44回
新しい海へと行く手前の宿にて、レーヌさんは別の海へと分かれた友人と再会する。
嵐の夜が更けて行く中、二人が語るのは
窓から見える海はひどく時化ていた。
『なにもその日だけの話ではない。
嵐の海ではいつもこんな風なのだ』と、彼女は語った。
白いドレスの少女は嵐の海を抜けてきたのだと云う。
さしむかいに座る彼の前で立ち上がり、くるりと一回転して見せた。
フィーナ「ストームレインを抜けてきたレーヌさん、その語り口は得意げでなんかかわいい」
フィオ「いま着ているドレスもそこで手に入れたものらしくて、嵐の海であっても思い出は楽しいものが多かったみたいだね」
絹のような不思議な輝きをたたえるドレスは、夜の宿の一階の、もうずいぶん灯りの少なくなった場所で、十分に白く見える。オレンジ色の灯りを照り返す長い黒髪がドレスが揺れるのに合わせて風をはらむからだろうか。畢竟、暗夜にあっても黒い物と白い物を並べてみせれば一方は白く見える物だ。
彼女は饒舌に嵐の海であったこと――たくさんの宝箱が流れ着いていたこと、友人と買い物に行ったこと、ミルクなしで珈琲が飲めるようになったこと――を楽しげに語り、「あなたは?」と、きいた。
フィーナ「黒と白とオレンジの色が映える。黒×黒も好きだけどね、背景も黒いと溶けちゃうけど」
フィオ「闇の中だったら結局何も見えないじゃん」
フィーナ「珈琲をミルクなしは大人……なのかもしれない」
フィオ「探索以外のことも楽しんでるみたいだよね、それで」
「わるい大きな竜を退治していたよ」
「すごいの。リズさんも、おはなしの竜に あったの?
おおきいってきいたの!」
フィーナ「返答に感心するように。そっかあっちの道だったか」
フィオ「初めて出現したレイドだったっけ? アレだけの人数を相手にするんだから大きくなくちゃやってられない」
フィーナ「大規模な戦闘になったし、噂の早い海だから当然耳には入っていたんだろうね」
別の海をいく選択をした彼とこの宿で再会したのは船乗りに稀に訪れる、『よくある幸運』だった。
ほの明かりの中でその顔色は伺い知れない。明るいところで見たところで、彼のひび割れた顔面が、あのどこか超然とした笑顔を形作っているのか、彼女にはわからなかった。ただ、ずっと奥歯をかみしめているような声をしている。きっと笑顔ではないのだろうと、彼女には思えた。
フィオ「再会できたことは嬉しいことなんだろうけれど、リズさんは苦しそうに見える。いろんなものが」
フィーナ「人にはそれぞれ事情がある。足を止めさせるこの嵐が去っていったら、その先は」
「リズさん、このあらしがおさまったら、つぎはどこのうみにいくの?」
彼は宿の壁際まで歩いて行った。きしきしと、床板のきしむような音がする。
壁にはさっきまで酒盛りをしていた人たちが、壁掛けの海図でダーツ投げをして遊んだ名残が残っている。彼らの足音はドタドタと大きくて、床板のきしむ音なんて聞こえなかったのだ。
彼は海図からダーツを一本づつ引き抜いていった。選択肢を狭めるように。
最後の一本は彼女、レーヌの行き先とは違う場所にある。
「銀の海へ。その後は、行ってから決めるさ」
「そう。わたしたちは、ほしのうみへ いくの
また、おわかれね。 ……またあえるかしら?」
「……きっと会うことになる」
奥歯をかみしめたような声。
きっと生真面目に考えたのだろう、言葉の前の時間。彼女はくすくすとわらって「そうね、きっと、あうことになるの」といった。一人分の笑い声。
フィオ「またお別れか、残念だね」
フィーナ「行くべき場所もまた人それぞれだからね」
フィオ「問いと答え。誠実だね、叶うと、いいけれど」
フィーナ「お互いに海の中だと、出会ってもわからないかもしれないということでレーヌさんは持ち物を指し示して」
彼女は緩く手を振った。小さく小さく折りたたまれて、指輪になっている水亜景憧鉱の結晶を展開してみせる。もう、言葉も必要ない。願いを映し出す石は彼女の心のままに形を変える。立方体がいくつも連なった結晶が、橙色の光に照らされて、人々でざわめく宿屋の一階を映し出した。多層的に残留した同種の願いが場所という言葉を伴って語りかけてくる。耳元に寄せられた唇のようなものだ。音のない雑踏。
「ふしぎなひかりの いしでしょう。
わたしの、スキルストーンいれなの。
うみのなかでは、これをいつも、ひろげているの」
彼は石の表面に何を見いだしたのか、ほう、と簡単に相づちを打った。
フィオ「これは……探索の初めのころ、商人さんが扱ってたやつだね」
フィーナ「思えば遠くに来たものだ」
フィオ「不思議な石だなと思っていたけれど、改めてみても、不思議な感じ」
フィーナ「あんまり見ていると魅入られてしまうかもしれないね」
フィオ「目印に……と思ったけれど、これが発掘されたのは銀の海。普通にあるのだとしたら目印にはならないんじゃないかなと」
「このいしは、月の海……銀の海でとれたって、きいたの。
もしかしたら、銀の海ではめずらしくないかもしれないの」
「なるさ」
あかりの燃える音がじじ、とするものだから彼は二の句を続けざるを得なかった。
「君のことは見つけるし、その、なんだ。その石が銀の海にあるなら、いい旅の目印になる」
彼女はくすくすと笑う。
「やっぱり、めじるしには なりそうにないの」
一人分の笑い声。二人分の笑顔。
その日の話はそれでおしまい。
それは彼女が星の海をゆく、前の前の日の出来事で、
嵐がやんだのは、次の次の日のことだった。
フィーナ「不安を消すような、生真面目な答え。引き出された笑みは二人分」
フィオ「あぁ、その顔は見えないけれど、笑顔になれたのならば、何よりだね」
フィーナ「少しの足止めを経て、探索は最奥へと向かっていくわけだけど、本当に再会できるのならいいね」
48回
フィオ「レーヌさんは魔王と対峙する。その瞳には決意の色、その言葉には不退転の心を込めて」
フィーナ「願いをかなえるためにここまできた、だから、何をしてでも」
誰に嫌われても、目的を遂げるのだ。
そのためにここまで来たのだから。
小さな子どもまで攫って。
エルマーの、ルカの顔が思い浮かんだ。こわくて。
でも、きっと、ねこせんちょうは嫌わないでいてくれる気がした。(それでも、かじられるかも知れない)
だって、わたしは。
――彼女は、ドレスのリボンに手をかけた。
フィオ「覚悟は決まっていても、振り払えないものがある。でもそれは彼らが大事な存在だからなんだろうね」
フィーナ「不安と共にレーヌさんは行く。果たしてその結果は如何に」
49回
意外だったのは、彼女がドレスを脱いで異形の姿をさらしても、誰にも動揺されなかったことだ。
ドレスを脱がなかったのは、単に裸体をさらすのが恥ずかしかったからだ。
けれど、しばらく全く普通の人間の女の子のように扱って貰って、それに甘えていた――それを裏切ってしまうということの価値を彼女は、自分で思っていたよりもずいぶん重大に捉えていたらしい。
それは、魔王との戦いが終わってからのことだった。海から上がり、空気に触れてスキルストーンがその力の姿を消す。薄紅色のひれが、だらりと垂れ下がり、しっとりと水に濡れた質感を伴って船に落ちた。
傷つき、血にまみれた彼女にかけられたのは罵倒ではなく、清潔なシーツ。それから船乗りの「なんでおまえ脱いでるんだ」というあきれたような声。
フィオ「考えすぎだったみたいだね」
フィーナ「誰しも考えすぎることはある、良い方向にも悪い方向にもね。多分、たいしたことじゃないと思っていたのも事実だし、その逆に重大なことだと考えていたのも事実なんだろうね、心って難しい」
フィオ「普通に呆れるような声がなんとも頼もしい、だけれど何で脱いでたんだっけ」
「このほうが うまくちからが つかえると おもったの」
「うまくいったのか?」
刃物のような声の船員。名前はソンといった。
レーヌは、うまくいったのかというソンの問いに首を横に振ることしか出来なかった。
ソンは相変わらずの愛想のない声で傷つき、上がってきたメンツを見ていた。
だからレーヌが首を横に振るのを見ていたのかもわからない。
ただ、しばらくの無言の後
「わたしの はだか こわく ないの?」
「女がバケモノ……っつうとなんだが、動物でも人間でもねえ、妙ちきりんなものに化けるのなんざな
トゥーランドットの姉御で見慣れてるんだよ。俺も、周りの連中も。」
フィーナ「こうするのが一番だと思ったから、だったね。実際……その効果はあったのかもしれないけれど」
フィオ「うまくいったかどうか、というのはまた別の……目的に関する話。かなたぶん」
フィーナ「たぶんね、まぁそれでも、そういうことで」
拍子抜けした。
あんなに恐れていた事態は、この船では当たり前のことだったのだ。
『周りの連中』にエルマーが含まれていることは、なんとなく予想がついた。
ソンは「歌わないおまえなんか、牙が生えようが角が生えようが、おまえのままだ。」と告げた。
レーヌは安心したように笑って、そっとシーツをかき抱いた。
フィオ「声は刃物のようでも、内容は滅茶苦茶易しいじゃないですか兄貴ぃ」
フィーナ「やめなよ、ま……でも、何よりだよ、本当に」
フィオ「ね。居場所が失われることなんてなかったんだ」
50回
旅の終わり。客人であるレーヌさんとルカさんは次の港で降りる予定になっていた。しかも今後、マリア・クレスト号はその港によることは無い様子で……
エルマーさんはレーヌさんのことが気になっていて、それを別れの前に告げるチャンスも作ってもらうものの、故郷の場所を教えてもらうだけにとどまってしまう。
それから数年がたち、修理の事情から別の船に乗り込んでいたエルマーさんは、立ち寄った港の近くに二人の故郷があったことを知り、船長に許可を経てそこをたずねることにする。
馬車でしばらく揺られると、故郷『ルサルカ村』へと到着。早速見覚えのある金髪の少年を見つけ、声をかけると、その少年はルカさんの弟だと名乗った。
エルマーさんが事情を告げると、ルカさんはその時期に行方不明になっていて、ルサルカに攫われていたという話だった。
船での二人の様子などからは、全く想像も出来なかった話に動揺するエルマーさん。
思い出に一瞬疑いが混じるが、猫船長の言葉に迷いが振り払われたようで弟さんに告げる
「兄さんのルカって、この近くにいるか? 俺、あいつとレーヌに逢うために、この村に来たんだ。」
フィーナ「ルカさんの弟であるシュラスさんに呼び出してもらって、ルカさんと再会したエルマーさんだけれど、ルカさんはエルマーさんのことを覚えていないみたいで」
フィオ「幼いころの記憶だと、名前とかまでは覚えていられないこともあるよね」
フィーナ「何とか思い出してもらおうと、同行した旅の話をしたところで」
「船にのって旅をしたことは? 嵐の海も、星の海も。 猫のいる船にのって。」
「それは……」
「あっ。まてまて、ねこせんちょ」
言葉の途中で猫がバスケットの蓋を上げた。
エルマーが慌てるのをよそに、周りをきょろきょろ見ているのは焦げたような色の、金色の成猫で、白い衣装を着ている。
それを見たルカは「あー……と」と言葉を濁して、しっしっと、人払いするような仕草をした。
「……シェラス。俺はこいつに用がある。親父にはうまくいっておけ。それと、旅人を泊めるかもしれないって」
シェラス??ルカの弟??は「わかった」と頷いて、母屋の方へかけていった。
その後ろ姿が見えなくなってからルカは振り向く。にっと笑って。
「ねこせんちょ、久しぶりだな」
人相の悪さとその単語はいかにも似つかわしくない。
「ねこせんちょのこたぁ、覚えてるよ。錨をぶん回す姐ちゃんと同い年くらいのこどももいた。
あんた、あのときの俺を覚えてるんだな」
フィオ「せ、せんちょぉぉぉ」
フィーナ「印象が強かったのか、こっちのことは覚えていたみたいだね、思い返せば、船の上だったから、いろんな人もいたし仕方がない部分もあるかもね」
フィオ「何とか話は通じたけれど、エルマーさんの目的はどっちかというとレーヌさん。彼女について尋ねてみるけれど……なんか苦々しい表情をされてしまった」
フィーナ「まさか……」
「……こっちだ。ついてきな」
ルカは手に持っていた荷物をそこらにおいて、旅装のままのエルマーを連れ出した。
ルカは勝手知ったる、という雰囲気で森を歩いてく。猫船長はバスケットからとびだして、にゃっにゃとその後ろをついて行く。
「ルサルカは村にはいない。沼にいる。それで」
「歌で男を惑わせて、沼に沈めるんだろ」
「そうだよ。
俺はガキの時分にこの辺で遊んで、ルサルカに連れて行かれた。らしい。よく覚えてないけどな。
でもな、ガキでもそうだったんだ。あんた、もう立派に大人だろ」
エルマーを見上げる。船乗りらしく背の高くがっしりしている。ルサルカ村の住民と違って肌の色が濃い。
彼は、もうそれなりにルサルカからの誘惑という言葉が似合って見えた。
フィオ「レーヌさんに何かがあったというよりは、『ルサルカ』の扱いからちょっと戸惑ったみたいだね」
フィーナ「まぁ一応旅仲間が沼に沈められるかもとなったら、ねぇ」
フィオ「ルサルカが名前を持ってるって話も聞いたことが無い。ってことだから、危険って意味でのさっきの表情だったのかな」
フィーナ「そういった直後におさかなの匂いを嗅ぎつけて飛び出した猫船長。いつでも道を切り開いてくれる」
フィオ「ルカさんは制止したけれど、エルマーさんもとまることはない、ね」
かけだした猫船長を追いかけてエルマーは走って行く。
それを追いかけてルカが走って行ったが、あるところで止まった。
「あほー!! ここから先は、何があっても知らねぇぞー!!」
話は全部中断して、ルカはそれ以上追いかけない。
やがて周りの植生がかわる。森を抜ければ、足場がぬかるむ。
睡蓮の浮かぶ沼が近い。
フィーナ「泥が足についてくるほどの、沼の近く、どろどろで、危険なその場所は、それでもやっぱり目指した場所だった」
光の差さない沼の底、色とりどりのひれを持つ美しい娘達が、一様に白い顔をして笑う。
声を出さないように。はなうただってでないように、密やかに。
そして末の妹を送り出す。彼女だけが白いドレスをまとっていた。
これから沼の外へ行くための、一等かがやく美しい服を。
沼の外ではエルマーが、やっと止まった猫船長を抱き上げていた。
服に泥の足形がぺたんぺたんとつく。
「船の中とは違って、迷ったら大変なんだぞ」
「にゃーん。」
「まったくもう、ルカが来たところまで……」
「……エルマー?」
沼の方から少女の声がした。
5年前の記憶と違わぬ声。違っていたのは、今にも泣き出しそうなくらいにその声が震えていたことだ。
銀色に光る、あの時桟橋で貰った贈り物を手にした彼女は白いドレスを翻し、纏う花を全て薄紅に色づかせ、沼の上を滑るようにエルマーに近づいていく。
フィオ「二人が分かれてから5年。距離よりも随分長い時間はたってしまったけれど」
「レーヌ、おまえ。待っててくれたんだな!」
彼女の手にある銀光を目にして、エルマーは沼の方に足を踏み入れる。
靴が泥が沈み込み、そこがもう陸ではないのだと予感させた。 レーヌは白い腕で二人に抱きついて「そこより進んじゃ、だめなの」という。
エルマーはレーヌの背に手を回して、彼女ごと足を沼から引き抜いた。
「っと、あぶねぇ。ありがとうな、レーヌ。」
「ふふ。ふふ。ううん。あぶなかったの。
エルマー、あいにきて、くれたの」
危機を脱したというのに、レーヌは二人から離れるそぶりを見せない。猫船長が空気を読んでおとなしくしていた。
エルマーは5年前とは違って、もうその距離に臆することなく彼女の瞳を見つめた。
「遅くなったな。わるい」
「ううん。きてくれて、うれしいの」
レーヌは、ありがとう、ありがとう。と繰り返してエルマーの胸に顔を埋めた。
泥ではないものでエルマーの服の色が変わる。
「これからどうするかとか、決めてないんだけどさ」
「うん」
「おまえに会いに来たんだ」
「にゃ」
「これだけは言いたかったんだ。好きだって。
それで、もしよかったらなんだけどさ。
俺の船、また一緒に乗ってくれないか?」
「エルマー……うん。エルマーが、わたしのことを、知って、覚えていてくれて、考えてくれるのなら、
わたし、どこにだっていけるの」
エルマーが「レーヌ」と、名前を呼んで。
そしてルカがため息をつきながら待っている場所に、三人が現れる。
青い髪の旅人と、服を着た猫と、それから見慣れない顔の白い服の少女。
ルカは三人を両親に「船で世話になった人だ」と説明して、(レーヌが推定ルサルカだと言うことは黙っておいた)その日の晩餐は、彼が船に居たときの話で大いに盛り上がったという。
翌日、三人は村を旅立った。
三人の行く末を、ルカは知らない。知ることもないのだろう。
彼らは海で生きていくのだから。
フィーナ「私達も空気を読んで黙っていました」
フィオ「にゃ」
フィーナ「待たせすぎかな?」
フィオ「再会できたのなら、待った時間も悪いものじゃなくなるとおもう」
フィーナ「時を経て、距離も詰められるようになったのかもしれないからねぇ」
フィオ「あの日伝えられなかった言葉も伝えたわけだし」
フィーナ「一緒なら何処へだっていける。もう、何も恐れることは無いものね」
フィオ「ルカさんもちゃんと待っててくれた、やれやれだぜ、って感じかもしれないけれど」
フィーナ「旅の話は盛り上がるよね、ルカさんが覚えていないこともたくさん話せただろうし」
フィオ「ルカさんも一緒に行くのかとちょっとだけ思ったけれど、そっか『陸の住人』だものね」
フィーナ「海を行く人たちは海で生き、陸を行く人は陸で生きる。思わぬ幸運でその道が交わることもあるかもしれないし、無いかもしれない
実際にテリメインではその道が交わったわけだしね、でも道を違えても、もう出会うことは空く手も、それぞれの道は続いていく、ずっとずっと、続いていく」
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