18回
エイニがディドと話をしたらしい
ディドはすごく怒ってる
いつも怒ってるけど
エイニを殺すとか言ってる
協力しろと言われた
エイニは何を言ったんだ?
フィーナ「クロニカさんを連れ戻そうとするエイニさんが現れて、色々あわただしい感じになってきたね」
フィオ「クロニカさんは拒否したけど、そのまま引き下がるわけもなく、ディドさんのほうへとアプローチしたけれど……失敗だったんだよね」
フィーナ「ノータイムナイフ。ディドさんは殺すと宣言しているわけだけど……クロニカさんはどうするのか」
フィオ「エイニさんにも、まだわかっていない事情がありそうだからねぇ」
エイニがディドに話した内容そのものは想像に容易かったが、その何がディドをああも憤慨させたのかはクロニカには分からなかった。
自分の意思でないことを他人に強いられたからだろうか。
ディドは自ら選ぶということを強く重視しているというのがクロニカの認識だった。雇用関係を切る切らないの話をした時も、クロニカが血を求める事情を言うか言わないかの話題の時も、ディドの根源はそう在った。
自分の中に残っている、誰のものとも知れぬ言い付けを守りながら、多くは求めず日を生きるクロニカとの会話は当然ながら噛み合わない。クロニカの言葉はいつもディドを苛つかせた。
もともと朗らかな人格の持ち主ではないが、常に渋面を作っているのは自分の言動に依るところも大きいのだろうとそろそろクロニカは察しつつあった。
フィーナ「何があそこまでディドさんを怒らせたのか、推測は出来るけど……感じだね」
フィオ「ディドさんの信念と反する提案だったのは確か。だけれどそれだけで?」
殺すのか、と問うたクロニカに、それが確実だろう。ディドはそう答えた。
「後腐れがない」
海に潜っていたのはエイニに突き落とされてのことだったのだろう。クロニカがやった真逆をやられたわけだ。
濡れた髪を布で拭きながら、ディドの言葉は相変わらず簡潔で短い。
「次の追い手が来たらそこでまた殺せばいい」
「え、えーと……殺さなきゃダメか?」
「なぜ?」
心底から訝しがるような顔をされて逆に言葉に詰まる。
「……えーと……。……生きてるんだし……」
「面倒なことだ」
フィーナ「たぶんそうだね、『次がきたらまたやればいい』ってことは、エイニさん個人に特別な憎しみを持っているわけじゃなくて、クロニカさんの扱いについての憤慨だろうし」
フィオ「そのあとのエイニさんの挑発が刺さったわけじゃないんだね。そういえば用件を言われてすぐ襲いかかってたっけ」
フィーナ「何はともあれ、斃すための情報整理……なんだけど」
「……とりあえず、逃げたから追いかけてきてる……?」
「それは知っている」
思ったよりも新情報がなかった。
「連れて帰るつもりだろう」
「うん。……あ、あと、狩人は、そういう役目だから」
そういう役目。狩人。追跡能力が高く、腕に覚えのある者たち。これは日記にあったからではなく、クロニカ個人が覚えていることだ。
ニールネイルがどういう一族であるか。その在り方。仕組み。しきたり。そういった知識はまだクロニカの中からは抜け落ちていない。
覚えられないのは、個人のことだ。
「だから、だいたい戦えるやつが選ばれて……戦えるやつは、そういう風に生まれてることが多いから……」
フィオ「わかったのは追ってきたってことぐらいかぁ」
フィーナ「狩人の役割を与えられているのは、そういう風に生まれていることが多いから、強いんだろうなってことも」
フィオ「わからないことがおおいね」
だから、エイニは強い筈。
そう繰り返そうとして、途中で疑問に舌が止まる。
「どうした」
「なんで逃げたんだ?」
「…………」
ディドからのいらえはない。
当事者であっても分からないのならクロニカが今更分かる筈もない。
諦めて日記帳を閉じた。自分の脳に頼る。二日前のことだ。流石にまだ残っている。自分が逃げたときのことも思い出せる。
フィーナ「ここで一つの疑問。ディドさんを動けなくしたとき、何で逃げたのか? ってことに」
フィオ「当事者のディドさんがわからないから、当然クロニカさんにもわからないわけだけど……」
フィーナ「クロニカさんが来たのを気づいて、逃げ出したよねあれは」
フィオ「そう。しかもエイニさん自身も何故だかわかっていない感じだった」
フィーナ「このあたりは昔の関係がわかってこないと、なんともいいきれないね」
フィオ「話を戻してディドさんの意思確認」
あくまで戦う気だ。ディドは。
こんなにも積極的な雇い主は初めて見たかもしれない。金を稼ぐためにテリメインを訪れた、そう言いながら、然程には欲深さを見せずにいた。
その点を問えば、
「邪魔をされるのはごめんなんだよ」
唸るような返答が戻った。
「邪魔」
「そうだ。目障りだ」
フィーナ「まぁ……ぶれないよね」
フィオ「『邪魔されるのは御免だ』というディドさん、ちょっと意外な烈しさだよね」
フィーナ「ただまだ煮え切らないクロニカさん、色んな事情もあるし、はいそうですかとなるわけもなく」
フィオ「淡々とつめてくるディドさん。丸め込まれる流れではあったけれど……」
――クロニカがエイニのことを、追手が掛かっていることをディドに話さなかったのは、話を整理するのが面倒というのもあったが――それが言い訳に過ぎなかったから、という面もあった。
つまり、里に連れ戻されるのが嫌で、ディドとの雇用契約の話を持ち出したのだ。これがあるから帰れない、と。
だが、クロニカはディドとの契約関係が強固なものではないことを知っている。お互いの、或いは片方の意思で容易く縁も契約も切れてしまうことを知っているし、それを悲観するつもりもなかった。
ディドの側もそうだろう。クロニカはディドにとっては便利な戦力に過ぎない。安く雇える。血を与えるのは嫌だがその点に目を瞑っても構わない程度には使いやすい。その程度のものだろう。
だから、つまり、要するに、
「えーと……意外?」
「意外?」
「連れ去られても関係ないみたいな感じかと……」
ディドは、クロニカが問題を抱えていると分かれば、その場で契約関係を切ってしまうだろうと思っていたのだ。
エイニは何か対価を示したことだろう。それがディドの意に添うものであるかは分からないが、クロニカが提供できる以上のものは恐らく用意できたのではないだろうか。狩人にはある程度の自活能力、調達能力が求められる。それは即ち目標へと確実に辿り着き、連れ戻すための能力だ。
だから、意外なのだ。ディドがエイニの話を蹴って、クロニカとの雇用関係を選んだことが。
フィーナ「小さな疑問。それを口にすれば、そっちのほうが良かったのかと問われて、そうじゃないけどと答え
殺すのには抵抗があるみたいだし、何より出来ると考えてないみたい」
「……ていうかできる気しないし……」
「それはどういう意味でだ」
「え、狩人だいたい強いし。強いからそういう役目なわけだし」
エイニはなにせ上背があった。クロニカが全力で押してもびくともしなかった。鍛え上げられた身体をしているのだろう、身体能力も恐らく自分たちとは比べ物にならない。
獣人の類はただでさえ高い俊敏性を備えていることが多かった気がする。あれは犬や狼の類か、であれば鼻もきくしなんなら聴覚も鋭い。
フィオ「普通に強いからって事。そしてやっぱりそれだけの優位があって逃げたことが気にかかる」
フィーナ「クロニカさんはとりあえず自分の主張はした、けれど翻意を促せるほどのものじゃなかったね」
フィオ「……やらなくちゃいけないのかなぁ」
フィーナ「どうだろうね。純粋に出来るのかって問題もあるし、心が決まっていないと事を為せるのか疑問でもある」
フィオ「もしかしたら新しい説得の選択肢が現れるかもしれないよね、個人的にはまだわからないことが多いから、そういう風になってほしい、かな」
「まあ、じゃあ、それはそれとして」
「…………」
「そろそろ血が欲しいので、えーと、ください」
「…………」
――一瞬だけナイフの切っ先を向けられたような気がするが、恐らく気のせいだろう。
フィーナ「それはそれとして」
フィオ「頭を使うとお腹が減るからね、仕方ないね」
19回
――具合が?
――ああ、なるほど……今身籠ってるのは竜種の……随分と長いな……それで……。
――ああ、いや。なに。そういうこともある。気に病むことはない。
――手配させよう。口からでいい。
――折角長い時間をかけているんだ、腹の子に何かあっては困るからね――。
フィーナ「夜。夢という形で現れたのは過去の記憶。それが深いはずの眠りに差し込んできたのは……」
フィオ「一族のあり方に何かを言う立場じゃないけれど、役割が全てにおいて優先するようなのはいい気分ではないね」
――ディドは、何事もなく戻ってきた。
そして何事もなく不機嫌だった。
何事もなく、というのは間違いかもしれない。エイニが姿を現して以来、というか、ディドに話を持ち掛けて以来、酷くぴりぴりとしていた。
エイニが連れ戻そうとしているのはクロニカだけで、ディドに害を加えるつもりはないはずだが、お構いなしの強い殺意を彼に抱いている気配があった。
クロニカにはその根本にあるものが分からない。彼を衝き動かす理由が。駆り立てるものが。
ディドは、誰にも追われていない筈なのに、何かに追われているように見えた。自縛的、というのともまた違うか。しかし制約に縛られているような。
それに自覚的であるようにも思えたし、そうでもないように思えたし、結局クロニカには理解し得ない世界に彼はいた。
ただ、殺す、やり方は考える、吐き捨てる中に明確な意思だけがあった。
クロニカにも、意思はある。あれが嫌だとか、これは好きだとか、それくらいの好き嫌いもある。
しかしディドほど凄絶に強いものではない。誰かを殺したいなどと思ったこともなかったし、自分の意思を貫くために命を邪魔者として排除する、などとは想像もつかないものだった。
そこまでして成し遂げなければならないものを、何一つ持ち合わせていないのだ。
そう。クロニカは何も持っていない。
クロニカが持つものは、与えられたもので、いつ誰に使われるかも、奪われるかも、クロニカの意思の外にあった。
ずっとそのように生きていたから、必死になって守るものもない。
ただ、死ぬことは避けたいし、避けた方がいいと思う、という程度の、脆弱な生存本能があるだけだ。
フィーナ「昨日は単独行動だった二人だけど、探索では何事もなくすんだみたい」
フィオ「現状は何事もないわけじゃないけどね、ディドさんはすごくぴりぴりしてる」
フィーナ「ディドさんの烈しさはクロニカさんが持ちえないもの、だからわからない」
フィオ「クロニカさんの特殊な所は生まれと育ちに起因しているというのはわかるんだけど、ディドさんもディドさんでいろいろありそうだよね」
フィーナ「そんなクロニカさんも持っているもの。それが眠りを妨げ、夢を見せて、求めさせるもの? でも今は、ただ鎮まるのをまつしかない」
フィオ「前にも似た様な事あったよね、まぁ……そういう風に生まれたのだから、そうなってしまうのは仕方がないこと」
20回
鏡を確認する。
あのディドという男に切られた傷はとうに治っていた。毒を仕込まれていた様子はなかったが、今後使われる可能性は否定しきれない。
なにせあの殺意だ。揺るぎのない純粋な、憎悪を超えた確固たるもの。
あんなものを正面から叩き付けられるのは久しかった。面倒なことになってしまったとエイニは溜め息を付いた。
エイニ・N・ニールネイルは狩人だ。
一族からの離反者を粛清し、逃亡者を連れ戻すのが自分の役目だった。
そして今の任はクロニカ・Y・ニールネイルの捕獲だ。世間知らずの”Y”が相手となれば、それは容易いものだと、誰もが。
フィーナ「一方のエイニさん。簡単だったはずの仕事が予想以上に手間取っていて、それは以前にも気にしていたとおり、追う命令を下した相手も同じことのよう」
フィオ「そちらに対して言い訳を考えてる……けど上手いのが出てこないみたいだね」
フィーナ「一回目、クロニカさんに逃げられた時は不意をつかれたにしろ、ディドさんに関しては完全に手中だった。報告する相手はそれを見ていないにしても、やらなかった、もしくはやれなかったという事実は変えようもないわけで」
フィオ「クロニカさんに対してなんらかのしこりがあるんだろうけれど、まだわからないね」
フィーナ「海の不愉快さに苛立ちを覚え、クロニカさんがこんなところにいる理由を考える、雇い主……ディドさんの所為なのだろうと」
あの男の荒みきった目を思い出す。
怨嗟を塊にして取り出したらあんなかたちになるだろうか。エイニに見せた激しい感情は、だがエイニ個人を超えた何か大きいものに叩き付けられるべきものであるようにも感じられた。
少なくともエイニがどれだけ下手を踏んだとしても、奴の感情を逆撫でするような言動を取っていたとしても、ああまであの男を逆上させ、憎まれるようなものをエイニは持っていない。するつもりもない。
つまりは、なんというか、要するに、八つ当たりと言っていいのだろう。あれは。
フィオ「すごかったものね……まぁでも向かう先が個人ではないってことは、解決策がないわけでもないとおもう」
フィーナ「今のところはまだなんにもって感じだけどね。
いらいらするのは使命を妨害されているからなのか、どうやらそれだけじゃないみたいだけど――」
本当に冗談じゃない。
クロニカを奪われるのが困るのかもしれないが、奴は興味などないと言った。であればさっさと譲ってほしい。他を雇えるだけの金はこちらが積むと言っているのに何を意地を張るのか、どこまでも迷惑だ。
そもそもがクロニカの言動を見るに対した糧も与えてやっていないだろう。だのに所有者ぶられるのも腹が立つ。
しかも海などに。何もかも最悪だ。
――流石のエイニも、自分のこの思考そのものが八つ当たりに近いところに落ち着きつつあることには気付いていた。
ただそれでも、どうしても、苛立ちが収まるものではなかった。自分には為すべき役割があって、与えられた使命があった。それを果たさなければならなかった。
違う、それ以上に――。
『――どうした? 何をしている?』
木漏れ陽を背に自分を見下ろした、柘榴石に似たあの赤に、他ならぬ自身が。
21回
「――どうした? 何をしている?」
逆光で隠された表情の中で、何故だか深い瞳の赤色だけが強く印象に残った。
片角と、褐色の肌と尖った耳と、身体に浮いた黒い紋様。エイニよりも少し年上であるように見えた。その多くが見慣れぬものだったが、同族であれば違和感もない。
ないはずなのに、妙に口が渇いた。
「……え、えと」
「怪我をしてるのか?」
「だ、だいじょう――痛っ」
跪かれそうになって慌てて起き上がるが、右足首に走る痛みは誤魔化せなかった。しゃがみ込んだまま背中を丸めて呻く。
だいぶ酷く足を挫いてしまったようだった。あの裏山の山頂から、大木の枝から落ちて転がってきたのだと考えれば、だいぶマシとも思えるが。
フィオ「と、いうわけで前回の終わりからの引きだね」
フィーナ「エイニさんの記憶の中。まだ小さいころであった人のお話」
フィオ「鍛錬の最中にミスをして足を痛めたところでの出会い。なんかエイニさんのしゃべり方がクロニカさんに似てる」
目の前のひとの背中に煌めく湖面が眩しい。陽でなくともその光が眩しくて、だからやっぱり、顔はよく見えなかった。
ただ、美しいと思った。山頂から見下ろすことしかなかった湖を間近で見て、その美しさを初めて知った。
このあたりには来たことがなかったから。
自分のような者には縁のない、神官や許された一部の者しか立ち入りを許されない藍の湖、その畔。
彼らの言い付けを頑なに守り破らない程度にはエイニは真面目で勤勉な少年だった。そう育てられていた。
フィーナ「落ちてきた場所は普段なら立ち入りを許されない場所で、だから出会ったときにちょっと警戒しているような印象があったのかな」
フィオ「そういう場所って3割り増しぐらいで魅力的に写るよね、実際その湖は美しかったのだろうけれど」
フィーナ「誰かを呼んでこようとするその人を、理由もわからないままに制止して、自分でもちょっと戸惑ってるエイニさん。そしてお互いに名を名乗るけど……」
「誰か呼んでこよう。多分、世話役ならすぐに」
立ち上がったその服の裾を思わず捕まえる。
目を丸くして振り返る表情を見てからやはり、自分でもどうしてと思った。
どうして捕まえてしまったのだろうと。ひとを呼ばれて困ることなどないだろうと。
「なんだ。呼ばれたくないのか?」
「……別に、その」
「…………」
穴を開くような視線を露骨に注がれては尚更言葉が出なかった。
きまりの悪い思いで唇を噤む。
鳥の鳴く声だけが遠く響く、暫しの沈黙をやり過ごしたのち、根負けだとその表情が緩んだ。
「仕方ないな」
穏やかな声で柔らかく笑っていた。
やはり理由は分からないが、水がほしいと思った。喉が渇いてしまった。この渇きを早く満たしたいと。
「俺はクロニカだ。お前は?」
「……エイニ」
フィオ「……あぁそうか、そういうこともありえるのか。喉が渇くのは、なんでだろうね」
「エイニは戦士だったのか」
「ていうか、そうなる途中……みたいな」
「鍛錬中。だっけか」
思い返す横顔を見ていた。
宙を見つめる瞳の色を、風に緩く揺れる黒い髪を、左目を縁取る黒い模様を見ていた。
エイニを見て、満足げに頷くのを。唇が笑みの形に弧を形作き開かれるのを。
「何にせよ熱心なのは感心というか。偉いぞ。うん」
「く、クロニカだって」
何事か言い返そうと口を開いたところで、彼がYだということを思い出す。
――Yである。ということは、その仕事は役割は、言うまでもないことで。自分たちにはできないことを。
殊、自分には全く縁のない行為が脳裏を過ぎって、言葉に詰まる。
そんなエイニを訝しんだか小首を傾げる仕草は、いかにも小動物じみて映った。
「ん?」
「……クロニカだって、その、そうそうできることじゃないというか」
あんまり代役もいないだろ、俺にはできないし、だのなんだのと口の中で呟く様子はクロニカの目にも誤魔化しであると明らかだったことだろう。
目を丸くしたクロニカが自分を見下ろす。長い睫毛に縁取られた赤い瞳が何度も瞬きする。その目が不意に細められて、表情が破顔するまでをずっと眺めていた――ところを、我に返らされる。
何がそんなにおかしいのか。
フィーナ「応急処置をしてもらって、お互いのことを話すと、色々わかるのと同時にちょっと気後れするようなところも」
フィオ「あーまぁ、クロニカさんの役割を考えればそういう態度になっちゃうのもわかる、いいにくいよね」
「なんで笑うんだよ!?」
「いや、なんか……面白くて」
「な、何が」
「うーんと。あれだ。カワイイぞ。そんな感じだ」
「だから何が!?」
フィーナ「結論、エイニさんは可愛い(重要」
フィオ「そこなんだ、わかんなくもないけど」
――あの後、エイニは彼の世話役に見つかって連れ戻されたのだった。
エイニが指南番に説教されないようにと、自分が引き止めたのだと彼は主張した。暇だったから話し相手が欲しかったと。エイニが動けないからこれ幸いにと。
彼の言い分に対してエイニは何も言わなかったし、だから咎められることもあまりなかったが、少しだけ後ろめたさも感じてはいた。
幼き日のエイニがクロニカに会ったのはあの一度きりだ。
全てが偶然の邂逅に過ぎなかった。他のYならば見かけることはあったが――別にYだからといって出歩くことを禁じられることも早々ないのだ――クロニカとだけは会うことがなかった。
それは彼が文字通りに孕んでいた問題によるものだったと今なら分かる。
――あの時の彼は今と全く変わらない姿で、既に、
フィーナ「ただ一度きりの出会いはエイニさんの中にしっかり残っている。だからこそ、この任務がうまくいっていない理由もちょっとわかるね」
フィオ「記憶を振り返っているところへ、青い鳥の姿をして指令が飛び込んでくる。それは気をめいらせるものだったかもしれないけれど、無視してしまうわけにはいかない。エイニさんは……どうするんだろうね」
22回
おなかにたくさん響く、低く唸るみたいな声
最近ずっと行ってる海でよく聞く音
身体がびりびりするけど、そんなに怖い気はしない
海、小瓶、落としもの
自分こそが落としてしまいそうな気がしてそれが嫌で
最近はあまり拾いに行っていない
覚えてなきゃいけないことがある
エイニ エイニ ディドが殺そうとしてる奴
ニールネイル 狩人
たぶん俺の
フィーナ「クロニカさんが覚えておかなくちゃいけないこと、エイニさんは……」
それは弾丸のような勢いでクロニカの額を直撃し、背中をベッドに沈めさせた。
「わぶっ」
間抜けな音を立てて天井を仰ぐこととなったクロニカは、しかしそいつの姿をよくよく確認することもできた。
「……とりだ」
まんまる小さな翠の鳥だ。短い羽を懸命に羽ばたかせて宙に浮くさまはむしろ虫を思わせた。
クチバシが蒼い。どこかで魔力の波動がする。見覚えがあるような気もしたが、この海で今まで見かけたことがあったろうか。
フィオ「いたぁい! ……この鳥どこかでみたような?」
フィーナ「奇遇だね私もだ、昨日とかに」
クロニカは仰向けで小鳥の様子を眺めていたが、やがてそいつが少しずつ高度を下げていることに気付いた。着地を図っているというよりは、高さを維持できなくなっているという風情だ。
このままではクロニカと同じくベッドにその身を埋もれさせてしまうことだろう。
それは鳥の身にはどうにも忍びないことであるように思え、クロニカは寝転がったまま腕を伸ばしてやった。
これ幸いとばかりに小鳥は手の甲を留り木にする。小さな鉤爪が皮膚に食い込むかと思いきや、不思議と全く痛くはなかった。意外に思って身体を起こす。
フィオ「動作を見るに、飛べなくなってる、のかな?」
フィーナ「怪我しているというよりはエネルギー切れって感じだね。食べ物をねだってるところからしても」
フィオ「ということで、パンを提供。食べてる食べてる」
フィーナ「これで一安心」
フィオ「とでもおもったのか!」
その額へと、こちらも再び小鳥は飛び込んで来た。先程よりは勢い緩やかに、しかしピンボールのように跳ねて宙を羽ばたく。
そしてまたしても囀りを繰り返す。まだ催促は終わっていないと言わんばかりだ、同じように同じ音程で、蒼いクチバシを開閉させて鳴いている。
「……えー……」
困った。他にしてやれることが見当たらない。かと言ってこの鳥を黙らせる方法も思いつかない。
放っておけば外に出ていってくれるだろうか。しかしどう見てもこの小鳥、クロニカをターゲットオンしている。
何かしただろうか。生まれたてのなんとやらだったろうか。そんなまさか。
フィーナ「うーん……これには困った様子。解決手段が見当たらない状況ってのは本当に難しいよね」
フィオ「ロックオンされちゃったならしかたない。ディドさんの不機嫌が加速しないようにはしないといけないだろうけど」
23回
とりがきた
みどりいろのきれいなとり
俺をつついて喜ぶ
よく鳴く
たぶん魔力でできたとり
でも俺の作ったとりじゃない
フィーナ「とりが魔力でできてるってことだし、やっぱりアレ……だよね、たぶん」
フィオ「ってことは場所とかをたどられる可能性もあるのかな?」
フィーナ「どうだろうねぇ」
突如現れ、クロニカに突撃してきた小鳥。珍妙な丸いシルエットに、短い翠の羽、蒼いクチバシ。
最初は魔力の気配を漂わせている、と思ったそれが、そもそも魔力で形作られた使い魔であることになかなか気付かなかったのは、クロニカにもどうしてだか分からない。その存在は妙にクロニカの中に馴染んでいた。あまりにも親和性が高すぎたから、だろうか。
小鳥は腹を空かせるとひときわ高く囀りを繰り返す。最初は食べ物の欠片を与えていたが、今は小さな魔力を分け与えることにしている。
本人、違う、本鳥というべきか、とにかく小鳥もそれで満足するようで、そもそもが魔力でできているのだから当たり前か。主人のものでない魔力でも良いのは話が早くて助かった。
だが、そもそも、主人でもないクロニカにこうして懐いている理由は分からない。
フィオ「魔力で作られていたことに気づかなかった理由を聞くと、やっぱりその出所は彼なんじゃないかって思えるね」
フィーナ「エサがいつでも用意できるのは助かる話。なついているのは……エイニさんの本心とか?」
フィオ「クロニカさんの問いかける声に返事はあっても、その意味がわからないのだから、それはどこか独り言のようになって」
フィーナ「当たり前の繰り返しがいつか違った形になることもある、それがいい形へ変わるのか、それとも……それは誰にもわからない」
24回
クロニカにとって夜の海は深く昏く恐ろしいものだったが、その時は不思議とそのような感情は喚び起こされなかった。
むしろ、しっくり来る。肌に合う。魂によく馴染む。自然とそう思えた。
月の光がさざなみを照らして揺らめくのが見える。
きれいだ、と思った。けして眩しいものではないほのかな明かりが。
そういった幽かな気配まで含めて、恐らく、今の自分に合っていると感じられたのだろう。
遠く近い波の音、
響くなにかの唸り声、
海面を滑る月の光、
静かに揺れる小舟、
輪郭だけ映る、ひとの影。
それらをただ眺めていた。
他人事のように、歌を聴いていた。
海に沈むその姿も、だから同じように。
フィオ「普段とは違った印象を抱かせた夜の海。淡々と見つめる視線の先の出来事は、なにかの暗示だったのかそれとも」
25回
「逃げるな」
捕まえた腕と組み伏せた身体の貧弱な細さを掌で確認しながら、それ以上にみっともなく情けない自分の声を、どうしてもエイニは自覚していた。
「……逃げないでくれ」
時間を夜に定めたのは、その方があの、忌々しい雇い主とやらに遭遇せずに済むと思ったからだった。
そもそも人間の邪魔が入りづらい時間であり、また、夜目の効く者にとっては何も障害のない時分であるから、というのもあった。
エイニの手元にはクロニカの位置を探る手段があり、故にその気になれば彼を見つけ出すのは容易なことだった。
蒼く光る導きの石。クロニカが髪飾りとして付けているものと同種で、引き合うよう術式を施されたもの。この海では反応が不安定になるときもあるがそれでも十分に仕事をしてくれる。
クロニカの方からもその気になればこれを通じてエイニのことを見つけられるかもしれないが――そも彼はこれがエイニの手元にあることをまず知らないだろう。
これがある限り、エイニがクロニカを見失うことはない。クロニカが髪飾りを手放さない限り。つまりその気になればいつでもクロニカを捕まえることも、連れ戻すことも、エイニには可能なはずだった。
エイニはこれを、とあるヒトから譲り受けた。
フィーナ「その夜にもう一人。任務をこなすのに適当な状況を見極めてエイニさんは行く。クロニカさんを探し出すことが容易だったのなら、後は本当に、彼の心次第だったのかもね。ただその言葉は……」
フィオ「誰かから譲り受けた『導きの石』これは追い立てるためのものなのか、それとも……?」
その姿を捉えるより先に、まず歌が耳に届いた。
不格好な歌だった。調子の外れた不思議な響き。
どこかで聞いたことがあったかもしれない、そう思ってから、振り払うように首を振る。
知らない歌だ。きっと。
それが彼の歌声であることにも最初から気付いていたが、それでもどこか、違和感が残った。
歌が聞こえる。エイニの鋭敏な聴覚であればこそ拾える、はずの、細くて小さいおとの音、そのはず、どうだろうか。
どちらにせよ関係ない。自分は彼の元へ向かっているのだ。
このアトランドとかいう海域には島が多く、踏みしめる土塊の感触がエイニには心地が良い。
だから彼も、こうして宿屋を抜け出して、一人海を眺めながら歌うことができたのだろう。
その視線の先には海があった。
海があって、月の光にきらきらと光って、その上を滑る小舟が見えた。
その小舟から誰かが、不格好に海に飛び込む姿もエイニの夜目は捉えていた。
フィーナ「夜の砂浜を、石と、歌を頼りに近づいていく、目に見えたのは同じ景色。なら当然……」
フィオ「想定されたとおりの差。そういうふうに生きてきた人なのだから、いとも簡単に」
フィーナ「何かをする隙もない、完全に手中……だけど」
フィオ「組み伏せてから、出した声は。
冒頭へ。さて、どうするんだい、御二人とも」
26回
逃げるな。逃げないでくれ。
縋るような声はあまりに切迫していたから、抵抗を諦めてもいいかと思ってしまったのだ。
夜の海を見ていた。
歌を、口ずさんでいたのだったと思う。海面を滑る船を眺めて。月の光に照らされる様子を。
その上から、人の姿が落ちて沈むのも、それは当然のことだと。
突然現れた彼には驚いたが、思えば今までよく野放しにされていたものだとも思った。
彼は。確か。自分を追う者であったはずだったから。
夜目が効くクロニカだから、その姿を捉えることに問題はなく、それで、ああ、こんな顔をしていた、とやっと思い出したりなどもした。
必死な顔をしていた。ひどく。
「……抵抗しないのか」
「逃げるなって言ったのはお前じゃないのか」
「…………」
拍子抜けしたような表情もクロニカにはよく見えた。腕を掴む力が少しずつ緩んで、この体勢にも意味を感じなくなったと長身を押し退けて起き上がる。
満月に似た金の瞳が瞬いて、掌が顔を覆う。
「……カッコ悪ぃ……」
フィーナ「クロニカさんは逃げなかった。エイニさんは強く捕まえようとしなかった」
フィオ「必死な顔と必死な声、それを見つめて考えるのは何処かぼんやりとしたことで」
フィーナ「会話もどこかふわりふわりとしてるね。エイニさんは拘束を解いて自分を恥じ入る。なんか昔の時とにているようにも見えなくはない」
フィオ「……クロニカさんの記憶がおぼろげだ」
「ディドには会っていたんだったか」
「……あ? ああ……」
「あいつはお前をひどく嫌っていた」
「…………」
だろうな、というような沈黙。
「殺すから協力しろとも」
「うわ……」
「本気だと思う」
寄せては返す。波が飛沫を上げて、淡い光にきらきらと光るのを眺めている。
夜の海は恐ろしいが、こうして眺めるぶんにはやはり悪くない。隣に誰かがいるのならば割と尚更に。
恐れがあっても、それを共有できる相手がいるなら悪くない。
「……俺はあまり気が進まないんだけど」
「……そうかよ」
「一応、お前がここに来たのも、俺のせいなんだろうし」
「…………」
「お役目なら、まあ、そういうもんだろうし」
フィーナ「ディドさんの話に。いやまぁ、『お前を殺そうとしている』と聞けばそういう反応だよね、うん」
フィオ「同じ感情を秘めながら、同じ景色を見つめて、話すのは、これからのこと」
フィーナ「エイニさんは、クロニカさんの体質をわかっていて、『ディドさんと一緒にいるということ』の意味を想像している。だからこそその……ちょっと口には出しにくいことを自分の中に抱えてる」
「……あいつは、お前の……雇い主って言うけど」
「うん」
「…………。お前が貰ってるのって、金だけじゃないよな」
「? それはそうだけど」
どうにも言葉の意図が読めない。
血の提供を受けていること。それがどうかしただろうか。クロニカの体質について、この男は知っていたのだったか。今の口振りから察するに、そうなのだろうが。
首をひねるクロニカの腕を、再び彼は捕まえた。
「じゃあ――」
声に。触れた肌に、表情に、鼓動に、
懊悩の色を読み取れたとて、その所以はクロニカには悟り得ない。
ただ、苦しそうだと思ったし――どうにかしてやりたい、とは思った。
「じゃあ、お前はあいつに何度、……」
「何度?」
「…………」
フィオ「クロニカさんはその意味がわからないみたいだけど、何とかしたいとは思ってる、でも今の状況じゃなんともできない」
フィーナ「戻る、という選択肢はもとよりない。……だけどそれに対応してエイニさんが『ひどい』といったのはしかたのないことだとも思う」
フィオ「彼から見れば、これ以上ふさわしい表現がないかもしれないからねぇ」
フィーナ「クロニカさんはディドさんのことかと勘違いする、でもお前が一番ひどいといわれて、色々考えるけど……記憶は」
逃げるなって言われたから逃げないでやったのに何故こんなにも批難されるのか。釈然としないクロニカだったが、彼の中では正しく成立した論理らしい。
疲れきった表情で頭を抱えている。戻るつもりはないと断言したクロニカを、できるだろうに無理矢理連れ戻さないのは、そこに彼なりの理由があるからなのだろう。
その理由をクロニカは知らないし、忘れているのならば思い出せない。
自分はそういう生き物だと知っていた。
「ところで」
「なに」
観念した様子で振り返った彼に、クロニカはずっと聞きそびれていたことを問うた。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
フィオ「……エイニさんは、本当にきついとおもう」
27回
エイニという名前は日記に書いてあったので
ちょっと悪いことをしたなあと思った
ちゃんと名乗ってたのに
やっぱり忘れないように読み返すのは大事だし
そうでもないとエイニが言ってくれたことも
忘れてしまうんだし
忘れてしまってもいいことだったのかもしれないけど
俺はもう里を出たから
ひどいって言われたので
たぶんひどいことをしているんだろう
それが何かは置いておき
フィーナ「忘れてしまっていたことについて、日記でちょっと反省。忘れてしまうことで周囲に与える影響も、本人からすれば自覚しづらいことなのだろうね」
フィオ「湧き出た感情から出たひどいという言葉だったんだろうけど、概ね同意」
フィーナ「忘れられる側からしたらたまったものでもないからね、その差をうめることもできないんだからさらに」
「……というか、お前はあいつのところに行かなくていいのか……あいたた」
柔らかい羽毛を突きながら問い掛けると、抗議するようにクチバシで突き返された。指よりもクチバシは硬いので当然痛い。頬を膨らまして小鳥を睨む。
たぶん、恐らく、こいつは、里からエイニに向けて放たれた連絡であるように思われた。確信はないが。
でも、クロニカがどこかで見知った魔力であるという風に感じているからには、恐らくそうなのだろう。
だからこそこの小鳥もクロニカに懐いたのだ。クロニカが、”知っている”ものに近い魔力の持ち主だから。
であれば、恐らくニールネイルの。
「……まあ仕方ないか」
フィオ「あ、やっぱりこの小鳥は、エイニさんから故郷に放たれた子だったみたい?」
フィーナ「だとしたら、ここにいるのはよくない気もするのだけれど」
フィオ「感情的には」
フィーナ「グッジョブ」
かわいそうだ、と思ってしまうから。
それがひどいということなのだろうか。
手心を加えているのに、言うことは聞かないのが。
でも、と考え直す。
そもそもエイニを殺したくないとは言うが、根本的な問題として、エイニはそもそも殺そうとして殺せる相手ではないはずだ。
なにせ狩人だと書いてある。ということは、それなりの戦上手というか、戦いには熟達している筈だし、エイニを殺すと言うディドだってそもそも戦いに慣れていないからこそクロニカを雇っているのだ。
そのクロニカも、当然は素人だ。ちょっと魔力がある。スキルストーンがあるから、魔術を放つことができる。それだけ。
だから、エイニを殺したくない以前に、エイニを敵に回したくない、刺激したくない、という意見にはそれなりの正当性というよりかは、妥当性が存在しているはずだ。
エイニへの手心以前の問題として。
だから、ひどいなんて言われるのは割に合わないとクロニカは思う。のだが。
であれば恐らく、違うところで自分は、彼にひどいことをしているのだろう。
「…………」
――それは、きっと、思い出せないことに関係があるのだろうけど。
思い出せないことを思い出すことになんの意味があるのか。
増してやエイニはその事実を告げないのに。
フィオ「何が『ひどい』のかは探してもわからない、いや、探せない場所にあること……それはわかっているみたいだけれど」
フィーナ「一種の諦めにみえるね、そういうところがあるとは思っていたけど。
ただそこを見ないふりし続けていると、どうしても間が埋まる気もしない……」
フィオ「エイニさんへの対応もできないのではないか、という状況の中、もどかしい状態が続くね」
エイニは、恐らく、知っているのだろう。
クロニカはそのことを察している。察しているが、知らない振りをしている。
違う。知っても仕方がないからだ。知ったところで、何も呼び起こされるものがないからだ。
失われた記憶は戻らないからだ。
――再び失われるものを、何故追いかけねばならぬのか。
そう思えばこそ、クロニカはエイニを問い詰めることをしなかった。
彼が隠し、告げられぬ事実に、見ないふりを決め込んだのだ。
28回
逃げているのが自分の方だという自覚は、流石にある。
あるのだ。どうしようもなく。
「……はあ……」
海は広く途方もなく、どこにいても潮の匂いが付きまとって離れない。エイニにとってはひどく気の塞ぐことであった。
クロニカが逃げ込んだ先が海だと気付いた瞬間に沸き起こった忌々しい感情を今も鮮明に覚えている。海は嫌いだった。どうしようもなく。
さっさと捕まえて連れ戻して、あんな不愉快な場所からは去ってしまおうと決意を固めたのだった。
それが今はどうだと言われれば、ぐうの音も出ないとはこのことか。
『自分から戻ろうとは思わない。……割と、ここにいるのは、楽しいから』
フィーナ「現実から逃げているというエイニさんの自覚。固めたはずの決意がぼろぼろになっちゃってる」
フィオ「クロニカさんの言葉が随分と刺さったみたいだね。もとより強い意志の元に使命に臨んでいるわけじゃなかったのだと」
フィーナ「とはいえ諦めてしまったときのデメリットも大きすぎる、かなりの危険が伴う道だし、『そういうこと』をしている身としてはそうなるのもわかるわけで……」
29回
最近はあんまり外に出ることが減った
探索にはちゃんと行ってる
仕事だから
金を稼いで、血をもらっている
それ以外は、なんとなく考え込んでしまう
多分それでいいような気もする
エイニに見つかるのもちょっと面倒な気がするし
でもエイニは俺の言うことを聞いてくれるんだっけ
それすら忘れそうになるのはひどいかもしれない
忘れないようにしなければならない
忘れるのならちゃんと書いておかないと
フィオ「日記。日々の繰り返しで変わらないことと、変わったこと。
忘れないように書いて、ちゃんと読み返さないといけないね。エイニさんとはどんな形であれ決着をつけないといけないし」
「竜だぞー。竜」
掌に収めた小鳥をころころと弄びながら歌うような調子で語りかける。
小鳥は、少しご立腹だ。ちくちくと指を嘴で突いたりなどする。本気で怒ったなら抓んだり捻ったりしてくるので、まだセーフ、うん、セーフ、などと頷きつつ。
「里では、あんなでっかい竜は見なかったな。お前は見たことがあるか?」
竜種の末裔というか、ドラゴニュートに類いする種族の相手をしたことはあったが、本物の竜となるとやはり流石に見たことがなかった。
あれとも自分は子を成せるのだろうか、と今少し改めて考える。体格差が大きすぎるから流石に交接は不可能に思うが。精さえ取り込めれば、この身体は正しく子を孕む。
今となってはあまり関係のないことだが。
クロニカはそういう生き物で、そういう性質で、だから、だからこそ重宝されていた。長命種の特徴を色濃く受け継いだ、半永久的に若い胎を持ち合わせた”Y”。精を取り込む気質の強い夢魔の性質。
全く都合の良い形にこの身体は作られていたから、そういう役割を振られるのは当然のことだったのだ。
疑問を持つ筈もなかった。
同じように、果たすべき役割を果たす者たちで、里は回っていたから。
フィーナ「探索の途中で現れた本物の竜。それを見てかつての自分の役割について考えたり」
フィオ「そこから抜け出てきて、いろいろと外からみたり、考えたりする機会が増えても、特に強く拒否反応がでたりとかもしないんだね」
フィーナ「『役割』に関してはもう戻る気はないにしろ、能力で割り振られたりすることは別に嫌だったりはしないのかもね」
「……お前も帰りたくなくなったのか?」
フィオ「それはこの鳥も同じ……と」
フィーナ「同じように役割から外れた小鳥に抱くのは親近感なのかな?」
この海を訪れてから、もうすぐ三十日を数える。
クロニカは様々な当たり前にすっかり順応している自分に気付きつつはあった。
戦うことも。海に潜ることも。血を飲むことも。ディドと共に行動することも。
エイニに追われ、彼のことを忘れるのにも。
すっかりクロニカは慣れてしまっていたのだ。
フィオ「新しい生活に慣れてきたのなら、そしてそれが嫌なものではないのなら、エイニさんに告げた言葉も重みを帯びてくる。こちらにいるという意思があるのなら、それは……尊重されるべきだと思う」
フィーナ「忘れてしまうことは、出来るだけ慣れないであげてほしいけどねー」
30回
殺す気、なくなったのか?」
血を貰って飲むまでの間、放置されっぱなしだった小鳥が指を突いてくるのを適当にいなしながら、クロニカが発した問いはあまりにも軽い口調で、しかし随分と物騒な響きを帯びていた。
ディドが怪訝な表情をしたのも、そのアンバランス故に質問の意図を図り損ねたからか。素朴な疑問を、しかし何の気なしに発したクロニカはその時少しだけ、ほんの少しだけ後悔をしたのだ。
余計なことを言ってしまったかもしれない、と。
しかし一度口に出してしまったものは戻らない。彼のことを努力して意識して想起して、あいつ、あの、ええと、だのと口籠ってからやっと名前を引き摺り出す。
「……え、エイニ」
「『狩人』か」
フィオ「進展しないエイニさん殺害計画。それを感じたのかクロニカさんが発した疑問は、不意の一言ではあったけれど、波紋を起こす一石にはなりそう」
フィーナ「(名前)忘れてなくてよかった。ディドさんの答えは前と変わらないけれど、前と変わらないことがいろんな意味をもってる」
「……なんで、そんなに殺したいんだ?」
フィオ「殺意の源泉を、理由を探るための一言。気まずい雰囲気が立ち込める中、返ってきた答えはあの日のやり取りの内容で」
「……お前を物のように扱った。俺にもそうするように求めた」
殺す理由は十分だ。ディドはそう断言した。
唾棄すべきものについて語るような声音をしていた。
「……ものあつかい、とは、具体的には、どういう……」
「金で売れだと」
「金で」
少し考え込む。それは。つまり。
「……金を払うから、俺を解雇しろ、みたいな……そういう……?」
例えば。クロニカの代わりを雇えるだけの金を渡すから、代わりに自分にクロニカを雇わせろ。というような。そのような具合であるのだろうか。
世間に疎いクロニカではあるが海に来てから世間一般の経済観念というものと実際に触れ、また、そもそもが長く触れてきた本や物語の中で語られる世の中に関しては幾らか知識があった。その中であれば、そういった取引が持ちかけられたり、成立するようなこともあったと思ったが。
しかしディドは、酷く疎ましいものを連想させられたような、吐き捨てる、という表現がぴったりの声で、
「『アレを寄越せ』と」
「わあ」
フィーナ「わあ。
……エイニさんはディドさんの殺意を『八つ当たり』と評したけれど、実際のところ言動には不味いものがあったんだよね。
それがいくら一族の、役割こそを重要視するが故にでてきた言葉であっても、それを受け入れられない人からすれば許せない一言になる」
フィオ「だからこそディドさんは取り下げるつもりはない、だけれどそれをなすことは難しいことである上に、クロニカさんからすれば望ましいことではないから」
「……殺さなきゃダメか?」
胡乱な目線を向けられて引っ込めそうになるが、一応人の命がかかった話題である。
不機嫌な気配に気圧されつつも踏み止まって続ける。
「その……あいつ……が、謝ったりしたら、許す気ないか?」
「そういう類か。あれが」
「…………。……分かんないけど、でも、意外と言うことは聞いてくれそうだったし……」
フィーナ「第3の道を示すためにもう一歩踏み込んで、次の議論を始めるための一言」
「……ひどい、とか、言われた。けど」
「……ひどい?」
「俺が。……あ、ディドもだけど……」
「…………。……意味が解らない」
やはりディドにとっても不可解な言動に映るらしい。
「でも、ディドは殺そうとしたから、ひどいとは思う」
「……喧嘩を売ったのは向こうだ」
「それは、まあ、そうですが」
フィオ「ディドさんは懐疑の気配を消しはしないものの、知らない間に起きた二人のやり取りを耳にすれば、不可解なことがいくつか浮かんできたみたい」
フィーナ「正直、エイニさんの心情も交えた状況+クロニカさんの心情+曖昧な記憶だから、わけがわからなくても仕方ない状態だよね。
ひどい。の内容については……ちょっと目を伏せたくなるようなところもあるし」
フィオ「クロニカさんは雇われという自分の立場もあるけれど、その上で自分の意思も表明する。ディドさんがそうしろといったように、どうしたいのかを。その上でどうすればいいのか、出した答えは」
とはいえ何もかもディドの言いなりになるつもりもなく、クロニカは自分に勝手を知っており、またエイニにも何らかの果たさなければならぬ義理のようなものを感じはするもので、だからクロニカはエイニを殺したくはない。
ディドが殺せと言うのならば殺す、というわけには行かないが、しかし正面切って逆らう、というのも雇用主との関係を考えると穏当ではなく、だから要するに、
「……やっぱりどうしても、殺すのか? て、いうか、殺せるのか?」
懐柔策に出るのが最も適切であるのだろうとは、深く考えずとも分かることではあった。
31回
「……やっぱりどうしても、殺すのか? て、いうか、殺せるのか?」
それは考えないようにしてきたこと、というよりかは、考えても先に進まぬことであり、またクロニカが積極的に考えたいことでもなかった。
エイニを殺す。というのは、どうにも、自分の中の気が進まない。彼は悪いことをしていない、というのがクロニカの認識であった。
彼はディドを怒らせたかもしれないし、或いはクロニカの存在を貶めるような発言をしたのかもしれないが、そのことが即命を断たれるべき罪に値する筈がない。
フィーナ「昨日のつづき。エイニさんをどうするのか。そこに踏み込んでいくクロニカさん。説得するための言葉は感情よりも論理を前面に、何とか双方が納得できる落とし所を探っていって」
フィオ「手繰れそうなのはエイニさんの不可解な態度ってところだよね、目的はわかりきっているにしても、それを出来る立場にあるのにそれをしなかった。だからこそ話をする余地があるのではないかなと」
「……向こうはお前を連れ帰すつもりはないのか」
「したいみたいだけど……俺が戻る気がないって言うと、困るみたいだ」
あの日のエイニの様子を思い出す。
抵抗をするな、という言葉、むしろ懇願、あれは力で全てを解決してしまえる者の言葉ではなかったが、少なくともあの瞬間のクロニカは無力であり、捕らえられた獲物に他ならなかった。
それなのにエイニは、クロニカを手放した。
困った顔をされてしまうと、申し訳ないと思ってしまう。自分では理解できないが可哀想なことをしているのだと思うし、罪悪感も幾らか湧きもする。どうすればいいのか分からなくもなる。
フィーナ「感情としては相手の、エイニさんの困った姿も気にかかってるみたいだね、自分にはわからない部分に原因があるのだとは思っても、その姿は忍びない」
フィオ「話をするクロニカさんにディドさんは問いかける『お前はどうするのか』と」
「……ここにいるのは、色んなことができるから……戻るよりは、ここにいる方が、俺はいい、んだけど」
ここにいたい。とは、思うし、戻りたくはない。
だからエイニの言葉を拒んだし、それを告げて困った様子のエイニを見て、尚更自分も困ってしまったのだった。
意思を曲げる気は、どうしても起きない。
いっそ力尽くで事を済ませてしまわれたら全てが片付いてしまっていたろうが、エイニは何故かそれをしないのだ。
それをすべき立場で、それをするために海に来ただろうに。
フィーナ「エイニさんの立場を考えて、心苦しくても、自分はここにいたいのだというクロニカさん。ディドさんはそれに納得してくれたけど……クロニカさん自身はエイニさんの言葉に引っかかっているみたい」
「だから、戻る気がないって言ったんだったと、思うし……」
「……そうか。ならいい」
うだうだと明確な答えを出せずにいるクロニカに対して、だがディドはそれで満足したようだった。
少しだけ拍子抜けして、いいのか、と呆けた声がクロニカの口から漏れる。
「いい。その話はしたか」
「した。……ら、ひどいって、言われたんだったと、思ったけど……」
「……なんだ」
訝しげに眉を寄せたディドに対して、やはりクロニカは未だ煮え切らぬ口振りで。
「……ひどいこと、した……んだろうな……」
フィオ「『ひどい』ね。忘れてしまって、どうしようもないことではあるのだけれど、だからといってスパッと切れないあたりがクロニカさんらしいのかも」
フィーナ「こっちのほうも何とか解決しないといけないこと、だよね」
「……前から思っていたが、お前、物忘れが激しくないか」
「え、いや、ええと」
思索の淵から引き戻され、咄嗟にどう答えたものか口籠る。
告げる必要のないことだとは思っていたが、しかし別に隠すことではないとはいえ、どう表現したものか。
「……俺は、血が近いやつのことは、忘れてしまうから、だから……」
後ろめたい気持ちも手伝って思わず俯いてしまう。
「血が近い? ……血縁ということか」
「……海じゃあ、同族には会わないはずだったから……」
「……」
フィオ「そこに放たれたディドさんの素朴な疑問。答えることができないわけじゃないけれど、それは苦しさも伴う一言で」
フィーナ「なるほど。普通の物忘れとは違う感じはしていたんだけれど、血の近い間柄に限定されたことだったんだね、毎日会っているディドさんのことはともかく、物忘れがそこまで激しいとなると普通の探索も厳しいんじゃないかと思ってた」
「……分かった、話をしてやる。お前が渡りをつけろ」
相も変わらずの言い切り口調。
だが、それは紛れもない譲歩だ。
エイニを殺さない、殺さないことを検討してやる、というような形での、正しく光明に他ならない。
「……わかった。そうする。次に会ったら」
それを引きずり出せただけでクロニカにとっては前進で、ああでも、このことをどれくらい覚えていられるだろうか。ディドとの会話。であれば、きっと、それほど忘れることはないだろうが。
”渡りを付けた”エイニのことを、彼の言葉を、彼に告げた言葉を。自分の意思を。理由を。
それまでに、どれほど、あの日の邂逅のことを覚えていられるだろうか。
フィオ「ディドさんが下した結論は、どうにかして引き出したかったもので。ここからもっとクロニカさんは頑張らないといけないけれど、間違いなく大きな一歩だったね」
フィーナ「不安なのは霧の向こうに消えそうなエイニさんについての記憶、忘れられる側の悲劇もあるけれど、忘れる側にももちろん悲劇はある。忘れないうちに消えないうちに、この件を進めていかなくちゃね」
フィオ「日記。今日の進展を喜ばしく思う一方で気を引き締めるクロニカさん。
最後の言葉そこに続くのは……?」
ディドはエイニを殺すことを考え直すことにしてくれた
割とありがたい うれしい やっぱり殺すのはよくない
エイニにうまく伝えられるかどうかが心配だけど
俺が伝えるぶんにはなんにも問題がないから多分大丈夫
大丈夫だと思う
エイニがディドのことを嫌いじゃないといいんだけど
殺されそうになったらしいしどうだろうか
何をどう伝えるかくらいはまとめておいた方がいいかもしれない
エイニは多分
32回
願いを叶える魔法の話
というものがこの海にあって
聞いたことがあったけど
それを調べてたひといわく
最近は全然そんなものの話を聞かなくなったって言うので
なかなかそんな都合のいいものはないらしい
俺は願いを叶える魔法なんて求めたことがなかったけど
それが叶うんならなにをどうするかとか
あんまり考えつかないような どうだろう
考えても仕方ないか
フィーナ「日記。かつて聞いた願いを叶える魔法について、最近では全然新しい情報がないらしいとのこと。
全てが叶うとなると逆に何を願うのか難しいかもしれないな……」
「だから、エイニの場所とか、呼んだりとか……ダメか? 無理? あいたっ」
丸々とした小鳥に突かれて、クロニカは頬を膨らましながら額を押さえた。
フィオ「エイニさんへの渡りをつける。そういう役割を担ったわけだけど、今のところ再開の目途もたっていないし、小鳥に頼んでつつかれる始末」
フィーナ「探索も失敗しちゃったみたいで、停滞の一日って感じだね、サンセットオーシャンか」
フィオ「あそこはひどい場所だよ、体力のない人お断りって感じだったよ」
フィーナ「純粋に力不足なら仕方ないともいえる……それもこれもで問題点が見えているのはちょっと厄介だね、見えていないよりはずっといいけど」
フィオ「とはいえエイニさんのほうに関しては、あまり悠長なことも言っていられない、小鳥が塩対応なのはさておき、『話し合いで解決する』ことの前条件が渡りをつけることなのだけれど、それが進まないままでは、また状況が変わってしまうかもしれないし……」
フィーナ「なにより、クロニカさん自身の中から、エイニさんが抜け落ちてしまう前になんとかしないとね、出会ったときにこれまでのことを忘れてました、なんて洒落にもならない」
33回
最初から嫌な予感はしたのだ。
あちらの方から、
「あ、エイニだ!」
などと自分を見つけて寄ってくる、などとは。
フィオ「ディドさんから渡りをつけるように言われて数日。エイニさんをテーブルに着かせるために動いていたクロニカさんだったけれど、今日になってようやく再会を果たせたみたい」
フィーナ「まさかクロニカさんのほうから訪ねられるとは思っていなかったみたいで、驚いた様子のエイニさん。見つけられた理由は?」
「……今度は名前、忘れてねぇのな」
「ちゃんと書いたからな」
「書いた?」
「日記に。……いや、ええと、今は持ってないけど」
あたふたと手元を示す。そんなことは言われずとも見れば分かる。
それよりもよほど重大な問題が目の前にあった。
「……お前、そいつ」
「ん? ああ、やっぱり、エイニのか? というか、エイニのトコに来たやつだったか?」
フィオ「夜の海以来の再会で、今回は色々と忘れる前でよかった」
フィーナ「エイニさんのメンタルも安心だ」
フィオ「と思ってたんだけど……。見つけられたのはあの青い鳥に案内してもらったからで、それがエイニさんにとってはひどく想定外だったと」
フィーナ「なんとなく、嫌な予感はしていた様子だったけれどもね。
嵐で届かなければいい……と想像はしていたけれど、実際に届いていないとすると、いろいろとこまることがあるみたい」
――伝達鳥が帰らなければ、ニールネイルの故郷にエイニの返信が届かない。
エイニは任務を放棄した。そう思われてしまえば、あの神官どもはどうするか。次を送ることに恐らく躊躇いはない。
エイニはクロニカとは違う。刻まれた呪紋によってすぐにその消息は知れる。クロニカがテリメインの海に居る、そのことは突き止めて送ってしまったから、追手が掛かるとしたらエイニとクロニカ、まとめてになるか。
どちらにせよ、困る。ただでさえこの任務は無駄に長引いて不審がられている。まめな連絡を心掛けてせめてもの心象の改善に努めては来たが、それすら絶ってしまえば焦れた奴らがどんな手に出るか分からない。
それに。
”こう”なってもなお貴重なクロニカと違って、恐らく、エイニは。
フィオ「任務の失敗か放棄か……。そういう風にとられちゃうわけだ」
フィーナ「その上エイニさんは替えが効く、わけで。それじゃあこういうことをする連中がどんな手段にでるかなんてのは、彼が一番良くわかってしまうと」
「……エイニ?」
腕を掴まれたクロニカは赤い目を瞠ってエイニを見上げた。
肌から、何か、感じ取ったのか。驚きの中に、僅かな怯えが混ざる。
「帰るぞ」
「え、待って、いやだ。まだ帰らない」
「そんなん言ってられる場合じゃないんだよ! お前がそいつ帰さないから」
「う、え、エイニ、落ち着け! ディドだってお前を殺すの考え直すって」
「その名前を言うな!」
なんで今。いや。当たり前なのか。
雇い主だから。雇われてるから。クロニカがこの海に居る理由は最初からそれだけだ。
であれば、そもそもが。思わず掌に余計な力が籠もって、
「エイニ!」
痛い、という声に、やっと頭が冷やされる。
それでも。
「……殺す、てんなら、こっちの台詞だっつの」
「え?」
「あいつを殺されたくないならついてこい。……安心しろよ、お前が必要なもんはこっちで用意し――でっ!」
フィオ「焦りと怒りと……ディドさんに対する感情はなんだろう、それがないまぜになって、言葉は走る」
フィーナ「……多分これまでのエイニさんだったら言わなかったであろう台詞――脅迫のような――まで吐いて連れて行こうとしたけれど」
フィオ「グッジョブバード。元はといえばってのは無しにしよう」
「いッて……」
「エイニ。……う、と、困る。そういうのは」
「困ってんのはこっちだよ……」
額を押さえる。血が出ている。大した出血ではないが、ただただ疎ましい。
「……そいつ、帰せばいいのか?」
「……どうだろな。間に合えばいいだろうけど。ていうか、お前、帰し方分かんのかよ」
「…………うーん」
唸り声。だろうなと思った。
困ったように首をひねるクロニカのことを、今すぐにでも昏倒させて連れて帰ればいいのに、自分にはそれができない。
できるはずなのに実行に移せない。頭に血が上っていたさっきであればできただろうが、今は、もう。
そう思うと全ての元凶であるこの小鳥がただただ憎らしい。こちらはちゃんと仕事をしようとしているのに。お前が。
諦めてしまって、ため息。
こうなったらもうどうにでもなってしまえばいい。最早何もかも自分の知ったことではなかった。
「……で、なんなんだよ? 殺すのを考え直すってのはよ」
フィーナ「頭を冷やさせた一撃は痛そうだったけど、効果はあったね。問題は何一つ解決していないけれど、とりあえず、とりあえずは話が出来る状況にはなった」
フィオ「無理矢理連れ去ってしまう道は途絶えたね。そっちのほうが、いいとおもうよ」
フィーナ「ちょっと自棄気味だけどね。どうせ皆危ない船の上なんだ、もうちょっとゆったりいこうぜ」
34回
エイニ
エイニが話を聞いてくれた
今度話をしてくれる
らしい
エイニ
鳥を見て焦っていた
本当は帰らなきゃいけないらしい
帰した方がいいんだろうけど
フィオ「日記。前回の続き。エイニさんとの話はとりあえずまとまって、話の席は設けられたみたい」
フィーナ「ただ新しい問題も出てきてしまったね、今度は小鳥をちゃんと帰さなきゃいけなくなった」
フィオ「なついてるから寂しくなりそうだけれど、このままだとねぇ」
「どうやって?」
日記を書く手を止めて、天井を仰ぐ。
視界に映るのはすっかり見慣れてきた天井ばかりで、当然だ、当事者、当事鳥はクロニカの角に留まっている。
ので、クロニカが急に天井を仰いだことでころりと肩へと転がり落ちて。
「う、いた、あいたた」
抗議にこめかみを突かれて頭を庇う。
ふわりと舞い上がった小鳥は日記の隣にぽてんと舞い落ちて、まん丸のフォルムが何をしていてもどうにも緊張感に欠ける。
欠ける、のだが。
エイニは明らかにこの小鳥を見て驚いていたし、焦っていたし、困った様子だった。
やはり郷やエイニと関係のある存在であることはクロニカの睨んだ通り正しかったわけだが、伝達鳥。なるほど。
「……帰る気、ないか?」
フィーナ「ということで帰らせる方法とか、帰る気があるのかとか、色々と考えたりしてみているけれど、本人、本鳥は何処吹く風って様子だね」
フィオ「補給が必要ないはずなのにクロニカさんの魔力を好んで食べているのは、何か理由があるのだろうと思うけど」
フィーナ「今のところは帰ることはなさそうで。エイニさんの心中についてすこし」
エイニに比べれば、自分はよほど気楽なのだ。恐らく。きっと。
多くを忘れてしまえている自分は、背負うものがひどく少なく。
抱え込める荷物が少ないということは、身軽に生きていけるということだ。
フィオ「……忘却は自分を守るための機能でもあるけれど、本来必要なこと以上に忘れるのは身軽とはまた違うようにも感じる」
フィーナ「ただそういう人に関わる人のほうが消耗するというのはよくわかる話かもしれないな。いろんなことが上手く通じ合えない。そこに残るものが大事であればあるほど……」
35回
フィオ「エイニさんの心中は……」
「……やっちまった」
頭を抱える。ため息。かつては自分は優秀な狩人であると自負していたが、今回の件は本当にもう、ダメだ。何もかも。
あの伝達鳥さえきちんと機能していれば。悪いのは自分ではないんじゃないか。他者に責任を引っ被せるような思考についつい駆られてしまうが、それでも、そもそも自分がさっさと仕事を済ませていれば話は早かったのだということを、エイニは自覚している。
責任は、自分にある。それは自覚している。
フィーナ「色んな歯車がかみ合わなくて、これまでの自分とは全く違った状態に追い込まれているね。まぁ……こういうこともあるさ」
フィオ「テキトー過ぎない?」
フィーナ「いやまぁ、原因として自分にあるとしても、どうしようもない運命のイタズラみたいなものはあるからね。恨みがましくなるのも良くわかるよ」
しかしこの状況を予期できなかった神官どもにも問題があるのではとやはり恨めしい思考に囚われてしまう。全知全能、万能とばかりに我が物顔で郷を指導しておきながらこれとは、本当に不甲斐ないのは奴らの方ではないのか。
エイニはクロニカが逃げ出した経緯の仔細を知らない。狩人には知らされる理由がないからだ。エイニは瀕死のあの女に伝え聞いた程度の知識と、薄れかけたクロニカの記憶と、彼の書いていた日記帳から全てを類推してみせるしかない。
だから、誰に非があったかなど、エイニには分からないのだ。或いはなるべくしてなったとすら。あの郷を形作るシステムの都合上。どうしても。
あんなもの、さっさと崩壊してしまえばいいとすら思う。
それでも、そう考えるようになったエイニすら、つい最近まではその指示に大人しく従っていたのだから、何も言う権利がないことを自覚している。
フィオ「そういえばエイニさんはあの女……ミーティアさんだっけ? にあってたんだね」
フィーナ「そうみたい、話をしたみたいだし、クロニカさんについて何か聞いたのだろうね」
フィオ「幼少の出会いだけじゃなくて、いろんなことが積み重なって今回のことにつながってるわけだね」
フィーナ「システムが崩壊してしまえばいいとは私も思う」
フィオ「フィーナは本当にああいうの嫌うよね」
フィーナ「まぁね、それはそれとして。これからについて悶々としてるねぇ、エイニさん」
フィオ「郷のほうもそうだけど、ディドさんのほうについてもイライラしてる感じが伝わるね。『頼れない』とか『あの程度』とか預けるに値しないみたいな、感情か」
フィーナ「今回のでまた少しエイニさんのことがわかったね、問題は話し合いか……難しそうだね、いろいろと」
36回
空も波も全部がまぶしい海
暑いを通りこして熱いって感じの海
最近はそういう海を進んでいて
いろんなものを目に焼き付けようにも
まぶしくてそれが難しい感じ
こうして普通の海に戻ると安心する
空も波もまぶしすぎない
でも晴れやかで気持ちがいい
つま先を波にひたすのも楽しいし
釣りをする人 歌をうたう人 くじら
サメの血をつぐもの 俺ににているとがった耳
おさかなさん
まぐろステーキ
としこしそば
忘れるなと言われた
忘れることを仕方ないと思うなと
諦めてしまうなと言われてしまった
忘れない方法を俺はあまり知らなくて
だからこうして日記に書くしかないけど
こうして今書いていることを多分俺は忘れなくて
だから忘れてしまうのはそういうことじゃなくて
フィオ「クロニカさんの日記。サンセットオーシャンから普通の海へと戻ってくると、その環境のよさをしみじみと感じるね……」
フィーナ「レッドバロンとかもひどかったけど、サンセットオーシャンもすさまじいよね、名前は気持ちよさそうなのに」
フィオ「そして人から伝えられた言葉」
フィーナ「もしかしたら、諦めても、諦めなくても、忘れることに変わりはないかもしれない。でも、最初から可能性を潰してしまうよりはずっといいはずだよね」
「でも、まあ、書くことに意味がないわけじゃないと思うんだよな」
小鳥は相変わらず素っ気ないが、その割にクロニカについてまわりたがるのは不思議なものだ。
魔力を分け与えているからだろうか。随分と懐かれてしまった。エイニにしてみればそれが困りもの、という様子だったが、知らなかったのだから仕方ない。
クロニカの方もどうにか努力はしたのだ。この小鳥が郷に帰ってはくれないものかと。とはいえ追い払う手段も大して持たず、掌で押しのける仕草をしてみせたり、近くで魔力を爆発させてみたりと色々試してみたが、舐められているのかどうなのか、小鳥がクロニカを恐れて逃げるようなこともなく。
結局こうして元の距離感を保ち続けてしまっている。
フィオ「決定的な解決にならなくても、とりあえず書いておくというのは前向きな方法だと思うよ」
フィーナ「小鳥さんの処遇については進展なしみたいだね、ただ無理矢理遠ざければ帰るというわけでもないし、どこかに行ってしまって行方知れずというほうがむしろ良くないのじゃないかな」
フィオ「とりあえず現状維持するしかなさそうだよね」
クロニカと言えば、今日は珍しく外で日記を書いているといったところだった。
その方が外に在るものを鮮明に書き記せるのではないかと思ってのことであったが、しかしこれがどうして大差がなくもどかしい。お世辞にも語彙が豊富でないためか。色々と本は読んでいたつもりだったが、自分の言葉、として考えようとすると、どうにも出てこない。
昔の日記を改めて検分してみるとこれまたひどいもので、自分でもうんざりするほどだった。ほぼ備忘録目的だったにせよもう少し言葉を彩ることはできなかったのだろうか。あまりにも無残ではないか。
フィーナ「今日はいつもと違って外出して日記を書いているみたいだね。そっちのほうが鮮明に書き記せるのではないかと期待したらしいけど……」
フィオ「残念! ……難しいよね、いざ書こうとするとさ」
フィーナ「昔の日記も目を覆いたくなるようなものみたいで。ただその日記を書いた時点では、そうなってしまうような要因もあったのだと」
フィオ「他人から言われたことが自分の認識を変えるまで、割と時間がかかる、忘れないように書き記せってことも、仕方がないと思うなってことも」
フィーナ「聞いたとたんに自分の物にできたとしたら、いやなってしまったとしたら、それは自分がないようなものだからね
とはいえ……」
『で、それは本当に仕方ないことだって、お前、自分で納得できるのか?』
不意に。
投げかけられた言葉が胸を衝く。
悪意ある言葉ではなく、むしろ恐らく、自分を思って言われたことだろう、ということくらいはクロニカにも分かる。
それでも、無視し続けていたはずの場所が、少しだけ、つきりと痛むような感覚がある。
忘れてしまうのは仕方ない。
そういう風にできている。
忘れてしまうのは仕方ない。
だから彼らに声をかける権利を持たない。
そう思い込んで、思い込んで、遠ざけてきたことすら、きっと自分は忘れている。
その生き方が正しくないのならば、記憶の果てに葬られ、もう二度と会う術のない彼らに顔向けする術すらなく、取り返しのつかないものを、自分は直視することもできない。
しかし、だからと言って、
その”取り返しがつかない”を、これ以上平気な顔で積み重ねてしまえるものなのか――。
フィオ「郷での事もあるからね……だからこそ今は『覚えておけることを増やしたい』と思っているのだろうし」
フィーナ「抜け落ちていく記憶は、そこにあるはずのものにさえ疑いの目を向けさせる、ただそれはもしかしたら、『忘れてしまうこと』だとしたことも、覚えておけるかもしれないってことにはならないのかな」
37回
その女を殺してしまうのは全く難しいことではなかった。
エイニはそのために鍛え、技量を問いできた。
やたらに痕跡を消すのが上手いその女を追い掛けるのには多少手こずらされたが、途中からその足跡も妙に明確に辿りやすいものとなり、当時は慢心でもしたのかと思っていたその詰めの甘さの理由を思い知らされたのは全てが手遅れになってからだった。
そいつはエイニの素性に気付いた瞬間に妙に馴れ馴れしく語りかけその同情を誘おうとしたが、当時のエイニにとっては職務の方がよほど大切であった。
自分の追跡している相手と、連れ戻さなければならない理由に関しても十分知らされていた。或いは”そういうこと”も覚悟していて、だから、今更女の言葉になど惑わされないと跳ね除けてしまうのは容易かった。
職務を忠実に遂行するだけ。当時のエイニは、それだけの存在だった。
今もそうではないとは思わないが。
今もそうではなく在りたかったのだ。
フィオ「エイニさんの過去。ただ以前のようなずっと昔の話じゃない」
フィーナ「……彼女がこうなってしまったのではないか。というのは考えていたけれど、それをやったのがエイニさんだったとはね」
フィオ「役割を忠実に果たした。こういうことからも今の自分の状況が危ないのだということを感じていたりするのかもね」
女に負わされた傷は浅いものではなかったが、即座に致命傷に至るというほどのものでもなかった。
それよりも死に瀕した女に告げられた言葉の方が余程衝撃的であったし、託されてしまったことが重かった。
託すくらいなら死ぬな、と殺しておいて勝手に思った。殺すのだって本意ではなかった。エイニが連れ戻したところで重罪人として殺されていただろう女ではあったが、それでも。
フィーナ「それと、クロニカさんに対する微妙な態度の原因もわかってきたね『託された』か……」
フィオ「これが全部かどうかはわからないけれど、彼女が告げた言葉が大きく影響しているのは間違いないみたいだよね、ディドさんへの嫌悪もこの延長っぽい」
責任と言うべきか。託されたものへの。
何も考えず、ただ言われるままに職務を果たしている身には、なかなか負うことのなかったものだった。
無視してしまうこともできたそれを、無視してしまうつもりだったそれを、エイニはクロニカを一目見た瞬間、全て諦めてしまうしかなくなったのだった。
諦めて、全て負うしかなくなってしまったのだ。
彼はエイニを見て第一に、あの女のことを問うた。 それを誤魔化しながらエイニは、だからを納得したのだ。
だから女は逃げられなかった。だからエイニは追いつけた。
膨らんだ腹を抱えたクロニカを連れては、なるほど、逃走劇も続けられたものではなかったのだろう。
フィーナ「残された言葉と、残った状況が、エイニさんのあり方を大きく揺らして。それが新しい道を開こうとしているかもしれない」
フィオ「このときって……エイニさんは連れ戻さなかったんだよね? たぶん、見逃して、ここまできてるはず」
フィーナ「ちょっと読み直して(頭の中)整理しないとねぇ、でもそのとおりだとしたら。エイニさんの苦悩の深さもよりよくわかるなぁ」
38回
「……うーん。駄目か。だめかー? あっ痛っ」
嘴でつつかれた指を抑えてクロニカは顔を顰めた。
その手には筒状に細長く折り畳まれた紙が握られているが、その上で何度も曲げられたのか、ぐしゃぐしゃに捻れてしまっている。
何がどうしてそんなことになってしまっているかと言えば、
「俺じゃお前を解くことはできないから、こうして紙で運んでもらうしかないんだよ」
目の前の伝達鳥の脚に、どうにかその紙を括り付けられないかと悪戦苦闘していたからである。
結果といえば見ての通りの惨敗ではある。脚のサイズに上手く合わないどころか、まず鳥本人が括り付けられるのを嫌がっている。
仕方のないことではあった。鳥というのは飛ぶためにその自重を直前まで削っている生き物である。術式で織られた鳥であるとはいえその点には何ら変わりはなく、異物をくっつけられるのは当然嫌がるに決まっていた。
とはいえクロニカも嫌がらせでこんなことをしている訳では決してなく。
「だって、エイニが連絡寄越さなかったのに、なんかちゃんと理由とか、あった方がいいだろ? だから俺がこうして……あいた、痛い、やだやめ、う、わ、ああー」
フィオ「日記帳の1ページが破れているのは、ちょっと試した結果みたい」
フィーナ「あぁそういえばこの小鳥さんは、その体自体が文になる感じだったね」
フィオ「クロニカさんじゃそれができないから、ページを破いて手紙を運んでもらおうとしたみたいだけど……」
フィーナ「惨・敗」
懲りないクロニカに怒り狂った小鳥は、ついに指のみならず紙まで突き始めてしまった。
慎重に折り畳まれていたそれが突かれ広げられ、嘴で挟まれ、ずたずたの無残な姿に変えられていく。
その様子を眺めてクロニカは、はあ、と思案げにため息をついて。
フィオ「なお死体蹴りもされる模様」
フィーナ「に、日記帳の一ページがー!!
まぁこの線は無理だったと思うしかない、うん」
フィオ「帰らない本人が帰らない小鳥を説教しても説得力がないのはたしかに」
フィーナ「ま、エイニさんのことを思うなら帰ってあげなよ。とは言えないし、そうするのがいいとも思わないしね
小鳥さんは帰りたくない理由があるのかはよくわかんないけど」
フィオ「では次の手をどうぞー」
39回
「……アンタの言うことが本当なら、そもそもアンタがあいつを育てたこと自体が間違いだったんじゃねえのか」
「そうよ。その通り。それなのに貴方のような子にあの子を追わせるなんて、あの愚かの神官ども、何も学んでないのかしら」
「…………」
「私には都合のいいことだけど。全部、全部。私はあの子を育てることができて良かったと思ってる。こうしてあの子を解放することができたんだから」
「……させると思うか」
「思うわ。……ねえ、馬鹿らしいと思わないの? あんな奴らの言いなりになって、古めかしい掟を守って、そのためだけに生きるなんて」
「そう悪いもんだとは、思わねえよ」
「嘘。嘘よ。貴方だって本当は望んでいたはずよ。あの子を求めていたはずじゃない。だって、嬉しいでしょう? 本当のことを知って、びっくりしたかもしれないけど、あの子は貴方の」
「――黙れ。それ以上言うな」
「……もしかして、あの子のこと、知ってた? 前から? 妙な隙のある子だったわ、どこかで会って、それでもしかして貴方――」
「黙れ!」
フィーナ「エイニさんと……」
フィオ「かつてのやり取り。感情を押し殺すような言葉と、それを逆なでするような言葉たち」
フィーナ「……望んで吐いた様な言葉じゃないとは思うんだけどね。状況が状況だし、少しでも突破口を探してその上で」
フィオ「起きたことを考えればそうなるよね。
クロニカさんとエイニさんの関係はこの先にも重要なピースになりそうな気がするね、あと『本当なら、育てたこと自体が間違い』ってどういうことなんだろうね?」
フィーナ「この時点のエイニさんの発言って事は、故郷の都合によることだったりするんじゃないのかな、それ自体が禁忌とか、嫌悪されることだとか?」
フィオ「そうかも。このあとに告げられた言葉は、挑発の一環だったのか、それとも心からの……?」
「……ああ、そう」
「…………」
「それは、貴方――可哀想だわ」
「すごく、可哀想」
40回
悪い夢を見た、と真っ先に思った。
夢の中で聞いてしまった忌々しい声が、潮騒よりも残る忌々しい声が、未だにエイニの耳からは離れずきんきんと響くかのようだった。
カーテンを引いて、窓の外を見上げる。空には月の輝き。夜目を見通すエイニの瞳であっても、月の夜であろうとも関係なく、海の闇は、深く、昏い。
この昏い海にクロニカを奪われるようで、酷く気が鬱ぐ。
フィーナ「昨日のお話は夢の中でのことのようで、でも実際に起きて、耳の奥に残る声の記憶」
フィオ「物事をシンプルに置き換えて、ドライに、遠めに、淡々と行動していたはずだったんだけど、それがいつの間にか狂っていて。
その原因は……」
クロニカのせいか。あの女のせいか。それともクロニカを雇ったとかいうあの男のせいか。
そのどれでもないことをエイニは知っている。知って、目を逸らそうとしてきた。それを直視してしまえば、認めてしまえば二度と戻れなくなってしまうから。
今までの自分の人生の無為を悟ってしまえば、エイニにはもう目的がなかった。生きる術を知らなかった。歩むべき道が見当たらなかった。
だからこうするのが正しいのだと彼を追いかけて、それでも最後の最後で躊躇っているのは、ここが最後の分水嶺であることを知っているからだ。
フィーナ「誰かの所為じゃなくて、誰でもない自分の。……エイニさんもどうしようもなく迷子のよう」
フィオ「そして訪れた最後の選択を促されるこの場所で、彼はどちらの答えを出すんだろうね」
41回
決めつけてしまうのは早計だとはわかってる
わかってるけど誰にも言わないで思い込むぶんには悪くないような気もする
いや誰かには言ってしまったけど
でも本人に言うなってちゃんと口止めしたし
ああして話したことそのものも俺は忘れてしまうのだろうか
こうして日記に書く内容までふわふわしてるんじゃ
日記の意味だって全然ないことはわかってるけど
そんなことはありえないと思っているけど
もし目に入ることがあったらと思うと
考え過ぎているような気もする
フィーナ「日記。備忘録のように使っているこの日記だけど、今回は思い悩む思考の道筋のような感じがする」
フィオ「憂鬱な感じが紙面からよみとれそうだね」
頬杖をついて、ため息を吐く。
クロニカのこの日記帳は、忘れてしまう自分のために渡されたものだということは最初の方に書かれていた。
この海に来てからはそう必要なことではなくなるはずだったが、こうして続けているのは惰性という他はなく、しかし少なくとも、今のクロニカは確実に忘れてしまうものを抱えている。
今までどれほどのことを忘れてきたのか。
クロニカにはそれを振り返ることが叶わない。当然だ。忘れてしまっているのだから。
それを当たり前のことと受け入れて、今だって、仕方ないと思っている。
フィーナ「クロニカさんの体質、宿命、運命。そういってもいいかもしれない、忘れてしまうものを抱えている事実
それを『仕方のないもの』だとかして放置するべきじゃないとしていても、どうしたって消えていくものは消えて行っちゃう」
こうした心の所作すら思い上がりであるようにも感じられる。
それでも、どうにも、情が湧いている。
忘れてしまうエイニの、朧気な輪郭に、情を抱いている。
それをエイニに告げることを考えもするが、しかし、やはり残酷であるように思えて、やめてしまう。
自分が忘れてしまう相手にそれを告げてどうなるというのか。しかも忘れるのはクロニカの側だけ、エイニの中には告げられた言葉が残り続ける。
そんなのはやはり無為で卑怯だ。ただクロニカがそうしたいと思ってそうするだけで、一時の感情の捌け口として彼を利用するだけで、何も救えはしない。
それが分かっていながら朧な彼に想いを馳せるのは、せめて悩み思考を費やすことこそが彼に対して誠実でいられるただ一つの道であるように思えるからか。
結局のところは、自己満足だった。
フィオ「エイニさんのこと。忘れてしまうこと。かけるべきだと思うような言葉があっても、それをかけたことすら忘れてしまうのは……お互いに不幸だ」
フィーナ「『ひどい』といわれたことが、その様が、もしかしたらもう忘れているのかもしれないけれど、クロニカさんの中に何かを残しているような気がする。だから考えて、結果的に今はまだ何も言えないってことを選択したんじゃないのかなと」
42回
エイニとディドが話をした
フィオ「日記。短い一言。でもそれを成功させるためにクロニカさんはかなり頑張ったよね」
「エイニ!」
クロニカが手を振るとそれに気付いたエイニは刺激物を口に含んでしまったような表情を浮かべたが、幸いにして、当然ながら、その場から逃げ出すようなことはなかった。
それでもせめてものささやかな抵抗と言うべきか、クロニカが海辺の木の幹に背を預ける彼の傍らに駆け寄るまで、その場から動くこともなかったのだが。
「良かった、ちゃんといた」
「……逃げやしねえよ」
フィーナ「呼び出しに現れたエイニさん。やっぱり煮え切らないような感じだね」
フィオ「いやだなぁって感じが全身からにじみでてるよね」
フィーナ「まぁでもそれぞれの思惑が上手くかみ合わない以上はこういうことも必要だったんだよ、うん」
結果として、今である。
エイニを呼び出して、クロニカは、ディドが待つ飯屋に向かっている。
話し合いの場所として飯屋を設定したのはその方が諍いを起こさないだろうという配慮によるものである。周囲に人の目があっては殺し合いもやりづらい。
フィオ「折角ここまで取り付けたんだし、飯屋じゃなくても殺し合いは……ない、よね?」
フィーナ「ないとは思うけど、ディドさんとエイニさんはクロニカさんが間を持っていないと、殺しあった間だからねぇ、しかもそれが最後だったわけだし」
フィオ「そんな飯屋に向かうところで……」
「エイニ」
「……あ?」
エイニを先導しながらクロニカは、振り返らなかった。彼の顔を見るのが恐ろしいというよりは、その顔を見ない方が、今はいい気がしたからだ。
「別に、俺はお前に、あんまり深いことを訊くつもりはないけど」
「…………」
「話したくなったら、聞いてやるくらいのことは一応、できる。と、思う。ので」
「…………。お前」
「まあ、そういう感じで」
煮え切らない、とは自分でも思ったが、それでも踏み込むのには限界があった。
エイニはクロニカの知らないことを知っている。クロニカの覚えていられないこともエイニは覚えていられる。
クロニカはやがてエイニのことを忘れうる。
それをお互い知って、だから、話すにしろ話さないにしろ、それはエイニが決めるべきことだとクロニカは思っていた。
抱え続けなければならないのは彼一人なのだから。
「……好きにすればいいと思う。エイニの。分からないけど、俺は、帰りたくはないとも、思ってるし、帰らずに済むならそれが一番いいとも思ってるけど。でも、こんなことを言うとそれこそディドに怒られると思うけど」
フィーナ「クロニカさんの精一杯の言葉。話すこと、話さないことをちゃんと選んで、告げる」
「本当に本当に、どうしようもなく、お前がそうするしかないというのなら、連れてかれるのも仕方ないとは、ちょっと思ってるから」
フィオ「その『仕方ない』は随分とポジティブに聞こえるね。何はともあれ、これからどうするのかは話し合いのあとで」
43回
フィーナ「前回の続き、飯屋にて話し合いの場を設けたわけだけど……」
指定した飯屋でディドは勝手知ったる様子で何やら海鮮煮込みめいたものを食らっており、この雇い主は激情家である割にはマイペースな男だよな、というようなことを場違いにも考えていた。
フィオ「なんかその、話し合いっていうから、軽食をつまんだり、飲み物をすすっているぐらいかと思ったら、思ったよりもガッツリ系」
フィーナ「そのうえエイニさんに対しておもむろにメニューを差し出したりとか、凄いマイペースの風を感じる……」
フィオ「えっと、私も同じものを」
フィーナ「ディドさんはいつも通りだけど、それがやけに圧を感じさせるね、本当にいつも通りなんだけど」
「連れてきた」
「……座れ」
突き放すような声音だが、その内容は彼を受け入れるものだ。
大変にやりづらそうな気配を漂わせながらも薦めに従って席につくエイニを確認して、クロニカはよし、彼らを見回して満足げに頷いて、じゃ、そういうことで、背中を向けようとしたところを、
「待て」
「え?」
「え、じゃない」
フィオ「よし。じゃない」
フィーナ「クロニカさんなりの配慮。たしかにエイニさんが語る事のうちに、クロニカさんには聞いてほしくないことがありそうではあるけれど」
フィオ「立ち去ることは許可されない。立ち去りたいのなら……別だったのかもしれないけどね」
フィーナ「ということで注文追加。自分で食べるものは自分で選べというところもいつもどおり」
「この男は俺が金と血で雇った。手放すつもりはない。諦めろ」
フィオ「さて本題の話し……合……い? ディドさん? それって話し合いですか?」
フィーナ「あまりにも強すぎる」
フィオ「自分の主張を単刀直入にぶつけるのはディドさんらしいけどね」
フィーナ「エイニさんはそれを受けた上で、いろいろと質問をしていって」
「……それは、いつまでの予定なんだ」
「期間は設けていない。それに、貴様らの郷里にこの男を返すわけにもいかない」
「理由は」
「貴様らの在り方が気に食わない」
「…………」
取り付く島もないって感じだ。本当に。
彼らの応酬を眺めながら、ぼんやりと頬杖をつく。
「……と、言ってもだな。期間は設けてないっつっても、永遠ってつもりはないんだろ」
「その男が自分の意志で去ると決めたなら、俺はそれを止めることはしない」
フィオ「ディドさんの譲らない理由。絶対にぶれない芯はむしろすがすがしくもある」
フィーナ「クロニカさんが解消したいって言うなら別とのことだけど……」
「ちなみに。俺が、俺の意思で帰るって言い出した場合は?」
あ、仮にだけど、とエイニに向かってバツマークを作ってみせたクロニカへ、ディドは酷く胡乱な視線をむけた。
さしずめ有り得ない仮定に何の意味があるのか、といったところだろうが、それでも完全に有り得ないわけではないとクロニカは思っていて、それは多分、ディドはまだ知らない事実に理由があって、でもそれはクロニカも知らないということになっているから、なんとも説明が難しいのだが。
「……いや、だって、エイニがもしかしたら、ちょっとかわいそうかもしれないし……」
「同情でおかしなことを言うのはやめろ」
フィオ「不意にでてきたクロニカさんからの質問、ディドさんの目が怖い」
フィーナ「とても説明がむずかしい」
フィオ「とはいえここでぽっと出しても答えが出てくるような質問じゃないよね、そのあとエイニさんに対して、契約解消の許可を出そうが出さまいが、そのあと帰るという選択肢がクロニカさんにない以上、自分に聞くのは筋違いだと」
フィーナ「『そうなってしまったら、諦める』でも、そうならないのなら帰りたくないというのは帰ろうとしないってことでいいんじゃないのかな」
不意にぐい、と腕を引かれる。掴む力が強い。少し痛む。特段抗議の意味も込めずエイニを見上げると、その横顔が張り詰めているから、尚更何も言う気にはならなくなる。
「でも、実際こうするのは簡単なんだよ」
だってそうしないことを知っているから。
「何がしたい?」
とはいえディドの目に不審に映るのは仕方のない行動であり、流石にそこまではフォローできない。どう答えるやら興味深くエイニを見ていると、しかし彼が言葉を継ぐ前にあっさりと腕を放されて、なんだか呆気ない。
と思いきや先程頼んだ料理が従業員によって届けられて、単純に他人の目を気にしただけと分かった。お通し未満としか言いようのないくらげの和え物。一番上に並んでいたメニューが、クロニカとエイニの前に並べられて、何事もなく店員は去っていく。
それを見送ってエイニはこめかみを押さえながら、俺が諦めたら、他の奴が来る、そう相変わらず呻くような調子で。
「お前まさか、逃避行を洒落込むつもりか、こいつと」
フィオ「エイニさんの抗議は、意思があってもその逆を強要する相手がいることをしっているから、それは今ここで一件落着しても終わりではないことを意味していて」
フィーナ「逃避行……」
フィオ「ピンと来ないディドさん、郷がクロニカさんを戻そうとする意思を十分に認識できていないからというのもあるし、エイニさんが特別……」
「……ええと、エイニが言いたいのは、たぶん、エイニがヌルいんだよって話だよな?」
エイニはヌルいから。
エイニの次にクロニカを連れ戻そうと送られてくる追手は、こんな風に自分たちを見逃してはくれないのだと、危機感を持つべきなのだと、そういうことをエイニは訴えようとしているのだとは、分かるのだが。
「ヌルいのはこの男がやりたくもないことをやろうとして、やれずにいるからだろう」
「うるせえな!」
「うん、うるさいぞ」
フィーナ「エイニさんのフォローをするクロニカさん、フォロー……でいいよね」
フィオ「随分ざっくりと踏み込むフォローもあったものだけど」
フィーナ「ディドさんが汲み取ったのは、エイニさんの心情のほう、だからエイニさんは本当に伝えたいことを言おうとするけれど……」
「……だから、そうじゃない、やりたくもない訳じゃないってヤツが来たら、こいつはあっさり連れてかれるわけで、だから」
本意をどうにか伝えようと語り始めるが、結局エイニも、口が上手な方ではないのだろう。
概ねのことを腕っぷしで解決してきたというか、そのように教育されて、そのように仕事を果たしてきたのだから、当たり前ではある。
クロニカと同じだ。クロニカと同じで、
「貴様は何がしたいんだ」
「……あ?」
「貴様は何がしたいんだと聞いている」
そう問いかけられてしまえば、答えが恐らく、咄嗟には見つけられなくなる。
フィオ「語るのは。『このあと』のこと、にじみ出るのは『自分の意思』でもそれだけじゃわからない、だからこそディドさんは尋ねる、じゃあどうしたいのかを」
フィーナ「答えは、そんなに難しくはなさそうだけれどね、ただ言葉にするのはちょっとだけ大変かも?」
44回
「貴様は何がしたいんだと聞いている」
クロニカの雇い主だという男――ディド=パシャは、腹が立つほどに落ち着き払った態度を保ったまま、エイニにそう問いかけた。
何がしたいか。など。そんな今更のことを聞いてこいつはどうしたいのか、とは、思ったが、
「……それが何か関係あんのか?」
「ある」
そう断言されるにつけ、この男にとってはそれが大切なことらしい。
その理由が分からず疑問を呈したら、
「何故? ここにいるのは貴様だろう」
などと、何を当たり前のことを、などと言わんばかりの調子で。
「……意味わかんねえ」
フィオ「ディドさんが聞きたいのはエイニさんの意思。全ての事情を知っていて、それを組み込んで、その上で貴方は何がしたいのか」
フィーナ「言ったからといって、それがすぐにかなえられるわけじゃない。そんなことはわかっているだろうけれど、今の煮え切らない状態から脱出するための一歩にはなるかもよ」
「そりゃ、俺は……あー……俺が嫌っつか、あー……嫌、か」
嫌だ。命令のままに、クロニカを連れ帰るのが、嫌になっている。
クロニカが嫌がることをするのが、嫌になっている。
「嫌だから、こうしてはいる、こうしてってのはその、クロニカを無理矢理捕まえずにはいる、んだが、それでもな」
だが、自分が嫌で、投げ出せばそれでクロニカが追跡を逃れられるなど有り得ないことも重々承知している。
「……俺は、俺がこのままクロニカを連れ帰らなかったら、他のヤツがこいつを捕まえに来るのを知ってる。……俺がそうしなくても、結局そうで、だから、あー」
自分は狩人であり、そのための追跡の徴が刻まれている。
罪人を追う者に逃亡を許してしまえば元も子もないからだ。だから反逆すれば、彼らの命令に背けば、エイニ本人にも追手がかかる。
――そんなことは今の彼らには関係のないことだから、この際どうでも構わないが、要するに結局のところ。
「………………心配。してんだよ」
そうなるのだろう。
彼らが心配だ。いや、
「……お前のことじゃねえぞ」
フィオ「……うん。ようやく言葉になったね。自分の意思」
フィーナ「多分その点はディドさんもわかってるとおもう>お前のことじゃない」
フィオ「ただ、問題はここから先なんだよね、『どうしたいのか』と『どうするのか』には割と大きな差がある」
フィーナ「でも、エイニさんはどうすればいいのかはわからない。まごついている間にそれをクロニカさんに引き継がれて、そのうえなんか妙に同情されちゃったりもして、なんとも複雑な様子」
フィオ「連れ戻したほうが……というつぶやきのような一言も一刀両断されて、苛立ちの中で出てきたのは」
「じゃあ俺がこいつ連れて逃げんのだったらお前はいいのか!?」
吐き捨てれば、相も変わらず腹立たしく落ち着き払った態度で、
「そうしたいのか」
問い返される。
腹が立つ。腹が立つ。本当に、どうしようもなく。
一番腹が立つのは、
「…………いや、それは……ていうか、したところで、結局、俺が一緒なら追手はかかるし」
フィーナ「ヤケクソ気味に出した選択肢は冷静に振り返ると、ちょっとなぁって感じ」
フィオ「それはディドさんとクロニカさんにしても同じこと、クロニカさんは『海が気に入っている』しディドさんは『クロニカさんが今に抜けられると困る』だから了承することはできない」
こっちは散々に本音を吐かされたのにこいつらはこうだ。
全く悩む素振りもないし、自分本位で話を進めてくるし、なんともやりきれない。
そもそもこの会合の目的が何だったんだか、それすら見失いそうになりかけて頬杖をついた矢先のことだった。
「じゃ、しばらく一緒にいてみるか?」
エイニの耳にクロニカの軽率な、ふざけた提案が届いたのは。
「……あ、え、一緒にって」
一瞬何を言われているのか分からなかった。
「俺がお前らとか?」
「金は払わないが」
しかし言い出したクロニカは当然、ディドとしても想定外ではないというか、受け入れ得る提案だったらしく、いやそれはおかしいのではないか、そう思うが、
だって、というか。
フィーナ「フワッとした感じで出てきた提案は、見た目上全員の事情を満たしているようには見えたけど……」
フィオ「エイニさん口ごもってるね、めっちゃいいにくそう」
「あ、いや、待て、お前ら、でも、一緒、つってもだな、でも、なんつか、あー、あれだ、その」
こいつらは。クロニカがこうして、どこか呆けた様子ながら活動できているということは、つまり、二人は。
精が必要なクロニカにそれを供給している存在があるというわけで、だから二人は一緒にいるわけで、そのことを思い出すと益々自分が何をしているのか分からなくなるし、こうして対面しているのも馬鹿らしくなってくる。
というか、それを自分の口で指摘させるのか。こいつらは。何を考えているんだ。本当に。
「……よ、夜は、そう、だろうが」
フィーナ「チラッチラッ」
フィオ「ディドさんこれをスルー。全然知らないお話といったところ」
フィーナ「クロニカさんもクロニカさんで、何言ってるんだろ? ってかんじだったけど」
「エイニ、エイニ。あれだ。ディド、さっき血って言ったじゃんか」
「……血?」
「うん。血」
そういえば最初の方で、血と金で雇った、とは言っていたが。
――血? つまり、
「だから、そういうのは全然だぞ」
全然、首を振りながら掌でバツを作ったクロニカは平然と。
「全然なし。口でもなし。あ、いや、血を飲むのは口でだけど、だから、うーんと」
だよな? そう最後は誤魔化してディドを見た。
ディドは。ディドと言えば。最初は何を言っているのか分からない、というか、こいつらは何の話をしているんだ、というような惚けた表情をしていたが、それが少しずつ理解に至ったのか険を深めて、眉が寄り、眉間に皺が。
果てに低い声で。
「……この男には契約として俺の血を与えている。俺が支払っているのは金と血、それだけだ」
「うん、そう、そういう感じ」
フィオ「こ、これは致命的な聞き落とし」
フィーナ「エイニさんはカワイイなぁ」
フィオ「ディドさんもクロニカさんが言いたくないってことで、無理に聞き出さなかったからね、後悔しているわけじゃないだろうけれど、そんな顔になるのも無理はない」
フィーナ「まぁでも、一番衝撃を受けているのは……」
「……………………帰っていいか?」
――とにかくもう、それが今この瞬間の、あまりにも強烈に衝動的な、偽らざるエイニの本音であった。
フィオ「一名様お帰りでーす」
フィーナ「説明しなかったかどうか、今となっては定かじゃない、忘れてしまったかもしれないし、こういう齟齬はまぁ……しかたないよね」
フィオ「色んな事情を把握しているエイニさんだから余計にね」
フィーナ「ただそれは深く禁じられたこと。今はもう約束だけが残っているわけだけれど、仕込んだ人もある意味では満足なんじゃないかな?」
フィオ「とりあえず、話し合いはきちんと解決した。このあとのことはまだ決まってはいないけれど、そんなに悪い返事があるとはおもわない。
細かいところをちゃんと詰めていかないとね」
45回
フィーナ「問題は残っているけれど話し合いは終わった。クロニカさんは……」
海を見ていた。
テリメインの海にもすっかり慣れて、潮風の匂いも、身体が常に揺らされるようにぐらつくのにも、むしろそれがない方が落ち着かないかもしれない、という程に馴染んでしまった。
むしろ最初からずっと海が好きだったような気がする。テリメインを訪れるまで海など一度も見たことがなかったはずなのに、思えば、どこか懐かしい気持ちを抱かされたような覚えがあるのだ。
――海を見ると、奇妙に歌いたくなる、というのも。
フィオ「海へと抱く不思議な感覚。その根元にアテはあるけれど、それを確かめることは難しいだろうなという状況で」
フィーナ「でもそれを知りたいと願っている。そういう意思があるのならそれが叶わないというのは判断としては早すぎるよね」
――叶えたい、と思った。
だからこそ、エイニにはなんともついてきてもらわなければならない、というよりは、ついてきてもらえるとありがたい。
ディドとクロニカだけでは腕っ節に不安がある。エイニも、一人だけではエイニを狩るべく送られた狩人を退けるのは難しいかもしれないが、その時はきっと二人で協力できる。ディドは厳しいだろうか。でもニールネイルの故郷の考え方がそもそも嫌いなようだから、そうなった時は、ディドはまた怒ってくれるような気がする。
そうなるといいと思った。
そうなることを目指していきたいと、海を眺めながらクロニカは願った。
フィオ「いろんなことが変わった。そういう風に考えることが出来る今ならば、これまではできなかったことも、これまでは諦めていたことも、何とかなっていくのかもしれないと、そう思えるかもしれない」
46回
フィーナ「話し合いの後のエイニさん。答えはまだ渋っているけれど、心の中は」
フィオ「エイニさんの答えが二人に何か影響を与えることはない。だから、自分が選ぶことが全て」
自分次第ですらない。エイニが何を選ぼうと、クロニカは変わらないし、当然あのクロニカの雇い主も変わらないだろう。
奴らは奴らの選んだ道を行く。クロニカがどうかは分からないが、少なくともあの雇い主とやらはエイニがどうあろうと自分の意思を曲げず、クロニカにも曲げさせないのだろうと思う。
クロニカも同じだ。それを感化されている、と表現すべきなのか、クロニカが正しく自分を取り戻しているから、と表現すべきなのか、エイニには分からない。どちらにせよ本来は好ましいと受け止めるべき変化だ。衰弱してぼんやりとろくな判断力も見受けられず頷くばかりのあの頃に比べれば。
それが忌々しいと感じてしまうのも、エイニの独り善がりに過ぎず、しかもそれは元は勘違いから来るものだ。みっともないにも程がある。
フィーナ「エイニさんの『勘違い』ははたから見るとちょっと面白いものだったけど、エイニさん自身は引きずっているみたいだねぇ」
フィオ「好ましい変化も、本当はもう決まっている自分の腹も。返事をするのに不足はないのだけれど……」
つまりは、要するに。
即答してしまうと、自分が気にしていた勘違いというか、そういうものが重くのしかかってくる、というような。
自業自得の、みっともない見栄っ張りで、エイニは返事を引き伸ばしているとなり。
フィーナ「エイニさんはかわいい。まぁ決まっているのならもう少しだけ引き伸ばしてもいいかもね」
フィオ「エイニさん自身が自分にいやにならないうちは、だね」
47回
「お前たちと一緒に行こうと思う」
単刀直入。
随分と言いづらそうにしていた割には、腹を括ってからは早かった。エイニの考えていることはクロニカには伝わりづらい。それが特別な理由があってのことなのか、単純に波長が合わないからというだけなのか、クロニカには計り知れないが。
何にせよ、良かった、とは思ったから、そのように伝えれば、エイニは何やら深くため息を吐いて。
「……俺ばっか悩んでんだな」
などと肩を落としたから、クロニカは首を振った。
「そんなことないぞ」
フィーナ「しばらく悩んでからかえってきたエイニさんの返事。それはクロニカさんが望んでいたものでもあったけど、素直な感想は何も考えていないような印象を与えたみたい」
フィオ「クロニカさんサイドだと全然そんなことはないよね。ディドさんの悩み方についても言及されて炊けど、なんというか」
フィーナ「ディドさんは『どの行動を選ぶか』より『この行動をどう進めるか』で悩むことが多そうだよね」
フィオ「現実的だったり、物理的だったり、というのは的を得ている気がする」
「俺も、割と、悩みはする」
「マジかよ……」
「これでも。けっこう。……あー、でも」
エイニにそれが伝わらないのはそれは当然のことで、だって、何にせよ、
「お前のことに関しては、多分悩む権利もないだろ」
フィーナ「エイニさんの言動から時折にじみ出るクロニカさんへの特別な感情。その原因になるはずの過去も忘れてしまって、これからそれをしったとしても、それすら忘れてしまうかもしれない」
フィオ「だからエイニさんが語らないのなら、それが正しいと思っていたみたいだけれど……テリメインにきて心境の変化も大きくあったんだろうね。それでも」
「エイニのためってわけじゃないけど。俺は、多分、向き合う方がややこしいことになるって分かってて」
「……ややこしいって」
「エイニにそういう風に求められたって、どうしても実感がないし……」
クロニカなりの本音ではあった。
随分と酷い話ではあるが。酷いのも含めて割と自分なのかもしれない、とか、まあこれも開き直りではあるものの。
どちらにせよ、エイニが自分を見放したらこの縁はそれまでなのも同じで、取り繕うのも馬鹿らしい。
でもまあ、と彼を振り返る。
仏頂面。しかめっ面。そういう感じの顔。ディドで見飽きたけど、ディドのよりはどうにも弱々しいので、まあ可愛げというものはある。
「……訊くだけは一回訊く」
「…………」
「エイニ。俺はお前の、なんなんだ?」
フィーナ「一回だけ。ひどいかもしれない、自分勝手かもしれないけれど、向き合うという選択をしたのだから、尋ねる」
フィオ「状況からの心当たりはなにかあるのかもしれないけれど、エイニさんの答えは、果たして」
48回
「エイニ。俺はお前の、なんなんだ?」
暫し、逡巡の空気が漂った。
クロニカを見下ろしたエイニは唇を噛み、思わず視線を逸らしてからその先に海を認め――ため息。再びクロニカを見返す。
躊躇いに震えた唇が、諦めに問いへ問いを返す。
「……どこまで知りたい?」
「エイニが語りたいところまで」
「…………」
「俺は、忘れてしまうから。だから、エイニが俺に、伝えたいことだけ教えてくれればいい」
フィーナ「表情は苦くて、語るのも気分がいいものではなさそうで。でも忘れられるかもしれなくても、語るべき事実があると、私は思ったりもする」
フィオ「無理矢理に、聞き出そうとしているわけじゃなくて、語りたい所までを聞くというスタンス。それが『ひどい』の源泉にたどり着くことかもしれないし、クロニカさんを深い悩みに突き落とすかもしれないけれど」
「……俺は、お前の子供だよ」
だから、ずっとエイニが伝えずに来た、クロニカも薄々と察していながら詳らかにはされなかった事実を伝えられて、
「そうか」
そう、静かに全てを受け入れていた。
フィーナ「そして告げられた言葉。記憶にはないし、過去もないようなもの。だけれど、エイニさんのこと、ちょっとわかったような気がする」
フィオ「……確かに、こりゃたまらんね……」
フィーナ「子供と引き離されるとか、そういえば言っていたよね。あの過去に出会ったときには、まだお互い、というかエイニさんからそういう感情は明確じゃなかったけど」
フィオ「喉が渇いたとはかいてあったけど」
フィーナ「知った理由は。ミーティアさん。クロニカさんを連れ出した人にきいたらしいけど……あーそれって」
フィオ「……だよねぇ。クロニカさんは断片的なことしか覚えていないみたいだけれど……」
そいつ。としか、言いようがない。
顔も思い浮かばないその者へと、クロニカは正しく感情を抱けない。
ただ知っているだけだ。その存在を。それがクロニカに干渉した過去を。
覚えているだけだ。言い聞かされて日記に記したその規則を。
「……俺も、そいつに告げられて、だから」
「ミーティアも俺の子供か?」
忘れているということはそうだろう、と思ったが、エイニは首を振った。
「母親だ」
「…………」
「母親で、お前の乳母だ」
「それは」
「ああ。普通なら有り得ないんだよ、母親がそのまま、しかも”Y”の子供を育てるなんてことは――」
有り得ないのだ。
ニールネイルの里では、そのようなことは。
クロニカがエイニを育てなかったのと同じように、クロニカが実の母親に育てられたことも、本当は有り得ないのに。
その理由も、エイニは知らない、と言った。ただ、
「禁じられてる理由は、改めて分かった」
「その、ミーティアが俺を連れ出したから?」
「いや」
「ミーティアがお前に呪いをかけて、子を産む役割から解き放とうとしたからだ」
フィーナ「明らかにされていく謎。『呪い』については以前にも言及されていたね、失敗した……んじゃなかったかな?」
フィオ「失敗した、みたいだね」
フィーナ「だからつれだした、と。それをエイニさんが追いかけてきて……あれか」
それが思惑の通りに進まなかったから、ミーティアはクロニカを連れ出したのだと言う。
ミーティアは罪人だった。クロニカに呪いをかけた時点でそうで、その上連れ出したことでその処刑が決まった。
彼女を処刑してクロニカを連れ帰ることがエイニに課せられた役割であり、使命だった。
だから、
「俺はお前の母親を殺した」
「…………」
「役目――だった、とは、思ってる。けど、避けるべきだったとも、今は思っている」
どうせクロニカを連れ帰れないのなら。
迷ってしまうのなら、何も彼女の命を奪うことはなかったのだ。
そう思っても、今となってはもう手遅れで、
「……だから、迷ったんだ。一緒に行くか。俺は、お前の母親を殺しているから」
フィオ「役目だったから、反撃の結果だから、でもそれを仕方なくというのには、あまりにも重い」
フィーナ「クロニカさんの母でもあるけれど、エイニさんにとっても血はつながっているよね。そういうところちょっと希薄なのかもしれないけれど……」
フィオ「鉛のように重いね……」
フィーナ「でも、死の間際。伝えられた言葉はエイニさんに託すもので、それがついていくという決定にもなったわけだけど」
「じゃあ、多分、エイニは許されてたんじゃないのか」
「……あ?」
「分かんないけど。許せない相手に、そういう、うーん……自分で言うのもなんだけど……大切な相手を、託すってのは、なさそうだと思うし」
などとクロニカは他人事のように言うから、多少腹が立ちもする。
自分が。自分たちがどれほどの想いで、ここまで。
「結局、エイニは、エイニの好きにすればいいんだと思うんだよな。俺もそうするし」
「お、まえ」
「役割に従いたいならそうすればいいし、そうじゃないなら、それなりにさ。……まあでも」
気楽なものだとやはり思う。
思うものの、振り返るクロニカに、その赤い瞳が瞬いてエイニを見上げて、
「ついてくれるなら、嬉しいよ」
理屈抜きの言葉に、どうしようもなく抗えないのは、恐らく自分の方が悪い。
フィオ「話を聞いて、クロニカさんは言葉を渡す。自分の子に、母を殺した相手に、どこかとぼけた言葉。でも、それがクロニカさんらしいし、そういう選択。なんだろう」
フィーナ「エイニさんがずっと抱えてきたもの、『自分たち』という託されたという自覚の強さ。だからこそ任務と、自分の心の間で深く悩み、答えも出せず悶々としてた。
言葉で全てが解決するわけじゃない、実際の問題はまだまだある、それでも、今は」
49回
フィオ「日記に顛末を記録しようとして、エイニさんに制止される、というか制止するために宿まで来たのかなこの人」
フィーナ「覚えられなくなったら忘れればいいといわれ、折角話してくれたんだからと反発し、なんか、距離がずいぶんと縮まった気がする」
「……いいんだよ。俺が話したかっただけなんだから」
「俺が覚えていたいだけだから、書きたいんだが」
「…………。人のプライバシーに関わることをずらずらと文に書かれるのは抵抗があるというか」
「書かないと覚えられないんだから、仕方ないんじゃないのか」
堂々巡りである。
じっとエイニと睨み合っていたら彼は大きな溜め息を吐いてから、頭を押さえた。
「……察してくれよ……」
「何を」
「……お前、そういうのなんか分かるんじゃないのか」
「お前は分かりづらい」
フィオ「反抗期の息子かな?」
フィーナ「あぁ、それはそうとエイニさんはかわいいな」
フィオ「結局日記帳を取り上げられる形で、この件は決着がついたけど」
フィーナ「一緒にいれば忘れないだろうというエイニさんに、でも部屋狭いから、ずっと一緒に入られないだろうというと」
「もうすぐこの海を出るんじゃないのか」
と、先に言われてクロニカは目を丸くした。
「……なんでそう思うんだ?」
「分かんねぇけど。探索者の間で噂になってるだろ、そろそろ探索も終わるんじゃないかって話が出てるって」
「それはそうだけど、なんで知ってるんだ」
「噂くらいは聞くっての」
肩を竦められた。
「そうなったらこの部屋だって出ることになるし、環境も変わ……るよな」
「まあ、そうなれば」
フィオ「そう、とりあえず、この旅も終わろうとしている、海を離れるかどうか、世界がどうなるかそういうのはまだわからないけれど、間違いなく環境は変わるよね」
フィーナ「とはいっても、先のことなんて全く考えてないクロニカさん、次が決まったらまた連絡するよといった軽い感じ」
フィオ「探索が終わったらどうするのか、そのあたりはディドさんとつめなくちゃならないね、なにせ契約関係なのだから」
50回
フィーナ「エイニさんは手紙に追記を書き加えて、再び故郷へと鳥を放とうとする。去来するのは、こいつがちゃんと帰っていればという思いだけれど、自分もそう大差ないと思ってるみたい」
フィオ「ぽんこつー」
そもそもが、自分がきちんと役目を果たしていればこうはならなかったわけで――というようなことを言い出してしまえば、何もかもキリがないのだが。
ミーティアが役目を果たしていれば、
クロニカが役目を果たしていれば、
エイニが役目を果たしていれば、
伝達鳥が役目を果たしていれば。
全てたらればには意味がない。
もっと言ってしまえば、”役目”に縛られて窮屈に生きることにすら、今となっては。
「……ッ、突くな、痛え、今度はちゃんと戻れよ」
フィーナ「たらればの連続、でもそうしなかったからこそ、紡いだ未来もあるわけで」
フィオ「どっちがよかったか、なんていまはわからないものね、このあとどんな形になるかも不定なんだから」
フィーナ「手紙には嘘をしっかり混ぜたみたいだから、ある程度は時間が稼げそう、かな」
フィオ「潮風にのって青い鳥は行く、今度はちゃんと届くのか、まぁそれもわからないけれど」
海は嫌いだ。
今も好きにはなれない。
特別に悪い記憶がある、というわけではない――今回の件を除いて――が、この強烈な潮の匂いだとか、常に耳を悩ます潮騒の音だとか、そもそも湿気の多さだとか、そういうものがエイニには何もかも気に入らない。
できることならば次の移動先は海とか遠いところが良い。同じ水場でも湖や川であればエイニにもまだ馴染みがあるしそれほど嫌いでもないが、海は正直避けてほしいというのが本音だ。
ただ、
「あ、……おお」
伝達鳥の飛んでいった方向にクロニカがいた。
また引き寄せられるのかと思いきやその前をすり抜けて、振り返ることなく進んでいく。
目を丸くしてそれを見送ったクロニカは、遅れて柔らかく微笑んで。
「元気でやれよー」
――ただ、この海に解放された者がいる。
それは知って、その事実を腐すことはないのだとは、エイニにも分かっているつもりだった。
フィーナ「『今回の件を除いて』」
フィオ「いい思い出ではなかったかー」
フィーナ「嫌だなぁとおもう海。次は海じゃないといいなぁと思って、それでも、間違いなく良い方向へ変わったこともあったね」
フィオ「先のことは誰にもわからない。嫌な場所で花開く何かがあるかもしれないし、嫌な場所はやっぱり嫌な場所かもしれない。どちらにしても、この先で何かいいことが待っていれば、それが一番いいのだけれど」
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