「静かに進んでいく計画。パトロンは大事」
フィオ「ここで異世界との壁の話も出てきたね……相手を見下していると、意外とわからないこともあると思うけど」
フィーナ「マールレーナさんなんかよくぶっ壊されてるイメージがついてしまった」
フィオ「幾つかの異常は確かに発生しているけれど、原因をそれに限定してしまうのはバイアスがかかってるよね」
フィーナ「そして海の底へ。これから毎日研究しようぜ」
フィオ「海底の生活だけど、こういうメカをさらっと出してくるとやっぱり天才なんだってわかるね」
フィーナ「全てを秘密裏に波風立てず……ただこの先のことをしっているとねぇ」
フィオ「異世界への進出についても目途は立っているみたい、『マザー』……ね」
フィーナ「自分で成長する機械か……すごいね。与えられた命令も今ならわかる」
フィオ「アッチは……このあと三人が来るから、まぁこのころはよくねーことをしておりました」
フィーナ「そして三人がきて……月と月の間がどの程度空いているのかわからないけれど、あまり良くないことが起きたんだね」
フィオ「このときが終わり、で始まりか」
フィーナ「たった二日で全てが終わる。それは本当に世界の歪みなのかどうかはわからないけれど」
フィオ「最後の最後にとる手段は、正気とは思えないんだけど」
フィーナ「何もしなければどうせ死ぬ。このままじゃ何も果たせない。それなら僅かな希望にすがる……ってこともある」
フィオ「それでその結果は、いわずもかな」
直樹
「これが、ミクシン……アッチの、知り合いの……」
最後のページから真っ先に顔を上げたのは、直樹だった。
孝明
「……あのウニモドキは多分、ミクシンが造ってたオートマタの完成形……いや、成れの果てなんだよ。
テリメインに目を付けて……テリメインのモノをぶんどってはオルタナリアに持ち帰って、逆にオルタナリアのモノはテリメインに移そうとして……」
広幸
「オルタナリアはもう滅びやしないんだってことを知らずに、か。だとしたら、ミクシンの心は……もう……」
孝明も、広幸も、うつむいてしまった。
ネリー
「ねえ……はやく、とめてあげようよ。このままじゃ、みんなも……ミクシンさんもっ……!」
広幸
「そ、それはそうだけど……どうやってこっから先に行けばいいのさ?」
ネリー
「う、うーん……」
そこへ、ゴッ、ゴゴッ。かすかな振動と、底の方から響くような音があった。
孝明
「な、なんか、揺れてる……ケド……! ねえ、ここ一応地面の底だよね…… ッ!?」
ドーッ!! 強い力が、孝明を、はね飛ばした!
孝明
「がはッ!?」
直樹
「孝明ーッ!」
破片が飛び散り、水がどうどうと流れ込む。
それに押されながらも、孝明を助けようと三人は急いだ……だが、振り向くと、
ネリー
「な……なにっ、あれ……!?」
太く長い触手が数本、壁に開いた穴から顔をのぞかせていた。
さらに、ドッ、ドオッ! 二つ、三つと、次々に穴が開き、触手が現れる。
広幸
「うっ、うわぁあああ!!」
広幸は、異能力を込めてバールを振るった。
だが、手ごたえを感じるより早く、その腕を触手に絡めとられ、身体を引っ張られる。
ネリー
「広幸ーッ!!」
ネリーは、広幸の腰を掴む。その脚を直樹が……そして彼の肩を孝明が掴んで、四人はひと繋ぎになった。
そのまま、まとめて穴の奥へと引きずり込まれていった。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
そこは、ドーム状の広大な空間だった。
中心には、五角形の基部がある。
そこから太いパイプが伸びて、内壁のあちこちに結び付いている。
触手たちの根っこも、ここであるらしかった……そこかしこから生えて、波打つように、うごめいている。
広幸
「ひょっとして……これが、マザー、なのか……?」
右腕を締め付けられたままの広幸がつぶやく。
巨大な基部が、赤く光り出した。
フィーナ「結論にたどり着いた四人。そしてやっぱりいろいろとておくれだったみたい」
フィオ「紳士的なご招待に感謝するよ……」
フィーナ「おそらくここが決戦の地。全てを統合する『マザー』との対峙。果たして」
48回
フィオ「渦に端を発した旅もいよいよクライマックスへ! のこるはラスボスのみ!」
フィーナ「とはいえ状況はあまりよろしくない。広幸さんは捕縛されていて、直樹さんの異能についても何らかの対策が取られている。孝明さんは頼りの苔ボールもそこをつきかけている」
フィオ「的確にメタってくるの面倒だよね。ということは、ネリーさんの頑張りが鍵になりそうかな」
フィーナ「おそらくは――。まぁ相手の能力もまだわかっていない、どうなるか」
ドームの中心に鎮座するマザーがひときわ強い光を放ったかと思うと、周囲の全てが一斉に動き出した。
その直径だけでも人の背丈ほどはありそうなパイプたちが脈動を始め、触手たちは軽快に伸びあがり、身をくねらせ、
広幸
「わはぁあああッ―――!?」
広幸の腕をつかんでいた一本も、思い切り引き戻った。マザーに、向かって……
ネリー
「広幸っ! 《アイシクル》!!」
詠唱しつつ、腕を振り上げる。
魔力が集中したネリーの右手は大きく発光したかと思うと、すぐさま氷のつぶてを触手めがけて連射し始めた。
が、グンッ! 向こうも大きく身をしならせ、全てを回避する。捕らえた広幸を振り回し、危うく壁にぶつけそうにしつつ。
広幸
「わぁ゛ああ゛あっ!」
ネリー
「うゃぁあ……!」
魔力を込め直すネリーに、広幸は、
広幸
「ネリー! やめてッ……自分で、なんとか、するから!」
広幸は、念じた―――心の中で劫火を燃え上がらせ、己の手を炙る。とても熱いが、苦痛ではない。
現実の手が熱のオーラを帯び、一気に指先へと収束させる。
その狙いを触手に定めようとしたとき、広幸は何かが迫ってくるのを見た。
直樹
「させっかァッ!!」
グオーッ! 叫びと共に、ハープーンが水の抵抗をものともせずに飛んでくる。
巨大な矢のようなそれは、広幸の顔面を打とうとしていたもう一本の触手と、彼を捕らえていたものとを、まとめて断ち切ってみせた。
広幸
「あ、ありがと、直樹……!」
直樹
「そのまま飛べ! 固まってちゃまとめてやられる!」
恐らくマザーは自分たちがどこにいようと的確に攻撃をしてくるのだろうと、今の流れが悟らせた。
なにしろここは、敵の腹のなかであり、中枢なのだ。
フィオ「攻撃の範囲とパワーが大きいな……」
フィーナ「スピードもね。回避のついでに広幸さんが危うくやられるところだった」
フィオ「直樹さんはナイスフォロー! だけど防戦がつづくね」
フィーナ「竜巻のように風がバリアになっているわけじゃないけれど、全方面からの触手が厄介、攻撃も防御もこれをやぶれなければ……」
フィオ「孝明さんは最後の手持ちを発動。無数の触手に対して、海藻で迎え撃つ構えをみせて」
フィーナ「ネリーさんが本体を叩くことを提案して直樹さんもそれに乗る。だけれどその眼前に」
突き出した右手の異能力でハープーンを呼び戻そうとしていた直樹は、泳ぎ出すネリーに追従する。
しかしその時、ズバッ! ネリーの行く手にあった、太めの触手の一本を食い破り、大時計の長針が飛び出した。
ネリー
「っわ……!」
己の胸を目がけて放たれたそれを、両手で抑え込む。肋骨の隙間に切っ先の冷たさを覚える……あと一瞬、遅れていたら!
直樹
「だいじょぶか!?」
言いつつも、直樹は下をくぐり、よりマザーに接近する。
頼んだと言ってはおいても、ネリーの後ろで戦うというのは実際もどかしかった。
ネリー
「へー、きっ!」
気合一閃、針を引く!
ベリ、ベリベリッ! 触手の裂け目が広がり、その主が姿を現した……大きなレンズを目に、ちぎれた幌を鰭とした魚だ。体表面はクラゲの傘にも似た半透明の膜に覆われ、内側では歯車がそこかしこで回転している。
直樹
「時計カジキ!?」
ネリー
「うゃあぁあ!!」
驚愕するネリーの手を、カジキは猛烈な推進力で突っ飛ばして逃れた。後部から放たれる泡の嵐が、ネリーを包む。
そのまま、カジキは猛進する……
孝明
「アッ!?」
後方の孝明は、狙いを自らに切り替えられたものと知った。
すでに四方八方から触手が迫り、孝明の自己防衛意識で動く海草たちはそれらの対処に忙しい。
孝明
「南無、三ッ……!!」
まだ、殺されたわけではない。
その認知の中で膨れ上がるのは、時計の針でもなく、魚の角でもなく、槍を構えた悪意である……根元があると捉えたことが、彼の命を救った。
孝明
「ならさぁーッ!」
ジャケットの下に帯のようにして忍ばせていた最後の海草が、カジキの前に飛び出した。
―――闘牛士をやっていると、思えばいい!
孝明
「こんッ……!」
カジキの角が、海草を突き破った。が、続く本体を、弾力で受け止め、
孝明
「のォ!」
強くしならせ、放り投げる!
その先で、ドッ! ドドッ! 何筋かの光の矢が、カジキを貫通した……光をたたえた泡が拡散し、血肉の代わりにぶちまけられた機械部品はすぐに沈みこんでいく。
フィオ「芸術品としては、ちょっとほしい>カジキ」
フィーナ「言ってる場合じゃない! それに見た目はカジキだけど、本質は刺し殺す悪意みたいなもんだよ」
フィオ「身体を使うのが苦手な孝明さん頑張った」
フィーナ「……潮目が変わる?」
広幸
「直樹! 使えッ!」
瞳に妖しい輝きを宿した広幸は、直径四十センチほどの歯車を二つ掴むと、マザーを狙う戦友めがけて横手投げをした。
そんな広幸の後方からも、機械で再現された魔物たちと、触手の群れとが追いかけてきている。
直樹
「恩に着ッぜぇ、死ぬなよ!」
歯車二つを両手にキャッチした直樹は、念じた。魔物の一部であったものでも、そこから外れたならばもう支配の対象だ。
―――お前は、俺の、武器になれ!
シュイィーン! 親指と人差し指との間に一センチほどの隙間を作り、歯車は高速で回転し始めた。
ネリー
「直樹ぃッ!!」
悲鳴に応えて下を見れば、ウナギやウツボ、海ヘビの首を三十本近くは備えたヒュドラーがネリーを襲っていた。
直樹
「ンなろぉ!」
どうせあれも機械仕掛けだろう。よくもまあ、ああも奇怪なものを組み立てる!
直樹は、二つの歯車と己の手の間に、見えざる糸を想像して、
直樹
「邪魔すんなぁッ!」
ドッ、ドッ! ヒュドラーの首を目がけ、射出した。
歯車を飛ばし、次々と首を断つ。ヨーヨーのルーピング・トリックの要領だ。漫画で見た八の字のループに憧れて、さんざん練習したものだ!
直樹
「ネリー! ぶちかませェ!!」
ネリー
「応ッ!!」
断ち切られ、浮き上がった蛇の首の合間を抜け、ネリーはハンマーを構えた。
マザーの輝きが視界を満たす。
もう、行く手を阻むものはない。
ネリー
「だぁぁ、」
小さな身体を限界まで捻り、膂力と精神の全てを込めて、
ネリー
「りゃぁあああああぁぁぁああッ!!」
ネリーは、その得物を、振るった。
―――ガァアーン!!
フィオ「猛進猛進!」
フィーナ「伝説で出てくるような生き物も再現できるのか」
フィオ「テリメインの魔物の所為かな」
フィーナ「ストリングスプレイスパイダーベイビーかな?」
フィオ「あれじゃあ、手元を襲う奴しか倒せないでしょ。ルーピング・トリックだっていってるじゃん!」
フィーナ「みんなの助けをかりて今必殺のシャコガイハンマー!」
フィオ「やったか!?」
ネリー
「あ……れ……?」
シャコガイ・ハンマーの、頭が。
かつて、自分の首を食いちぎろうとしたそれが、今では大切な相棒となったそれが、一瞬だけふわりと浮かび、落ちていった。
ハンマーの柄が、へし折られていた。マザーの装甲にはひびの一つもなかった。
直樹
「ネリー! 駄目だ……」
呆然とするネリーの下へ、直樹は全力で水をかいて直行する。
伸ばした右手が、彼女の腕に触れた、その時だった。
マザーから抜け出し、下方から忍び寄った細い触手が直樹の足にそっと絡みつくと、先ほど通路でこさえた切り傷に触れた。
直樹
「は……!?」
先端を二つに割った触手が、傷口をこじ開け、更にその合間から針を打ち込んできた。
記憶にある痛みだった。これは、たしか、予防接種の……!
直樹
「くっ!? のっ、やろ!」
直樹は身体を曲げ、触手につかみかかる。
触れた管は脈動している。ちらと見えた足には、何かが根を張っていた。
しびれが、広がっていく……脚から、腰へ、胸へ、そして、
フィーナ「一度のチャンスが、手からすり抜けてできた一瞬の隙。それを放置するほど相手は優しくない……」
フィオ「あぁ……ヤバイヤバイヤバイ!」
フィーナ「……『コレ』をわすれていたわけじゃないんだけど、戦いの中でやられるとは思わなかったな」
ネリー
「な、直樹……」
想い人の顔を見ようと、後ろを向いたネリーは、
直樹
「……!」
その想い人は、一瞬のうちにネリーの頭につかみかかった。
ネリー
「え……?」
直樹
「…… ……。」
直樹は、何も言わない。強く、より強く、締めつけてくる。
ネリー
「い、いた、い、よっ、やめ……」
直樹
「…… ……。」
目が白黒するような、厭な刺激が走る。直樹の瞳が光を放し始めている。
ネリー
「やっ、ゃ、い、いやぁあああああっ!!」
孝明
「直樹ィィッ!!」
視界の外から、声が、深緑の物体が乱入する!
海草はぐるりと直樹の身体に巻きつき、その力でネリーから引き離してみせた。
ネリー
「な……直樹、っ、どう、してっ……」
孝明
「落ち着け! アイツに、マザーに何かされたんだ!」
やってきた孝明は打ち震えるネリーを腰から抱いて、離脱を試みる。
広幸
「もとに戻さなきゃ!」
そこに、広幸も背中を向けてやってきた。追ってきたガラクタどもを、手のひらから乱れ撃つ光の矢で粉砕しながら。
直樹
「……!」
ボッ! 近くでなにか仕事をしていた触手を蹴っ飛ばし、直樹は三人目がけて跳躍した。
引きちぎられた海草が、あとに残る。
孝明
「ちきしょう!」
ネリーを脇に放り出し、孝明は残る海草にどこかへ引っ張ってもらった。広幸には自分で何とかしてもらう。とりあえず、揃って相手の軌道から逃れられればそれでよかった。
ネリー
「あっ、あぁ、な、直樹、っ……!」
動けないネリーに、触手たちは急速に迫る。
広幸
「ええいっ!」
光の矢をていねいに放ち、脅威を撃ち抜きながら広幸は彼女の下に接近した。
ネリー
「直樹、っ、ど、どう、すれば、いいのっ……」
広幸
「わかんないけど、生きなきゃ駄目だろ!」
乱暴にネリーの腕をつかんだ広幸は、触手を足掛かりにドームの上側へ昇る。
が、そこへ、円盤が飛来した。
広幸
「ひッ!?」
上半身をひねって、かわす。
先ほど直樹にくれてやった歯車が、過ぎ去っていった。異能力までも乗っ取られたらしい。
こうなれば本人も来るに決まっている。広幸は体をひねったままにバールを構え、居合斬りの真似事で迎えうつことを考えた。
フィオ「あくまで印象だけど、三人の中では直樹さんが一番強そうだった。それが奪われるというのは戦力的にも痛いんだけど……」
フィーナ「それ以上にネリーさんが深刻な状況かもしれないね……自分の一撃から始まった崩壊、しかも相手は……」
フィオ「とはいえこの状況……しのぎきるのはどうにか立て直さないと!」
広幸
「はッ!」
バールを握らぬ左手に念じ、ドッ! 空中に起きた小爆発が、広幸の身体を押し流した。
彼のいた位置を、ブーメランのように戻ってきた歯車が通過する―――それを見計らって、中心の穴にバールの先端を引っかけた。
身体が、引っ張られる!
広幸
「犬死に、上等ーッ!!」
まだ熱の残る左手を、急速に温めなおす。
狙うは、ぐんぐんと迫る、友の、頭である!
あと少しで、触れる!
が、グーッ! 広幸の身体は、そこで急停止させられた。
広幸
「あっ……!?」
直樹が、回転する歯車を掴んでいるのが見えた。手の皮が破け、血煙が漂っているというのに。
孝明
「バール離せェ!」
直樹
「……!」
孝明の声が聞こえた時、直樹の目も、光った。
彼が左手に握った歯車は、小さな弧を描いて飛び、広幸の背を抉った……空気を供給する灰色のマシンを、引き裂いてしまった。
広幸
「もごッ……!?」
命綱が、あぶくと消えた。
待ち構えていたかのように触手たちが迫り、首を、胴を締め付ける。獣を捉えた大蛇のように……
フィーナ「決意の広幸さんが決死の一撃を仕掛けるんだけど、……同じようなことやらかしたことある。相手は既に『人ならこうする』ってことを放棄してる」
フィオ「現在進行形で痛いけど、切断される恐れだってある中こんなことできるわけないじゃない!」
フィーナ「だからこそ……だからこそ不意打ちになっちゃう」
フィオ「あっあっあっ……」
孝明
「やめろーッ!!」
刃ならばあった。孝明は懐のトマホークを海草に掴ませ、触手目がけて振るわせる。
けれど、何故かそれが届くよりも先に、彼らは広幸を放り出した。
孝明
「広幸ッ!!」
呼びかける。応えない。
孝明
「広幸、広幸ッ……!」
飛びついて、揺さぶる。
孝明
「広、幸、……」
わかって、しまった。
彼の身体に、もう、力が、残っていない、ことを。
―――ゴゥッ!
横殴りの、しかし重心を捉えてはいない力が、孝明を襲った。
視界が目まぐるしく回転する。
あぶくに、包まれる。
息が、できない……
孝明
「あ、ァ……」
目の前が、暗くなっていく。
直樹が、いる。
ネリー、……
フィーナ「状況が収束していく。全てが悪いほうへ」
フィオ「救いは……救いは……無い?」
直樹は、マザーの眷属として、この場に残る最後の敵となったネリーに迫った。
かつて愛した彼女を、彼は容易く殺し、戦いを終わらせるだろう。
あとは永遠に、出会う全てを己に結びつけ、同化してゆく日々が続くだけだ―――歯車を放り出し、両手を金属の爪に変え、直樹は近づいていく。
ネリー
「直樹、っ……」
直樹
「…… ……」
ネリー・イクタから、もはや戦士としての強さは消え失せていた。
ネリー
「だめ、だよ……」
直樹
「…… ……」
武器を失い、力を失い、
ネリー
「こんなの、ない、よっ……」
直樹
「…… ……」
それでも、心だけは、なくならなかった。
ネリー
「直樹っ……」
直樹
「…… ……」
その、心が、
ネリー
「だいすき……だよ……」
命を奪わせる前に、
唇を、
触れ合わせた。
直樹
「グ…… ……」
熱が、伝わってきた。
舌から喉へ。
肺に染み渡り、腸から血の中へと伝わり、五臓六腑へ。
そして、たましいの座へ。
目に見えぬ歯車による支配に、一瞬だけ、ほころびができた。
直樹
「ネ、リー……」
ネリー
「直樹……!?」
直樹
「ネリー……!!」
ネリー
「直樹ぃっ!!」
―――ドッ!
ネリーは、直樹に、突き飛ばされ――――
白い切っ先が、
直樹の、胸を、
突き破ったのを、
見た。
ネリー
「ェ―――」
それは、触手ではなく、直樹のハープーンだった。
直樹
「……ネ、リ、ィ―――」
瞳の中の灯火が、ゆっくりと、溶けて、消えた。
直樹が、横に流れていく。沈んでいく。
血煙を、のこして。
フィーナ「……」
フィオ「……」
フィーナ「一筋の希望。間違いなく、ほんの僅かな希望だった」
フィオ「なんでこんなことに……」
フィーナ「英雄達の命が消える、でもそれはただ消えたわけじゃない。希望といっていいのかはわからないけれど、残された可能性は……まだある」
ネリー
「……ァ……」
彼の血が、ネリーの鼻に触れたとき、何かがその身の内でほどけた。
ネリー
「ァっ……ァ……!」
ずっと封じ込めてきたもの。手綱をつけたはずのもの。
ネリー
「ァア、ギィィ……ィッ……!」
母胎から注ぎ込まれた、呪い。
それが、ネリーの体外に直接力を及ぼすほどに強かったのかどうかは、もはやわからない。
腰蓑から、あぎとを持った石が抜け出た。そして、ネリーの胸元に近づいた。
ネリー
「フゥッ、フゥゥッ……!」
身体が熱い。四肢が痛む。鰭が震える。
だが、抵抗はしない。
母が育ててくれた優しさが、父が教えてくれた強さが、あの人がくれた愛が、遠のいていく。
だが、もう止まらない。
もう、戻れなくなっても、かまわない―――!
ネリー
「グゥァアアアアアアァーッ!!」
咆哮が、ドームを、揺らし、そして、
―――それはもはや、あどけない少女では、なかった。
牙を見せる、頭。
刃と化した、鰭。
それは、現実にその形を得た、《餓鮫》であった。
フィオ「ずっと押さえ込んできたものをネリーさんは解き放つ。全てを失った末の……」
フィーナ「正真正銘の最後の手段。ただ……全ては過ぎ去ってしまった。少なくともこの力が命を戻すものではないことはわかる
それでもここは」
フィオ「次回へと続く!」
49回
フィーナ「自分が持つものを全て解放したネリーさん。タガの外れた怒りは使命よりもその激情のままにマザーへと向かっていく」
フィオ「絶望の広がる深海それとは別の場所で、希望となりえる出来事が……」
―――テリメインの辺境。
熱くも冷たくもなく、光と闇は争うことなく混じりあい、遺跡の類もなければ宇宙を模しているわけでもない、忘らるる海。
そこで、ひっそりと渦が現れて、消えた。
オルタナリアで散々に打ちのめされた彼らが、とりあえず助かったのは、こんな場所に放り出されたおかげかもしれない。
クリエ
「ン……!」
まぶたを開いたクリエ・リューアは、力の入らない身体に鞭を打って上半身を起こし、周囲を見回した。
あたりは、ぶっきらぼうに凸凹した地面。その先は灰色の空と、うす暗い海。
シールゥ
「クリエ! 起きたんだね……」
声をかけてきた小妖精の後ろには、鬼面の剣士や四つ脚の白竜、「A」をおでこにつけたメガネの老人の姿もある。
クリエ
「ン、ゥ……みん、な……?」
ワサビ
「おぅ、無事だ。俺らだけは、な……」
鬼面―――ワサビが軽くうつむきながら言う。
アノーヴァ
「我々はあの渦にやられた。それなら、ここは……」
アノーヴァの声を聴いたクリエは、懐からしばらく使っていなかったスキルストーンを取り出す。
深海の遺跡の保全作業に参加する為に購入した『バイオルミネセンス』の石だ。中心にたたえた光が、クリエの集中力にあわせて波打つ。
それで、確信を得た。
クリエ
「ここ……テリ、メイン……」
フィーナ「そっか、渦の性質を考えればこういうこともあるわけだ」
フィオ「何はともあれ生きていて良かった……」
フィーナ「とりあえずは、ね。ただ心中は穏やかではないだろうね、守るべき場所も守れず、彼らが帰るべき場所も失った。その無念を思えば、喜ぶことはできないね」
ネリー
「ウォォォォォォ……ゥッ!」
ネリー・イクタは尾を振るい、マザーに飛びつかんとした。
が、迎撃にかかった触手群が、四方八方から迫る。右腕に絡み、左足へ……ブチィ、ブチィッ! ほんの一瞬の邪魔もできずに、引きちぎられた。
ネリー
「ガァーッ!」
霧のような光がそこかしこに現れ、すぐに氷の矢に変じた。
ドドドーッ! 全方位に放たれた矢が、触手を切断していく……
フィオ「その一方で暴走状態のネリーさん。厄介な触手のオールレンジ攻撃もものともせずマザーへと迫っていく」
フィーナ「負けてはいない……けど」
フィオ「テリメインへ。それぞれが失意をあらわしている中、シールゥさんが一つの提案を……」
シールゥ
「……ねぇ、みんな」
しばしの沈黙を破ったのは、シールゥ・ノウィクの小さくも通りのいい声だった。
シールゥ
「ゴーグル、かけてみようと思うんだ。いいかな?」
シールゥのゴーグルは彼女の髪の毛を抑え、その力を封じ込めている。ひとたび毛が立ち上がれば、物質の世界と背中合わせに存在する精神の世界へとその根を伸ばし、そこを行き交う波動をもれなく吸い上げていくことができた。
クリエ
「ゴー、グル……!? で、も……!」
それは、たんぱく質だけでなく、精神的なものでも構成されている妖精にとっては、致命的な事態になりうる行いだった。例えるなら―――心臓が突然どこかに消えて、タコの入った壺と入れ替わるようなことも起こり得るのだ。
シールゥ
「さっきから、感じるんだ。念が漂ってくるのを……すごく荒々しいけど、助けを求めてるみたいな……放っておけないんだ! なんなのかは、わかんない、けどさ……」
声に力がなくなる。確信は何もない。実行したところで、ただ、何かが変わるだけである。
ワサビ
「別に止めないぜ。やりたきゃ、やりゃあいい」
どっ、と岩から飛び降り、ワサビが言うのに、アノーヴァが首を向ける。
アノーヴァ
「ワサビ!? 貴様……」
ワサビ
「んだらよ、他に何かあンのか、氷竜様?」
アノーヴァは返事に困った。
ワサビ
「考えてみな。フォーシアズでくたばっててもおかしくなかったんだぜ、俺らは」
アッチ
「死ぬことと見つけたり、てヤツッチか?」
ワサビ
「はっ、バーカ、それ意味違ェよ」
アッチはワサビの鬼面の口から、少し緩んだ唇を見た。
シールゥ
「……うん。ワサビの言おうとしてることはわかる。でも今のボクの気持ち、それともちょっと違うかな」
ワサビ
「あん?」
シールゥ
「どっちかっていうと……ン。まあ、結果出りゃわかるか。はじめるよ?」
シールゥは頭のゴーグルを掴み、引っ張って、下ろした。
ひと固まりの毛の束が、バネのように立ちあがり、輝き出した。
フィーナ「命をかける提案。何かがおこせる確信もないのに、そのリスクは大きすぎる。だからもしかしたらこの状況が後押しをしてしまったのかもしれない」
フィオ「でもヤケになっているわけじゃないみたいだよね、彼女が感じたものは確かなものではないけれど、やらなきゃならないなにかなんだろう」
フィーナ「つかむものは藁なのかそれとも……」
彼女の目のなかで、仲間たちは半不定形の虹の塊と化していた。
大地と海はモノクロになり、濃淡だけがその形をおぼろげに示す。その中には、色のついた極小の粒が浮いている―――今は無視する。
シールゥ
「どこだ……!?」
音が寄ってくる。匂いも、手触りも、味すらも、次々とぶつかってきた。
五感がこの世ならざる場所へと飛んでいってしまった―――ただの人間が同じ状態におかれたならば、きっとそう思うだけだろう。
だが、シールゥ・ノウィクには、全部がわかっている。全ての刺激に意味がある。それら一つ一つを彼女は感じ取っている。それは、苦痛きわまりないことだった―――大都会を行き交う人々の世間話をひとところに集め、刹那のうちに一つずつ脳に捻じ込まれているようなものだ。
耐えなくてはならない。だが、長くはもたない。
その感受性と記憶をコンパスとし、かすかに受信した思念を追いかける。ノイズを置き去りにして、自我が飛翔する。薄く、たおやかな、翅を、携えて。
シールゥ
「―――! 見つけた! あそこだ、ッ……!!」
ついに、シールゥは、至った。
海面の一点に光の矢を放ち、彼女はぱたりと地面に落ちた。
フィオ「こんなの……脳が焼ききれる!」
フィーナ「見つけたものは……?」
機械の部品を適当に組み合わせ、かろうじて人の形にしたものたちが、ドームの床と天井から染み出すようにして現れた。
彼らはいびつでありながらきちんと動く四肢と、脆いが殺傷力のある武器をもって、ネリー・イクタの妨害にかかった。触手群へと放たれた氷の矢に貫かれるも、一、二か所を貫かれた程度ではびくともしない。
数機が同時に、ネリーの下半身へと掴みかかるが、
ネリー
「グァァァァァッ!!」
咆哮が、凄まじい振動を起こし、彼らをボロボロに崩壊させていく。
が、バラララッ! 大きく露わになったネリーの口内に、三つ、四つと穴が穿たれた。崩れたガラクタ人間たちの奥に、銃を構えた腕があった―――腕、だけである。それは反動を抑えるためだけに、マザーと直結したパイプに根付いていた。
ネリー
「シャッッ!!」
血の匂いで、鮫は荒れ狂う。
魔力の光は赤く変じ、ネリーを中心に周囲へと放射され、ドームを満たす。
力なく浮かぶ三人の少年の影が、床に映った。だが、ネリーはもはや何の反応も示さない。
潜水したアノーヴァは、何かを咥えて岩礁の上に戻ってきた。
アッチ
「そ、そいつぁ、ウニモドキ……!」
アッチの声にアノーヴァはうなずき、それを地面に下ろす。
シールゥ
「フゥ……さっきのは、そこから、だよ……何か、あるはず……」
クリエの手の中で、弱ったシールゥは声を絞り出してみせた。
ワサビ
「何か? そりゃ、俺らをここに運んできたのは、多分こいつなんだろうが……」
アッチ
「……ンム。じゃあちょいとバラしてみますカネ」
アッチが白衣を広げると、内側に大量の工具がしまってあった。その中からカッターとドライバー、あとはちょっとした部品箱を取り出して手を付ける。
わずかな隙間をこじ開けたかと思うと、もうネジがぽろぽろ箱の中に落ちる。
シールゥ
「ッゥ……!?」
クリエ
「し、シー……」
シールゥ
「伝わって、くる…… これは……!」
シールゥは、ウニモドキに手を伸ばす。
アッチ
「ンムー? どしたチビ助? チビ助が焦ってるってコタァ―――」
アッチの手は早まり、半ばいやらしくぐねぐねとマシンを弄んだ。
細いコードを容赦のかけらもなく刺しに刺しまくり、電気を通すと、皆の方に向き直る。
アッチ
「諸君。コレ。一本ずつ掴んでミタマエ」
束ねたコードを差し出しながら言う。
ワサビ
「それ、バチっていくンじゃ……」
アッチ
「いーカラいーカラ。おみゃーらの見たいモンが見れるッテンダカラ遠慮はナシヨッ」
一同は、アッチとシールゥの顔に、交互に目をやった。それでとりあえずの決心がついた。
小さなコードの先端を指で、あるいは爪で挟み込む。
体の中で火花が散って、目の前が真っ白に染まり、すぐに青一色へと変わっていった。
フィオ「激闘と発見したもの」
フィーナ「破壊へと突き進むネリーさん、その先に残るものがあるとは思えない」
フィオ「一方で、渦の原因であるウニモドキを発見した一行、これは……光明が見えた」
フィーナ「そりゃあバチっていきますよ、バチって」
フィオ「アッチはこの先どうなるかが見えているみたいだけど」
フィーナ「『考えていたこと』とこの状況をあわせて何らかの結論を出したのかもしれないね。天才にありがちなのが過程をすっ飛ばして(頭の中では描けているのかもだけど)答えにとんでっちゃうってこと」
ネリーは今や身体中を傷つけられていたが、その勢いは全く衰える様子がない。
ネリー
「グォオオォオォオォ……ッ!!」
全身から血が噴き出すたびに、彼女の周囲を浮遊する《餓鮫》のスキルストーンは脈動し、真紅の光を放出した。それがネリーに生命力を与えているらしかった。
マザーの眷属どもは、わかっているのかいないのか、どんどんと数を増やしながら、ありとあらゆる種類の攻撃を試し続ける―――斬撃、打撃、銃撃。水圧の弾丸。毒素の注入。電気ショック。一つたりとも、ネリーの肉体を抉りこそすれ、止めることはできない。
とうとう、ネリーはマザーにとりついた。
ネリー
「ガゥア―――ッ!!」
元の数倍にも太くなった両腕で、ドッ! ドーンッ!! 鬼気迫る勢いでマザーを殴打すれば、数センチほども凹む。同時に異形のメカ群が動きを乱し、幾度かの衝突音が響く。手ごたえを感じてか、さらなる打撃を放った……
が、ドウッ! 側面からの大質量が、ネリーを弾き飛ばす。見れば、七メートルはあろうかという巨大なイカが形作られていた。それが脚を数本も束ねて振るい、自らの主に迫る敵を打ち払ったのだ。しかし……
ネリー
「ゴォォォッ!!」
それだけだった。咆哮とともに振るわれ、遠心力で伸びあがった尾が、彼を斜めに両断した。
マザーは負けじと、すぐさま新たな怪物を組み立てる。ネリーはそれを瞬時に叩き潰すが、大本たるマザーに再びダメージを与える隙がない。
永遠にこれが繰り返されるわけはなかった。リソースの差は、圧倒的であるからだ。
マザーが送り出す異形の軍隊を前に、ネリーはこのまま、四肢を引きちぎられ、はらわたをぶちまけ、首を切り落とされるまで戦い続けるのだろう―――あるいはその首さえも凶暴さを宿して動きだし、マザーに噛みつかかろうとでもするのかもしれない。
水中に漂う三人の仲間に、何も施してやることなく。誰にも、顧みられることなく。
ネリー
「ウォオオオオォッ!!」
血煙を発しながら、もう何度目かもわからない突撃を仕掛ける。
マザーは、何も呼ばなかった。
ネリー
「ガァァァァッ―――」
両腕を、振るって、
ドッ! ドッ! ドッ!!
ネリー
「ァ―――」
腕を、脚を、腹を、胸を、口を、目を、
五臓六腑を、大脳を、
マザーの周囲に根付いた数百の触手が、ネリー・イクタをなす全てを、一斉に貫いた。
最後の一本が《餓鮫》を刺し貫き、粉々にした。
それが、決着だった。
振り上げた腕が、沈んでいく。
肉体が、弛緩していく。
もう、ネリーは、動かない。
すべては、終わった。
マザーの発する光の色合いにわずかな変化が生じたことに、気づく者はいなかった。
フィオ「壮絶なる戦いもどうやら終局へ……」
フィーナ「お互いの身を削りあう激闘はむごたらしいものだった。壊すか、殺すか。
本来世界のためを思ったはずの二つの意思がその片鱗も見せることなく終わっていく」
フィオ「攻撃に効果はあったようにも見えたんだけどね……」
フィーナ「どちらにしろこうなったらもうダメだったのかもしれない、マザーを壊したとしてその後は? ネリーさんが斃れたとしてその後は? どちらに転んでも、このままじゃダメだったんじゃないかな」
……。
…… ……。
…… …… ……。
そこは、どこまでも広がる闇の中であった。
ネリー
「…… ……」
『ネリー・イクタそのもの』が、力なく漂っていた。
目をつむったまま。胸元に浮かぶ、すっかり弱弱しくなった真紅の光に照らされて。
???
「……リー……、」
声が、した。
???
「……ネ、リー……―――、リー……―――ネ……―――」
幾重にも重なる声だった。
小さくも透き通る声、ぶっきらぼうな声、威厳をたたえながらもどこか優しい声、そして……
ネリー
「ン、ゥ……?」
目を、開く。
黒と赤だけの世界に、わずかながら、他の何かがもたらされている―――白い雲のようなものが、流れていた。一つ、二つ……五つ。
???
「ネ、リー……い、るの……?」
その、どうにか出したような声が、想起をさせた。
ネリー
「くっ……ク、クリエ、さん!? みんな……!? どこ!?」
ネリーは、ぐりぐりと首を回した。そこから下も、次第に制御が戻ってくるのを感じる。腕を、脚を、尾を動かして泳ぎ出した。
ネリー
「まってよっ! どこにいるの!? いかないでっ!!」
流れる影をネリーは必死に追いかけた。
だがいくら泳いでも、それらは近づきも遠ざかりもしない。
ネリー
「待って……まってっ……」
ついには、ぼやけて、消えていく。
ネリー
「ま……待ってよ、みんな……いるんでしょ……っ、ねえ……」
力が、抜ける。
胸元の輝きが消えていく。何も見えなくなる。
ネリー
「……ね……ぇ……。」
そしてふたたび、目を、閉じた。
…… …… ……。
…… ……。
……。
フィオ「それは最後に見た幻影なのか、それとも何か別の可能性だったのか、暗く沈んでいく中で次に何かが現れることは……」
アッチ
「―――ン゛ンナローォォイィ! ヴァテトンジャヌェェーイッ!!」
突然、アッチの顔が闇の中に大写しになった。
ネリー
「へっ!?」
よく見れば、あちこち焦げている。おでこの『A』もチリチリだ。
シールゥ
「ちょ、ちょっと!? 今めっちゃバチバチ言ってたよ!? 骨見えて―――」
はっきり聞こえてくるシールゥの声。
アッチ
「ゲゲゲゲゲェ、こんんんくらいィイイィどどどぉってコトコトネーヨヨヨョョョ……ゴフッゥゥゥゥゥッ」
黒煙を吐き出してアッチは消えた。
ネリー
「え? え?? ねえ……」
シールゥ
「ネリー! いるんだね、そこに!?」
シールゥ・ノウィクの声だ。
ネリー
「う、うんっ!」
シールゥ
「あぁ、よかった……! ボクらも無事だ! 今、テリメインにいる!」
安堵の声に続き、ぼんやりと顔が見えてくる。シールゥ、ワサビ、アノーヴァ、そしてクリエ。
ネリー
「え、えっと、これ、どういう……?」
いきなりこんなことになっては困惑するしかなかった。
ワサビ
「オゥ、ジジイがやってくれたのさ。なんか八卦の応用みてぇな―――」
アノーヴァ
「八卦ではない、ハッキングと言っていた。意味は知らんが……」
シールゥ
「ン、そうそう。ウニモドキがオルタナリアとテリメインをつないでるってのはもうわかってるよね? ボクたちはそのウニモドキを一つ拾ったんだけど、そっからネリーを感じたんだ」
ネリー
「わたしを……!? シールゥ、まさか!?」
何をもって感じたのか、ネリーには察しがついた。
シールゥ
「心配しないで、無事だから。でね、このウニモドキ、もしかしたらネリーの所につながってるんじゃないかって思って……アッチが改造して、ネリーの所に飛べるようにできないかどうか試してくれたんだけど……こうやって話すのが、精一杯みたいだ」
クリエ
「ネリー……そっち、は……」
すす、と割り込んでくるクリエ。
ネリー
「な……直樹が……っ」
あの悪夢のような時間が、蘇る。マザーに洗脳された直樹。広幸と孝明をたちまち打ちのめした直樹。これ以上ネリーを傷つけまいと、異能力で呼び寄せたハープーンで自らの胸を貫いた直樹。
ネリー
「みんな……っ、みんな……死んじゃった……わたしも……何が、なんだか……わかんなく、なって……」
クリエ
「えっ……!?」
皆の瞳が縮まるのを、ネリーは見た。
シールゥ
「そ、そんな! ウソでしょ!? 広幸も直樹も孝明も、やられちゃうなんて!?」
ネリー
「ウソじゃ、ない……わたし……もう……」
※挿絵があるので是非ご覧ください
フィーナ「ヒュッ……(喉の音」
フィオ「び、びっくりした」
フィーナ「これは骨見えてますわ」
フィオ「焼けてる、焼けてる!」
フィーナ「どうってことあるよ! でも……よくやった」
フィオ「ハッキングの応用!? マジで天才だよこれは」
フィーナ「まぁそれはいいんだ重要なことじゃない」
フィオ「話せるようになった……? でもネリーさんさっき」
フィーナ「何か変……だね」
フィオ「思い出される悪夢、心を折って、全てを投げ捨てさせるのに十分な……」
涙が、こぼれた。
重力のない闇の中で、ふわりと浮かび、玉になって流れる。ネリーの後ろへ。
水が弾ける音が、小さく鳴った。
???
「……おい?」
誰かが、応えた。
ネリー
「えっ―――?」
振り向く。
???
「誰が―――」
そこに、いる。
ネリー
「なっ……」
確かな姿で、傷一つない身体で、浮かんでいる。
直樹
「死んだって―――」
ネリー
「直樹ぃぃぃぃっ!!」
言い終わる前に、飛びついた。
勢いのまま、二人で一つになって流れていく。
温かな両手が、ネリーを包んだ。
直樹
「バカが、ったく! 他の二人だって―――」
ネリー
「直樹っ、直樹ぃ……!」
これでは、仕方がない。直樹は左手だけネリーから離して、軽く振る。
孝明
「話、聞かせてもらったよ」
他の二人―――広幸と孝明が、応えてやってきた。
孝明
「ここは多分現実じゃなくて、君の精神の中だ……ウニモドキと、あとはマザーの触手を通して、僕らはここにつながったんだと思う。だとしたら、まだチャンスはあるハズだ」
ネリー
「ど、どゆこと……?」
直樹から顔を上げ、ネリーは孝明に向き直った。そこへ広幸が、
広幸
「ひっぱりあげてもらうのさ、テリメインの方から! つながってるマザーごと、一本釣りってね!」
ネリー
「う、うゃ…… ……。」
直樹は、ネリーを自分の方に振り向かせた。
直樹
「ネリー、やろうぜ。みんな、お前を待ってる。おまえを信じてる」
ネリー
「わたし、を……」
直樹
「そうだ。俺だって、同じだ」
肩を掴み、真っすぐにネリーを見つめる直樹。
直樹
「……強くなるんだろ? こんな奴に足止めされちまってたンじゃ、つまんねェぜ?」
ネリー
「…… ……そう、だよねっ!」
直後、砕かれた赤い光が、形を成しはじめた。
細く、しかし強く、螺旋に結合わされ、長く伸びあがる。
それは、ネリーと直樹を結び、孝明と広幸に、そして遠くで見つめる皆にも届く。
赤い糸の端を持つネリーは、遥か下方に、もう一つの魂を感じ取った。
ネリー
「……あなたも、くるのっ!」
糸を投げ下ろす。ひとりでに伸びて、闇の中に消える。
張力が伝わってきたのを確かめて、ネリーは動き出す。
ネリー
「―――ひっぱってーっ!!」
グンッ!
赤い糸が、皆を運ぶ。
はるか彼方へ。ここでない、どこかへ。
糸はやがて光の中へと続き、そして、
フィーナ「還ってきた! 戦士達が、黄泉の国から!」
フィオ「それは違うと思う! 仲間達の行動が繋げた奇跡」
フィーナ「どんなに離れても心はそばにいるからね」
フィオ「シールゥさんの能力で、まだそこにあった心がつながった……ってことかな」
フィーナ「改めての決意、そして最後の救うもう一人は……」
フィオ「と、ところで引っ張ってもらっても身体のほうは……?」
顧みられることのなかったその岩礁に、天を衝く光の柱が現れた。
直後―――ドウッ!! 収束したエネルギーが爆発を引き起こし、何もかもを飛び散らせる。
何人かの人型と、四つ脚の竜と、太いパイプ群に、どこかから剥ぎ取られた無数の金属質、そして巨大な五角形の―――マザー、そのものたる―――物体。
全てが宙を舞い、着水する。
その中のひとつ―――ネリー・イクタの腰蓑が、太陽のように発光した。彼女の思惟に応え、スキルストーンが、一斉に起動をしたのだ。
癒しの力を持つ石《トリプル・ヒール》、そして《ワイルド・ブレス》が、半ば暴走気味に光芒を放射した。
直樹に突き刺さったハープーンがひとりでに抜け、出血もさせずに傷口を塞ぐ。孝明と広幸の肉体も、再び活力を取り戻す。光の洪水に押し流され、全てのダメージはたちまち消えた。
海中で体勢を立て直したネリーたちは、形を変えていくマザーを見た。
持ち込まれた物質を、取り込んでいく。
自らを中核とし、塊に変えた後は、下へ下へとそれを伸ばし―――
孝明
「あいつ、何しようって……」
ネリー
「ンッ……これ、見たことあるっ!」
忘れようはずもない。以前アッチがテリメインに現れ、ウニモドキの一つに乗っ取られてしまった時のこと。
あの時は、ネリーの目の前で瓦礫の塊が変形し、人型となった。再び、それが起ころうとしているのだ。
マザーは見る見るうちに、数百メートルはあろうかという機械巨人を構築した。
広幸
「な……なんてデカさだ!?」
バールを抜きつつも、広幸は慄く。
直樹
「へっ、おもしれえ……これで最後だ、ビビるンじゃねェぞ、ネリー!」
ネリー
「うんッ……!」
ただそう交わすだけで、二人の勇気は無限大になる。
ネリーと直樹は、聳え立つ大巨人へと、突貫した。
フィーナ「テリメインありがとう、スキルストーンもありがとう、後ついでにちょっとデカイ物を投棄しちゃうかもしれないけれど」
フィオ「テリメイン「誠に遺憾である」」
フィーナ「いざ、リベンジマッチ。今度こそ誰も失わず、勇者達は世界を救うことができるのか」
50回
フィオ「世界をまたいだ冒険はついに最終局面へ。一度は絶望を味わわされた相手に対しても臆することなく勇者達は挑む、果たして戦いの先に待つものは」
迫りくるネリーと直樹を見た異形の機械巨人は、自分の腹に五十か所も穴を空けた。それらから、ドッ! ドドドッ! 瓦礫の塊を連射し、弾幕を張る。
直樹
「ンなろッ!」
直樹は大きく水を蹴ってネリーの前に飛び出すと、ハープーンを構えた。目が、金色に輝く―――異能力が発動をし、ハープーンの先端に作用した。水中だというのに超高速で回転を始め、迫る瓦礫を跳ね返していく。
ネリー
「直樹っ!」
直樹
「ネリー! 行けッ……」
行けるわけがない。防御に集中する直樹の後ろでネリーが戸惑っていると、クリエ・リューアが接近し、
クリエ
「ハァッ!!」
スキルストーンの光を、ふたつ、見せつけた。
泡が壁となって彼女の身を包んだかと思うと、そのまま膝を抱えて高速回転しながら突進し、弾幕に穴をあけていく―――《109C》、と呼ばれる業であった。《ウィンドガード》と併用することで、自らを突き進む盾としたのだ。
アノーヴァ
「先に行くぞ!」
孝明
「アイツの中身をむき出しにしなきゃ!」
横を見れば、アノーヴァとその背にしがみついた孝明が、クリエの作った通り道から先行する。
ガラクタの巨人は彼らを見下ろし、目を光らせた。
広幸
「危ない! よけろッ!」
広幸が叫んだ直後……ギィーンッ! 巨人の目の光は一筋の線へと変じ、海中をまっすぐに貫いた。
アノーヴァ
「チィーッ!」
アノーヴァは身体を捻り、光芒をかわす。そのまま光は地面を穿ち、着弾点を青白い針の山へと変えた。
シールゥ
「ひゃァあ、凍っちゃった!」
ワサビ
「当たりたくねェな……ッ!」
シールゥはワサビの後頭部にしがみついている。そのワサビは、敵を観察していて、
ワサビ
「そこォ!」
弾幕の裂け目、巨人の首がすぐには向けぬ一点、そこを目がけて、妖刀《シチミ》を振り抜いた―――ズォッ! 真紅の刃が刀身を離れ、幅を広げ、海を裂きながら飛翔した。
ならばと巨人は、膝をつき上げる―――ドォッ!! 刃はそこに命中し、煙のような泡が白く膨れた……その中から、切り落とされた脚部がゆっくりと海底に沈んでいく。だが煙の向こうには、無傷のシルエットが見えていた。
フィーナ「お互いに総力戦、この前と違うところは助けの手がいっぱいあること!」
フィオ「攻撃も防御もランクが上がってるね。あちらの底もまだ見えてはいないけど」
フィーナ「あっちの攻撃力はやはり馬鹿にならない印象があるな。お互いそうなのかもしれないけれど、向こうは防御の厚さが厄介だ」
アノーヴァ
「手足を切り落として参る相手でない……畳みかけるぞ、準備は良いな!?」
孝明
「はいっ!」
孝明は、確かに了承した。
だが次の瞬間、アノーヴァが自分を海中に放り出し、挙句長い尾で包んでくれば、どんな顔をすればいいかわからなくなる。
孝明
「な、なんじゃとて……!?」
アノーヴァ
「海草でも拾ってこねば、戦えぬよな!」
孝明
「それで僕を尾っぽで投げンのォ!?」
アノーヴァ
「安心しろ……!」
ブォゥンッ! アノーヴァは斜めにスピンして、孝明少年を下方へと放り出した。そのまま、前方の巨人を見据えて、
アノーヴァ
「この始祖竜アノーヴァ・ピイヴァルが好いた、宇津見孝明は―――無敵である!!」
一声叫び、そのままあぎとに冷気を蓄えだす。
投げ出された孝明はというと、その意識のなかにいくつもの『緑』が入り込んでくるのを感じていた……それらを、あらん限りの力で、引き寄せる。周辺海域の海草が、藻が、一点を目がけて伸びる―――海床を抜け出し、鳥の様に海中を飛び、孝明の右腕が指す先へと集う。
アノーヴァ
「かぁッ!!」
ついにブレスを放ったアノーヴァに対し、巨人は目からの閃光で射貫こうとする。
孝明
「―――無、敵ィーッ!!」
気合一閃! 孝明の異能力に導かれた海草の塊は巨人の背に向かって伸びあがり、メデューサの蛇のように枝分かれしてその身を締め付けた。
そこへ……ビカァーン!! アノーヴァのあぎとを発した冷気の槍が、巨人の腹を貫き、
広幸
「おまけェーッ!」
広幸が、どこかで叫んだ―――凍り付いていく巨人の身体に、赤い異能の光をたたえたバールが突き刺さった。その一点から、巨人の結合力が弱まり、バラバラに崩れていく。もともと、寄せ集めでできた存在であるから、こうなれば脆かった。
残っていた右脚から腹へと崩壊が進み、弾幕が止んだ。
直樹
「いまだッ! ネリー!」
ネリー
「応ッ!」
ネリーと直樹は、機械巨人の頭部―――中枢たるマザーが、収まっている部分を目指して突貫した。
巨人は既に胸から上だけとなり、両肩の動きも海草に妨げられている。
もう、二人を阻むことは、できないはずだった。
ネリー
「ズオオオオオオオッ―――!!」
ネリーは直樹を追い抜き、突き進む。
ハンマーはもうないが、拳骨で十分だ。このままケリをつけてやる。何も考えることはない。
直樹
「―――ッ!?」
それに気づいたのは、後ろの直樹が先だった。
巨人がゆっくりと口を開けている……中に、あの白い光を、湛えながら!
直樹
「ネリィーッ!!」
ネリー
「!?」
直樹は、力の限り、前に出た。
ネリーの肩を掴み、後方へと、振るい、
―――ゴォォォーゥッ!!
直樹よりも早く回避行動をとった皆は、巨人の喉から白い渦が放たれたのを見た。
まるで、横向きの―――クジラがすっぽりと入ってしまうほど大きな竜巻が、荒れ狂っているようだった。
ネリーと直樹は、影も形も見えない。
見えるはずがなかった。
二人とも、半球のような形になった氷の塊の内側にいたのだから。
フィオ「あらあら、オアツイことで」
フィーナ「奮い立たせるのは重要だからね」
フィオ「ラブいのはまぁおいといて。この攻勢はかなり効果があったように見える」
フィーナ「防御の厚さとはいったけれど、攻撃を集中させれば一気に崩せそうだね」
フィオ「とはいえ油断大敵……!」
フィーナ「あぶないなぁ! そういう攻撃はもっとタメをつくってタメを」
直樹
「……生きてっか……ネリー!?」
ネリー
「直樹……!!」
ネリーを掴んだ直樹の目は、まばゆい光を発していた。彼の後ろでは、白い筋の入った瓦礫が壁をなしていた。
直樹
「危ねェトコだった……今度こそケリつけっぞ、いいな!?」
ネリー
「うん! いつでもいいよ!」
ネリーは腰蓑から、スキルストーンを一つ取り出して念じた。二人の身体の周りに、泡が起こる。速度を得る石―――《スーパーキャビテーション》が力を発揮し始めたのだ。
直樹
「へっ、こりゃあ、いい……!」
直樹の瞳が、再び輝き出していた。
氷の塊が砕け、二つの影が中から飛び出した。
シールゥ
「直樹……! ネリー!」
シールゥは目を見張った。二人は、確かに生きている。
アッチ
「ソレミロ、だからどうせダイジョーブだって言ったッチよ」
いつの間にかアッチは彼女の隣に浮いていた。
クリエ
「…… ……!」
クリエは、巨人の頭目がけて直進する二人を見つめていた。
その右手の隙間から、スキルストーンがかすかな光を発している。それはいつかネリーの役に立つかもしれぬと思い、手に入れておいたもの。今に至るまで渡さずにいたもの。
アノーヴァ
「クリエよ。その石、私たちも使えぬか?」
アノーヴァが……他の皆も、クリエの方に向いていた。
ワサビ
「任せきりってのは退屈なんでな」
シールゥ
「そうそう。やれるだけのこと、やっちゃおうよ!」
アッチ
「フーン。今回は特別大サービスで協力してやるッチよ! ありがたーく思いナサイナ」
孝明
「直樹のこと、放っちゃおけませんよ!」
広幸
「ネリーも、ね!」
クリエは、右手を上げた。スキルストーンの光が、なぜだか強まっている。これは簡単には発動しないもののはずなのに。
クリエ
「……わかっ、た。みん、な……念、じて……!」
シールゥが、
ワサビが、
アノーヴァが、
アッチが、
孝明が、
広幸が、
そして、クリエが、
ふたりの、勝利を、祈った。
《シャングリラ》。
理想郷の名を冠したその石は、蓄えられた念で、奇跡を起こす。
クリエの手から、ついに黄金色の光帯が放たれ、直樹とネリーを打った。
それで、もう十分だった。
『ズァァアアアァアアァアアァァア―――ッ!!!』
二人の拳が、巨人の頭を、貫いた。
瓦礫でできた、大きな大きな粒の雨が、ぼろぼろと海の底へ降り積もる。
誰かが、その中に、風穴の開いたマザーを見た。
最後の戦いは、こうして終わった。
フィオ「一転攻勢! ピンチの後にはチャンス有り!」
フィーナ「アッチはなんでもおみとおしだなぁ、すごいなぁ」
フィオ「小さな奇跡を持ち寄って、最後の一押し!」
フィーナ「完全勝利。だね」
フィオ「戦いは終わり。でもまだやるべきことはのこっていて……」
ネリー
「……あったよーっ!」
ネリーは灰色の塊を一つ―――それと、へし折れながらもこっちの海までついてきてくれたシャコガイハンマーも―――抱えて、皆の待つ岩礁の上に登ってきた。
アッチ
「ンッ、見せるッチ!」
ドクター・アッチは置かれた塊に目をやり、続いてハンマーで軽く叩いた。脆くなっているようで、すぐにヒビが入って砕ける。
中には、人の顔があった。
アッチ
「ミ、ミク、シン……ッ!」
アッチはせかされるように、さらに塊を砕いていく。器用なクリエと孝明も彼を手伝う。
程なくして、その全身が露わになった。白衣を着た紫の髪の男だった。彼は眉間にしわをよせるでも歯を食いしばるでもなく、切なくまぶたを閉じたまま、永遠に停止していた。
アッチ
「……あァ。確かにこいつは、ミクシンだ、ッチ」
アッチは握っていたハンマーを放り捨て、力なく膝をついた。
フィーナ「……これで全てが明らかになった」
フィオ「顔が出てきたところびっくりしそう」
フィーナ「日記には書かれていたけれどこういう形になっているとはおもわなかったな、脳だけとかそういうイメージだった」
ネリー
「アッチ……ごめんね。お友達……たすけられなくって……」
アッチ
「気にスンナ。こいつはとっくの昔にくたばってたッチよ。マザーに脳ミソ明け渡したって時点で、ネ……」
すっく、とアッチは立ち上がる。ネリーの方を向かないまま、彼は言葉を続けた。
アッチ
「……馬鹿なヤツだ、ッチ」
頭の『A』が、風でゆらゆらと揺れていた。
フィオ「志は同じだったから余計に辛い」
フィーナ「雨だよ、雨のA」
しばらくして、水平線の向こうに船が一隻現れた。
シールゥ
「アッ……! ねぇ、あれ! 助けに来てくれたのかな!?」
いち早く気付いたシールゥが騒ぐ。
ワサビ
「いや、野次馬だろ。さんざ派手にドンパチしたからな……まぁ、助け舟になってもらうか」
広幸
「じゃ、知らせなきゃ! 僕行ってくる!」
広幸は異能力で宙に浮き、船に向かって飛翔する。
交渉は無事に済んだらしく、しばらくして船は岩礁の方に向かってきた。乗り込んだ一行は事情を話し、協会のサポートが受けられる領域まで送ってもらえることになった。
船が安全なエリアに差し掛かったところで、ネリーは皆に声をかけた。
ネリー
「ンー……わたし、ここで降りるねっ」
クリエ
「……? どう、し、て?」
ネリー
「こっちでいっしょにボウケンしてたみんなに会いにいってこなきゃ。ずーっとおるすにしちゃってたから……」
シールゥ
「あ、そっか。わかったよ、気をつけてね?」
ネリー
「ンっ! そんじゃ、またね!」
船から飛び降り、跳ねながら水平線の向こうに消えていくネリーを、皆は船の上から見送った。
フィオ「この世界は何処から野次馬がやってきてもおかしくない」
フィーナ「ちょっとクリエさんが心配そうな雰囲気」
フィオ「でも必要なことだからね、突然居なくなってそのままってのはあまりにも」
日々は飛ぶように過ぎていった。
ネリーはあれから封印の守護者と戦って、星の海《ディーププラネット》へと旅立ち、星雲の女王や恐ろしい魔王ともやりあったという。
他の皆はネリーの棲み処の穴倉でしばらく過ごすことになった。ネリーとクリエだけでは持て余す広さだったが、全員で入れば賑やかなものだった。毎日、朝から皆で海に出たりもした―――あの戦いの最中もオルタナリアでは渦が荒れ狂っていたはずで、となると自分たち以外にもテリメインに飛ばされてきた者がいてもおかしくなかった。実際何人か見つかって、協会に保護を頼むことになった。
そんな中、アッチはマザーの残骸を分解して、毎日なにかの機械を造っていた。
そして、ネリーと大勢の冒険者たちが魔王を打ち倒してから数日後の夜のことだった。
アッチ
「……ンー、シャシャシャシャシャーァ! 完成ーッチ!!」
スパナを片手に妙な笑い声をあげるアッチ。寝入ろうとしていたところだった皆は叩き起こされ、不満げに―――多少の警戒心も抱きつつ―――アッチの下に向かった。そこで見たのは巨大な丸いマットと、それとプラグで繋がった円柱状のマシンだった。
広幸
「な、何これ?」
アッチ
「ンフフフフゥー! なぁーんとぅ!! オルタナリアに帰れる装置だッチ!! イ゛ゥェェェーイッ!!!」
マシンの前で小躍りするアッチ。
直樹
「あ、あんたよォ、そういうモン造るってンなら、初めから言えよな……?」
直樹はすっかり脱力したが、その横でネリーがしおらしくなっているのには、すぐには気づけなかった。
ネリー
「……そっか。帰んなくちゃ、いけないよね」
フィーナ「平和(オルタナリアを除く」
フィオ「元凶を倒したといっても、それで全てが収まるわけじゃなかったんだね」
フィーナ「でかしたアッチ」
フィオ「でもネリーさん寂しそう」
フィーナ「許さんぞアッチ」
日が高く昇り、西に向き始めたころ、皆は穴倉の外に移されたマシンの周りに集まった。ネリーを除いて。
ネリー
「おまたせーっ。ごあいさつとかぜーんぶ終わったよっ!」
そのネリーが、セルリアンの町の方から駆けてきた。
直樹
「よっ、おかえり! こっちも、帰るのは俺らで最後だな……」
ネリー
「うゃ! たっだまーっ!」
迎える直樹に、ネリーは元気よく抱きつく。砂に足をとられて転びそうになったが、なんとかこらえた。
ワサビ
「ったく、イチャつくのはオルタナリア帰ってからでも遅くねェだろ」
アッチ
「そうッチよ! そろそろ準備も終わるッチ」
アッチはマシンに何かを仕込んでいるようだった。
シールゥ
「なんかヘンなこと考えちゃいないだろーね」
アッチ
「いねーヨ! ったくホント信頼ないッチね……」
オルタナリアでの所業を棚に上げつつ、アッチは返事を続ける。
アッチ
「爆薬を仕掛けてるッチ。ボクらの転送が終わり次第、このマシンは木っ端みじんになるッチ」
孝明
「こことオルタナリアの繋がりはきちんと断つ、ってわけですね」
アッチ
「そのとーり。ま、今は、ネ……」
孝明
「今は、って?」
孝明の問いかけに、少し間をおいてアッチは応えた。
フィオ「そしてテリメインとのお別れの日。思い出があるネリーさんはそれらの清算を済ませて」
フィーナ「本当に転送が終わった後なんだろうな」
フィオ「途中じゃしゃれにならないけど、コレも必要なことだよね」
フィーナ「で、『今は』って?」
アッチ
「……ミクシンは馬鹿なヤツだったッチが、ヤツのたくらんでたコト全部が間違いだったとは思っちゃいないッチ。オルタナリアは変わンなくちゃならんし、変わっていける……ボクらを差し置いて、てめーらヴァスアがそれを示しやがったッチね」
その言葉で、孝明も、広幸も直樹も、思い至った。
彼らが冒険の最後に起こした奇跡によって、オルタナリアは地球人にすがることなく存続できる世界になった。だけど、これから先もずっと安泰とは限らない。いつかは、世界の外側をも見つめていかなくてはならなくなるかもしれない。
アッチ
「ボクもそのうちなんかしねーと、モー悔しくて悔しくて死にきれんとです、ッチ。我が友ミクシンのためにもネ……さ、終わった終わったーッと」
作業を終えたアッチは、機械に繋がったマットの上に飛び乗った。
皆もおおむねわかっていたようで、マットの中に入っていく。アノーヴァが身体を丸めて外周を埋め、その内側に全員が立つ。もちろんミクシンの亡骸も一緒だった。彼はオルタナリアで弔ってやらなくてはならない。
アッチ
「だれか居なかったりしないッチね? サルベージはしてやらんゾ!?」
クリエ
「……ン。大、丈夫……」
クリエがはぐれてないのなら間違いないだろう、とアッチは内心思った。
アッチ
「ンン゛ッ! ンだば、スイッチ・オーン! あポチっとなァ!」
アッチが機械のボタンを押すと、マットが色を帯び始めた。続いて、鈍い音と青白い光とが膨れ上がり、皆を覆っていった。それが、極限に達した時―――ブァーン!! もしも野次馬がいたなら、マットの上の風景が歪み、一点に収縮するのを目撃したかもしれない。
それが済んだ時、もうそこには何もいなかった……ボウッ! 稼働音が止まった直後に、爆薬が下から上へと炸裂し、マシンを細かくばらばらにしていく。
照りつける太陽の下、波が残骸をさらっていった。
フィオ「なるほどねぇ」
フィーナ「現状にゆがみがあるのは間違いないからね、それをどうやって正していくのか……は生き残った人たちの宿題だね」
フィオ「クリエさんそんなにトロくないから大丈夫大丈夫」
フィーナ「でもメンバーの中で比較すると一番あやしいかもね」
フィオ「さらばテリメイン、残骸はくれてやる」
フィーナ「そしてただいまオルタナリア、……どうなっちゃたんだろう?」
フォーシアズ・アカデミーの健在だった塔の一つに帰還したネリーたちの下に、ゼバ・エブカがやってきた。
ゼバ
「こ、こちらですッ、セレーネ様ネプテス様!」
セレーネ
「あッ……あぁ、ネリー……ッ!」
ネプテス
「よく、よく戻ってきてくれたァッ!!」
ゼバに連れてこられたネリーの母セレーネと父ネプテスは、愛娘を両側から思い切り抱き締めた。
ネリー
「うゃぁ! かえってきたよっ! いっぱい、ボウケンしてきたよーっ!!」
クリエ
「……ン。よかった、ね、ネリー……」
思い切り愛されるネリーを、クリエは嬉しそうに、けれどどこか寂し気に見つめる。
ネリーはそれがわかったのかもしれなくて、
ネリー
「おとーさん、おかーさん。テリメインにいる間、クリエさんがいろいろおせわしてくれたんだよっ」
セレーネ
「まあ、そうなの……」
ネプテス
「お礼をしなくてはね。クリエさん、落ち着いたらマールレーナに来ませんか? おもてなしをしますよ」
クリエ
「……! あっ……あり、が、と……ござ、ます……っ」
クリエのメガネの端から涙が一つこぼれ、外套の中に消えた。
フィオ「感動の再会! 被害は出ていたけれど、完全にやられちゃったってわけじゃなかったみたいだね」
フィーナ「へいへーいクリエさんここまできてそれはなしっすよ」
フィオ「実家にご挨拶」
アノーヴァ
「各地の被害の方はどうか?」
アノーヴァは用事が済んだゼバに問いかけた。
ゼバ
「どこもひどい有様です……けど、しばらく前に渦が止んでからは、どんどん復興が進んでいます。ネリーちゃんとヴァスアの皆様がウニモドキの発生源を叩きに行ったのを知って……きっと何とかしてくれると信じて、みんな命を投げ出さずに耐えてきたんです。そして、皆さんを迎えるために少しでも街を直しておこうと、頑張っていたんですよ」
そう言って、ゼバは部屋の扉の方へ歩いていき、
ゼバ
「表に出ませんか? 皆さんが戻ってきたとわかれば、もっと元気が出ると思いますから……」
広大なアカデミーの中庭には無数のテントが並び、その周囲では人々が忙しく働いていた。建物の修復にあたっている者も居れば、炊き出しや怪我人の世話をしたり、中にはちょっとした芸で皆を楽しませているような輩もいる。
その中へゼバは出ていって、声を張り上げた。
ゼバ
「皆さーん! ヴァスアと、その仲間たちが……戻ってきましたよーっ!」
その一声で、数十、数百の視線がネリーたちに向けられた。
民衆A
「お、おぉぉ……!」
民衆B
「またも我々をお救い下さった……!!」
ネリー
「うゃーっ! かえってきたよーっ!」
直樹
「おう、みんな無事だ……」
前に出たネリーと、広幸と孝明と直樹とを、民衆が一斉に取り囲んだ。そして、
民衆
「ヴァスアー! ばんざーいッ!!」
民衆
「ネリー・イクタもっ! ばんざーいッ!!」
掴み上げて、胴上げを始めた。
孝明
「わ、わわわわ、ちょっとちょっとォ!?」
広幸
「わーァ!!」
力の強い獣人や亜人もいる。軽い子供たちは、割と乱暴に、空高く放り上げられてしまう。
直樹
「舌ぁ噛むぜ、大人しくぶん投げられとこうや!」
ネリー
「うゃーあっ!!」
そのまま、四人はしばらく降ろしてもらえなかった。
フィーナ「直接的な戦いではなくとも、帰る場所を守るというのも立派なものだ」
フィオ「ばんじゃーい。……でも今回はそれだけじゃ終われないよね」
復興が終わらぬうちに、その日はやってきた。
広幸たちは、自分たちの世界―――地球が、彼らを引き戻そうとしているのを感じた。もうオルタナリアは助けを必要としてはいない。帰る時が来たのだ。
夕暮れの中で、三人は仲間たちの前に立った。
孝明
「ごめんね。これ以上、手伝えないのは残念だ……」
シールゥ
「しょうがないさ。ボクらの世界だし、ボクらで何とかするよ」
アノーヴァ
「うむ。孝明……」
孝明
「なんです?」
孝明はアノーヴァに顔を寄せた。
アノーヴァ
「お前も、精一杯生きてみせろ。あの時、好いたと言ったが、あながち嘘ではなくてな……異能力のない世界でも、どうか、勇者でいておくれ」
孝明
「……はい、きっと」
甲殻を溶かしたアノーヴァの頭が、孝明に触れた。毛の感触が心地よかった。
広幸
「ねえ、アッチのヤツは来てないの?」
ワサビ
「ま、しゃーねェな。一応犯罪者だしよ」
と言うワサビに、広幸は少しうつむく。確かにその通りなのだが、今回の件の功労者の一人でもあるのだし、あまり悪い扱いをされてほしくない気がした。
クリエ
「私、も……その……でき、たら、もう、一度……学者……さん、で、頑張、って、くれる、と、いい、な、て……思って、る……」
広幸
「……うん。だって、ねえ?」
広幸とクリエは、ちらりと隣の方を見た。
ネリー
「いっちゃうの、直樹……」
また会えたのに、また別れなくてはならなくなった想い人を、ネリーは悲しそうに見つめていた。
直樹
「ま、なンだ……地球には、二度あることは三度ある、て言葉があってな。だからよ……」
ネリー
「直樹……」
直樹
「……元気にしててくれ。きっと、俺らはまたここに来る。今度は、勇者様じゃなくて、普通に遊びに来れるといいなって思う。そんときゃ……マールレーナ、案内してくれねェか。お前ん家も、ちゃんと見てみたいし、さ……」
ネリー
「うん、いいよっ!」
ようやくネリーが笑顔になってくれて、安心して……それが引き金になったのか、直樹の身体が透け始めた―――孝明と、広幸もだ。
直樹
「っと、そろそろか。じゃ、またな、ネリー!」
ネリー
「じゃあね、直樹! 元気でねっ! ぜったい、また、あおーねっ!!」
直樹
「おうッ!」
直樹たちは、オルタナリアから消える最後の一瞬まで、手を振り続けていた。
辺りに静けさが戻り、太陽は地平線へと沈みつつあった。
ネリーは、直樹がいた場所を、いつまでも、いつまでも、見つめていた。
【了】
フィーナ「気づけばお別れの日。災禍が招いた再会であったけれど、それも終われば、こうならなくちゃいけない」
フィオ「それぞれ、自分の返る場所があるわけだしね」
フィーナ「アノーヴァさんアレ勢いだったのか……」
フィオ「まぁそういう場面であったのは確か、でも、勇気付ける言葉になったでしょ」
フィーナ「アッチ欠席!」
フィオ「扱いが難しいというのはわかる。ただアカデミーに来たときも活躍していたし、そう悪いようにはならないでしょう」
フィーナ「まだ仕事もあるわけだしね」
フィオ「愛しき人が去っていく。でもそれは悲しいだけのものじゃない、思いが深いからこそ痛みも強い、でもまた、出会えたときの喜びも強いものだと思う」
フィーナ「完! ……とおもっていたのか」
フィオ「もうちょっとだけつづくんじゃ」
51回
ネリーたちがオルタナリアに帰還し、地球の子らと別れを告げてから、しばらく経った。
フォーシアズ・カピタルでは、今も復興作業が続いている。アカデミーはとりあえず再開され、民家の修復も進みつつあるものの、整然とした街並みはまだ元通りにはなっていない。
ネリー
「んーしょっ、ンーッしょ!」
そんなカピタルの街角に、木材やら石材やらが満載された大きな台車を、たった一人で動かしていく少女がいた。普通なら牛馬を並べて牽かせるものだが、そこは怪力自慢のネリー・イクタである。
シールゥ
「や、ネリー! がんばってンね?」
小妖精が飛んできて、台車の縁にとまった。
ネリー
「うゃっ! はやく直して、マールレーナにかえんなくっちゃねっ!」
シールゥ
「ネリー、そのことなんだけどさ……戻っていいってよ?」
ネリー
「へっ?」
きょとん、とするネリーにシールゥは、
シールゥ
「セントラスの方から応援が来るんだって。大きな船がたくさん近づいてるみたいだよ。それに、英雄とはいえいつまでも子供を働かすのもどうなんだって、エライ人たちも話してたし……」
ネリー
「んゃー、気にしなんでいいのにっ……」
シールゥ
「や、でもさ……お父さんとお母さんの顔、見てきたら?」
ネリー
「ンーゥ……」
オルタナリアに戻ってきたあの日から少しして、父ネプテスと母セレーネはマールレーナに帰っていった。あの町も今回の一件で少なからず被害を受けていて、二人は必要な人だった。
ネリーはこうしてフォーシアズに残ったのだが、時々やっぱり親が恋しくなる。
ネリー
「……わかったよ。いってくるね?」
フィーナ「とりあえず平穏になったとはいえど、まだまだ平時には遠い」
フィオ「復興は時間がかかるからね……高く積み上げたものが手ひどく壊されればなおさら」
フィーナ「上からの計らいもあって故郷へと戻ることになったみたい、折角だしちゃんとお話しておきたいよね」
フィオ「フォーシアズ→マールレーナ。大海を泳いでいくネリーさんのところへ、壊れた舟板が流れてきて、この前の事件で奪われてしまったものへと心をはせて」
フィーナ「全てを救うことなんで出来やしない。頭ではわかっていても、失ってしまったものへと思いを向けないわけにはゆかないね」
だだっ広い海のど真ん中で、舟板を手にしたままネリーが浮かんでいると、大きな白い船が水平線から現れてきた。
そこにセントラスの旗を見たネリーは、勢いよく泳いでいき、
ネリー
「ねーねっ、このお船、フォーシアズにいくの?」
水面から顔を出し、デッキで見回りをしていた中年の船員に声をかける。
船員
「やや、ネリー・イクタとは! うむ、その通りだが……」
ネリー
「それじゃ、コレ、もってってくださいっ。だれかが、探してるとおもうから……」
ネリーが舟板を、文字が見える方を上にして持ち上げると、
船員
「これは……。」
少し、考えるような風にしてから、船員は言葉を続けた。
船員
「ウム、受け取ろう。君も道中気をつけてな!」
ネリー
「はーいっ! ありがとーねっ!」
応えてすぐ、ネリーは海の中に消えた。後のことはこの人に任せて、故郷を目指す。
フィオ「それでも進んでいくしかない。過去は置き去りにするわけじゃなくて、時々振り返ることになる、そんなものなのかもしれない」
一人旅の末に戻ってきたマールレーナは、どこか静かだった。人がいないわけではないが、いささか少ない気がする。
ネリー
「うゃ? みんなどーしたんだろ……?」
不思議に思いつつも、とりあえずネリーは自宅を目指す。
大きな貝殻の家は、あの渦にも屈さなかったらしい。近くで見れば所々傷ついてはいるのだが、遠目に見たシルエットはほぼ変わっていない。他の建物は少なからず損害を受けているというのに。
なにしろ元は魔物の持ち家だったのだし、そういうものなのかもしれない。いつかネリーが大人になっても、歳をとっても、その後も……この貝殻は彼女と、その子孫の住まいであり続けてくれそうだった。
そんな貝殻の、下の穴の部分から中に入ると、真っ暗だった。これはさすがにおかしいことだった―――水中の住まいでは、光を放つサンゴの仲間を飼って照明にしているのだが、それらがどこかに持ち去られていた。
まさか、泥棒か……でも、それにしたって、こんなありふれたものを盗る意味はない。
ネリーの言語野が、光をもたらず呪文を描き出した。
が―――パン、パ、パパンッ! 破裂、爆発!
ネリー
「うぇぇ!?!?」
ネリーの目には、闇がいきなり張り裂けたかのように見えた。その向こうにあったのは、あれほど息をひそめていた、人、人、人……
ネプテス
「お帰り、ネリー!」
泡が立ち上る貝殻を手にしたネプテスと……同じようにしているセレーネ、それから忘れ得ぬ街の知人たち。彼らが囲んだ大きなテーブルに、はみ出さんばかりの料理が積まれている。
セレーネ
「もう、もっとちゃんと準備できたのに。お手紙でもくれてたら……」
ネリー
「え、えっと、これ、どーいう……」
きょとんとするネリーに、ネプテスは、
ネプテス
「覚えてないのか? 今日はお前の誕生日だろ!」
ネリー
「あ、あーぁ!」
ようやく合点がいった。どこかで帰ろうとしているのを見て、驚かせようと準備していたのだろう。
ネリー
「で、でも、いいのっ? こんなにいっぱい、食べ物……」
ネプテス
「気にするな、ネリー。街のみんなが用意してくれたんだ。お前を労いたいってね」
そのみんなは、この貝殻の家に集まっている―――元々ここはちょっとした集会所として使えるくらいに広いのだ。
ネリー
「あ……ありがと……ありがとっ、みんな!!」
もう遠慮はなかった。ネリーは、獲物をたらふく呑んだナマズのようになるまで食べ続けた。
フィーナ「久々に戻った街はなにやらいつもと様子が違っているけど……」
フィオ「貝殻強い。今回ので大丈夫ならもう何がきてもへっちゃらだよね」
フィーナ「うおっまぶし!」
フィオ「不意打ちは心臓に悪い、けどコレはいいサプライズ」
フィーナ「会話を聞く限り全て計画済みってわけじゃなかったんだね、シールゥさんが噛んでいると思ってた」
フィオ「妖精さんに対するイメージもある」
フィーナ「いいんだ。アナタは今、食べていい」
フィオ「それにしても、この大食いも久々だね」
フィーナ「日常がもどってきた! って感じがあるよねー」
フィオ「そうだね、この後はマールレーナに滞在していてよかったみたいで、家族水入らずの生活を続けていたんだけど……」
それからまた、季節がひとつ変わった頃の、ある日。
ネプテス
「皆、帰ったぞーっ!」
ネリー
「たっだまーっ!!」
馬鹿でかいウツボの化け物を担いだネプテスとネリー、それから狩人たちが街に戻ってきた。
セレーナ
「おかえりなさい! さ、誰か怪我してません?」
出迎えるのはセレーナと、癒し手たちだ。けれど、
狩人
「みんな無傷なんですよ。なんせネプテスさんとネリーちゃんがねえ、あーっという間にやっちまったもんで……」
ネプテス
「俺もそんなに手ェ出しちゃいないさ。ネリーの手柄だよ。街の英雄も、そろそろ交替どきかもしれないな?」
ネリー
「うゃぁ、おとーさん、そんなことない……よっ!」
ネリーはそう言って、ゆっくりと化け物を大地に下ろした。その頭は、片側が丸ごとなくなったかのようにひしゃげている。もちろん、もう動く様子はない。
セレーナ
「これでここらの海も、また平和になるわね……そうそう、ネリー、いい知らせがきたのよ」
ネリー
「うゃ?」
セレーナ
「今朝ね、地上の方の街に新聞が届いたんだけど……ホラ」
セレーナはあぶくに包まれた新聞紙を取り出し、記事の一つを指し示した。
『号外 フォーシアズ・アカデミー 地球との交信に成功!!』
オルタナリアを滅びの運命から救い、さきの「ウニモドキ」事件でまたも大活躍してみせた、我らが最後のヴァスア、萩原広幸、宇津見孝明、そして瀬田直樹。
彼らもとうとう永遠に地球へと去り、伝説のなかの存在となった……はずだった!
昨日、フォーシアズ・アカデミーのリングス教授のグループが、彼らとのやりとりに成功した、その時までは!
この頃「世界の壁」に関する研究が盛んになっていたが、ついに大きな成果が出た。
ヴァスアの世界と我らのオルタナリアは、新たなつながりを築いてゆけるかもしれない。
ネリー
「な……直、樹……!?」
どうしようもない高揚感が、ネリーの胸を満たした。
フィーナ「ついにやったんだねぇ……これは多分あの男がかかわっているな」
フォーシアズ・カピタルには暖かな日差しが降り注いでいた。
街もアカデミーも、ほぼ元の姿を取り戻していた。少し違うのは、こんな日にアカデミーの塔の天辺から光が散乱するようになったことだった―――復興作業の中でどうしても建材が足りなくなり、テリメインから流れてきたものも使うこととなったのだが、その中に光を浴びて輝く石が沢山あった。それらはシルバームーンの月の石かもしれないし、サンセットオーシャンの太陽の卵かもしれないし、ディーププラネットの星の欠片かもしれなかったが、いずれにせよオルタナリアにいて判るものではない。
だが、いつの日かきっと、確かめに行くのだ……この光は、探求心を忘れぬ誓いの証としてアカデミーに設置されたものだった。
シールゥ
「しっかしよく許してくれたもんだよねえ。世界の壁を超えるだなんて、昔だったら……」
あまりに巨大なアカデミーの門の前で、シールゥ・ノウィクが浮いていた。
アノーヴァ
「オルタナリアそのものが変わっておるのだ。法とて、ついてゆかぬわけにはいかん」
今や最も人前に出ている四賢者となった、アノーヴァ・ピイヴァル、それからカラシ・ワサビもいる。
ワサビ
「だよなっ、へへ、良い時代に生まれたもんだァ」
クリエ
「ン…… ……」
ぼうっと後ろを向いていたクリエは、いち早く駆け寄ってくる者に気づいた。
ネリー
「みんなーっ!!」
ネリー・イクタが、そこに来ていた。
人混みを大きく飛び越え、アカデミーの門の前、三十メートルほどのあたりに着地し、煙を上げてブレーキをかける。
クリエ
「……久し、ぶり」
ネリー
「うゃあ! おくれてごめんね、待っててくれてありがとっ」
シールゥ
「へへ……キミが一番楽しみにしてただろうし、ね。それじゃ、行こっか?」
アカデミーの、テリメインから戻ってくるときに使わせてもらった塔に登る。
一行は途中のフロアで、マシンの狭間をせわしなく駆けめぐる「A」の字を見かけた。
アッチ
「ヤヤヤ、さっーっそく遠距離恋愛しに来やがったッチね?」
ドクター・アッチが冷やかしてくる。
アッチ
「ンート、言っときますけどネ、ボクもだいぶお力貸させていただいたんですからネ。そこんとこ、ちゃあああぁんと感謝ッ! したうえで……ラヴラヴするんじゃゾ??」
ネリー
「うゃあ! らぶらぶしてくるよっ。ありがとね、アッチ!」
ウインクを一つして、ネリーはそばの階段を駆け上がる。アッチはほんのり顔を赤くした。
塔の最上階はやはり機械に囲まれていて、そこには中年の、教授にしてはまだ若い、こげ茶色の髪とヒゲの男が一人いた。リングス教授だ。
リングス教授
「こんにちは皆さん、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
リングス教授の手と目が、テーブル―――これもまた機械仕掛けの代物らしい―――に置かれたノートと、その横のモニターを示した。
ネリー
「うん? なにこれ??」
リングス教授
「ノートの方に、挨拶の言葉でも書いてごらん。いま、丁度つながっているところだよ」
フィオ「変化していく世界、いやおうなく変化させられた部分も多分にあるけれど、変わらなくちゃいけなかったことも事実。でもそれは簡単なことじゃあない」
フィーナ「そういうのを背負っていくのはこれからの人たちだね」
フィオ「まぁそれはともかくとして、今は遠距離恋愛だっ」
フィーナ「一切の恥らい無きらぶらぶ」
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
地球は日本国、東京都の西側にある静かなベッドタウン、翠里町。広幸たちの住むその町には、ちょっとした山と林があった。
そこは大人に知られたくない話ができる、子供たちの世界になっていた―――もちろん、ちゃんと地主さんはいるのだけれど。
孝明
「押さないでェ、押さないでったらさ!」
孝明は必死に声を張っていたが、数十人に達する少年少女たちを食い止めることなど、到底できやしない。クラスメイトだけでなく、他のクラスの連中や下級生たちまでいる始末だ。
広幸
「ったく、こんなんなっちゃうから……もう、どっから漏れたのよ、僕の自由帳のコト!」
広幸も、孝明よりは後ろにいるが、もみくちゃにされかけている。
直樹
「っ、おい、なんか出てきたぞ!」
大きな岩の上に置かれた自由帳に、直樹は目を向ける。
見る見るうちに、ぶっきらぼうに線が走って、
『ネリーだよ こんにちは!』
直樹
「……へへっ!」
直樹は鉛筆を手に取った。
『よう、ネリーか? 直樹だ!』
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
ネリー
「わ、わわ、わーっ! なおきーっ!!」
ネリーはノートの前でぴょんぴょん飛び跳ねる。飛び跳ねながら続きを書く。
『しナ゛VU ⊂キ?』
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
孝明
「と、止まって、止まって……ぐえッ」
迫りくる子供たちを前に、孝明が陥落した。
広幸
「な、直樹! その、ちょっとはみんなに見せてあげてよ!?」
広幸が悲鳴を上げる。恋人同士で楽しませてあげたいとは思うので、もう少しくらいは頑張るのだが。
直樹
「へへ、ったく、このバカ……」
直樹はかまわず、鉛筆を走らせる。
『おちついて書きな、読めないぜ』
『ごめんね!』
十秒ほどおいて、返事が現れた。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
『まちはなおったよ、みんなもげんきだよっ』
『へえ、よかったじゃんか』
『わたしも、かりうどさんになったよ!』
『オヤジさんと頑張ってるのか?』
『うんっ! なおきは、どう?』
『もう少ししたら小学校も卒業で、俺らも中学生だ。そんな変わらないって言うヤツもいるけど、定期試験とかあって大変らしいな』
『なおきならきっとだいじょーぶだよっ!』
『ありがヽ』
直樹の顔が自由帳に押し付けられた。
『え、えっ!? なおき!? かおでてるよっ! どーしたのっ!?』
子供たちA
「見てここ! 字が出てるっ!!」
子供たちB
「すっげぇ、ウソじゃなかったんだ!!」
直樹を背中から押し倒した、六年生男子二人が騒ぎたてた。
直樹
「バカ! よせって―――」
言い終わらぬうちに横倒しにされる直樹。
いよいよ止める者がいなくなり、子供たちは自由帳に好き勝手なことを書き始める。
『魔法学校とかあるの? 絵とか階段とか動くやつ』
『空中大陸とか地底王国とかあるの?』
『かっこいいドラゴンとかいんの? 見たい!』
『飛空艇に乗ってみたい』
『そっちにいるとやっぱステータス画面とか出てくるのかな!?』
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
ネリー
「う、うゃああ、直樹じゃなくなっちゃったぁっ」
画面に矢継ぎ早に浮かんでは消える、ネリーを知らない奴らの言葉。
リングス教授
「あぁ、いかんな。マシンも熱をもってきてしまってる。そろそろやめにするぞ!」
リングス教授は、画面とノートの脇にあったレバーを上げた。ブォォォー……、ン。機械はゆっくりと機能を停止し、画面からも光が消えた。
シールゥ
「なんか……向こうで知れわたっちゃってるみたいだね、こっちのコト?」
ネリーの脇にそっと飛んでくるシールゥ。
ワサビ
「残念だったな、ゆっくり話せなんでよ」
ワサビも続ける。しかし、
ネリー
「……ううん、いいのっ。直樹と……まだ、おわかれじゃない、って、わかったんだものっ!」
そう言ってネリーは、塔の窓から空を覗き見るのだった。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
直樹
「ったく……切れちまったじゃねーかよ、オラ!」
土の上であぐらをかいたまま、直樹は文句を言っていた。
子供たちA
「直樹ばっかずるいぞ、俺たちだって質問したいのに!」
子供たちB
「そうだそうだ!」
子供たちの方も納得はしていない。
孝明
「うん、その……ルール決めてさ、これからはそれでやろうよ。僕ら、言ってみりゃ親善大使みたいなものだろ、地球とオルタナリアの……」
広幸
「そうだよ。野蛮な人たちだって思われちゃ、かなわないでしょ」
なだめるようにして、孝明と広幸が言えば、
直樹
「だな……そのうちきっと、大人どもの知る所にもなっちまうだろうけど……」
すっく、と直樹は立ち上がり、
直樹
「ま、そういうわけだ。オルタナリアは、確かにあるのさ」
そう言って、林の切れ目から青い空を見上げる。
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
二つの世界の空。
その先にふたりは、想い人の姿を描く。
直樹
「ネリー、待ってるぜ。また、絶対会おうな……」
ネリー
「直樹、まっててね。いつかきっと、会いにいくからね……」
その願いが叶ったとき、変わっていくのはふたりだけではすまないのだろう。地球も、オルタナリアも、取り返しがつかないほど滅茶苦茶に変転してしまうのかもしれない。
だから、これからじっくりと考えるのだ。二つのものが共に歩んでいくために、必要なことを。
互いの声を、届け合いながら。
彼らの物語は、まだまだ続いていく。
【了】
フィオ「二人っきりだとおもったらなんかたくさん居る―ー!??」
フィーナ「コレじゃあ熱いラブラブはできないね、何でこんなにと思ったら、あちらでも予想外だったみたい」
フィオ「子供達よ恋人の邪魔をすると後々大変だぞ……」
フィーナ「絶対秘密ってわけじゃないみたいだけど、なんとも扱いが難しそうな」
フィオ「そうかな、秘密のチャンネルってのはちょっとしたロマンじゃない?」
フィーナ「危険が伴わなければね、冒険心は止められるものじゃあないし、知識欲もまた大きいもの。だからこそ三人がちゃんとしていかないといけない」
フィオ「遠く離れた二つの場所で、それでも抱く思いはそんなに離れていない。再会の日がいつになるのかはわからない、その後何が起こっていくのかもわからない、でも二人なら、そういういろんなことを乗り越えていけそうなきがするね」
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