37回
フィーナ「マールレーナへと進路を取るネリーさん。勝手知る故郷の海のはずだけれど……?」
ネリー
「みんな、まっててねっ。ネリーが、たすけにいくよっ……!」
テリメインの皆のことも気にならないわけではなかったが、こうなったからには家のことが先決だった。
だがその時、視界の隅に捉えた光芒が、ネリーの動きを変えさせた……ズバーッ! 光ははじけ、拡散した。
ネリー
「な、なんだとて……っ!?」
あの光の矢の威力は人を即死させかねないが、ネリーが驚いたのはそのことだけではなかった。
ネリー
「……こいつぅっ!」
尻尾を振るい、下へ勢いをつける。地面を眼の前にして、ネリーは急激なカーブをした。これでぶつかってくれればよかったが、何本もの光の矢は同じ動きで追いすがってきた。
ネリーは速いリズムで身をくねらせ、海底すれすれを駆け抜ける。
その先に、光の射手の姿を見た。
フィオ「>即死<」
フィーナ「危なすぎる。オルタナリアの海って……とおもったけれど『射手の姿』はテリメインで見かけた魔物だったみたい」
フィオ「なんか妙な変化はあったみたいだったけどね。渦がしていることを考えればこういう形もありえるわけだ」
フィーナ「スキルストーンを抜きかけて、自分の世界の魔法へと切り替える。お見事」
フィオ「使えない可能性をかんがみたけれど、魔物が力を発揮しているところを見ると、そうと断定するわけにもいかなさそうかな」
フィーナ「悪いことにおかわりもあるみたいだ……」
ネリー
「こないで……オルタナリアに、こないでっ!!」
招かれざる客を追い返すため、ネリーは背中のハンマーを抜き、弾丸のように飛び出した。
大きな影が、急速に近づいていた……鯨の魔物、キラーホエールが、その身を北海の底に漂わせていた。
ネリー
「このっ、やんろぉーっ!!」
臆することなく、頭をめがけてハンマーを振るう。
だが、この鯨も、異常であった。形と色こそテリメインで見たものと大差ないが、近づいていくと、色々な形のものが皮の下に埋め込まれているように見えた……
その疑問が、ネリーに隙を作らせた。
ドッ! 彼女の脇腹に、何か鋭いものが突っ込んできた。
ネリー
「がべっ……!?」
ドッ! ドドッ! 次から次へと、何かがネリーに体当たりをしてくる。
気力でもって態勢を立て直し、ようやくその正体を捉えてみれば、大ぶりな鰯の群れであった。
ネリー
「クッ!」
痛みをこらえながら、ネリーは身を翻し、鯨の背を視界に入れる。見れば、腹の下から次々と鰯が湧いて出ていた。
鰯の主があの下にいると、ネリーは確信した。鯨の巨体で身を守りながら眷属を呼び出し、時が来れば《カルパッチョ》の術を使って、それらを一斉に自らの力に変換するつもりなのだ。
そうなれば、ネリーの敗北は必至である。
ネリー
「やらせる、もんかあっ!」
先ほど、光の矢をしのぐために見せた泳ぎをもう一度行う。鰯の群れを誘い、高度を稼いでから一気に降下する……
だが、ガァーン! 海底近くから一尾の鰯が現れ、ネリーの腹にぶつかった。
ネリー
「アウッ……」
フィオ「あーこいつは……」
フィーナ「つい最近どこかで見た特徴だね」
フィオ「一瞬の隙で一気に劣勢に持っていかれたわけだけど……」
フィーナ「隙を見せなかったとて、状況はかなり厳しそうだね。多勢に無勢だ」
フィオ「思惑通りにネリーさんを追い詰めていくマモノ達。そしてトドメの一撃が放たれようとしたところで」
鰯の王たちは、破壊力のある波動を放とうとしていた。
だが、そこに、バババッ! 氷のつぶてが、どこからか飛んできた。それらは鰯たちの周囲で炸裂をして冷気を放ち、攻撃の準備を行っていた彼らを凍らせた。
???
「離れろッ!」
それらが来た方向から、声がした……ネリーは言われた通り、尻尾の力で飛びのいた。
直後、ドドドドッ! 矢が、光芒が、雨あられの如く降り注ぎ、鯨と鰯とに突き刺さっていった。
ネリー
「なんなの……」
攻撃の軌跡に沿って振り向けば、水棲人の男が近づいてきていた。その後に続き、武装をした人魚やイルカの獣人たち、軍馬代わりに手なずけられた海竜なども現れる。
彼らの防具に描かれた紋章は、ネリーもよく知っているものだった。
水棲人
「奴らは……」
水棲人は双眼鏡を懐から取り出し、着弾地点を見る……水煙が晴れてくると、そこには小さな残骸がバラバラになって転がっていた。
彼は後ろを向き、後続の味方たちに向かって叫んだ。
水棲人
「無力化を確認! 襲われていたのは、ネリー・イクタだったぞ!」
ネリーの名が出て、一同はにわかにどよめく。
ネリー
「うっ、うゃ……おにーさん……兵隊さん、だよねっ……?」
驚きはしていても、助けられて何も言わないのは気まずい。
水棲人
「ああ。俺はフォーシアズ海軍のゼバ・エブカだ。臨時のパトロール隊の隊長をしている……」
海に面した国は海軍を持っているわけで、海の民を雇って回していた。
そういえば、ワサビが言っていた様子見に来る水棲人というのは、ゼバのことだったのかもしれない。あるいは、彼の同僚か。
ゼバ
「ネリー、早速だが、落ち着いて聞いてくれ……」
ネリー
「うゃ?」
ゼバ
「君の街、マールレーナは……あの渦のために、壊滅してしまった」
ネリー
「えっ……!?」
ゼバ
「だが、人は無事だ。ネプテス・イクタも君を心配している」
ネリー
「……おとーさん……!」
ネプテスの名が出ると、ネリーは少しホッとしたようだった。
ゼバ
「我々はこれから、一度フォーシアズに帰る。君も一緒に来てくれ」
ネリー
「そこに、おとーさんも……?」
ゼバ
「ネプテスは、セントラスの方だ。大丈夫、必ずまた会えるさ」
ネリー
「……うん。おとーさん、生きてるんなら、だいじょうぶ。」
振り向けば、ゼバの部下たちが残骸の回収をしていた。あれが終わるのを待って、出発するのだろう。
ネリーはその前に、一つ伝えておくことがあったのを思い出した。
ネリー
「っと、ねぇ……フォーシアズに、いくんだったら、これ……」
ネリーは懐から、例のウニもどきの破片を取り出し、ゼバに差し出した。
ゼバ
「これは……?」
ネリー
「あの、渦をおこしてたやつの、カケラかもしれないの。フォーシアズなら、ガクシャさんがたくさんいるから、しらべてもらえるかなって……」
ゼバ
「なるほど、それはいい……! 必ず、送り届けような……」
フィーナ「多勢に無勢」
フィオ「やっぱ戦いは数だなフハハ」
フィーナ「抗い続けるもの達との合流。悪いニュースといいニュース」
フィオ「少なくとも命があれば再建できるかもしれないからね……」
フィーナ「おそらく事態に深く関わっていると思われる人たち。そしてネリーさんが差し出した手がかり、事態は少しずつ進みそうではあるね」
フィオ「反応を見るとこっちでは原因までは手が届いてなかったみたいだからね」
ゼバ
「ご苦労、ではネリーを我々の所へ迎えるとしよう。ネリー、彼女は副隊長のサニア・サミアだ。他の隊員も、後で紹介しよう」
サニア
「あなたが、狩人ネプテスの娘ですね……活躍は聞いています。よろしく頼みます」
サニア副隊長は、ずっと年下のネリーに丁寧なお辞儀をしてみせた。
ネリー
「うゃあ、よろしくねっ。ところで、そのカケラって、あいつらの……」
ゼバ
「そうだ。奴らは生き物のようにみえて、実はこういうガラクタが集まってできている。少し壊したくらいじゃ身体を組み直してまた動き出してしまうから、コナゴナになるくらいまで攻撃しないといけない……厄介なやつらだよ」
ネリー
「ね、ねえ……ゼバさん。こいつら、もともとテリメインの……」
ゼバ
「テリメイン?」
ネリー
「あっ、わたしの行ってたセカイ……」
詳しく話せば、ここで足止めをくわすことになるだろう。
フィーナ「ウニヤローだな」
フィオ「ここまで特徴が一致して違うってこともないだろうね、テリメインの魔物を取り込んだのか、データだけなのかはまだわからないけれど」
フィーナ「とりあえずは次の目的地のフォーシアズへ」
38回
ネリーとフォーシアズ海軍のゼバ、その部下たちは休むことなく泳ぎ続け、フォーシアズ東の港に辿りついた。
首都フォーシアズ・カピタルへと向かう前に、渦による被害の状況を確認して回る。この港は幸いにも、概ね無事なように見えた。避難勧告も出ており、人の気配は既にない。
ゼバ
「ネリー、疲れちゃいないか?」
ネリー
「うゃっ、ぜんぜんげんき!」
ゼバ
「ほう、流石だな。けどここからは、鉄道が使える。駅には人が残っているはずだ。渦も来ないだろう距離にあるからな……」
ネリー
「そーだねっ、乗れるんなら、ひさしぶりに乗ってみたいなっ」
この国には、フォーシアズ・カピタルを中心とした鉄道路線ができていた。この港も普段は外国からの受験生や留学生たちで賑わっており、汽車に乗って首都のアカデミーを目指し旅立っていくのだ。逆に、高等教育を経た自分を売り込むべく、フォーシアズの外へ向かう者も少なくない。
駅の方へ向かおうとすると、ゼバの部下の若い水棲人が慌てて駆け寄ってきた。
フィオ「とうちゃーく。休みなしで泳ぐのも水棲人の嗜み」
フィーナ「普通の人間だとしんどくて死んじゃう」
フィオ「オルタナリアの主要な街の一つかな。人の出入りがある場所は発展していくよね」
フィーナ「水棲人の人たちが居るから、港町というのも発展の要因になっているのかもしれないね、で……アクシデント?」
フィオ「隊長! 海から渦が!」
フィーナ「無事に見える港についたのにいきなり戦闘か……凍らせるということで意見は一致したけど」
フィオ「テリメインでの一件から得たアイディアなのかな? 動きを止めてウニさえ回収できれば……」
ドーッ! ネリーとゼバは強く大地を蹴り、斜面に着地すると、そのまま颪のように駆け下りた。
二人が埠頭に着くと、渦はその手前で止まり、海上に向かって伸び上がるところであった……
ネリー
「《アイシクル》ッ!!」
ビカーッ! 突き出されたネリーの手から青い閃光が放たれ、竜巻に変わりつつあった渦に突き刺さった。ビカッ、ビカッ! ゼバと、既に周囲に駆けつけていた部下たちもそれに続き、同じ術を唱えた。
海面から立ち上がった渦は動きを鈍らせ、白く固まる……
ゼバ
「やったか……!?」
が、バキバキッ! すぐにヒビが入ったかと思うと、竜巻は氷を振り払っていく。
ネリー
「だめっ……!」
なおも、冷気を浴びせ続ける根性がネリーにはあった。そんな彼女をゼバは後ろから抱え上げる。
ネリー
「ゼバさんっ!」
ゼバ
「無理だ! 気持ちは判るが!」
バキーン! とうとう竜巻は自由を取り戻し、再び前進を始めた。
もうなす術もない。ネリーたちの目の前で、放置されていた船や木箱、小屋などが巻き込まれていく。
ゼバ
「逃げるぞ、ネリー! お前をカピタルまで届けねば、やられっぱなしになる!」
ネリー
「う、うんっ……!」
対抗を諦めたネリーはゼバの腕の中から抜け出し、自分の意志で走りだした。
フィーナ「一瞬の足止めにはなっているけれど、効果的とは言いがたいね」
フィオ「災害レベルの相手だからなぁ、大きくなっちゃったら逃げることも必要」
フィーナ「陸上移動が苦手な人たちとは別れて、逃げていくネリーさんたちだけれど……竜巻が駅に狙いをつけたように動き始めて」
フィオ「無事だった施設を的確に狙うとか、災害よりたち悪いな!」
フィーナ「どうやらそれだけじゃないみたい……だね」
最低限残っていた人々が、一斉に街の外へと走りだす。ネリーとゼバはその場に残り、竜巻を出迎えながらも、巻きこまれぬよう脇に逃げた。
最初の数倍にまで大きくなった竜巻の根っこに、ガレキの塊が見える……残骸をパーツとして組み上げ、ムカデに似た姿を為していた。中枢には、あのウニモドキがいるのだろう。
ネリーが、反撃の機会を伺っていると……ガガガガッ!! 竜巻は汽車の車体と、線路までも飲み込み始めた。
ネリー
「ああっ!!」
汽車を呑み込んだガレキの怪物が、変形を始めた。その脚の下に奪い取った車輪を出現させたのだ。スピードを高めた怪物は、そのまま竜巻と共に、線路を追うようにして進んでいく……
ゼバ
「まさか、カピタルへ行こうってのか!?」
ネリー
「ゼバさん……! わたし、おっかけてくるっ!」
ドーッ! ネリーは強く大地を蹴って跳び、四つん這いで着地すると、そのまま獣のように駆け出した。
ゼバ
「ま、待て、ネリー!」
言ってはみるが、相手はネプテス・イクタの娘である……ただの水棲人であるゼバには、とても止められそうになかった。
フィオ「技術取り込むとかずるい!」
フィーナ「いやウニの出所を考えればそういうものを利用するのはありえた話だよ」
フィオ「それはそれとして、これはまずいね」
フィーナ「追うネリーさんだけど、ずっと移動して戦闘の繰り返し、体力大丈夫かな……」
フィオ「さて、一方のクリエさんとシールゥさん。ネリーさんを探してテリメインの海を探索しているみたいだけれど、当然空振りになっちゃって……心配が募るね」
フィーナ「とはいえ、こちらもこちらでやることをやらなくちゃ、というわけでアッチの元へと」
アッチ
「で、今日もボウズ、ッチか。しゃーないッチねェ」
シールゥ
「釣りやってんじゃないんだよ」
もう何度目かの事情聴取である。
シールゥ
「ねえ……そういやさ。あの渦起こしてるウニモドキ、オルタナリアで作られたかもしれないんでしょ。なんか……ああいうの作りそうなヤツに、心当たりってないの? アッチも……学会ってのに、いたんだよね」
アッチ
「んむ。ボクちゃんがちょーっと気に食わないからって、追放しやがったッチけど」
シールゥは、かつてオルタナリアを冒険していた頃、直樹が教えてくれた地球の漫画のことを思いだした。そこに出てくる悪役の博士も学会を追放されていたのだ。危ないことを考えている人間を、話し合いもせず野放しにするというのは、あまり賢くないやり方に思えた。
アッチ
「……あのウニと関係あるかどうか知らんが、ミクシン・ミックってヤツがいたのを思い出したッチ。ボクちんがまだ学会にいた頃、アカデミーで反ヴァスアをやってたガキだッチ」
シールゥ
「反ヴァスア、ね……」
オルタナリアは、地球人の力がなくては存続できない世界であった。定期的に地球の子供を呼び出してヴァスアの勇者として祭り上げ、各地の『神秘』を回らせて『心の儀』を完遂させなくては、世界はバランスを崩し、滅びてしまう。
そうして異世界の人間に依存して生きることをよしとしない人々がいた。それが、反ヴァスア派である。
彼らはヴァスアに依らずにオルタナリアを存続させる術を探し求めていたが、ヴァスアや『心の儀』にまつわる物事はオルタナリアを創世した女神ミーミアが決めたことだとされており、その女神に逆らうものと見なされた反ヴァスア派は世間から冷たい目で見られ、長らく日陰で細々と活動を続けていた。
ところが時が経つにつれ、地球人を呼び出す間隔が次第に狭まってくるようになった。これを知った反ヴァスア派は、ヴァスアによる仕組みの限界が近づいているのだと謳い、支持を得るようになる。あるヴァスア―――広幸、孝明、直樹の直前に来た少年である―――が『心の儀』に失敗し、それ以来世界各地で異変が続発したことも、彼らの活動を後押しした。
だが、その後にヴァスアとなった広幸たちは、長い旅の末に『心の儀』を完遂するだけでなく、オルタナリア存続のメカニズムをも解き明かしてみせた。彼らが冒険の最後に起こした奇跡によってオルタナリアは独立した世界となり、未来は開かれた。
そういうわけで、現在は再び反ヴァスア派の活動は下火になりつつある。
アッチ
「ミクシンはアカデミー出た後、事業を起こしたらしいッチが、ボクがここに来るちょっと前にナゾの失踪を遂げた……て新聞でやってたッチ。その前からちょくちょく、たまにいなくなったりすることがあったらしいッチがね」
シールゥ
「ふうん……怪しいけど、こっからじゃ調べようもないね。まあ、覚えとくよ」
フィオ「だんだんと犯人と思しき人物へ近づいてはいるみたいだね」
フィーナ「危険思想の持ち主をどうするかってのは難しい問題だよね、大抵は追放した時点で施設とかは使えなくなるわけだから、翼をもいだ形ではあるのだろうけれど」
フィオ「真の天才は場所を選ばない」
フィーナ「マッド入っちゃってる人も多いけどね……。完全に孤立したところから逆転していけるのはやっぱり普通の人とは違うのだろう」
フィオ「オルタナリアの根幹に関わる話が出てきたね。……日誌の事を考えると怪しさが増すけど」
フィーナ「常識とされる思想と別の考えを持つ者が冷遇されることはままあるね。お互いに十分話し合えればいいのだけれど、中々そうも行かない」
フィオ「とはいってもこの歴史のとおりだとすれば、苛烈に反対運動をする理由は薄い。何がしか本人だけが知っている真実があるのかもしれないね」
フィーナ「時系列的にも有力な容疑者だろうけれど、問題は別世界にいるってことかな」
ネリー
「はっ、はっ、はぅっ」
汽車の代わりに線路を疾走する竜巻を、ネリーは追う。獲物を追う肉食獣のように。
自分の中に流れる魔物の血を呼び起こすことで、こんな力を発揮することもできた……だが、それも体力が尽きてしまえばおしまいである。
車輪を得たガレキの怪物は、ほとんど速度を落とすことなく走り続けている。どこからエネルギーを得ているのかもわからない。
ネリー
「(飛びつかなきゃ……はやく……!!)」
力を引き出しながらも、冷静な自分を心の中に保つ。ネリーの目は、怪物の尾っぽにあたる部分だけを見つめていた。
だが、その視界は赤く染まりつつあった……遠からず、精神か身体のバランスを崩し、走り続けることはできなくなるだろう。
ネリー
「(カピ、タルに、行かせ、ないっ……! オルタ、ナリアをっ……! こわさせ、ないっ……!!)」
その決意に、ネリーの身体は追いつかなかった。
ネリー
「アッ……!?」
ドッ! ネリーの腕は大地を掴み損ね、彼女は思い切り前のめりになった。その勢いのまま何度か転がり、地面を長く滑り、そして停止した。
ネリー
「あっ……あ……!!」
顔を上げる。ガレキの怪物が、遠くへ過ぎ去っていくのが見えた……
フィオ「一方のネリーさん。やっぱり体力が厳しい」
フィーナ「……確かに、どこからアレだけ大きいエネルギーを得ているんだろうか」
フィオ「流石に限界を超える追走だったんだろう。一人じゃ無理だ、悔しくても」
フィーナ「目の当たりにした脅威が次の犠牲者を求めて遠のいていく、その心中は如何ばかりかな」
39回
フィオ「ネリーさんとは別の場所。そこでも渦による襲撃が行われていた。絶対的な暴力へと抗おうとする人々の下へと降り立ったのは」
オルタナリア中央大陸、セントラス。世界最大の国家として名を馳せるこの国も、沿岸では渦の力に苦しめられていた。
大陸東岸のオークロフ港でも、海軍を交えた避難活動が続いている。
兵士
「竜巻だァ……! 渦が上がってきたッ!」
ゴォーッ! 声を上げる兵士の目の前で、渦は木箱や樽、鎧に身を包んだ仲間達までも巻き上げながら寄ってくる。
彼は無力だったが、しかし勇敢でもあった。
兵士
「逃げるなら高いところだ! 建物じゃなく山の上! 渦がバテるまで耐えろーッ!」
叫びながら後退する。民よりも先に走り去ってはいけないが、自分の命も守らなければ人は救えない。
子供
「ワァーッ!!」
兵士
「ンッ!?」
甲高い叫びに振り向けば、男の子が一人、仰向けになってわめいているのが見えた。転んでしまい、起きようとした所に迫る渦を見たようだ……
兵士
「今行くぞ!」
兵士は子供に駆け寄り、抱え上げてやった。
子供
「へっ、兵隊さんっ!」
兵士
「舌ァ噛むぞ! 掴まってろ!」
そのまま、全速力で走りだす。
しかし、もうすぐ後ろから風が殴りかかってくるのが感じられる。子供を後ろ側にしなかったのは幸いであるが、それもこのままでは無意味となろう。
例えどうあっても、死ぬつもりはない……そんな想いも空しく、兵士の足は間もなく浮き上がり、きちんと地面を捉えられなくなった。
そこへ、ビシャーッ! 一筋の雷が奔った。
兵士
「アウッ!」
倒れこむ直前、子供を圧し潰さぬように体を傾けることはできた。
勢いのまま転がれば、空が見えた……金色の光が鞭のようにしなり、竜巻を叩きつけているようだ。
子供
「渦と……戦ってるの!?」
子供は兵士の腕から転がり出し、一足先にそれを目撃したようだった。
???
「お前ら、下がれェ!!」
どこからか、ややあどけなくも力強い声が飛んできた。
その主は空中からこの場に乗り込んできた。
彼は人間であり、歳はここにいる子供とほぼ同じ程度であった。だがその身体は雷をまとって輝いており、右手に構えたハープーンはさらに激しく発光していた。
直樹
「ダァーッ!!」
雷の少年は、ハープーンを竜巻の根元目がけて放り投げた。
ドドゥッ! ビカァーン!
放たれた力が、兵士と子供の五感を埋め尽くした……
すべてが止んだ時、もうそこに竜巻は存在していなかった。
直樹
「一丁あがり、っと!」
雷の少年は着地をしていた。バチッ! 小さな雷が二、三発、彼の周囲ではじけてすぐに消えた。
子供
「す、すっげぇ……」
兵士
「き、君は、一体……いや、まさか……!?」
まだ立ち上がってすらいない二人だが、雷の少年は近づいてきて挨拶をした。
直樹
「俺は直樹。瀬田直樹だ。オルタナリア、もういっちょ助けにきたぜ」
兵士
「直樹……そうか! 君がヴァスアか!」
フィーナ「モブが頑張るのっていいよね、私こういうの好き」
フィオ「勇気を持って職務を全うしようとするのは美しい。それがどんなに困難なことであっても」
フィーナ「無力、か。確かに彼は渦を何とかはできないかもしれないけれど、少なくとも子供を助けた。それは無力ともまた違うのかもしれない、勇敢の褒章なのかもしれないけれどね」
フィオ「そしてまた一人、かつての旅の仲間が参戦。彼がいるってことは他の二人もなのかな」
ネリー
「アァ…… ……!」
ガレキのムカデが線路を喰らいながら遠く離れていくのをネリーはもはや見ていることしかできなかった。
フォーシアズ・カピタルに攻め込まれるのを、止められない―――
だがその時、ゴウッ! 上空から何かが飛来した。影がネリーの身体を覆って、通り過ぎた。
ネリー
「へっ……!?」
見上げると、大きな鳥と肉食獣が合わさったようなシルエットが高速で移動していた。
上空にいたのは、四つ脚の雌竜……アノーヴァ・ピーヴァルであった。氷のような甲殻があり、その身は全体に青白い。翼を羽ばたかせることはせず、どこか高所から滑空してきたらしい。
アノーヴァ
「私が爆撃するが、それで駄目ならば任せる!」
氷竜の背には、バンダナをした緑髪の少年……宇津見孝明が乗っていた。
孝明
「飛び降りて異能力を使えってンでしょ!? やりますよ!」
アノーヴァ
「その意気や良しだ! いくぞ!」
ドッ! ドドッ!
地上のネリーは、氷の塊で爆撃がなされるのを見た。ガレキのムカデに何発か突き刺さり、侵食をする。
動きを鈍らせたようだが、止まるには至らない。
孝明
「やらいでかッ!」
アノーヴァの背から、孝明少年が飛び降りた。
大地が近づくと彼の目は緑色に輝き、放たれた光芒が大地を打った。
応えるように、ドゥッ! ドーッ! 地面を破って木の根が現れた。それらは互いに絡みつき、十数倍もの太さとなってしなる。
孝明
「ウィリデ・スラッパーなら、やってみせろぉーッ!」
孝明少年の叫びと共に、焦げ茶色の大蛇が大地を薙いだ……ガァーン!! ガレキのムカデは押し倒され、転覆した。
目の前でこんなことをされていては、ネリーも動かないわけにはいかない。
ネリー
「ハッ……!」
呼吸を整え直し、再び四つ脚で駆けだす。あんなに遠くにいた怪物がみるみるうちに近づいてくる。
頃合いを見て、ネリーは跳躍した。
孝明
「なんだとて!? ネリーか!?」
空中で、余っていた木の根に受け止められた孝明少年はそれを見届ける……かつての仲間が近くで戦ってくれていることは、勇気の支えになった。
ネリー
「グゥアァーッ!!」
シャコガイハンマーを構え、縦に回転しながらネリーは飛び込んでいく。
ガレキムカデの横っ腹に、ドォーッ! ハンマーを叩きつければ、つぎはぎの身体は大きく砕ける。
だが、そこに中枢のウニモドキは見えない。
ネリー
「ここじゃない……!?」
シュルル! 怪物の体内から触手が放たれ、ネリーを襲った。あるものは締め付けようとし、またあるものは柔肌を刺し貫こうと迫る。
ネリー
「ガウッ!」
一本をすぐさま噛み千切るが、二本三本と来れば囲まれる。対処しきれなくなるのも、時間の問題だ。
だが、後方には孝明がいた。
孝明
「ネリーッ!」
ドッ! 大地の中から、今度は膨れた実のついた小さな植物が現れた。
孝明
「てぇ!」
孝明の声に応え、植物たちは動いた。
細い体をくねらせ、実の先端を怪物の方に向けると、ドッ! 弾け飛んだ実から、人の頭ほどもある種が発射された。
その狙いは精密であった。ネリーを突き刺そうとしていた触手たちは半ばから断ち切られ、吹っ飛んでいく。
ネリー
「孝明っ!」
ネリーは一旦怪物から飛びのき、彼を出迎える。コアが見つからないままやり合うのは、不利であった。
孝明
「お久しぶりだね、ネリー! ヤツをどうにかするぞ。アノーヴァさんもじきに戻ってくるはずだ!」
横っ腹から触手を動かす怪物を前に、二人は身構えた。
フィーナ「おそらく彼女が前に話していたドラゴンなんだろうね」
フィオ「世界の危機とあれば積極的に関わっていかなくちゃね」
フィーナ「集まってくる力は世界の敵を打倒せよという使命を帯びたかのようで。再び集う勇者達がまた世界を救うのか。
ただ、首謀者はそれを良しとしなかったと思われるものだからこそ、それに対する何かを用意しているのか……」
フィオ「もう十分にかき乱しているんだから、早いトコ収束してほしいけどねぇ」
40回
フォーシアズ沿岸の駅にあった列車と同化し、走り続けていたガレキの怪物は転倒をしたが、むき出しになった体内から触手を放って戦いを続けるつもりでいた。
孝明
「ええい、今のうちに!」
ボッ! 孝明少年の念に応え、再び大地から木の根が飛び出す。それらは弧を描いて怪物に飛びかかり、巨人を捕らえようとする小人達の縄のように、長い身体をがんじがらめにしていく。
ネリー
「わぁ、すごいすごいっ!」
孝明
「トドメは君に頼むさ―――ンッ!?」
怪物の身体の中で、ガチャガチャと金属が音を立てていた。
チュイーンッ! 甲高い音と共に、締め付けていた根が断ち切られ、跳ね飛ばされていった。怪物の体内から、丸ノコギリが顔を出していた。さらにはナイフや尖った金属片を絡めとった触手たちも現れ、次々と根を切り刻んでいく。
自由を取り戻しつつ、怪物は一瞬だけその身体を膨らませた。直後、接地していた側面が爆ぜ、煙と土塊が飛散する。
その勢いで起き上がった怪物は、ネリーたちが何かをする前に、後方でさらにボウボウと爆発を繰り返して走り出した。強引に加速をつけたのだ。
フィーナ「対ムカデ渦のつづき。機械の敵っぽくなってきたね」
フィオ「随分器用で嫌になる! 準備をするだけの時間を与えてしまったからかもしれないけれど」
フィーナ「取り込んで得た力も上手く使っている……本当に機械? それとも現代の機械ってこんなに応用力があるのかな?」
フィオ「感心しているわけにも行かない。これまでの疲れは何処にやら、一気に追いぬいて竜巻と相対するネリーさん。
サポートに回ろうとする孝明さんは追いつくのに苦労していたけれど、その意思が能力を行使して、なんとかついていく」
ネリー
「ガルルゥッ!」
咆哮が聞こえた。ネリーはもう怪物の上に飛び乗っていて、敵の体内から次々現れる金属部品たちと殴り合っている。
弱点の位置がわからないのでは、埒が明かない。このガレキの怪物が無秩序に自分を肥大化させていったのではないなら、先ほどのように爆発しないポイントには中枢があるだろうとも考えられるが、それも確かではない。
孝明
「足を狙え!
木の根は、孝明少年に応えた。
彼を下ろした根っこが、尖った先端を叩きつけることで車輪の接合部を破壊しようとする。だが、金属の強度に勝てず、上手くいかない。
焦る根っこ達に、孝明少年は深緑色の毛深い膜がくっついているのを見た。引きずられてきた地衣類であった。」
孝明
「役に立つかも……!」
孝明少年はそこに、懐から取り出した栄養剤の薬瓶を放り投げる。ガチャーン!
孝明
「がんばってくれ!
浴びた薬液と声援に応え、藻と菌たちのコロニーはみるみるうちに膨れ上がり、饅頭のようなすがたとなった……エネルギーの辻褄合わせさえすれば、生命を爆発的に増殖させることもできるのが孝明少年の異能力である。
この深緑の塊はモコモコとうごめいて、敵の体内に潜り込んだ。細い菌糸が中枢を捉えてくれれば僥倖であるが、それだけに期待するわけにはいかない。
今度は植物の砲台を出して、ネリーの援護射撃をしなくてはならない。だが、その思考は、妙な浮遊感で途切れた。」
孝明
「アッ……!?」
怪物の尻の上から銃身がいくつも現れ、燃える矢を放ったのだ。それらには、孝明少年の乗った木の根を一撃で断ち切るだけの力があった。
代わりの根っこが来て孝明少年を受け止めるのだが、それも容赦なく破壊された。彼は強かに地面に叩きつけられ、小さくバウンドしながら後方に消えていく。
フィーナ「第二ラウンドだ。ウニを探しながらの戦いは決して楽なものじゃないけれど……」
フィオ「コケー!」
フィーナ「これぞ柔の力!」
フィオ「一瞬の油断が命取りになった。体もそれなりに強化されてるなら大丈夫だろうけれど……」
フィーナ「とはいえ後ろばかり見ているわけにも……」
ネリー
「た、孝明っ……!?」
まだ冷静さを残していたネリーには、仲間が離脱したことがわかっていた。
触手が操る草刈鎌が、動揺するネリーの左腕を襲った。
ネリー
「アウッ!」
深手ではないが、血は流れ、痛みも出る。
隙を晒したネリーに、さらに刃や鉄塊が、猛然と飛びかかってきた。
ネリー
「ぐえっ……」
柔らかな腹に、杭を打つためのハンマーが叩きつけられた。体勢を崩したネリーはすぐに怪物の加速度に負けて、側面へふらりと落下する。
なかば無意識のうちに、ネリーは右手を伸ばした。その先に、指が嵌った。粘着性をもった深緑の塊が、怪物の脇腹の穴から生えていたのだ。忙しく戦闘していたネリーは、それが孝明少年がこの場に残したものであるのを見てはいないが、異質さゆえに理解することはできた。
どうにか左手も穴に引っ掛けて中を覗くと、緑が蠢いていた。何かをしようとしてくれている。孝明少年が操った物ならば、彼の思念をまだ宿しているのかもしれない。
塊は前方に向かおうとしているらしい。穴は中に潜り込むには狭すぎたので、ネリーは代わりに怪物の側面に張り付いて少しずつ前進していった。むろん、ここでも刃物やガラクタを振るわれたが、全て徒手で追い払っていく。
進むにつれてだんだんと抵抗が激しくなっていくので、ネリーは確信を得た。
怪物が取り込んだ列車において、前から二番目の客車であったと思われる部分に接近した頃、上からの触手がネリーの眼を目がけて飛んできた。
ネリー
「ハッ!」
首を横に向けてかわし、そのままネリーは触手を掴む。勢いよく宙に浮いた身体は、怪物の上部に着地した。
大ぶりの剣や斧、銃―――オルタナリアにおける先進技術を扱うフォーシアズでなら、だんだんと珍しくもなくなってきているのだ―――を構えた触手たちが、鎌首をもたげていた。
ネリー
「や、やっば……!」
その場で、四つん這いになる。この状態で銃撃をかわせるとしたら、これしかなかった。
まず、大きな出刃包丁が振り下ろされた。最小限の横っ飛びでかわせば、怪物の屋根に深々と突き刺さった。この中にあのウニモドキがあるのは確からしいから、脆くしてくれるのは助かる。
ついで、槍が突いてくる。奥には銃が控えてきた。ジグザグに後ろへ飛び、さらに後方から出た触手を尻尾で薙ぎ払い、今度は前へと跳躍し……
が、ネリーの身体は空中で横へ流された。左カーブに差し掛かったのだ。無傷の右手をどこかしらの出っ張りにひっかけようとするが、そこにあったのは触手の一本だった。
ネリー
「アァ……!」
フィオ「怪物の猛攻が続いてる。意識を他所に向けることすら許されない」
フィーナ「孝明さんの置き土産を頼りに進んでいくけれど、嵐の中に進んでいくようなものだね……」
フィオ「そもそも一人で相手にするようなものじゃないよこんなの」
フィーナ「攻め手の多さがどうにも……攻撃の隙がありゃしない」
ネリーは、宙に投げ出された。ならばと左手に集中力をこめて、簡単な攻撃の魔法を使おうとする。だがそこに、ガァン! と銃が撃たれる。当たりこそしなかったが、精神の平衡を乱すには十分である。
風と遠心力と、続く攻撃がネリーに襲い掛かった。
だが、それ以上の衝撃をもたらしたのは、怪物の力ではなかった。変転する景色の中で、青白い光が飛来するのをネリーは見届け、そのまま空中高く放り上げられたのである。
アノーヴァ
「ネリー・イクタ!」
アノーヴァ・ピーヴァルが、地上を走って戻ってきていた。孝明が頭の角にしがみついている。
ガレキの怪物は、派手に脱線している。ネリーは重力の助けを借りることにした。
ネリー
「ダァーッ!」
シャコガイ・ハンマーを抜き、闘志を漲らせる。貝のあぎとが開いて、鋭さを増した。弾けるようにネリーは高速の縦回転を始め、怪物目がけて落下していった……
ギャギャギャギャッ!
怪物の横っ腹を、ハンマーが深々と抉った。その奥に、中枢のウニモドキが見える。
ネリー
「ガウッ!」
ネリーの咆哮と共に貝は勢いよく口を閉じ、ウニモドキを食い千切った。
刹那の後、異形の列車は内側から小さくはじけ、ガラガラガラッ。崩壊した。
孝明
「大丈夫なのか……?」
孝明少年は気遣うが、直後にネリーはガレキの山の中から勢いよく右手を突き上げ、健在をアピールしてみせた。
アノーヴァ
「よく知っているだろう、強い子だって?」
孝明
「そりゃ、そうですけどね」
こうして、フォーシアズ・カピタルの危機はとりあえず去った。
フィオ「対応能力高いなぁ……反応も早いし。でもお前はここで終わりだ」
フィーナ「戻ってくるのを待っていたぞい」
フィオ「孝明さんも無事だね! 車輪を使ったのは間違いだったかなぁ?」
フィーナ「今回は何とかなったけど、ここまで成長しちゃうとかなり厳しい戦いになるね。一人一人が英傑だとしても、相手もまだ底は見せていない」
テリメインの側でも数日が経過した。
ドクター・アッチが自分たちが見てきた以上のことを知らず、あのウニモドキのサンプルを追加で手に入れない事には調査も進まないから、クリエとシールゥは毎日海に出ているのだが、進捗はあまりない。
疲れが出た二人は、船着き場に腰かけて水平線を眺めていた。
シールゥ
「ネリーは上手くやってるかな。渦の発生件数が増えてないってンだから、そうだと思いたいけど」
クリエ
「……信じ、る、しか、ない?」
シールゥ
「そうだけどさ……」
ふと、遠くの方が騒がしくなった。
シールゥ
「ンッ、事件か?」
男どもが喚き立てているようだった。
揚がった、人だ、と聞こえてきたから、二人はすっ飛んでいった。
騒動の現場に辿りつくと、船乗りたちが一所に寄り集まっていた。クリエは、自分がこの地に来た時のことを何となく想起した。
船乗りA
「医者ンとこへだ! 急げ!」
担架を持った船乗りたちが、揚がったという者を運んでいく。
クリエとシールゥは、その顔と着衣をちらと見て、驚かなくてはならなかった。
「…… …… ……。」
黒い髪、空色のシャツ。
今運ばれているのは、かつてオルタナリアを救うべく直樹や孝明、そしてネリーやシールゥとも旅をした少年……萩原広幸であった。
フィオ「一方のテリメイン。進展の無い中で起きたのは……」
フィーナ「こっちへ? いやオルタナリアに呼ばれたけれど、渦に巻き込まれてこちらへきちゃったってことかな?」
フィオ「どちらにしても早く医者!」
41回
フィーナ「テリメインに現れた三人目のヴァスア。彼の事情は先の二人とはやや異なっているようで」
萩原広幸は、普通に朝起きて、学校に行くはずだった。
だが、普段通る道から外れたところに目をやると、そこには異界が紛れ込んでいるのである……彼のよく知る異界、オルタナリアである。鳥でもないのに空を飛ぶ小動物やら、魔法の光やら、日本語でもアルファベットでもないような文字で書かれた看板―――旅をしていた頃の広幸たちは、何故か問題なく読めたのだが―――などが、アスファルトとコンクリートの世界にオーバーラップしている。
救世主ヴァスアとしての使命を終えてなお、オルタナリアとの縁は切れないらしい……広幸は、つい半年ほど前の自分がこのことを知ったなら、もっと無邪気に喜んでみせただろうかと思う。
しかし、その光景に渦のようなものが割り込み、何もかもを呑み込んでいくのを見たとき、彼の思考は断ち切られた。
危機感が使命感に変じる前に、身体が幻影の中へ吸い寄せられていく。
海の匂いと、嵐の音がする。水が、降ってくる……
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
広幸
「ン……ンンー……」
その広幸は、何故だか行ったこともないテリメインの海で拾われ、病院のベッドに寝かされていたが、たった今目を開けた。
それに気付いた若い看護師が声をかけてくる。軽く返事をして、意識が鮮明になっていることを示してあげると、慌ただしく出ていった。
すぐに、自分の担当のお医者さんでも連れて、戻ってくるのだろう……果たして、その通りではあったのだが、やってきた看護師は医者以外に、広幸の知り合いを二人も連れてきていたのだった。
シールゥ
「広幸っ! 助かったんだねっ!」
クリエ
「ン……よかっ、た」
広幸
「んぇ……シールゥ、クリエさん? ここ、オルタナリア、なの?」
シールゥ
「違うよ、テリメイン! もしかして、広幸も、何がなんだかわかんないうちに来ちゃった、て感じ……?」
広幸
「あ、うん、そう……多分、ね……で、テリメイン、て?」
連れてこられた初老の医師が、そこで口をはさんだ。
医師
「お姉さん達、説明がしたいんでしょうが、悪いけど後にしてもらいますわ。とりあえず診てあげなきゃならなンでね」
クリエ
「……はい」
クリエとシールゥは素直に引き下がり、病室の外へ出た。
もちろん、広幸に聞きたいことはいくつもある……そのためには、他に必要なことはさっさと済ませてもらったほうがいいのだ。
フィオ「地球から直接テリメインにきちゃったみたいだね」
フィーナ「オルタナリアに対しては複雑な感情があるのかな? そんな感じを受けたけど」
フィオ「すくなくとも命に別状は無いかな? その点は凄くよかったこと!」
フィーナ「まだわからないこともあるけれど、とりあえず一つ落ち着いてからだよね」
フィオ「一方のオルタナリアでは直樹さんが二人を探そうとして、文字通り跳びまわっているところ
異能力をつかってピョンピョンしてるから、見かけた人もびっくりだ」
フィーナ「もちろん探すだけじゃなくて、被害が出る前に渦を発見して潰していこうとしてる。前向きなモチベーションはいいね」
フィオ「やっぱり三人は別々に呼ばれたんだね、普段からずっと一緒にいるわけじゃないだろうし、別々にもなるか」
クリエとシールゥには日を改めてもらう、と、診察の後で医師は広幸に言った。
彼としてはすぐにでも話がしたかったのだが―――なにしろ、何がどうなってこんな見知らぬ世界に来てしまったのかまだわからないのだし―――、頭がいまいち回らなくなってきているのもわかる。体力がまだ戻らないのだ。
栄養を与えられた彼は、すぐに目をつむり、睡魔が連れていってくれるのを待つ。
あの通学路での一件から、ずっと夢の中にいるような気もする……もしも夢の中で夢を見るとしたら、それは一体どんなものになるのだろうか? ヴァスアをやっていた頃は、現実で眠って見る夢がオルタナリアの冒険に置き換えられ、逆に向こうで寝たら現実に戻ってくるということになっていたのだが―――
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
ふと気がつけば、広幸はテリメインのベッドを離れ、巨大な女の手のひらの上で胎児のように丸まっていた。
女の顔を見上げてみると、どうしようもなく懐かしさがこみ上げてくる。それは、女が広幸の母親によく似た顔をしていたから、というだけのことではない。
大きな女は広幸を乗せたまま、空を自由に飛んでいた。初めは雲の上から、地表の景色が見える高さにまで降りていく。
そうして見えたのは、天を衝く塔、巨大な城、豊かな大地、混ざり合って共に暮らすいくつもの生命……
こんな夢を、広幸はずっと前にも見たことがあった。
オルタナリアに来る前の広幸は、大人たちに翻弄された子供であった。
七歳の頃、父の浮気で家庭に亀裂が入った。彼は謝るでもなく、母を詰った。間もなく両親は離婚し、広幸とその母は親族のもとを頼ることとなった。入ってまだ間もない小学校からも、去らなくてはならなかった。
実家の中での母の立場も、元々良くはなかったらしい……彼女が自活を再開すべく職を探し続ける中、広幸はいつでもどこか息のつまる生活を続けていた。
幼くして理不尽を知った広幸が、それでもなにかを信じずにいられなかったのは、物語があったからだった……それは、童話の世界であったり、ヒーローの戦いであったり、自分とそんなに変わらない子供が活躍する話であったりした。正義や愛、夢を願い続けていれば、いつかはそれが手に入るのだと、思っていた。
やっと古いアパートに移り住んでしばらく経ち、母が再婚の話をしているのをこっそりと聞いた夜、眠りについた広幸は前触れを見たのだった。
巨大な女は広幸と共に、形あるもの全てをすり抜けて飛行した。
ふたりは、氷の山の狭間で翼を休める白い竜の姿を見た。砂漠の中に建つ巨大な墳墓を見た。火の精霊が住まうという火山を見た。そして、南の海の真ん中に浮かぶ、小さくも美しい島も……
ここは、夢の国だ。彼女はそこを見守る女神なのだ。
彼女は一言も喋ることはなかったが、疑問を抱くこともなく、広幸はすべてを理解した。
初めてこの夢を見た後、目覚めた広幸はすぐに思い出せる限りのことを自由帳に書き留めたものだった。
世界の名前はわからないが、適当に思いついた『オルタナリア』という名で呼ぶことにした。
あの女と見た全てを書き終えてしまっても、今度は広幸自身が想像をして、自由帳の中に『オルタナリア』を広げていく。そんな行為が、現実のつらさを忘れさせてくれた。またあの女が夢に出てきて『オルタナリア』に連れていってくれたら……いや、いっそ自分の足で旅することができたなら、どんなにいいかと広幸は思った。
その願いは、しばらく後に叶うこととなった。新たにできた友人、孝明や直樹と共にオルタナリアに呼びだされ、救世主ヴァスアとなるための冒険が始まった。
けれど旅の過程で、オルタナリアは都合のいい場所ではないのだとも、彼は知る。
多くの種族が共に生きる世界では、ときに差別も陰湿なものがあった。広幸が申し訳なさを感じるほどに、苦しい暮らしを強いられている子供たちもいた。心の弱さに屈して誤ちを犯してしまう者も、己が不幸を嘆いて死のうとすらする者も、オルタナリアにはいた。そして、そうした人々を取り込み、利用しようとする悪逆の徒も。
不思議の国とて、一つの世界として存在するからには、不条理や理不尽と無縁でいられるわけがないのである。
こんな世界など、壊してしまおう。そして地球すらも焼きつくしてしまおう……そういう悪い囁きを受けたこともあった。ヴァスアの力があれば、可能なことであるかもしれなかった。
広幸が、そういう誘いに乗らず、勇気と強さをオルタナリアから持ち帰ってこれたのは、結局巡り合わせの問題でしかなかったのかもしれない。
幸福と不幸が分かたれぬものなら、いっそ両方とも隠滅し、ゼロにしてしまうことこそが、真に救われる道である……そんな思考だって、彼には生じ得たのだから。
女神の手の中から見るオルタナリアの光景は、今では少し違って見える。
これが単なる夢ではないことはもうわかっている。だからこそ、尊かった。
願わくば、いつまでも、この世界が続いてゆけますように……
フィーナ「広幸さんの夢と……なんかいろいろ厄介な事情だね」
フィオ「オルタナリアを大事に思っているのなら今回の件は見逃せるはずも無い……けど、今はどうしようもない、休むしかないよね」
フィーナ「オルタナリアは想像の産物? と思えるような点もあったけれど、たぶん実際に存在した世界から何らかの影響を受けていたんだろうね」
フィオ「不思議の扉がひらいていたのかもね
まぁ綺麗どころだけじゃない……っていうのがちゃんとある世界だって証左でもある」
フィーナ「一方の直樹さんは、またまた渦と対峙してそれを退治」
フィオ「ダジャレかな?」
フィーナ「……すいません」
フィオ「しかし一撃でぶっつぶすのは本当に頼りになるねぇ、能力と相性がいいのかもしれないけど」
フィーナ「そして後片付けをする中でちょっとした発見が」
船乗り
「おおい、何か浮いてるぞ! この町のモンじゃない……」
直樹
「ン……?」
手を止めて、見に行く。
船乗りたちが、人が入れそうなほど大きな、灰色の球を網で引っ張り上げようとしていた。
長く海中にあったものなのか、固着動物の類がたっぷりとくっついている。その間に、M.Mというイニシャルに相当する文字が刻まれているのが見えた。
上に揚げると、穴がひとつ開いているのもわかった……何かから引きちぎられたようでもある。
直樹
「マシン、なのか……? ドクター・アッチのじゃねえよな、だとすると……」
フィオ「そんなイニシャルの人どこかできいたねぇ……」
フィーナ「着々と証拠が集められていく」
フィオ「でも長い間……? ってことは今回の件とは関係ない?」
フィーナ「それか、想像するよりも長い時間をかけた計画だったのかもしれないね」
フィオ「またまたテリメイン。目覚めた広幸さんのところにきた、シールゥさんとクリエさんそして……」
フィーナ「かつての敵とお目付け役の人」
フィオ「よけいなくちをきいたらマッスルが火をふくぜ」
42回
フィオ「ドクターアッチからの協力要請に流石に怪訝な顔を向ける広幸さん。でも『オルタナリアの危機』という言葉には思いっきり食いついて」
フィーナ「現状の確認。渦でつながったテリメインとオルタナリアという状況自体が異質であって、それは首謀者の仕業であるのだとアッチは見ているみたい」
フィオ「その上で広幸さんならテリメインとオルタナリアを繋げて、助けに行くことも出来るのではないかと」
フィーナ「彼の力は正直なところよくわかっていないのだけれど、そういうことが出来るならやらないという選択肢はないよね」
フィオ「決行は数日後。そしてやってくる運命の日」
この後の数日間でドクター・アッチは材料をかき集め、間に合わせの小型潜水カプセルを作り上げていた。
探索協会はクリエに渦の調査を依頼し、アッチや広幸をそのための力として使うことも許可してくれたのである。探索者のサポートをしきれない事情がこういった形で助けになるのを、彼女は内心ありがたく思った。
あのウニモドキが、オルタナリアのものであると示唆する物証は既にあるのだ……それならば、これ以上テリメインを巻き込みたくはなかった。
アッチ
「クリエ・リューア! しーっかりボクちゃんを守るッチ! なんせこいつ、半分ガラクタでできてッチからねえ! いくらボクちゃんでも限界ってモンが―――」
海中を進行する、手足のついたカプセルの中で、アッチがわめきたてる。
カプセルの前面はガラス張りであり、懐中電灯に防水の加工をしたものが両脇にあって、海底に光を投げかけていた。
シールゥ
「よしてよ。やたら叫ぶと、魔物を呼ぶよ」
スキルストーンを持たないシールゥと、それから広幸もアッチの隣にいる。
クリエだけが外にいて、《ウィンドガード》の石を使い、自分たちを包む防護膜を展開しながら泳いでいた。それは簡単に言ってしまえば巨大なあぶくであるが、魔物の攻撃にも一度は持ちこたえるほどの耐久性があった。
今は、とりあえず直近の渦の目撃報告があった場所を目指している。
広幸
「センサーに引っかかったら、僕が出てゆけばいいんだね?」
広幸は、水中で活動するための能力を与えてくれる最低限のスキルストーンを右手に掴んでいた。
アッチ
「ンム。で、渦に近づくッチ。もしあれが本当にオルタナリアに繋がってるンなら、チミの力が使えるはずだッチ」
シールゥ
「いいのかい、広幸? こんな危険な……」
広幸
「やるっきゃないでしょ?」
オルタナリアの冒険を終えても、広幸たちに目覚めた異能力の正体ははっきりとはわからなかった。
しかし、その力がオルタナリアという環境と関係しているのは確からしかった。地球でも、そして今のところはこのテリメインでも、広幸はただの子供になっているからだ。
クリエ
「……ウッ……!?」
クリエは突然振り向くと、アッチのカプセルを叩き、そこから右に百十数度の方向を指さした。
アッチ
「ンッ、さては!」
アッチは操縦桿を右に倒す。クリエの指さす方へカプセルごと回転し、光を向ける。
透き通った、白い粒が、円錐の形に集って、踊っている。
シールゥ
「渦だ! 直行!」
アッチ
「耳元でわめくなッチ!」
操縦桿を、前へ。エンジンが力を出し、カプセルのお尻についたスクリューが勢いを増す。グオオーン!
クリエ
「……気を、……つけて……何か……!」
クリエはカプセルの右腕にしがみつき、身を任せるが、その手は外套の中に突っ込んでいた。
渦が迫るにつれ、その下で何かが組みあがりつつあるのも見えたのだ。
アッチ
「ンナロー、工作してやがるッチねェ、生意気なーッ!」
広幸
「僕、降りる準備します!」
フィーナ「オルタナリアトンネル作成作戦」
フィオ「魔界トンネルみたいな」
フィーナ「流れとしては渦の発生を確認して、オルタナリアに一時的につながったのを利用し、広幸さんの力で道を開く……みたいな感じかな」
フィオ「間に合わせにしては中々上手くやってる……けれど、渦のバケモノが居る以上は簡単には行きそうにないね」
フィーナ「ところで、広幸さんに対してのシールゥさんに乙女味を感じる」
フィオ「わかる。けど言ってる場合かー! 戦闘戦闘!」
加速度に揺れるカプセルの中、広幸は狭いエアロックへの扉に手をかける。
外では、渦の根元から、いびつな黒い柱が立ち上りつつあった。
柱は突然、そこかしこから棘を生やしたかと思うと、ドッ! 一斉に、クリエたちへ向かって撃ちだした。
アッチ
「ウヌーッ!!」
カプセルは、脇のスクリューを回してその場から飛びのく。
棘がガラスを叩き割りでもすれば、中の三人を守るのは、最小限の機能しかもたないスキルストーンのみとなる。
クリエ
「ッ……!」
クリエはスキルストーンを取り出し、強く念じて行使した。
ゴーッ! 海底が、鳴動した。振動の力、《アースクエイク》の石の業である。
シールゥ
「いいぞ! あんなのは揺らして倒しちゃえ!」
クリエ
「……それ、は、駄目……はや、く……!」
柱の方も、揺れに合わせて体をくねらせ、抵抗している。
《アースクエイク》は強い力を持つが、それだけ術者の消耗も激しい。この揺れは、十数秒ともたない。その間に、次の一手が必要となる。
アッチ
「オッシャーァ! ドッセーイッ!!」
アッチは操縦桿を力いっぱい押し、ガラスに泡状の唾液をぶちまけた。
カプセルは、全速力で突き進む。シールゥは後ろにすっ飛ばされて押しつけられた。広幸は、既に操縦室にはいなかった。
クリエ
「くはっ……!」
全身から力が抜け、クリエは《アースクエイク》の石を取り落とす。揺れが、静まる……
アッチ
「ナセバァ! ナンジャア!! ドゴラ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ッ」
直後、ガァーン! 加速し切ったカプセルの右腕が、傾きかけたガラクタの柱に突き刺さる。
だが、それっきりであった。寸前に発射された何本もの棘が、カプセルを、貫いていた。
ガラスは割れ、パーツは引きちぎられ、ドクター・アッチの数日間の成果のすべては、海中に散失する。
煙のようなあぶくの中で、まだ動くものがあった。
広幸
「ダァアーッ!!」
萩原広幸は、魚のように、海中を進んだ。
力が、みなぎってくる。かつて振るった力が、自分を呼んでいる。
倒壊する柱は、最後の力で広幸に棘を発射するが、その全てが直後にひしゃげ、吹き飛んだ。
広幸
「応えろ……」
柱の根元が、迫ってくる。いくつもの棘を持った球体がそこにある。
広幸は、手を、のばした。
広幸
「応えろッ! オルタナリア―――!!」
閃光が膨れ上がり、その場の全てを呑み込んだ。
フィーナ「戦闘とはいってもどちらかといえば逃亡戦。被害を出さずに切り抜けられるかどうかだけども……!」
フィオ「ガラクタで上手くやってると思ったけど、もっと装甲どうにかならんかったのか!」
フィーナ「まぁあのウニのほうが上手って事かもね……そんなこというと怒られそうだけど」
フィオ「人を守るのと機械を守るのでは求められるレベルも違ってくるものね、相手は使い捨て上等みたいだし」
フィーナ「だけど人にはどうしてもやり遂げるんだという意思の力がある。それは時に想像を超える結果をもたらすことも……あるかもしれない」
フィオ「果たしてオルタナリアは応えてくれるのか」
直樹
「っと、これで片づけは全部かね?」
同じ頃、オルタナリア中央大陸沿岸にある渦に襲われた港町で、直樹は復興の手伝いをしていた。
船乗り
「ああ、ご苦労さん。あまりお礼もできないのだが、食事でも出そう……」
直樹
「いや、もう行くよ。多分広幸と孝明も来てンでな、探さんと。ここにはいないんだろ?」
船乗り
「船を一人で使おうってのか? 無茶だぜ」
直樹
「渦が来ても、他の人を守れる保証がないんでね。なら、無茶でもやるさ。それから、前に見つかったあの金属球は―――」
そうして、街を去ろうとしている直樹の近くで、海から顔を出すものがあった。
サニア
「すいません! ヴァスア・瀬田直樹は……!」
人魚の女―――サニア・サミアであった。フォーシアズの海洋警備隊のリーダーをやっていた水棲人、ゼバ・エブカの片腕であり、彼女の部下としてイルカの獣人や、魚の頭を持つ魚人、手なずけられた海竜たちも周りから顔を出している。
直樹
「おおっと、俺だが、なんか用かい?」
サニア
「よかった……! 直樹様。実は我々と、フォーシアズに行って頂きたいのです。渦の件はもうご存知ですね?」
直樹
「おう、まあ……」
サニア
「あの渦は、もはやオルタナリア全体にとっての脅威です。フォーシアズのアカデミーが率先して研究を進めていたのですが、この度、対策会議が開かれることとなったのです」
直樹
「それに、俺を?」
サニア
「はい。既にヴァスアの一人……孝明様が、向かっておられるようです」
その名が出てきて、直樹の顔は明るくなった
直樹
「孝明が! そいつぁ、行かないわけにゃ!」
サニア
「ありがとうございます。フォーシアズまでは、我々がお送りしますわ」
直樹
「っと、待ってくれ。一つ頼まれてくれねーか?」
サニア
「何でしょう……?」
直樹は、以前引き上げられて以来、未だに港の近くに放置されたままの『M.M』の球の所までサニアたちを案内し、よく見てもらった。
直樹
「渦が来た後に、浮かび上がってきたんだ。何かの一部だったらしくて、どうも気になるンだ」
サニア
「金属、ですわね。それもポシーダで建物を作るときに、使うようなものでないわ」
サニアは球の表面をしなやかな手で軽く撫でて、そう言った……ポシーダとは、水棲人をはじめとする海に生きる種族が、海中に作った国のことである。
直樹
「人か時間に余裕があればでいい。この辺りの海を、調べちゃもらえないか?」
サニア
「わかりました。一日くらいは余裕がありますから、渦の発生源を中心に調べてみましょう」
直樹
「悪いね……ありがとな」
フィーナ「一方の直樹さん。復興の手伝いを終え、一人で海に出ようとするところへ訪問者が」
フィオ「誰かと思えば、あそこで分かれたサニアさん」
フィーナ「どうやら世界で一つの方向へ向くための会議があるみたいだね、二人を探している直樹さんからしても渡りに船だ」
フィオ「そして直樹さんからの依頼。貴重な一日を使うだけの物が見つかるといいんだけど」
光の流れの中を、広幸はどれくらいの間、泳ぎ続けただろうか。
シールゥは、クリエは……それとアッチも、どうなってしまったのか、まだわからない。あの一瞬を耐え抜いたのなら、スキルストーンの力で生き延びられるだろうが、あえなく串刺しにされてしまっていても、不思議ではない。
わからないといえば、いま自分が流れているのが、本当にオルタナリアに続く道なのかさえも、不確かだった。例えばあの時出た力が、単に自分の中のオルタナリアの残滓が為した、一瞬の奇跡に過ぎないのだとしたら……
ふと、真っ白な視界の中で、何かが動いた。あぶくだ。
どんどん増えて、大きくなって、広幸の目と耳を覆いつくし、そして……
☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆ ○ ☆
海豚人A
「どうだ、何か見つかったか?」
魚人A
「こちらは、今のところは……」
中央大陸近海に残ったサニアの部下たちは、海底を探し回っていたが、なにぶん広すぎる。わずかな時間と人数で、どうにかなるものではない。
魚人A
「サニア副隊長も、ヴァスアの勘を信じすぎたんじゃないのか?」
海豚人A
「いくら英雄だって言ってもなあ…… ……ウン?」
魚人A
「どうし…… ン……これ、は……」
海が、静かに震え出していた。くすぐったさは不気味なものとなって、二人に緊張感をもたらす。
海豚人A
「おい、まさか渦じゃないのか!」
魚人A
「わからん……! おい、あっち……!」
魚人が指さした先で、海水の色が変わり出していた。赤く、青く、黄色く、虹色に……
海中に現れた光は膨れ上がり、その中に、シルエットを映す。
それは、人の形、である。泳いでくる……
サニア
「何を見つけたのです!?」
サニア・サミアも光を見てか、この場に現れる。
その間にもシルエットは接近する。光の中から、だんだんと、大きくなる……
魚人A
「渦じゃない、渦じゃないけど……異常です、副隊長!」
サニア
「それはわかるが! ……あれは!?」
影は二つ、三つと続く。
最初の一つが光から遠ざかり、その姿が明瞭になった時、サニアは息をのんだ。
広幸
「―――みんな!」
ヴァスア、萩原広幸が、そこにいたのだ。
彼は後ろを向き、ついてきたものを確かめている様子だった。外套に身を包んだ眼鏡の女、それにひっついている小妖精、そして―――フォーシアズでは犯罪者扱いの―――ドクター・アッチ。
シールゥ
「広幸! 無事だよ! 何とかね!」
クリエ
「私……も、生き、てる……!」
アッチ
「ヒッデー目にあったッチ! ッタクンチキショィ!」
息も会話もできるらしいのをサニアは不思議に思ったが、光の膜のようなものがうっすらと四人を包んでいて、それが魔力とは異質なものであるらしいのを察し、疑問を引っ込めた。
それよりも、重要なことが今はある。
サニア
「萩原、広幸……ですね!?」
広幸
「えっ! 僕のこと、知ってるの!? じゃあ、ここはオルタナリアか!」
サニア
「はいっ……よくぞ、お戻りくださいました……ヴァスア、広幸!」
安堵と勇気が、サニアの心に漲っていた。
三人のヴァスア、オルタナリアの救い主たちが、再び危機を迎えたこの世界に揃ってくれた。それだけで、この一日は無駄ではなかったはずだ。
アッチ
「チミら何やってンだッチ、先に陸にネエ……ン?」
アッチは、サニアに共感の一つもしてやらず、しかし再び暗くなりつつある海底に何かを見つけた。
それは、人間の五倍ほどの長さがある、巨大な筒らしき物体だった。
興味を抱いたアッチはそこまで泳ぎ、表面を確認する。固着動物がいびつな模様を作っていたが、かろうじて何もついていない部分がある。
金属のプレートが、そこにあった。刻まれていたのは、イニシャル、『M.M』……
アッチ
「ン、んがっ……これは!? あ……アンニャロメェ……!」
いつもならふざけた顔をしていることが多いアッチの眉間に、しわが寄る。
広幸
「おおい、アッチ! 何やってンだ、陸に……」
広幸が、アッチに声をかけに来た。だが、
アッチ
「それどこじゃあないッ!」
後ろから見ていたシールゥとクリエには、アッチの剣幕が広幸を物理的に吹っ飛ばしたように見えた。
アッチ
「今すぐ、この海域を調査するッチ!」
広幸
「え、でも、さっきの人魚のヒトが、フォーシアズに来て欲しいって……」
アッチ
「ンなの後後ッ! ダメならボクだけでもここに残るッチ!」
広幸
「あ、え、うん……わかった。ちょっと、相談してくる……」
広幸が去っていくのを待たず、ドクター・アッチはプレートに視線を戻す。
アッチ
「ミクシン・ミック……まさかとは、思っとったが……ッ!」
フィーナ「場面はまた変わって、どこかもわからないところを泳ぎ続けていた広幸さん。心に嫌な考えが浮かんできたところだったけど」
フィオ「やったぜ。ところで広幸さんも真っ先に心配したのはシールゥさんだったね」
フィーナ「よき」
フィオ「全員無事に到着。スキルストーンに感謝せねば」
フィーナ「>ふざけた顔<
そんで真実に近づく発見。読者のほうには示されてはいたけれど」
フィオ「これで相手のことももっとよくわかるだろうし対策も立てられるのかな」
フィーナ「確信に至ったのは大きいだろうね、どんなことを得意としているのかとかもわかってくるだろうし」
フィオ「このあとは会議と研究に分かれるのかな?」
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